第133話「初代様」

お読みいただく前に思い出していただきたい設定。

(衛君と香澄ちゃんについて覚えている人は「---」の個所をすっ飛ばしOK!)

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・衛君:勝さん(マイルズ)の甥っ子。特に目立つ存在ではないが何故か香澄に惚れられている(本人全く気がないというか好感度マイナス限界突破)。香澄ちゃんの罠にはまり外堀を埋められ本丸陥落寸前で異世界転移した。神様に「地球に戻る?」と聞かれて「NO!」と即答するレベルに追い詰められていた。槍の才能があり神様にも補強されているがいまいち使いこなせていない。転移した町で幸せを堪能していたが、うっかり狩り中に事故にあい野盗に拉致され奴隷魔法を刻まれる。救出されるも体に致命的な欠陥を抱えることになり、有力な魔法医師(マイルズ)に手術される。本体(♂)の構造的な破損が大きかったため、現在は世界の狭間に漂っていた『もう1人の自分』である衛ちゃん(♀)を使用している。ボーイッシュな活動的美少女である。そういった経緯(『もう1人の自分』とは亜神の領域でも上位者でしか認識できません)で人類を超越した実力を持っている。だが本人は気づいていない。うっかり八兵衛的な子である。

・香澄:地球における衛君争奪戦の勝者。衛君を狙っていたチャラ男に嵌められたふりをして嵌める黒い人。衛君が転移してから地球魔術をあっという間に覚える。師匠曰く化け物。衛君が転移した空間の変化を維持し、やがて自らの力で転移してしまう。現在、衛君の警戒感を薄めるため大人しくしている。マイルズやミリアムもその駒である。こちらの魔術も習得しゆっくりと実力を伸ばしている最中である。

・ミリアム・バ・アルノ―:マイルズの姉(11歳)。マイルズの策略で大陸有力者たちから『歌姫』と認識される騎士志望の女の子。弟は姉の奴隷。を地で行く一般のご家庭によくいる姉である。現在上記2名とダンジョン攻略を完了しマイルズとの合流に向かっている。

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【胸に響かない。56点】


 ……どうしてこうなった。

 1週間前の深夜にこの制御室が発掘された。そして翌朝、竜人学者デスガルドさんがムライさんに呼び出されて調査していたはずなのです。

 私もこっそりついてきて部品いじりしていたのですが……。


「こっそり?」

 ティリスさん。お黙りください。

 ……楽しかったのです。

 よくわからない構造なのですが、劣化に対する自己修復システムが完璧に動作していました。

 通常古代の遺跡だと時間経過に伴う経年劣化、部品の風化が顕著でシンプルな機構以外はほぼ仕組みがわからないレベルに朽ちていたのです。ここと前にいた遺跡は違いました。

 意外と侮れない過去の異世界人と現地人の文明。

 これが魔法進化に伴うモンスターの凶暴化程度で、ここまで進歩した文明が崩壊するとは、古代は何が起こったのでしょうかね……興味深いです。

 でもそれよりも興味深いのは新しい考え方に触れられることです。

 技術体系とは文明での小さな積み重ねの連続なのです。結局事象とは主観なのです。その世界、その業種、そのグループで事象を観測し定義するのです。定義する際に細かな証明をして、論理付け、その事象を法則づけるのです。それがあっているのか間違っているのかは結果が証明するため、明確であるかもしれませんが、答えを知っているわけではありません。答えを知っているとしたらすべてのルールを作成した、それこそ神のみぞ知る、といったところでしょうか。故に、文明・科学・ルールにはその特色が色濃く見えます。それを基礎として築かれる技術もまた特色があり理解しようとすると楽しいのです。


「はい、マイルズ殿。お着換えのお時間でございますよ~」

「……」

 大きな制御室なのです。

 正面に巨大モニターが浮かんでおり、それを囲むようにオペレータ席が並んでいます。

 これが数千年前の施設とは思えないほどきれいな場所なのです。

 ……はい、小型案山子軍団に夜間清掃を命じておきました。

 なんといいますか。汚かったのです。前の遺跡もそうだったのですが、幼児を住まわせる環境ではないのです! 汚部屋は虐待なのです。……ということで自動掃除機型の簡易AIを積んだお弁当箱型お掃除機を前の遺跡で作成しました。この遺跡に移ったタイミングで南方へお使いに出していた権三郎が帰ってきたので量産化をお願いしました。結果、3日で遺跡深部の生産ラインを復旧の上、システムハックして量産してしまいました。恐ろしい子。何でも南方諸国連合と亜神さんたちのマネジメントで精神的に疲れたそうです。……精神的? 権三郎、この子また進化していますね。


チュイーンチュイーンチュイーン

 考え事をして動かない私を、数代がかりで持ち上げて着替え部屋(仮説)に運び込む小型案山子軍団。……言っておきますよ。ル〇バではありません!


【テンプレ。52点】

 お着換え、疲れたのです。


「何故だ!」

 いい加減子の茶番に精神力が切れたのでしょう。異世界宗教の科学者風の方が叫び声をあげています。理解できます。


「ゴスロリ幼女の何が悪い!!!!」

 腹の底から意味の分からないことを叫んでいます。理解できません。

 ねぇ。幼女じゃないよ。幼児だよ。男の娘だよ。そこ大事だよ。……あ、男の子ね。


「やはり黒がいけなかったのではないか!?」

「違うフリルが足りなかったのだ!」

「いっそのこと露出を増やすか?」

「「「幼女を卑猥な目で見るんじゃない!!」」」

 はい。お前ら全員地獄に落ちろー。

 なお、2人目の発言は竜人学者デスガルドさんです。

 デスガルドさん。貴方、本当に学者さんですか?


「しかし、これまでのデータからフリルがついた衣服の方が点数が高い」

「本当にそうか?愛らしさが強調される方が点数が高いのではないか?我らは何か見落としているのではない?」

「……いっそのことシンプルにかわいらしい方向性ではどうだろうか!? 百聞は一見にしかず、方向性の定まらない推論の積み重ねより、切欠であるデータの蓄積こそが真実へつながる唯一の方法ではないか? 結果を出すために近道など存在しない。一つづつデータを慎重に精査せねばならんのではないか?」

「しかし、リソースは限られている! 食の聖女も疲弊している。限られた機会で最大の効果を出すためにも、この後の議論を継続するためにも、現状での推論は重要ではないだろうか」

「だから推論を立てるためのデータが少ないと……」

 知ってますか?

 彼ら真顔で議論してますが、議論の内容は「幼児の着せ替え♪」なのですよ……。

 おまわりさーーーん。え?家庭の微笑ましい話だ?いえ、家族ではないです。そもそも私拉致状態です。……信じてください! 拉致状態です! ちょっと快適な住環境を求めただけで、いつでも武力で制圧可能だとか、小さなことなのです! 私は! ここで! 捕らわれているのです!!!


「はい、食の聖女様。少し休憩しましょうね~」

 学者連中が喧々諤々とつまらない内容を討論しているので、私はシスターさんに持ち上げられてお座りさせられた挙句、ジュースを振舞われました。こちらのシスターさんたち伺った限り300年以上昔に異世界に流れてきた方々の様です。どうやら本物のドゥガが配下に集めていた方々は元は別宗教で異世界生活100年超えたあたりで異世界宗教に改宗した方々多いようです。なのでうっかり私が「地球へ無事に戻れるとは……」と言いかけると、皆さん口に人差し指を当て優しく頭を撫でてくれます。「終わり方を選びたいのです……」比較的若いシスターが寂しそうにそう漏らしたのが私の胸に響きました。


バーン

 そんなカオスな制御室の扉を暴力的に開けて乱入する人達が居ました。

 あ、ドゥガではありませんよ。ドゥガは少し離れたところでどっしりとソファーに腰を落としてこの状況を愉快そうに眺めています。


「話は聞かせてもらった!!!」

 乱入してきた少女は腰に手を当て高らかに声を放つ。


「ここに一つの解決策を提示させてもらう!!!」

 そう言って衛君(♀)は高らかに黄色いキャラクター寝間着をかかげます。

 ……見覚えがあります。昔衛君(♂)向けにプレゼントして電撃ネズミのキャラクター商品ではないですか……。あ、しっぽまでついてる……。確か、衛君のアルバムに満面の笑みを浮かべた衛君と私が写った写真ありましたね。


「ふわふわ素材でかわいらしいが、正義だと!!」

「腹案もあるよ~」

 ひょっこり現れた香澄ちゃんの手には青い猫型ロボットの寝巻が……。

 くっ、それは……。さすが腹黒香澄ちゃん。隙がないですね。


「衛君、早く着替えたそうだから行きましょう!」

「だな!」

 有無を言わさす私を拉致するお二人。必死の抵抗を試みるも、御二人の後ろに控える天使の鎧をまとったミリ姉の眼力に思わずひるんでしまい、その隙をつかれ、拉致されました。


「はははは、叔父さんも俺と同じ恥ずかしさを味わうがいい!!」

 衛君! 心外です! あなたはかわいい女の子ではありませんか!!


「おっし、かわいいカツラを用意したぞ!」

 なんと! 衛君、あなた表情が読めるようになったのですか!? そうか腹黒香澄ちゃんの影響なのですね。


「衛くーん。髪型は任せて。かわいく仕上げるよー」

 う、迂闊!!!


「ふむ、王道ではなく邪道。それも可能性として必要か」

「行き詰った時こそ息抜きが必要といったところか」

 学者ども!!! 余裕を持って見守っていますが、お前ら絶対「自分の考え(趣味)が間違っていない」とか考えてますね! ま、まぁこの寝巻なら男の子も着ますし……。

 等々、混乱がありましたが私は何故か香澄ちゃんに抱えられてメインモニターの前に来ています。

 何度見てもこの『採点中』ってモニターに出しているのむかつきますね。採点ってなんだよ! 巨大遺跡群の制御にそんな機能が必要なの? 馬鹿なの? 責任者出てきてください! あなたでは話になりません!!!


ビーーーーーーーぷぅ

 モニターに映し出されるのは動画でした。何か結果発表を盛り上げるような音楽も流れて、最後力が抜けるような音が響きました。


【あと一歩! 90点】

 古代人の文明は悪い文明です。滅びて正解ですね。


「くそっ! そっちか!!」

「だが、傾向は理解した次はこそ!」

 学者どもうるさい。あなた達本当に学者ですか?


「やはりこっちでは?まーちゃんの中の人の年齢的に」

 香澄ちゃん、中の人って言わないでください。ふっと、現実に戻ってしまいます。あ、意図的に言ってますね。恐ろしい子。


「……静粛に……。皆さん静粛に!」

 50点台が連続して皆さん。疲れ果て袋小路にはまっていたところで闖入者がもたらした可能性。それに色めきだつ皆さん。混乱が加速する状況をお様得るように一括したのは、なんと、それまで後ろで静かにしていたミリ姉でした。

 ……非常に、嫌な予感がします。


「マイルズ……。これを抱いて」

 投げつけられたのは衛君スーパーモードのアシスタント用に開発し、すっかり忘れ去っていた、有機原料の案山子マルでした。マルは大福の様な見た目なので私が抱えるとクッション型のキャラクター人形を抱きかかえたように見えます。


【95点】

 おい。


「そこで、軽く首を傾げて上目遣い!」

 くっ、ミリ姉の言葉に体が逆らえないのです。


【100点! 余は満足である!!】

 この制御システムは何を制御しているのでしょうか?


ビービービービー

 制御システムが満足した後鳴り響く警報音。

 制御室一転混乱の様相を見せます。私は即座に現れた権三郎に抱えられ様子をうかがっています。


『条件が満たされました。世界連結システムの起動を完了しました。起動キーを担っていただいた協力者を開放します』

 は? 協力者? この遺跡は少なくとも500年は放置されていたはずですよ?


ズズズズズ

 私も混乱しているうちに全面モニターが割れ、古びたカプセルが私たちの前に置かれます。


『細胞の活性化を確認。身体機能への尊書なしを確認。意識の覚醒を確認。外気問題なし』

プシューーーー

 カプセルから気体が抜けだす音が響き、円柱のカプセルが解放されていきます。


『意識の覚醒完了を確認。協力者ロマノ・ゼ・アイノルズ。貴方の献身に感謝します』

 カプセルは完全に形態変化を終えると寝台となり、その上には横なっている青年だけが残されていた。


「……ロマノ……だと」

 竜人学者デスガルドさんの驚愕に染まった声がもれます。

 ロマノってどなたですか? 

 アイノルズ性ということはご親戚?


「ロマノ・アイノルズ。現在の魔法学の礎を気づいた賢者」

「ロマノ・アイノルズ。竜に人間の価値を認めさせた英雄」

 シスターさんたちが状況をつまみ切れない私たちに諭すように優しく紡ぐ。


「富国のロマノ。またの名を魔導公爵ロマノ……初代様よ」

 ミリ姉がそうつぶやくとゴクリと息を飲む。

 え?ご先祖様?有名人?亡くなった人?何でここに?

 私の混乱を他所に初代様はゆっくりと、だが確かに目を開くのだった……。

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