第6話「文化ハザード・・・失敗!前編」

 奇麗な満月を部屋から眺め雰囲気をつくる私。そう、マイルズ(3歳)です。

 皆さん眠気を我慢しながら訴えたいことがあります。聞いてください。

 ……柔らかいパンが……食べたいです。切実に……。

 あ、やめてください。強制的にベットに寝かせないで。

 ぐあ、その優しいリズムでポンポンしないで……眠く……zzz。


 おはようございます!

 朝になりました。

 そして毎朝のように顎の訓練か! と突っ込みたくなる固いパンと向き合っております。

 柔らかいパンさん……、あなたが恋しくてたまりません……。


 ……まぁ、本来であれば日本のお米が食べたいのです。

 もう、限界まぢかです。

 マジなのです。もう固いパンは無理無理なのです!


 パンについては、昔元嫁と一緒にお料理教室で作ったことがあります。

 元嫁はなぜだか失敗しておりましたが、私は美味しく作れました。

 なので、この固いパンを前にするとウズウズします。

 どうして君は硬いのか? ということで、先日うちの店の従業員の人に、パンの焼き方と材料を聞きました。


 結果、フランスパンと同じ製法でした。……硬いはずです。

 しかし、期せずして我が家には……、というか祖父の農園には、素材がそろっております。

 一番の懸念であった砂糖も、領内で祖父がアンドロイドを派遣している北の村でテンサイの栽培をしており、一定量の入荷を確認しております。


 しかし、恨めしいことにこの身3歳児にて、料理に関しては何もさせていただけません。

 子供だって出来るもん!

 ……いえ、すみません。できません……。


 そうだ!

 会社でも自分がすべてしていなかった……。

 自分ができる事と、できない事。

 ではなく、自分がすべき事と、しなくていい事。

 そちらで判断すべきでした。

 なんということでしょう、基本の基本を忘れていたなんて。


「ということで私の代わりにパンを焼いてくれませんか?」

「すみません坊ちゃん、料理長から固く禁止されておりますので……」

 上目遣いの必殺エンゼルスマイルが軽くかわされました。

 ……お父さんがすでに動いていた……だと。

 ……抜かった。

 料理バカだとばかり思っていました。

 自営業のオーナーは伊達ではないということでしょうか……。

 他の手を考えなければ……しかし私マイルズはまだ3歳コネクションもないに等しく、ごり押せるだけのネゴも持ち合わせておりません……。

 もう……あきらめなければならないのでしょうか……柔らかいパン…………。

 いつもの定位置である、裏庭で途方にくれます。

 あ、もう少しで雨降りそうですね。お母さんに教えてあげねば。

 お母さんの横で洗濯籠をもってお手伝い中にそっと探りを入れてみます。


「お母さん」

「な~に、まーちゃん」

 ……お手伝いをする幼児……、つまり……好感度上昇中……。 ……ここです!!

 ここが勝負どころです。


「柔らかいパンって食べたくない?」

 ドキドキです。洗濯鋏を取り外すお母さんが無言です。……何気に怖いです。

 日本で厳しい上司に失敗を報告するときの様な、緊張感があります。

 もしかしてお父さんよりお母さんの方が鋭い人なのだろうか……。


「……食べたいわね」

 今の間は何でしょうか。恐ろしいです。

 私は言ってはいけないことを言ってはいけない人に言ってしまったのでしょうか。


「そっそう、実はね! お爺ちゃんの研究所で、パンを柔らかくする研究者さんに作り方を教えてもらったんだ!!」

 嘘です。研究者さんに教えてきました。

 柔らかくなって感激していましたが所長さんに報告しに行って戻ってきたら『自分はやっぱり固いのがいいです』とかぬかしやがりまして、ええ、その後作ってくれません……。ちっ、使えねーな……。おっと、暴言でした。


「へぇ~それはすごいわね、一回ぐらいなら食べてみたいかな~」

 すごい品定めするような視線を感じます。

 女性は勘が鋭いから何か感づいて居るのかもしれません。


「でもね」

 ぐっ、条件付けが来ますか。


「まーちゃんがお料理したらダメよ」

「うん、僕はお料理しないよ! 危ないからね」

「研究所の職員さんも駄目よ」

「っぐ、だっ大丈夫だよ! あてはあるもん」

 はい、すみません。ございません。


「じゃ明後日お店が定休日だから朝からやりましょうか!」

 母すっごい笑顔。


「わっわーい! 頑張るぞー」

 何か進むも地獄、戻るも地獄な状況になってしまった気がします……。

 何でしょう希望通りの展開なのに、なぜか母の掌の上な気がします……。

 でも、やるしかないのです。

 柔らかパンを手に入れ……。やがては惣菜パンへの道を開くために!

 あ、サンドイッチがその前ですね。うん。夢が膨らむ!


 さて朝食です。今日も今日とていつものメニュー。

 この料理実は長男のザンバことザン兄が作っていたことが発覚した。

 尊敬していたかっこいい兄なのに……、一気に評価下げます。

 もう心の中では残念兄さんことザン兄と呼んでしまいましょう。

 それほどまでのに罪深いのです。


 お父さんの料理はいかほどなのでしょうか……。

 興味がわきますが家庭では一切作らないそうです。

 『家では家族の愛情料理が喰いたい!』とか職人ですね……。

 正直尊敬の領域ですが……。しかし何故お母さんが作ってくれないのが気になります。なぜでしょうか……。


 本日は、この後私の柔らかいパンの作成です。

 この日のためにもコックを雇いました。素材も集めてあるので準備万端です。

 私の新作パンのために朝食後も皆さんお残り中です。

 時間がかかるので早朝からお父さんが付ききりで1次発酵までスタンバイ済みです。

 試食待ちのメンバーは、祖父、祖母、父、母、ミリアム姉、ザンバ兄、バン兄の我が家全員です。

 ミリアム姉(10)、ザンバ兄(9)、バン兄(6)は普段学校の時間ですが本日創設記念日とかでお休みです。

 さて、それでは本日のシェフをお呼びしましょう。


「では、今日柔らかいパンを作ってくれる料理人を紹介します!」

 食卓を囲う私専用の椅子(ファミレスで子供が座っているシートが高い椅子をご想像ください)から立ち上がろうとしてバランスを崩して机に手をつきます。

 周りからの心配そうな視線と、ほほえましい視線が私に向けられます。

 ミリ姉。いつも騎士目指すぞ! と雄々しいあなたですが、今私が心配で挙動不審になっているのは中々に可愛らしいです。

 王都に行ったら間違いなくアイドル騎士になれます。

 ……どうやって裏から動けばよいでしょうか。

 祖父も祖母も昔王都にいたらしいのでコネ全開でお願いしたいところです。

 体制を立て直して、何事もなかったように手を2回たたきます。

 裏庭のつながる扉が開き我が料理人が登場です。


「お呼びでしょうかマスター」

「うん」

 ええ、みんなにわかるようにドヤ顔です。

 だって使える大人の様なものはもう権三郎しかいなかったのですよ。

 先日獣王様とのお茶会時に執事として参加させましたので最近服を着ているのが基本です。

 誰がどう見ても灰色の肌の亜人さんにしか見えないのが現状です。そして現在はきれいなコック服です。


「お義父さん?」

 お母さんの視線が祖父に突き刺さります。


「だって~孫かわいいじゃん」

 ええ、祖父に強請りました。執事服も農作業服もあります。

 もう我が家の裏庭には権三郎専用の着替え部屋があります。

 私より先に個人部屋です。……忠誠心が高いので許してあげます。


「お義父さん、後でお義母さんと3人でおはなしがあります」

「え」

「たのしい、お・は・な・し♪ しましょうね。ん? 貴方も参加しますか?」

 祖父に向けて無言で合掌していたお父さんに水が向けられますが、笑顔で拒否です。私もみなかったことにしましょう。


「まて、案山子の手で作るのか? 衛生面は大丈夫なのか?」

 さすが料理人志望のザン兄。見所が素晴らしい。ですが、その程度のこと考慮済みです。


「大丈夫です。先ほど窯に10分ほど手を突っ込んでもらいましたので下手な人間より衛生的です」

「おっおう」

 ……なぜでしょうか不当な評価を受けた気がします。

 権三郎は基本石なのです。痛覚もないので問題なしのはずですが。


「ザンバ殿、私には痛覚がございませんので懸念の事は起こっておりません。……まぁ、あっても喜んで従うのですがね」

 後半聞こえるように言わないで!

 非道な雇用主みたいじゃん。ブラック企業のオーナーじゃないのよ、私。


「気を取り直して、作業開始です。ではこちらが事前にお父さんと作った生地です」

 それから手順を踏んでバターロールを作っていきます。

 途中2次発酵を挟んで、仕上げに牛乳を表面に塗って焼き上げます。

 日本で教えてもらったパンの中で、覚えていた中でも再現しやすい1つです。

 個人的にはカボチャパンも再現したいのですが、突然の明後日の方向へのパンは、逆効果と踏んでいます。今は我慢の時です。

 そうこうしているうちに窯で焼かれているバターロールがいい色合いになったので取り出します。

 食卓で待っていた皆さんに2個づつ配ります。いい匂いです。今回も成功な気がします。


「では皆さんお召し上がりください」

 権三郎に脇を持ってもらい、皆さんの視線の高さまで上がったところで決め台詞です。

 慈愛のまなざしからの笑いはやめていただきたい。決めたはずだよね?

 まぁいいでしょう。私も焼きたてのロールパンつかみ、一口入れます。美味い!


「権三郎、見事です! おいしい♪」

 私の一言を契機にみなさま口々に『美味しい』と一気に食べてゆきます。

 2つ目に入る前に権三郎からバターをひとかけら配ってもらいます。上に乗せ、溶け始めるのを見ながらバターの風味を味わいます。

 さて私からのプレゼンは以上なのです。

 品の評価は最上でしょう。

 これを作るのに私への危険性もないですし、衛生面でも抜群。

 作業時間はかかるけど厨房の端を貸してもらえればいいし。これはいけるかな? と思いつつもお母さんに視線を向けます。


 冷や汗が背を伝います。

 あれは間違いなくプレゼン内容の致命的欠陥を再確認した目だ。しまった、どこに失点があった?

 確かに権三郎は反則すれすれだったと思うが。致命的ではないだろう。いったいなぜだ?

 母の笑顔でこのプレゼンは敗北必死と直感してしまった私は、お母さんからの死刑執行宣言をただただ待つのであった。

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