【書籍化・コミカライズ】【Web版】おっさん(3歳)の冒険。
ぐう鱈
1章:くっ、中世のくせに意外と不便じゃない・・だと
第1話「プロローグ」
勝は終電間際の電車に揺られながら帰途に就く。
やがて車窓の景色が地下から地上に変わる。そろそろ東京から千葉に至る。
現在勝は電車に押し込められ体を人の流れに任せている。
陽気なすし詰め状態。この週末の終電からもあと数駅で開放される。
周りには気の許せる仲間同士酒を飲んだ帰りであろう、酔っ払い達が大多数いる。
だが、この中で勝はマイノリティである。
勝は少しばかりの疎外感を感じつつも「いつものこと」と開き直り、電車内のLED案内板をみる。
路線情報と次駅の情報が交互に映されている。これも「いつものこと」だ。
電車は次の駅にとまり陽気な集団の大半が降りていった。
そして次の次の駅では勝も別路線に乗り換える。
それまでは少し騒がしい電車内。
開放感にあふれいつもよりも少し大きめになってしまっているコソコソ話。
勝がふと周りを見回すとその先に、満面の笑顔で語らう大学生であろう一団、その隣は勝と同い年かそれよりも歳上の中年集団、それぞれのコミュニティで起きた話を、口に手を当てボリュームを抑えながらも楽しそうに話をしている。
(終電間際なんてこんなもの)
ここ2年ほど勝は社内超大型プロジェクトで花形部署の課長職を仰せつかっていた。
そのため、ほぼ「始発」で出社、「終電」で帰宅の生活だった。
そのため極めて見慣れた光景であった。
……しかし、今日は違った。
(俺も明日っから2週間の休みだ! 浮かれてやるぜ!!!)
勝が所属している会社は大企業である。
大企業の管理職に残業代など出ない。
勝も8年前に主任昇格時に残業代さんという、新入社員時代より長く付き添った盟友とお別れをしている 。しかし現実は配下のメンバーやパートナー企業には「残業は悪」と言わざるを得ない立場、状況で、管理職が率先して深夜まで残業。しかも無休で。
笑い話である。まぁ、苦笑いだが。
朝から20時まで会議がトリプルブッキングしている勝。皆が帰ってからようやく自分の作業に向き合える勝。そんな状況では無理からぬ話である。唯一の救いは結婚し家族がいたことだ。
勝はそんな癒しの空間にも仕事を持ち込んでしまっていた。
週末も家族と夕食を食べ子供たちが寝付いた後から仕事のまとめを始め、日付が変わるまで持ち帰ったノートと向き合う。気づけば日付は超えている。
当初は理解を示した妻も半年もたつと苦言を呈してきた。無論勝の体を気遣ってのことだ。「確かにその通り」と勝は週末まで仕事を引っ張らないように注意した。
だが大きな問題が生じてしまった場合は休日も仕事に意識を取られてしまうのは、責任者として無理からぬことであった。
「仕事を家庭に持ち込むなんて社会人失格だね」
ショッピングモールで買い物の後、カフェで不満顔の妻に言われてしまった。
プロジェクト開始から1年経った時のことだ。勝負の時期と意識していた時の勝には胸に刺さる言葉だった。しかし、同時に勝は妻の言葉にわずかな、だが致命的な『ずれ』を感じていた。虫の知らせといっても良い『ずれ』。
翌日、その『ずれ』を無視できなかった勝は時間を工面し、興信所と渡りをつけ、妻の素行調査を依頼した。
結果、……知らなければよかった。
1年や2年ではなく結婚前からだった。
……こっそりと子供たちの遺伝子検査もした。
結果、……知らなければよかった。
勝は長女も長男も愛していた。
深い愛情を割り切れるものではなかった。
心を深く傷ついた勝は、そのあとのことを……弁護士に丸投げした。
結果……愛していた妻も間男も社会的に抹殺できた。
慰謝料も桁違いにむしり取ってくれた。
子供たちの親権は妻で養育費は発生しなかった。
だが子供たちは奪われてしまった。
気が付くと妻の両親と間男の両親が勝の前で土下座し涙を流しながら謝っていた。
気が付くと勝は表情も変えずに涙を流していた。
もう一人の勝が言う『子供のことを考えるのであれば、会ってはいけない』。
勝の脳裏に浮かぶのは子供たちの顔、笑顔、泣き顔。『お弁当がおいしかった』と手紙をくれた娘。休日起きて勝を見つけると全力で駆け寄ってきた息子。もう勝は会ってはいけない存在になってしまった。
1人になり広い家の居間で胡坐をかきながら勝は自分を責めていた。『もっと妻を知るべきだった』『自分の愛情が足りなかった』『いや、そもそもあんな違和感に敏感に知ろうとなどしなければよかった……』ぐるぐると思考は駆け抜ける。興奮と絶望から眠気など起きない。勝は向き先のない愛情を抱えながらなかなか進まない時間を過ごした……。
結論、……もう勝が結婚することはないだろう。
離婚から半年後のこと。
当時を振り返り上司部下全員声をそろえ、勝のことをこういう「目が怖かった。特に笑っているときの」と。勝的には真摯に対応していたつもりなので解せない限りだ。
その日から勝は自宅に帰ることをやめた。
もう汚物にしか感じない元妻の匂いのする家。
いまだ深い愛情のある子供たちとの思い出の詰まった家。
思いの向け先がパンクし勝を壊しかけていたからだ。
……結果、会社から徒歩10分のホテル住まい。
現実逃避と言われても勝にはそれしかできなかった。
そんなささくれ立った勝の心、押せば崩れそうなところを必死に踏みとどまっている勝の心にとどめが刺される。
元妻の会社襲撃である。
その頃プロジェクトのリリースに向けた時期で少しの余裕が、勝にはできていた。
それでも1日に30分や20分程度の時間である。
悪いことに、その日の空いた時間に元妻が会社に訪れた。
悪いことに、元妻を知っている後輩がロビーで元妻に遭ってしまった。
悪いことに、後輩は離婚について何一つ知らなかった。
「せんぱーい、奥さんとお子さんが来てますよ」
「は?」
「ちゃんと第4応接室に通しておきましたよ♪ 深刻な顔してたから早く行ってくださいね」
立ち上がり向かおうとする勝を隣の席に座る後輩がかろうじて止める。
だが、もはや勝の眼は正常ではなかった。即座にガタイの良い後輩が勝を強引に抑え込むと自席に座らせた。
しばらくすると部署担当役員付きの秘書がやって来て勝は役員室に連行された。
気が付くと勝はなぜか夕方から老舗蕎麦屋で酒を飲んでいた。
担当役員は笑顔で勝の取り留めのない話を聞いてくれた。
1時間すると役員会で世間話をしたことのある常務が笑顔で現れた。
2時間すると社長と部長が来た。
ついでに応接室に通してしまった後輩が青ざめた顔でついてきていた。
会話は勝のことを気遣っている事が精神的に疲弊している勝にも分かった。
だが嬉しかった。
打算であろう。社長の派閥で勝が重要な役割を果たしていた。それは勝も自覚があった。だが、何であろうが素直に嬉しかった。この状況で切り捨てられなかったこと。それはこれまでの勝が認められたということだ。
涙は自然な笑顔と一緒にこぼれた。
その後色々な話をした。
この面子で話すようなことではない様な卑猥な話から趣味などどんどん話が弾む。
飲み会が終わると役員以外で風俗へ行となった。
おっさんなんてそんなものである。
別れるときお礼を言う勝の肩を叩きながら、役員陣の目はうらやましいものを見る目だったのはきっと勝の見違いだったに違いない。
それから半年たった現在。
勝は家を売り払い賃貸住まいをしている。ちなみに同棲している。若くかわいらしい女性とだ。
結論から言おう。勝が押し切られたのである。
「結婚することはない」というと「うん」と返される。
「抱くつもりもない」というと笑われた。
「私と一緒にいてどう?」と聞かれたので「楽しい」と勝が答えるとなぜだかそのまま2人で住むマンション探しに連行された。
何より勝は彼女と居るとまるで、崩れた心のがれきの下から再び何かが立ち上がってくる、そんな希望を感じることができた。あと、単純に一緒にいて心地よかった。
長期休暇中の勝は、前半彼女と旅行。後半は自宅でまったり家事でもする予定だ。
楽しい休暇が待っている。
そう浮かれていた勝。
この時気づこうと思えば、先ほどから『電車の外を流れる風景が繰り返されている』ことに気づけたはずだ。
この時気づこうと思えば、先ほどから『周囲の人間が精巧にできた人形に代わっている』ことに気づけたはずだ。
だが今、浮かれている勝は異変に気づけない。
勝は次の駅に到着するのを待つ。
その時が訪れないとも知らず。
勝は次の駅を待つ。
旅行中彼女に伝えなければならない言葉を探しつつ……、踊る心を落ち着かせながら……。
気づいたときには勝の視界が右から左に変化を始めた。
無機質な電車内から、小麦畑に変化する。
急激な変化に膝をつく。とっさにつかもうとした吊り輪はない……。
「マイルズ、どうした? 頭痛いのか?」
視界の端に40歳後半の白人男性が現れた。
後ろに石でできた人型の何かを引き連れていた。
(ルカスじいちゃん? …ちょっとまて、私は生粋の日本人だ。白人の身内なぞ…)
勝の脳内に体験していない記憶と知識がある。
否定しようとした。
だが、存在するものを否定できる根拠が見つからない。
その事実が勝の脳内を締め上げる。
その事実はマイルズ3歳の小さな脳には処理できず負担となる。
「***********!」
駆け寄ってくるルカスの声が、周囲から聞こえる森の声が、ノイズに聞こえる。
ノイズはやがてモザイクに変化し、やがてその小さな脳がパンクする。
倒れるマイルズ。青くなって駆け寄るルカス。
(そうだ寝よう。寝れば起きるしかない。願わくはそれが勝として起きられると…良いのだが)
マイルズ(勝)の意識は電源を落とすように途切れた……。
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