第137話「地球帰還魔術4」
「時はきた」
誰かがつぶやきました。
夏も終わりを迎えようとしたこの時期。
実家を旅立ち1月が過ぎようとしていたこの時期。
異世界人たちのリーダこと、ドゥガは晴れやかな笑顔で制御盤の前に立っています。
幹部を除き他の異世界人たちは後に発掘された転移用ホールを埋めています。数にして3000人超と聞いています。半数は世の噂に違わず、凶悪な異世界宗教、を地で行く人たちです。
私が遺跡の発掘に関わりだした当初、死の国の技術者達との間の軋轢は物凄いものがありました。ですが、何をしたのでしょうか、どちらも問題を起こさずにいました。現在もホールに居並ぶ異世界人は、思惑は違えど、晴れやかな表情です。
数日前より試験起動しているこの遺跡、知気球機関魔術核施設は安定稼働を続けています。
変態王子に伝授した空間魔術と同じ技術を用いた遺跡は起動2日で空間制御を安定化させ、今も万全に稼働している。昨晩、先日まで私たちがいた遺跡、地脈制御中継施設を偽ドゥガが襲ったと、勝さん1号から報告がありました。その後音信不通です。亜空間で偽ドゥガとの戦闘が長引いているのでしょうか……。心配ですね……。この儀式が終わったら権三郎を応援に向かわさせましょうか。
「幼子よ、そろそろ時間である!」
この数週間ですっかりおなじみになった竜人学者デスガルドさんがまだお眠状態の私を抱き上げると制御室中枢へと向かいます。そして慣れた様子でその後を護衛のティリスさんと権三郎が続きます。
異世界人の技術者が多かった制御室も、今やホールへとつながるエレベーター前で私たちを待つドゥガとマザーと呼ばれていた、シスター服の女性の2名のみになりました。
「やはり行くのですか?」
情が移っていたの否定できません。
世間で言われるような凶悪事件を起こし続けている組織に所属していたとはいえ、話の通じる人たちが自死に近い行為を選ぼうとしているのです。当然と言えば当然なのです。
「私たちはこちらの世界に来るときに壊れているのですよ」
マザーは優しい笑顔で竜人学者デスガルドさんに抱かれている私の頭を撫でます。優しい笑顔に揺るがぬ決意を漂わせた瞳。やはり説得は無理なようです。
今マザーが話した『転移してきた異世界人は壊れている』、やはりそれですか……。
この世界と地球世界の間には激流が流れていると思ってください。
そしてその激流は地球からこちらの世界に向かっています。
これは私の中の人の断片情報ですが、異世界人は転移する際に力の激流に飲まれ、体が、心が、壊れていきます。そしてこの世界にたどり着くと地球には存在しなかった『魔法力』という力にその破損が加速されていき……。
私はマイルズとなった当初に味わった親友との別れを思い出します。
彼らもまた『心と体』を壊されていた。
修復するためには神々の介入が必要です。
でも、修復できるのには限度があります。
……そう、彼らの様に寿命が曖昧になったりするのです。
「そう悲しそうな顔をするな」
ドゥガが私の頭をわしゃわしゃと力強くなでます。……まってください。首がもげます。というか涙ぐんだのはあいつの死を思い出したからです。
決意を固めた大人に対してそんな失礼はしません。幼児舐めないでください。
「俺たちは長く生きた。『明日崩壊して死ぬかもしれぬ』そんな恐怖を抱えながら……。当初知らぬものも段々と自分たちの以上席に気づき、あるものは自ら死を、あるものは狂い、そんな中で我らが正常であらんと努力し続けることができたのは……」
ドゥガがそこで大きく息を吐き、中空を眺める。まるで走馬灯を眺めるように。
「『地球で死にたい』その願望が心の支えとなってきたのだ」
この地球帰還魔術は非常に成功率が低い魔術です。
例えるなら現在の技術で太陽系外へ移住計画を実行する。太平洋横断のため何も持たず小舟一つで漕ぎ出す。つまり無謀なのです。
「少ない可能性。だがゼロではない。ゼロでなければ我らは動く、それが苦しい死につながろうと、出向して二度と目が覚めなかろうと、我らは満足できる。……この遺跡を作った先人たちもそうであったように……」
ええ、そうでしょうよ。
そしてその気持ちを受けた過去の文明、その子孫たちがあってこそこの遺跡群は損耗度低く維持されていたのでしょう……。
「確率を上げる方法はあるようじゃぞ」
私たちの話に割って入ってきたのは初代様でした。
このイケメンスマイルの青年はタブレットの様な石板をドゥガに手渡す。
「これは!」
「当時は開発が間に合わなかった技術も後世では出来上がっていたようだの。この世界の者の執念というやつじゃ」
カッカッカッカッカと水戸黄門笑いを見せる初代様。嬉しそうに笑う。
「しかし、これは……」
情報を読み進めるドゥガと横からそれを覗き見ていたマザーの表情が途中で曇る。
「儂が行こう」
「いや、術式は……「組み込み済みじゃ」」
そんな押し問答を続けるドゥガと初代様を横目に、好奇心に負けた竜人学者デスガルドがさりげなく石板を受け取り内容を確認する。私も竜人学者デスガルドさんに片手で抱えられながら石板を覗き見ると……『両世界人を用いた羅針盤術式』とタイトルがあり読み進めていくと『あくまで推論であり、こちらの世界に人間が世界の狭間可能性は低い』『稼働させ続ける為に魔法力が必要、狭間の空間に魔法力が存在することは獣人の聞き取りにより判明しているが希薄であると結論付ける。つまり人類史上最高レベルの魔法使いが数名必要』、結論として術式は完成し獣人と残留異世界人に依頼しテストまで完了したが『高位獣人をもってしても維持不可能』と記録されている。つまりは論文や研究は成果を出したが現状では無理、ということだ。
「あなたまで巻き込んでしまう訳には……」
「それにおぬしが途中で死んでしまえば……」
おかしな構図です。
可能性ほぼゼロの自死に近い選択をした人たちが、それに相乗りしようしている初代様を必死に説得している。
「ふふふ、実はなそれを儂が見つけたのは5日前のことよ。そして結論に対して対抗策があったのじゃ。のう、まーちゃんや」
……あ、この人それが目的だったのか……。
マザーとドゥガ、そして竜人学者デスガルドの視線が痛い。
「まず『こちらの世界に人間が世界の狭間可能性は低い』についてはのう、改造手術を受けたのじゃ!」
どや顔の初代様。この日ことと、どこで知ったのか衛君手術、変態王子と権三郎の改造手術も、そしてそれらの共通技術も、何故だかご存じでした。どちらも世界の狭間の先、『原初の海』に対応する技術です。世界間航行?余裕っすよ。
「次に魔法力は問題ない! これじゃ! マナループ!」
背負っていたドラム缶の様なバックパックを見せつける。……いや、こっちみんな!
「世界の狭間は魔法力が薄いのではない。逆に濃いのじゃ! これは3層に分けて儂が使えるように薄めてくれる!」
視線が冷たい。
なぜだ。画期的な発明じゃないですか!
現在衛君(♂)は亜空間の培養槽にいますが、この培養層めっちゃ魔法力消費するのです。それこそ稼働させるためには神樹様のところで直接接続してもらって何とかなるかならないか。なので農耕魔法力こと亜空間に作ってみました処置室。そして動力を作るのは当たり前じゃないですか。かわいい甥のため、まーちゃん頑張りました(テヘペロ)。
「そういうわけで、わしも一緒にくのじゃ!」
「……」
「……」
「……」
おい、お前ら初代を見るのです。私を見るんじゃない!
「ささ、行こうぞ! まだ見ぬ世界へ!!」
初代様ノリノリ。表情の消えたマザーとドゥガの手を引きエレベーターに乗り込む。降りる前に笑顔で大きく手を振っている。まるで少年漫画の主人公の様なはじける笑顔だ。
エレベーターの扉が閉じ、彼らがホールにおり手を振ってるまで制御室が静まり返っていた。
「幼子よ、……やっちまったな」
え、私が悪いの?
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