第99.3話「変態王子は愛を語る」

コツーン コツーン

 定期的に響く革靴が床を踏みしめる音がヴィーニャの鼓膜をくすぐる。


(私は……)

 ヴィーニャの記憶にあるのは愛する人のダンジョンで破廉恥な格好をした小娘に敗れたところまでだった。


(だとすると、ここは人間たちの牢獄か……)

 逃げだす方法はいくらでもある。

 亜神たるダンジョンマスターたるヴィーニャを縛る術は人間たちでは扱えない。

 そうするとヴィーニャが今縛られているもの、捉えられている場所も彼女がある程度の力を使えば脱することはたやすい。


(……おかしい。縄すら外れない……)

 焦るヴィーニャにお構いなしで足音はヴィーニャの牢獄の前で止まる。

 そして知った声で扉越しに声を掛けられた。


「やぁ、久しぶりだねヴィーニャ」

 ヴィーニャの旦那であるヴァリアスだった。その声は格子越しに見える瞳はひどく冷たい。


「貴方? ここはどこなの? ……いえ、その前になんであなたがいるの?」

「ああ、そんなこともわからないのかい?」

 あざ笑うように放り投げられた言葉にヴィーニャは凍り付く。


「ほう、察したようだね。優秀優秀。さすがだね~」

「……まって、貴方は私の事を愛してるでしょこんな事やめ「君の出番はもうすぐだそれまで心を落ち着けて待つといいよ」」

 それだけ言うとヴァリアスは満足げに去っていく。足音は来た時と同じように単調に響く。


―――

「これより、亜神ダンジョンマスターヴァリアスの訴えに伴う裁判を開廷する」

 進行役の天使が告げると光が天空から降りてくる。

 ここは亜神たちが住む天界のエリアだが、上級神のオフィスは更に上層にあるた移動に神聖な力が発生する。その為神々が降臨する際このような現象が起こる。

 今回裁きを下すのは2級神である法の神。白髪に白いひげを蓄えた恰幅の良い老人。彼が現れるとその場の空気が変わる。緩んだ空気が一変して厳粛な空気となる。


「では、被告ンラド入廷」

 厳粛な空気をぶち壊すように叫びながら現れるンラド。


「なぜ俺が訴えられなければならない! 冤罪だ! 説明しろ!!」

「……」

 法の神が天使に視線を送ると片手の棒でのどをつく。


「神の御前だ、無礼は控えろ」

 激しくむせるンドラを横目に裁判は進む。


「原告ヴァリアス入廷」

 スーツに身を包んだヴァリアスが入ってくるその手には犯罪の証拠とその書類が手にされている。


「では、原告の陳述を始めよ」

 天使に促されてヴァリアスは言葉を発する。


「ここにンドラ個人の婚姻契約に関する深刻な侵害行為。並びに婚姻関係にある我が妻への暴行。また神力不正搾取について告訴いたします」

 ンドラの眼がヴァリアスを射抜くように睨む。

 傍聴していた天界関係者は哀れに思った。

 なぜならば先代結婚神が神の世界における契約の尊守と風紀の乱れの是正をうたい姦通罪については非常に重い罪が設定されていたからだ。

 何故?

 ひとえに先代結婚神の嫉妬が1つの世界を滅ぼしてしまったからの他ならない。

 神の寿命は永遠に近い。故に契約について非常に重きを置く。こじれた結果『また』世界が滅びてしまってはたまらない。結婚神の怒りを目の当たりにした神々は彼女の機嫌を取るようにそのような法を制定した。

 それ故にンドラを庇い建てできない。天界の者達はみなそう思っている。


「まず、関係の始まりですが、10年前のX月X日14時32分。被告人ンドラが我が家への不法侵入を果たし違法魔道具を使い妻へ性的暴行を行っております。こちら証拠として提出いたしました『偽装されていた』我が家の防犯記録を見ていただければご理解できるかと思います。また、使用された魔道具ですが『禁術』の使用反応が認められております。また、ここにダンジョンマスター『ンドラ家』と悪魔『サーマル家』が結託し天界での利益不正搾取があったと確認されております。そちらの件に関しましてはこのンドラダンジョン98階層にて捕縛したクリスタルを証拠として提出します」

 ヴァリアスはそう言うとクリスタルを掲げ力を籠める。するとクリスタルから悪魔の顔が現れる。


「我々の目的は高位亜神からの神力搾取。今までターゲットは……」

 10番目にヴィーニャの名前が出たので力を抜くと悪魔はクリスタルに格納された。


「こちらは私が管理しますダンジョン運営委員会にて逮捕したものです。お受け取り下さい」

 ヴァリアスから天使に渡されるクリスタルを呆然と眺めるンドラ。


「以上、原告としては極刑を求刑いたします」

「そんな馬鹿な事があってたまるか! そこに居るのは女房を寝取られた間抜けだぞ! なんで俺がそんな間抜けから責められなければならない! そもそも、俺はヴィーニャとかいう婆にまとわりつかれて困っていたんだ! 逆にこちらが被害者だ! ふざけるな!」

 ヴァリアスは『はぁ』とため息をつく。これでも神候補か……ほんとにうんざりとした顔で書類を叩きつけるようにテーブルの上に置く。


パ―――ン

 それはヴァリアスの怒りと相まって思いのほか裁判の場に響く。

 誰もが黙ったその沈黙を見計らってヴァリアスが静かうに問う。


「妻を襲った証拠があるが?」

「それは初めだけだ! あとは道具を使ったのも数回だけだあとは自発的に来たんだ俺は悪くねぇ! あの婆が付きまとってきて迷惑してるんだ! お前もそれを知らないで放置した責任があるだろう! 俺は悪くねえ! 全部間抜けなお前が悪い!」

 まだ叫ぼうとしたところで天使の棒によって叩き伏せられる。


「法の神様、被告への質問を続けてもよろしいでしょうか」

「許す。その前に我が天使と悪魔たちよ、先ほどの2家について関係者を全員捕縛せよ。神命に置いて拒否は許さん。ヴァリアスでは続けよ……」

 法の神の瞳に怒りが宿っている。違法行為は明白な被告が幼稚な考え方で神の御前を汚す、これが亜神。失望と共に怒りが沸々と湧き上がっているようだ。


「では、ンドラ君。未熟な君でもコア共有と言う言葉を知っているよね?」

「……」

 痛みから声を出さずににらみつけるンドラ。


「これに関して既婚の異性とのコア共有は違法と言うのを知っているかな?」

「知っている……俺はダンジョン組合を運営している! 多数の共有をしている! それがなんだ!」

「はぁ? 多数ですか? 貴方先日その組合から失格処分受けてますよね。それに伴い契約不履行として共有も解除されている」

「家族がいる!」

「ふむ、貴方のご家族はダンジョンマスター不適格と判定されて天界の事務作業員が殆どですが……」

「嫁だ!」

「うーん。見習いは監督官たる先輩ダンジョンマスター以外との共有は違反ですよ?」

 そこで業を煮やした法の神より叱責が飛ぶ。


「言いたいことがあるのであれば率直に言いなさい」

「はっ、失礼いたしました。端的に申し上げる。ンドラの共有は1か所。さぁ誰でしょうか?」

 そう言ったところでタイミングよく、下界でンドラのダンジョンコアが破壊される。先ほどまで威勢の良かったンドラが苦しみにのたうち回る。


「ぐっは、ばッ馬鹿な! 99階層には大天使を配置していたはずなのに……」

 法廷内全員が苦笑いである。犯罪を自ら告白とは……。


「……仕方あるまい。法務課の神々よ! 法の主神より緊急業務を申し渡す! 天界の蛆を発見したこれを残さず駆逐せよ! 繰り返す!……」

 法の神は左手に光の輪を浮かべるとその先の部下の神々に通達する。


「続けよ」

「はっ、ではンドラに事前に申請した薬を飲ませて下さい。あと、証人の入廷を要請いたします」

「許可する」

 無駄に暴れるンドラを叩き伏せ無理やりに薬をねじ込むと彼の心臓から光の線が伸びる。

 そしてその光は証人として現れたヴィーニャにつながる。

 現れたヴィーニャはいつもの厚化粧はなく、一見品のいい主婦の様に見える。だが決定的に悪印象を与えるのはその瞳だ。絶望に染まっている。そうだろう信じていた男が先ほど何を言ったのか。証人として扉一つ向うで聞いていたのだそうなるだろう。


「別件にてダンジョン不正関与の罪で投獄されております我が妻、ヴィーニャです」

「ンドラよ。そなたに判決を申し付ける! 判決有罪。死するまでこの世の罪を受け浄化する装置として償う事を命じる」

 苦痛が永遠に続く刑。何年経とうが減刑されることはないし一度服役してしまえば1級神ですら解除不能、非常に重い刑だ。


「何心配することはない貴様の一族皆続くことになる。さみしくはないぞ」

「法の神様、原告側から更なる訴えをしてもよろしいでしょうか」

「許す」

「では、ンドラの妻タバサさん入廷願います」

 そこに現れたタバサはいつものうつむいているタバサではなかった。弁護士の女性に連れ添われているがその眼には強い意志が宿っていた。

 ンドラを睨みつけるタバサとその瞳におびえるンドラ。

 家庭とは逆転した関係性のまま弁護士より彼女の境遇と証拠があげられる。

 ・ンドラのタバサへのアプローチが誘拐だった事

 ・2択といいつつ選択権のない脅迫だった事

 ・夫婦生活とは言えない亜神にあるまじき奴隷扱いの家庭生活に対する精神的攻撃が毎日行われた事

 ・親族と共謀した暴行行為が頻繁にあった事

 ・夜の生活に関してはすべて強姦であった事

 全てを話し終わったところで傍聴席からヤジが飛ぶ。


「生ぬるいぞ! 刑をもっと重くしろ!!」

 口々に叫ばれる声。


「静粛に、神の御前である」

 天使が張り上げた声に亜神たちは憤懣を抱えたまま押し黙る。


「待ってくれ! 信じてくれタバサ。俺はお前を愛している。ずっと愛していた。何かの勘違いだ!」

「貴方の横にいる女性は勘違いの産物なのですか?」

 冷たく鋭い弁護士の声に手を震わせながらンドラは答える。


「何度も言っている! 勝手に付きまとわれて迷惑していると! 俺は無罪だ! タバサ、本当に俺はお前だけ居てくれれば……」

 天使がその光の翼でンドラを貫いた。

 脳をぶちまけて倒れるンドラを天使の光が包む。

 光はンドラをビデオの逆再生の様に復活させる。


「言葉を慎め、神の御前ぞ」

 『ひぃ』と情けない声を出し腰を抜かすンドラ。そのンドラの様子を覚めたように見つめるヴィーニャ。


「ヴィーニャよ。汝より申し開きはあるか? 一概に貴様を被害者とはいいがたい。このままであれば記憶と力を封じ、異世界流しになるが……」

 法の神の言葉にヴィーニャは項垂れる。


「子供は……」

「私が見るぞ。そもそも育児も家事もしたことない女が何の心配をする?」

「あなたは私を愛してくれていたはずじゃ……」

「お前がこんなにも馬鹿だったとは知らなかったよ」

「私は悪くない。私は……そうだ。私はレイプされただけなのに……」

「その後ンドラに入れあげたのは君の意志だ」

「あなたが悪いの、貴方が私をやさしく愛してくれるから。貴方が私を尊重してくれるから。貴方が私の代わりに家の事をしてくれるから。だから、彼が乱暴に求めてきて心が……」

「お前は家族よりその男を選んだ。それだけだ、それ以上はない。理解して刑に服せ。2度と会う事はないがな」

 その後、ヴァリアスから出た要求は以下のとおりである。

 ・ヴィーニャに関して永久に家族への接触連絡不能にする事

 ・ヴィーニャ並びにンドラの関係者が保持する財産に関しては犯罪で返納すべきもの以外タバサに所有させる事

 ・この百年ンドラと接触のあった神/悪魔/人類すべてについて再調査を行う事

 後半空気となったンドラを置いて裁判は進んでゆく。


「愛と憎しみは表裏一体。見方によっては憎しみ。見方によっては愛情。なんとも業深き事かな……」

 下界への連携係として天界へ正式に一時見学者として滞在していた変態王子がぼそりと語った。



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