第23話「冷や汗ダクダクつゆだくで」

 家にいたくなかった……。

 お茶会翌日『まーちゃんかわいいかった』とか『またみたいわね(チラチラ)』とか煩わしかった。

 ……ん?前者の『かった』と過去形でおっしゃった方。マイルズは現役で可愛いですよ?節穴なのでしょうか?。

 とにかくこのままでは再度女装…………いや仮装させられかねない……。

 それは逃げの言葉だった。

 ふいに異世界知識とか言って逃げようと思った言葉だった……。

 一般論として墓穴を掘ると言います。


「案山子ネットワークで映像と音声を記録できてるなら再生もできるでしょ?」

 肩をつかむ祖母の顔が怖かったです。

 そういえば祖母は魔法道具の専門家でした……。

 カメラとマイクの入力装置の原理とモニターとスピーカーの原理をしゃべらされたうえで、それらを実装されている権三郎を持っていかれました。

 ドナドナされてゆく権三郎に少し同情です。……あなたのご主人様の平穏の為です、頑張っていただきたい。

 ………ん?権三郎、なぜか積極的に見えますよ?

 え?『マスターのかわいらしさを全世界に伝えたい』と?

 貴方もですか…………祖父の病気は伝染するようですね…………。


 昨日、一日経っても権三郎が戻ってこなかった……。

 ですので、自動的に私も外に出られません……。

 折角人権さんがお戻りあそばされたのに、なんとももったいない事です。

 翌日、いい顔の祖父と祖母と共に、権三郎が帰ってきます。

 大荷物でした。

 「プロトタイプじゃからな!」とやり切った笑顔です。

 早い、早いです。もう少し私に現実逃避の時間をください。

 大荷物もって祖父と祖母はまた出かけるようです。

 転送部屋を使うといていたので王都でしょうか?嫌な予感が強くなってきました。

 『他人にご迷惑になることは……』というと祖母が満面の笑みで『国王っていう名前の生意気な坊やに見せつけてくるだけだから安心してね』といいます。

 貴方の孫は、今、不安でいっぱいです。

 ……国王って言いました?

 ……生意気な坊やって言いました?

 国王様ごめんなさい。

 マイルズに罪はありません。

 映像に映るマイルズはおおよそ冤罪で構成されているのです。

 ご容赦ください。


 ……さて、午前中は庭で気の練習をしてみました。

 難しいです。

 偉い筋肉の人も『継続は力だ、がははは』と言っていました。

 あの軍用アンドロイドがそういうのであればそうなのでしょう。

 お昼はお母さんの研究室で、パンにはさむ用のケチャ肉料理とサラダをもっていくと歓迎いただきました。……満足です。

 満足し……ハタと気付きました。

 祖父と祖母が帰宅したら【メンドウ】なことはなりはしないか、と。

 ……午後から私はお出かけします。

 街の外になりますが、あの公園に行きましょう。

 そしてあの奇麗な芝生に癒されましょう。

 今の私には癒しが必要です……。


 ということで、奇麗な青空を見上げながら芝生でゴロゴロな現状です。

 まさに、癒しです。

 癒されながらも『気』について考えます。

 気とは魔法力を使う際に感じる『力の発生器官』と『力の流れ』、これが気は全く違いました。

 一言でいえば、魔法力は『特殊』。気は『通常の中』といった具合でしょうか。『特殊』なものはその『特殊性』からきっかけをつかみやすいのですが、『通常』は難しい。曰く『誰もが生活の中で使っている』らしくつかみどころがありません。

 ちなみに、異世界人専用の技術なのか?と気になったので聞いてみたら『この世界の人間から教えてもらった技術だ』とお答えてくれました。尚、二百年前に教えてくれたこの世界の人間は百年以上生きていたらしいです。

 …………偉い筋肉の人。あなた、御幾つなのですか?

 さて……、芝生でゴロゴロにも飽きたので第2の定位置、公園の入り口の大岩へ向かいます。大岩の上に大の字で寝そべり太陽を体に感じます。


 お昼過ぎ。

 雲1つない晴れやかな空。

 外気温は冬の到来を感じさせる肌寒さ。

 ギャップの様にほんのり温かい太陽光。意識が遠のきかけると『風邪をひきます』と権三郎に現実に戻されます。

 上半身だけ起き上がると、中学生になるかならないかぐらいの男の子とその妹さんであろう小さな女の子が歩いてきました。こんにちは、いい天気ですね。ありきたりな挨拶を交わす。彼らはここから視認できる小山、通称西の森に入り木の実を取って来るらしい。森は危険だから深入りは避けてほしいなぁとか思います。

 ゴロゴロするのも飽きました。

 立ち上がり帰ろうとした時、映画などで聞きなれた乾いた破裂音がしました……。


『パン』

 脳内がフリーズしました。

 すぐ復旧して初めに浮かんだ言葉は『異世界人』。

 とっさに権三郎をみます。

 権三郎は西の森を見ています。発生源はあそこです。あの兄妹が入っていった、あの『西の森』です。

 浮かんだ可能性に眉をしかめます。

 私は平和な日本のサラリーマン。

 私は過保護に守られている幼児。

 権三郎を見る。状況把握しかねているようだ。とりあえずの危険を伝えます。ハンドガンとライフルの可能性を考慮して説明をします。権三郎は『はがねの石つぶてですか、人間には脅威でしょうが、私は大丈夫です。ご安心を』という。安心させてくれようとしているらしい。


 兄妹には申し訳ないが、私がいる限り森には入れない。

 このまま私も逃げるべきか……逃げるべきなのだろう。

 私は3歳だ。

 強い護衛がいるとはいえ、そんなお荷物を連れてあの兄妹達のところに行けば逆に余計な危険を背負う可能性もある。

 ………だが、行けば助けられる可能性もある。

 駆け付けるべきだ。と私の中の正義感が言う。

 助けを呼ぶべきだ。と私の中の正論が言う。

 私の足は鉛のように重く前にも後ろにも動かないでいた。


『ドン』

 森で爆発音。ああ、軍隊だ。この異世界人は軍隊だ。

 やばいやばいやばいやばい。

 固まっていると森から軍服の男が兄妹を抱えて飛び出してくる。

 息も絶え絶えで倒れるように兄弟たちを放す。

 そしてこちらを見やると、懐かしい声と懐かしい言葉で叫ぶ。


『いけ!』

 懐かしい声の男は私たちを指す。

 すぐさま私も権三郎にお願いして向かってもらう……。

 3歩ほど歩いたところで、懐かしい声の男は再び森をみる……。

 ああ、だめだ。それはだめだ。友よ。

 ああ、やめてくれ。その『懐かしい』自信家然とした笑顔でまっすぐ『死』を見ないでくれ。


 ここは異世界だ。

 あいつとは、娘が生まれてからだから7年会っていない。

 いつの頃からかメールが帰ってこなくなった。お互い忙しくなったのだろうと納得していた。

 軍服を着ているが。

 無精ひげを生やしているが。

 太っていたのに痩せこけているが。

 歳を取っているが。


 あいつだとわかった。


 向けた背中が語っていた。『時間を稼ぐ』と。

 違う。私達が語り合った理想のおっさんはそれじゃない。

 違う。死ぬために行かないでくれ。

 違う。困難はチームで乗り切るべきだ。私はお前とチームのはずだ!

 だから思わず叫んでしまった。


『ユウ! 逃げろ』

 日本語で。

 聞こえていないのか、くっそ! 次は奴の母国語で叫ぶ。


『馬鹿野郎! 異世界で死ぬのがお前の夢か!』

 権三郎と権三郎に抱えられこちらに向かってきている兄弟たちが驚いているが、それどころではない。

 ……あのバカ野郎を、助けなければ!

 あいつはちらっとこちらを見た。

 兄妹たちが保護されたのに安心したのか……。

 私の言葉に気付いたのか……。

 ……あいつの口元が緩んだのが見えた……。

 そうだお前もけん制射しながらこっちにこい!


 だが、あいつは来なかった……。

 私の周りに10体ほどの案山子が駆けつけてきているのが見える。

 その中に西門の門番で見かけた兵士がいた。

 最初に到着した兵士のお兄さんは、私の頭に手を置いてこういった。


「もう大丈夫だ」

 その言葉と同時に私の視界の中で………、友が倒れる。

 大量の【赤い物質】をまき散らしてあいつは倒れる。

 ソシテ動カナクナッタ………。

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