第25話「だって心は体に引っ張られるのですよ」
あ、すみません。今日はちょっと気分じゃないんです……。
たまごサンドの会会員4号が『マヨネーズを使わないたまごサンド』を帽子屋の主人と開発しました! と報告に現れました。……君たち、私の想定ではマヨラーの会(仮)だったのに……自由ですね……。
ふむ、なかなかのお味です。
ん?これをもってうちのパン屋部門の開発責任者になれそうですと?
パン屋部門って何?……ほほう、お父さんがこの街の東西南北4つのパン屋を買収して商売を……ふふふ、実は試したいパンがあるのですよ。ふふふ、おぬしも悪よのう。くくく。
「励ましてあげようと思ったら、まーちゃん、大人と悪い顔してる」
バン兄が指摘します。ポチャリ癒し系美少年(ちっ)のバン兄です。
ちょっと抜けているところが可愛いとお姉さま(近所のおばさん)を虜にしている方が登場です。
「お姉さん方、優しくしてくれるから大好き♪」
ふぅ~、ナチュラル~。……バン兄の将来が気になります。弟として……。
「バン様、下僕とお呼びいただいてかまいせんので、マリーナさんとお話しするとき一緒にいさせてください。お願いします」
4号は土下座の勢いです。
いや、この世界『土下座文化』無いんですけどね……。
ていうか、マリーナさんこの間病気で旦那さんなくした40代のお姉さんですよね?
貴方20代半ばですよね?
えっ?出来れば50代がいい?……幼児になんて事いうのですか。
バン兄はパンで釣られて4号と一緒に外に出てゆく。それでいいのか?
先日の異世界人騒動からずっと家族はこんな感じなのです。
そんなに落ち込んでいますかね?
勝だった時もこういう場面でやたら周りが動いてくれました……。
ありがたい反面、申し訳なくもあります。早めに復調しなければ……。
そう想いますが。やる気が起きません。
なんとなくですが、後ろに立つ権三郎が心配気である事が分かります……。
気力ってどこで売っているんですかね……。
売っているのであれば、私お金持ってないけど、全力でおねだりしてみましょう!
3歳児なめないでいただきたい。
庭に出る。寒いです。曇り空で太陽光のぬくもりもありません。
ああ、だれか私を抱きしめて……。
なんていうと、最近本気でザン兄あたりが抱きしめてくれます。しかも無言で。
いかんいかん。私は今年で……。……いえ、現実逃避はやめよう。
ああ、そうさ。今悲しいさ。
社会人初期に苦楽を共にした親友、戦友と呼んでもいい男が死んでしまった。
しかも生き残れる可能性があったんだ……。
でも、私たちのために……、見知らぬ子どもの為に……、あいつはわかって命を捨てた。
なあ、そんな生き方を私たちは目指していたおっさんの姿かい?
なあ、君は今までどんな人生を生きてきたんだい?
なあ、なんで苦しかったら私に助けを求めてくれなかったんだ?
そして、なぜ………、私はあれから一粒の涙も流せないんだ?
知っている。私は限界まで我慢する性質だと。
勝だった時も大好きだった祖父が逝ってしまっても泣けなった。
いや、泣いたけど。泣けたのは通夜の途中、深夜のトイレでのみだった。
悲しいけど、泣くのは違う気がした。
それよりも先にすべきこと、故人を思う事が先立つ。
悲しむのは自分の中での整理だよ……と。
それよりも亡くなった人をきちんと弔おう……と。
泣いて自分を慰めるのは違うと。とか思って我慢してしまう……。
……ああ、そうか今泣くことであいつと別れるのが嫌なんだ………。
すっと想いが胸に落ちる。
小石を拾い上げる。
なぜだか知らないが『気』の流れが見える。
握る。石が粉々に砕ける。
自分だけではなく石にも『気』の通り道があった。
そこに自分の『気』を通すと石が耐えられず自壊する。
……究めれば恐ろしい力だなこれ。
練習してきたことができるようになったが……これも暇つぶしの1つでしかない。
私は今祖母を待っている。
あるお願いをしたからだ……。
それが叶えばたぶん泣けるのだろう……。
3つほど小石を潰した時だった。
祖母と祖父が帰宅した。北の魔王様に異世界人を引き渡した帰りだ。
「マイルズ、少ししたら部屋に来なさい」
『コンコン』
手を洗い。早鐘の様に鳴り響く心臓を落ち着けようとしたが落ち着かず、そのまま祖母のドアを叩く。
祖母はドアを開けると私を部屋の中に招いてくれた。
部屋に入ると私は祖母と相対したソファーに座る。
「結果から言うと、青い光を出していた異世界人については魔族側の犯罪者ではなかったので、こちらで処分しました」
……処分なのだ。……まあ、仕方ない。
「貴方の希望の遺品も受け取ってきました。武器の類については王都の研究所に引き渡していますので、……そんなに量はないけど……」
どさっと音を立てて麻袋を置く。
私も受け取ろうと手を伸ばすが、麻袋を持つ祖母が手を放してくれない。
「正直に話して」
……そうなりますよね。仕方ない事です。
深呼吸をして祖母の目を見る。相も変わらず鋭い目だ。私はその目を外さないように語り始める。
「あの男は……、私の……私の中にある異世界人の記憶で……親友です」
ちらりと祖母の反応を見ます。想定通りのようです……。
「記憶の中で、私だった男は彼と約束しました。たわいもなく、壮大な、夢の話です。……記憶の男は実現に向けて努力しました。連絡がつかなくなっても彼が自分と同じく努力していると信じて……」
言葉を切る。
……そうだよな? 例え上手くいかなかったり、不条理にさいなまれたりしても、私と同じく努力してたよな?……私はお前の国の言葉話せるようになったぞ……。お前と商談するために……。
「だから、私は知る必要があるのです。彼が記憶の男が知る彼であったのか。私は記憶の男ではありません。でも私は記憶の男に……、……自己満足でも報告しなければなりません。彼が生きて………………、死んだことを」
祖母の手が離れる……。
私は受け取った。
袋の中にはアクセサリーと手帳筆記用具と財布が入っていた。
……あの効率中め、少なすぎるんだよ……。
ドッグタグを取り出す。間違いなくあいつの名前だ……。
手帳を取り出す。あいつの名前だ……。
内容は任務内容を簡潔に記載している。時々日本語で自分を激励する言葉をならべている。反日感情が強い国の軍隊で何やっているんだか……。
「間違いありません。記憶の彼が知る男でした」
「悲しいの?」
「これは私の思い出ではないので悲しいと思えません」
「どうするの?」
「いつかきっと彼が来た異世界の、記憶の彼に私が送ってあげます。彼の為に泣くのは記憶の彼の仕事です」
……ええ、意地を張りました。
「……マイルズ。他人の記憶のこととはいえ、今は貴方と一緒の記憶よ……。今あなたが大人の様な発言をしているのも記憶のせいなのよ? 意地を張らないで受け入れてあげてもいいのよ……」
優しく頭に祖母の手が乗ります。
涙がこみ上げてきます。喉の奥まで嗚咽が駆け上がってきます。
でも、ここで泣くのは違います。
「おばあちゃん、ありがとう……」
そうつぶやくと祖母から逃げるように部屋を出…………ようとして、ドアノブに手が届きませんでした……かっこつかねぇ。
私は全力でベットに潜り込みます。
権三郎には部屋を出てもらい、枕に顔を強く押し付けて泣きます。
そもそも声を押し殺していたので聞こえないはずです。
死んだあいつにも聞こえ無いはずです。
死んで悔やんであげるのは勝の仕事なのです。
でも、子供を守って笑って死んだあいつを想うと泣いてしまうのです。
私との約束を守れず、助けも求めてくれなかったあいつを想って泣いてしまうのです。
それは私が3歳児だからしようがないのです。
心とは体に支配されるのです。
心とは体に引きずられるのです。
だから私マイルズ3歳はないてしまうのです……。
元王国の英雄視点――――――――――――――――――――
儂の目の前を我が孫マイルズが駆けていった。
廊下で聞いていた儂の事にも気が付かないといった様子で子供部屋に逃げ込んだ。
きっと音を出さぬよう泣くのだろう……。
子供なのだ無理はしないでほしいと、思ってしまう。
ノックしないで妻の部屋に入る。
ソファーに座ったまま困ったような顔の妻がこちらを見る。
「マイルズはよい男になるな」
「……でも今はかわいい孫でいいの」
腕の中で甘えて、泣いてほしかったのだろうな……。
だがそれは、信念を通した男と、それを信じた親友を冒涜してしまう。本能のところでマイルズは男だったのだろう。
「異世界人の記憶か……、こんなものを見せつけられると、また信じたくなってしまうな……」
妻は悲痛な表情でコクンと頷く。
「だが」
「でも」
「わしらは異世界人を信用することはない」
儂が近づくと、妻は横に動いてソファーに座れるように場所を開けてくれる。
「ええ、そしてマイルズの中の異世界人の記憶が、マイルズに悪影響を出さない様に注視しなければ……」
そこで儂はふっと、薄い笑いをため息と共に吐き出す。
「もう、変に大人びた対応とか結構悪影響な気がするぞ?」
「まぁ、それでもまだ バ可愛いからいいのよ。……妙に抜けてるし」
妻に笑顔が戻る。儂はこの笑顔のためなら、神にも喧嘩を売れる。
「では、明日わしがそのバ可愛いマイルズと、遊びに出かけようかの」
「まあ、孫馬鹿とバ可愛い孫のコンビね。大丈夫かしら」
クスクス笑う妻。儂はそっと抱き寄せる。
マイルズよ。
無理に大きくなろうとしないでくれ。
無理に大人ぶろうとしないでくれ。
儂らは失敗しようが、いたずらしようが、泣こうが、お前であることが大事だと思うのだ。
無理は心配になってしまうではないか。
そのまま育ってくれ。爺からのお願いだ。
☆ ☆ ☆
祖父が『今日は一緒に遊んでやるぞ!』ときました。
正しくはお昼過ぎまでの予定でついてくるようです。
ですので、おねだりします。
おねだりは幼児の権利なのです。
「魔石がほしい」
いえ。モンスター退治に行きたいのではありませんよ。
ええ、河原で拾うのだけでいいのです。
あ、祖母の目がきついです。今度は魔法道具作ったらちゃんと報告します。実験する前にご相談します。
何とかなんとか許していただき公園へ。
ザン兄さんも一緒に来たのでお昼はバーベキュウです。
肉うまっ! 何肉ですかね?昔東京で食べたジンギスカンが吐くほどまずかったので食肉業者のかたに相談したのですが『肉ってのは捌き方ひとつで味が段違いだぜ』と怪しい手つきで教えられました。なるほど、東京の高級生ラムより北海道の安物合成肉のほうがおいしいのはそう言う事だったのです。
それまくったのです。
要約すると肉捌いた人の腕がいいということです。
「美味いだろ?」
ザン兄がドヤ顔でいいます。……まさか! あなたが捌いたのですか?
「これ、昨日お父さんが仕留めてきたドラゴン肉だぜ」
なぬ! それってこの間聞いた料理人になる最低条件『ドラゴン討伐』……本当だったのですね。恐ろしや。
「美味いは正義なのです! あ、お野菜もおいしいですお爺ちゃん」
「なんか、孫に気を使われた気がするが気のせいじゃな!」
食を堪能し食休みで少し横になった後河原で魔石収集です。
3人でやれば3倍の収穫です。
お、この石奇麗ですね。ふっと太陽光を反射してキラキラ奇麗な川を眺めます。水に触れるには寒い季節ですが見る分にはいいものです。
近づいて川底をみます……。癒しです。
……いやな予感がします。
それは勝の記憶では簀巻きと呼ばれる形です。
それが流れてきます。片方足が出ています。もう片方は茶髪です。
顔立ちは日本人のようですが、ちょっと見ただけでイケメンに見えます。ですが顔の上半分隠すような仮面をかぶっています。不細工であることをすごく願いました。
「おっと、そこ行く可憐な幼児よ」
若干上から目線の言葉を放ったそれは簀巻きから手を出して手近な岩をつかみ、流されないように踏ん張っています。
「ふむ、私の魅力にやられてしまったかな。美しいとは罪なm……」
なめないでください。言い切られる前に岩に気を通して粉砕します。
「キャッチあんどリリースは釣りの基本なのです」
まあ、キャッチする気などかけらもないのですがね。
再び『どんぶらこ~どんぶらこ~』と流れていく簀巻きを見送りつつ、どこかで熟女に拾われて鬼退治とかいってほしいなぁ。と思いました。ええ、とっても。
残念ながらこれが変態王子とのファーストコンタクトでした……。
(1章完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます