第22話「異世界人は残虐」

 ……今日も嫌な任務に向かうところだった。

 なぜ俺がこうなったのか考えたことがある。だが、何度考えても状況は好転しない。もうこうなるしか無かった……としか言えない。


 小さいころから沢山の勉強をした。

 そうすると父と母が褒めてくれたからだ。

 自分にも勉強が性にあっていたのかもしれない。気づけば国の最高学府を首席で卒業していた。

 卒業後、俺はかねてより希望で日本の大学院に行くこととした。

 そう、あの外道ぞろいの日本にだ。

 俺は批判するときは実際に体験してからにする。一極に洗脳されて流されるのはプライドが許さない。他の奴らの様に一山いくらの人間にはなりたくないからだ。

 その様な気分で俺は意気揚々と日本へ留学した。

 大学院での勉強中、今まで刷り込まれてきたことがどんどんと剥がれ落ちていった。

 その当時はそんな気分だった。

 逆洗脳という線もある。

 当時の俺は勉強した内容を話すと苦笑いを浮かべていた【今は亡き母親】の顔を思い出しながら『この国の情報が間違っているのかもしれない』と信じて極力フラットな情報を集めていった。

 残念がら洗脳されていたのは自分だと結論した。

 ではどうしようかと考え、故郷の先達の例に習うことにした。

 日本で生活する同郷人たち。特に俺の様に高学歴の人間は気付くものが多い。

 その人たちは目立たぬように、協力的に見えるように、そっとアメリカや日本企業に就職して静かに関係を切ってゆくのだ。


 俺は親族全員を高校の時に事故で亡くなっていた。なのでもはや国とは縁がない。

 育ったところが首都、大都会だったこともよかったのかもしれない。

 しがらみはほとんどなかった。これは両親に感謝である。

 だから俺も日本企業に就職した。

 就職先は世界に冠たる大企業にだ。

 俺はここで学ぶ。

 そして……やっぱり、その経験をもって俺は故郷で活躍したいと思う。

 おりしも時代は国の政策が大当たりで、世界中からその成長性を期待されていた。

 成長した大国になれば責任も生じる。故に俺の未来は明るいはずだった。


 ……さて、その在籍していた日本企業で俺は親友を見つけていた。勝というやつだ。

 いかにも日本人という『なよなよ』した奴だが、仕事に向かう態度はほめるべきだろう。日本企業の社員はまるで戦争でもするかのような気迫で仕事をしている。しかも俺の良く知る個人だけでの成果ではなく、チームとしての組織としての成果を求めて鬼気迫る様子だ。これこそ俺の求めた刺激、成長への足掛かりだ。

 1年、2年して俺は勝とよく飲みに行くようになった。

 熱く語り合った夜は少なくない。

 仕事面でも助け合った。いや、俺は外国人だったのでどちらかというと助けられたともいう。……まぁ、気にすることはない。

 酒を飲むと互いの理想を語り合った。

 『歳を取った時どうありたい』とか、『今の会社の方針について』とか、とりとめのない話ばかりだった。

 ……だが、お互い高めあっている感覚が楽しかった。

 協力して競い合う。

 チームとして成長しようとするのは日本企業の美徳である。

 やがて『東アジア方面で俺は出世するぜ』と俺が異動希望先の部署と、そこがどれほど会社に利益をもたらすかを語る。『俺は王道を行く』と社内のコネを使って強風の中を進む決意を固めた勝と、お互いの近い将来と遠い将来のビジョンを語り合う会となっていった。

 終電過ぎに飲み始めて始発に乗る頃には『偉くなったら高級店驕れよ』と言い合ってこぶしを合わせて分かれる。そんな日々を楽しく過ごしていった。


 ここで働き始めて数年経過した頃……。

 30近くなった俺に故郷からヘッドハンティングが来た。

 国の政策に乗って急成長した会社だ。

 しかも部長待遇で、だと言う。俺は一も二もなく飛びついた。

 色々情報はあるが変わろうとする祖国で俺は頑張りたい。そういつもの様に語ると勝に報告すると渋い顔をされた。それでも最後には応援してくれた。

 別れるときに互いの健闘を誓い『俺の会社とこの会社で取引するときは手加減しないぜ』というと『私の成績に貢献する取引であることを期待してるよ』と返された。

 ……明言していないが、ビジネス上での再会の誓いは、俺達にとっては大事な約束になった。『やってやるぞ』っとその時は思っていた。


 そして故郷に帰った。

 数年は幸せだった。

 仕事に対する情熱の違いに愕然としたが、同国人の性格を思い出しうまくやっていたと思う。出した成績もほかの部長より良かったので更に先が見えたと思った。

 そんな時だ。知らない罪で逮捕された。気付けば、ろくな裁判もなく刑務所にいた。


 5年近い年月が過ぎ、俺が釈放された時には国の情勢が悪くなっていた。

 日本やアメリカに行こうとしたら何故か軍に所属させられていた。

 一兵卒ではなく地方軍区の幹部候補にしてもらえたのは思いやりだとでもいうのだろうか。


 ……こうして俺は今ここにいる。

 まるで田舎の不良の様な部下どもを見ながら治安出動と言う名の民衆を弾圧する日々。

 ……やりがいのない仕事だ。

 そんなある日、俺は部下3名と一緒に司令部へ呼び出された。


 その道中。何もないはずの道中。日陰になるものもない中で急に暗くなった。

 そして気付くと見知らぬ森の中にいた。

 生えている植物は見たことがない。

 道はとんでもない田舎なのだろうかガタガタもいいところだ。

 とりあえず俺たちは当初の予定と同じく北に向かうこととした。

 周りを警戒しつつしばらく進むと見たことのない生物に引かれた馬車を発見した。

 友好的か判断のつかない未確認な勢力にこちらを発見されるのは不味い。俺は瞬時にそう判断し、早急に近くの森へ車両をよせ、早急に隠した。


 何も気づかずに通り過ぎる馬車を見て再度驚いた。

 御者が人間ではなかった。

 2足歩行のトカゲだった。

 ここで俺は確信に至った。

 これは夢ではなければ異世界トリップだ。

 その日の夜、隊員たちと今後の指針を話し合った。

 初めに全員の背中から出ている光について互いに教えあった。

 俺以外は赤だった。俺は青だ。

 色について何なのかわからないが、すれ違ったトカゲ人は光っていなかった。

 俺はこれの光は自分たちが悪目立ちさせる存在なのではないかと考えた。


 ……その時、隊員たちがわずかにおかしかった。そのことをもっと気にすべきだった。

 …………いや、無理だ。隊員たちの瞳は明確に狂っているようだった。

 普段から山賊の様なやつらだと思っていたが、今は快楽殺人者のようだ。

 『肉を食べたい』といった3人の目に根源的な恐怖を覚えた。

 だから………、気づかない……ふり……をした。


 翌日から目立たぬように徒歩で北へ進む。1日ほど進むと小さな街があった。

 そこで意見が分かれた。

 俺はどんな危険があるかわからないから一旦戻ることを主張した。情報が少なすぎる潜伏すべきだ、と。

 残念ながらほかの3名は接触を希望していた。

 俺は激しく嫌な予感がしたので逃げるように戻った。

 3名には無理な接触は禁止と厳命しつつ。

 この階級が通用しない世界で、彼らが俺の命令を守るとは思わなかった……。

 3対1で彼らに勝てる自信もなかった……。

 狂鬼の3名と同行することが本当に嫌に思えたので口頭の注意という逃げを放ったのだ……。

 この時、一緒にいって止めるべきだったのかもしれない………。


 車両まで帰り着き食料の残りが心もとないこともあり、森で狩りを行った。

 イノシシに似た動物を確保し、日本で聞きかじった解体技術で何とか捌く。

 そして少ない調味料から塩だけで調理する。薄味だが腹が膨れた。……正直不味かった。

 腹が膨れるとこれからどうしようかと考えた。3名と一緒に行動するのは危ないと思った。

 このまま南に向かったほうが良いのではないかと考えた。

 だが、……一応は俺の部下。1日だけ待とうと決め、背中を伝う嫌な予感を無理矢理ねじ伏せた。


 1日待った。

 夜になり戻ってこないことを確信して車両をUターンさせる。

 発車しようとしたところで、『バン!』と車両のドアを叩かれた。ゾンビ映画並みの恐怖だ。


「隊長、置いていくなんてひどいじゃないですか~」

 スキンヘッドが特徴の隊員が興奮気味に言う。


「久しぶりの女、楽しかったな」

 長髪の隊で一番若手の隊員も興奮気味だ。


「喰う体だって言ってるのに汚しやがって…」

 普段は寡黙な男の隊員がにやにやという。

 ……聞きたくなかった。彼らの軍服が赤黒く汚れていたことで事態は察していた。


「でも抱きたくね? エルフだぜ。胸ちっさかったけど気持ちよかったぜ」

「小さいが喰い応えあったな」

 口々に狂った発言をする部下たちは、パーティ帰りの様な気さくさで車両に乗り込んでくる。


「隊長、北は友好的ではなかったので南に行きましょう!」

 ああ、ああ、ああ。

 いやな予感が当たってしまった……。

 俺が臆病風に吹かれたせいで見知らぬエルフの女性が喰われてしまった……。

 女性を喰ったやつらが後ろで猥談をしている。

 ……なぜこうなった。

 取り返しのつかない状態になっていることを認識しながら俺は全身の血の気が引いていくのを感じていた。


 早く出発していればよかった。

 早く友好的に接触していればよかった。


 俺は部下たちにおびえながら車両を南へ走らせる。

 次、俺が食べられない様に。これ以上異世界の見ず知らずの人間が食べられない様に。


 何ができるだろうか。

 必死に考えながら車両を走らせる。


 4日後、俺たちは北の村落とは比べ物にならないほどの南の大都市近くの森に潜伏していた。

 部下たちはまた挨拶に行こうとはしゃいでいた。

 だが、何かあった際に逃げ道がなくなるから様子を見よう。と何とか説得した。

 しかし、部下たちからは『代わりに森に入った現地人は確保する』と一方的に宣言された。

 俺にできることはここまでだ……。

 異世界人よ、頼むからこの森に近づかないようにしてくれ。


「また、イノシシもどきですか?」

 隊員は口々に不満を漏らす。俺だって原始的な塩だけの肉は食い飽きている。

 眼下に広がる農園が見える。この動物の肉や皮をもって接触してもいいかもしれない。

 ……そう考えていた矢先だ。

 自動小銃の発砲音が森に響き渡る。


 なんでいつも! と喚きたくなった。

 隊員たちは我先にと発砲音がした場所へ駆けてゆく。俺もそれに続く。

 待っていたのは普段は寡黙な男。骨と皮だけのイメージのその顔が柔和な笑みに満ちている。


「やったぜ、肉の柔らかそうなガキだぜ」

 視線の先には何か叫んでいる男の子供と突然の恐怖で立ちすくむ女の子がいた。

 ……俺の中で何かがはじけた。

 今更だが行動を起こそうと思ってしまった。

 前は見捨てたのに今は動くのか、と自分で自分を責めているような気がした。

 だが、脳内の批判を無視して体は勝手に行動を起こしてしまった。

 ……ふっと、社会人を始めた頃の俺が、自分でも輝いていたと思う時代、その時に話し合った『歳をとった時の自分』について思い出してしまった。


 今走り出さなければ、あの頃の自分に……、親友に顔向けできるだろうか……。

 そう思うと足は自然に前に向かっていた。

 最後尾にいた私はそっと添えるようにハンドグレネードを投げ込む。

 驚く隊員たち。

 俺はその横を駆け抜けながら自動小銃で弾丸をばらまく。これでかがめば子供たちから目が離れるはず……。

 予期せぬ攻撃に部下たちは小物らしくおびえて遮蔽物は隠れる。

 ……よし、これで子供たちを一時的に見失ったはずだ。


 私は子供たちに向かって全力で走る。

 途中最後の1つのハンドグレネードを投げ込み、再び自動小銃を乱射。

 けん制しつつ男の子に近寄りを確保する。

 3人から苦し紛れの発砲がぽつりぽつりと聞こえてくる。もう銃を撃つことを思い出したか……。

 冷静になられる前に逃げなければ……。

 俺は自動小銃を背に担ぐと素早く男の子を抱えてる。固まっている女の子も抵抗なく抱える。そして一息大きく息を吸い込むと森を抜けるように走りだした。

 森を迷いなく駆け降りる。どこにそんな力があったのかわからなかった。

 途中で、『まるでアメリカの映画みたいだな』と自嘲しながら走る。

 腕がしびれる。

 だが、ここで子供たちを取り落とすなら助けになど来ない。

 肺がつぶれそうなほど痛い。だが、心は軽かった。


 苦しくも高揚した俺の視界に、森の切れ目が映り混んできた。

 腕をかすめる弾丸。

 ……目に映る森の切れ目が近くて遠い。

 こんなに必死になったのはいつぶりだろうか。

 こんなに心が正しくなったのはいつ頃だろうか。

 お母さん。俺は今あなたが誇れる男になっているでしょうか……。

 体はつらいが、心は軽い。俺はとにかく俺は走った。


 走り切った先、少し行ったところで俺は灰色の肌をした男がこちらをうかがっているのを見つけた。

 一緒にいた小さな子供と何か話し合い、こちらに向かってこようとしている。

 武器は西洋剣だ。

 自動小銃相手では分が悪い、いや相手にならないはずなのだが……何故か大丈夫な気がした。……俺もだいぶやられているらしい……。

 子供たちに通じないと思うが、あの男のところに行くように叫ぶ。

 男の子が女の子の肩をかりてゆっくり進み始めたのを確認して私は振り返る。

 ……決着をつけよう。

 せめて彼らが逃げる時間を稼ごう。……そうしたら、俺はあいつに胸が張れると信じて。


『ユウ! 逃げろ』

 この世界で聞こえるはずのない日本語が聞こえる。

 自動小銃でけん制しあう中、聞こえるはずのない声だ。


『馬鹿野郎! 異世界でしぬのがお前の夢か!』

 今度は俺が教えてやった母国語だ。うちの地方の訛りに近い発音だ。

 ちゃんと文章で喋れてるな、あの後も勉強してたのか。うれしいじゃねーかよ。親友。

 俺は正しく生きたのだろう。神様ってやつはいい奴だったんだな。

 自然と笑みが浮かぶ、さっきまでの恐怖はどこかに行ってしまった。

 ああ、俺は、あの時代に心が戻れたのかもしれない。

 感謝を胸に俺は部下たちと向かい合う。

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