第5話「ポチとタマと僕マイルズ」

「ポチ~~~、タマ~~~~~」

 スカイブルー一色に染まる。初夏の青空。

 何処となく晴れやかな気分のマイルズ(3歳)です。皆さんこんにちは!

 今日は南門から出た先の獣人居住区へお出かけの日です。

 大戦後に祖父と獣王の間に結ばれた友好条約を確認する日、ともいうそうです。

 獣人側は獣王とその側近さん、それにそのお子様方。ポチとタマです。お人間側は領主様と祖父と私です。

 ……あれ?

 領主様のお子様は?

 ふむ【領主<豪農】なのですかね……。やはりおそるべし【農業魔法】!


 さて、私とポチとタマの出会いは1か月前になります。

 この交流会では大人と子供に分かれて相互交流を行うのですが……。

 前回参加した際に御2人と出会ったんです。

 出会った時は可愛らしい女の子2人でしたのに……、今はお犬様とおネコ様なのです。

 獣人は気分で姿を変えるようですね。あ、こらポチ甘噛みが強いですよ。……ん、いいですよ。気にしてませんよそんな捨てられた子犬見たいな目をしないでください。


「さてなにして遊びましょうか」

「バウ!」

 なんと戦闘訓練ですと?どこまで戦闘民族なのですか………あなたたち。


「だめです。ポチも女の子なのですからおしとやかにね」

 注意するとその反対からタマが主張する。


「ガウ!」

「貴方もですか、┐(´д`)┌ヤレヤレです」

 どうやらこのお姫様達は本気で本能から抜け出せていない畜生のようですね。


「バウ!」

 ポチが一吠えするとポチとタマが距離をとります。否応なしにやるつもりですか。

 まずいですね。こちらは先日歩き始めたばかりの体力のない3歳児。相対するはすでに大型犬の領域に育った犬と猫。勝てる気がしません。


「どうしてもやるんですか?」

 一応最終確認をすると、ポチもタマも小さくうなずく。

 モフモフ動物との憩いのひと時を求めてやってきたのに……。

 何がいけなかったのでしょうね……。

 ……仕方ありません。あれやるとめんどくさくなるのですがね……。


「どうしてもやるというのなら、1つ条件があります」

「バウ!」「ガウ!」

 ほう、かまわないのですね。


「言いましたね、言質は取りましたからね」

「バウ!」「ガウ!」

 男のくせに女々しい、とは厳しいお言葉ですね。


「じゃ、終わったらお2人臭いので洗います。決定です。権三郎、準備してきてください」

「バウ!?」「ガウ!?」

「了解、マスター」

 『くさい』と言われて愕然とするお2人をよそに、護衛の権三郎に終わった後の用意をお願いします。平たく言うと大きな桶と給湯魔法具と各種タオルとペット用せっけんです。おかげで今日は大荷物でした。


「バウ?」「ガウ?」

 意訳しますと『臭い?』『臭うのかな?』と互いに臭いをかぎあっております。かわいいものです。ほんのりと癒されます。

 ほどなくして、後ろ髪引かれながらも2人は所定の位置へ戻ります。

 さぁ、私も準備しますか……。


 実を申しますと私。日本にいた頃から他者と一線を画す特技?があります。

 それはとても中二臭い特技、いってしまえば大人として恥、な行為ですのでもう中学の頃から極力そのようにならないように努めてきました。

 ですが、時たまやってしまうのです。本当に怒りを覚えた時とか、本気で相対しなければならない時などです。


 特技とはいわゆる「ゾーン」と言われる行為です。

 最近ですとスポーツ選手の特集などで、ドヤ顔で『その時ゾーンてやつですかね、それに入っていました』とか聞くことがあります。とっても赤面してしまいます。同時に抱腹絶倒です。

 まぁ、これからそれを私もするのですが………気が重いです。

 さて、そろそろ『ゾーン』入りますか。


 意識するとふっと世界から色がなくなります。

 実際は無くなりません。それは周囲のあらゆるものに向けていた感情という色がなくなり、単純な物質として見始めたことを示しています。

 それは何をもたらすかというと、すべて自分基準の数値で定められた世界に没入するといっていいでしょう。


 現在私は『私とポチの間4』と認識しております。

 『4mってこと? 厳密には違うかもよ?』と通常なら考えるのでしょうが、私の『ゾーン』はそれを許容しません。なぜなら『器の小さいものの戯言』と完全に流せるからです。私が4と判断したら絶対なのです。


 もちろん相手の動作で自分基準の数値は微動します。

 ですが基準は絶対です。

 基準が間違っていたら世界がそれに合わせるべきだ。

 と言い切れるほどに今の私の世界は無駄が入り込む余地がありません。


 成獣した大型犬並みのポチとタマは『ゾーン』に入り、余力が抜け、音もなく半身引いただけで隙を見いだせなくなった私を警戒します。

 便利なことに本能で悟ったのでしょう。愚か者の様に突っ込んでくれば簡単なのですがね。……いや、それも個人的に嫌ですね。『ゾーン』の反動があれですしね…………。


 「グルル」と喉を鳴らしながら私を中心にポチとタマは円を描くように移動していきます。それは丁度タマが私の真後ろに回った時でした。

 ん?なぜ真後ろとわかるかって?私の『ゾーン』とはそういうものなのです。開始前にすでにタマのスペックは把握済みです。油断なくしているようで足音や呼吸で位置把握は容易です。私の中の絶対感覚内ではですがね。

 まぁとにかくタマが真後ろに来た時です。ポチとタマは同時に私に噛みついてきます。

 3歳児の、いえ標準的な人間ではこの攻撃をかわすことはできないでしょう。

 武器を持ちリーチがあったとしても片方を迎撃するうちに片方に抑え込まれます。万事休すといったところですかね。私以外では……。

 目前に迫るポチの目を見ます。かったと確信している目です。


 クダラナイ獣デスネ。

 『ゾーン』を使っているせいで氷点下まで落ちた私の心の中で、クダラナイ、という思がマグマの様に沸々と熱を持ちます。まだはやいです。

 その時きっとポチは奇妙な感覚に襲われた事でしょう。

 とびかかった獲物が、軽く延ばした速くない手は、自分を守るでもなく、今首を食いちぎらんとしている強者であるポチに向けてきたのです。

 しかもポチはそれを認識しながらも抵抗できない。

 一瞬が長く感じたことでしょう。

 私は想定通りの距離で、想定通りの力、想定通りの速さで手を添え、体を反転して滑り込ませます。そしてポチの勢いそのままに一本背負いの様に同様に迫りくるタマへポチを投げつけます。


 ゴン! という轟音とともに2匹は正面衝突し地に倒れ伏します。ビクンビクンと動いているのでそのうち意識を取り戻すでしょう。


 さて、問題はここからなのです。『ゾーン』に入るのはいいのですが、今までも、たぶんこれからも、満足な勝負になりません。……それは極限に感情を凍結させた集中の世界から、不完全燃焼をもって、通常意識にもどる。つまり冷静になった反動で感情を爆発させてしまうことになります。いわゆる中二状態なのです。


「……ふふっ、………ふははははははははは。……つまらん! もっと俺を楽しませろよ! これで終わりか? なら初めから絡んでくるんじゃねぇ! くそ雑魚が!!!」

 いやーーーーー!

 くっ殺せ!

 このままみじめに生きるより死んだほうがましです。

 全能感の反動によりいきった感じの私の言葉は聞こえてないでほしいのですが……、……私の怒号を聞いてふらふらと立ち上がるお2人。


「来いよ、今度こそ俺を少しでも楽しませろよ!」

 くっ殺せ!

 完全に聞かれたよ。もう町中歩けないよorz。

 そんな中二全開のマイルズ君(すみません私です。(ノД`)シクシク)を前にポチタマコンビは静かに……おなかを見せてきました。


「マスター、準備完了しました」

 権三郎が私の肩に手を置いてきます。するとスーッとそれまで体の中で暴れていた何かが標準値落ち着いていくのを感じます。

 気が付くとリアルorz状態です。


 しばらくするととっても申し訳なさそうにポチタマコンビが寄ってきます。

 慰めは無用です……。余計にみじめになります……。

 ……これだからしたくなかったのです。


「ふーっ、じゃ! 洗いますよ! もう無駄に張り切っていきます! そしてお2人の臭いを消してしまいます!」

 吹っ切りましょう。

 過去は消せないのです。こうやって人間は強く生きていかなければいけないのです。


「では、タマは待っていてください。ポチから行きましょう」

 すると2人は借りてきた猫の様に静かになります。

 ポチは『ほんとにやるの!?』と愕然としながら周りをキョロキョロと落ち着きがありません。結果として、タマに視線が行きます。無言で『助けて』と言っているのがわかります。


「権三郎、ご招待だ」

「承知しました。お嬢さま失礼いたします」

 いうと否応なしにポチお嬢様は温めのお湯が張られた桶に連行される。

 権三郎に抱き上げられ呆然としている。 

 タマは次は自分だというのに目の前の現実から目をそらすように横の何もないところを見ています。

 ダメですよ逃げたらもっと念入りに洗いますからね?


 私は密かに日本でペットを飼うことにあこがれておりました。

 ですので、前回お会いした時に人間形態では奇麗にしているのに、獣形態では野生のお姫様達をぜひ洗いたい。洗ったうえでモフりたい。と考えておりました。


 ですが、獣と人では石鹸が違うのです。

 日本の様にペット専門店もなく。獣人の皆さんも町では獣状態にならないので人間用の石鹸で十分。

 獣状態になったときはそれが自然で気づかない為、これまで需要も研究もされていなかったようです。

 ですがきれいになったお2人をモフりたく思った私は、祖父の研究所へ突撃しました。

 そして獣人の研究者に正直に話して研究してもらいました。

 1か月で完成させてくれたのはひとえに獣になったもらったうえで周りの研究者の皆さんに『くっさ』と言ってもらえたからでしょう。……ちょっと酷なことをしましたかね。


 さて、主に権三郎にやってもらいましたがお2人を洗って(人間の様に洗いすぎてはいけないと強く注意したうえで研究者さんを、いけに…………じゃなくて練習相手なってもらいましたので完璧なはず)もらい。気持ちよさげなお2人をタオルで拭いた後モフモフタイムです。


 ふぅ……。今日は精神的な傷を追いましたがいい日でした。

 ん?お土産で石鹸がほしい?

 ええ、あげますよ。結構持ってきたのでお家の方にもいかがですか?

 そんなに喜んでもらえるとこちらとしてもうれしいです。これを生み出すためにお星様になった研究者も浮かばれます。おっと、冗談ですよ。


とある獣人王女の視点――――――――――――――――――――

 控えろ人間ども、我は由緒正しき獣人王家第一王女ホーネスト7世ある。

 ちなみに6歳である。

 今日は先月我と宰相の娘ネロに向かってポチタマ発言をした小僧にお仕置きをせねばならん。

 我ら獣人族は半精霊と呼ばれる人形態と獣形態の2形態をもつ、神の眷属ぞ!

 それをこともあろうにあの小僧『ホーネスト様…………じゃなかった。ポチ。お手』だと!

 ついうっかり華麗な動作で手をのせてしまったではないか!

 くっ、これは我が一族末代までの恥。恥は自分で注がねばならん!

 ネロ貴様もそうであろう。うむ、そうかおぬしもそうか、おぬしも『ネロ様…………じゃなくてタマ! 猫じゃらしだよ~』って弄ばれたのだったな……。ふふふ、今日は初めから獣形態で行こうぞ。あの小僧我らひと吠えで漏らしてしまうだろうよ。くくく、楽しみじゃ。


 がおーっ!

 ってかむのじゃー!

 ……あ、すみません。調子に乗って噛んじゃったごめんなさい…………。

 ……まて! 待つのじゃ儂!

 今日は小僧に痛い目を見させに来たのじゃ、噛んで当り前じゃ。上下関係というものは早めに決めておかねば! これ常識じゃ。


 ぬ、我らの提案に『やれやれ子供はしょうがないな』という態度とは何事か!

 我らのほうが年上じゃ!

 本来は身分も上なのじゃ敬え!

 ……なんと単なる上下関係を決めるだけのことに条件を付けると……。

 なに臭い?おっ乙女に向かってなんということを!

 ネロ、我臭くないよな?

 ネロも臭くない……と思うぞ。獣状態は野生こそ重要じゃ。

 においなど、本当に気にならないんだからね!


 さて茶番もしまいじゃ、少し痛い目にあってもらおう!

 ……ぬ、我の本能がいってはならぬと警告しておる。小僧の様子もおかしい。たかが人の幼児。つい先日歩けるようになった程度の幼児に何を恐れると……ふっ震えが止まらん。なんじゃあの目は怖い、コワイ、だが行くしかない!


 気づくとネロと正面衝突していた。ぶつからぬ軌道だったはずなのに方向を変更されて投げ飛ばされた。そして小僧がこちらに向かって強烈な殺気を向けておる。

 コロサレル。

 何を言っておるかわからんが、降伏せねば無残にコロサレル。

 小刻みに震えながら我とネロは同時に腹を見せる。

 もう無理じゃ。

 人間コワイ。


 その後はなされるがまま、洗われて、乾かされて、モフられた。

 人間状態であれば乙女の危機だが、獣状態では問題ない。むしろ爽快じゃ。

 はじめネロに裏切られて絶望したがよい土産ももらったし満足じゃ。

 おい、ネロよ土産は我が3で主は2じゃ。

 なんでって? 王女が助けを求めたのに目をそらしたじゃろ?

 我とっても傷付きました。当然の権利じゃろ?


 さてお城に帰ってから両親へ交流会でのことを報告した。

 むろん我らが負けたことは言わなかったが、あの殺気に気づいていたらしいので全てバレバレなのじゃろう。

 そうそう、父上獣状態になっていただけぬでしょうか。

 ……くんくん。うむ獣臭い。

 父上今日は丸洗いしてあげましょう!

 え? 人用の石鹸は一度ひどい目にあったから嫌?

 大丈夫なのです。あのマイルズとかいう小僧がこれを持たせてくれたのです。

 ん、なぜ母上が石鹸をひったくっていくのですか?

 というか先ほどまで結構遠くにおられましたよね?


 そんなやり取りがあった後我が家では父上の「娘に丸洗いしてもらえる日が来るとは、感激じゃーーーーー!」という叫び声と「交易品が1つ増えましたね。というか開発者の獣人研究者こちらに招けないかしら、なにで釣れるかしらね。ふふふ」という母上の聞くものを凍らせる相反する2つの声が響いておった。我は我で来月のリベンジに向け体を鍛えるのじゃ!

 えっ? 来月来ないの?

 ……くーん。

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