第10話「中世なめんなよ!」

 ……。なぜこうなった。

 私は今、神殿らしき場所の託児施設に1人座っている。

 神殿へのお参り客は多いが、わざわざ子供を預けてまでする本格的な参拝客は少ない。

 預けたとしても神殿で行われているという奥様会とか、手芸教室とかの催し物の時ぐらいしか使われないのであろう。

 祖母に連れられた私を預ける際に見習い神官の女の子がどうしたらよいのかマニュアルを眺めているほどだ。


 ここまで私の話を聞いていた賢明なる諸兄はお判りいただけたかと思う。

 この世界、現代日本並みに発達している。

 いやさ、食事面はまだまだなんだけどもね。

 薄々感じていました。

 窓がガラスだったりとか、夜外を見ると街頭に明かりがついていたりとか、部屋の明かりが魔道具で陽が落ちたらお休み、なんてする人がほとんどいないとかでね。

 なのでね、ついつい祖母に言ってしまったわけです。


「おばあちゃん、ずっと黙っていたけど僕なんと異世界人だったんだ!」

 とね。

 あまりにも現代的な物が多かったので、きっと地球から来た人たちがいいことをしてきたのだろ。

 だからいい話が聞けるかな……と、ちょっとしたジャブのつもりでした。

 すると祖母は深刻な顔でこう返すんだよ。


「そう、なら殺さなきゃね」

 ってさ。

 もうねガクブルですよ。

 本能がね、本能さんがね、裸足で土下座してるんですよ。

 祖母の殺気半端ねぇ。

 こわいです。

 すぐ様否定したんですが、3歳の私にはトラウマものです。

 ちゃんと「ごめんなさい」したらいつもの優しい祖母に戻って教えてくれました。

 この世界で嫌われている物、1位と2位がほぼ同一のものだって。

 1位『異世界人』2位『異世界宗教』。

 うん。2は日本人も嫌いだと思います。

 何やら『異世界人』ってこの2千年ひどい事ばかりしてきたんですって。

 『異世界宗教』なんて害悪の極みだそうで、毛虫の様に嫌っていました。

 ちなみにこの国も20年前に宗教侵略を受けたらしく、周辺国を巻き込んで大戦争を経験したとか……。

 しかも、宗教関係者を駆逐した後に敵国を占領してみれば、目を覆うほどの腐敗っぷり……。巻き上げた全ての金が宗教に丸ごと流れていたとか……。

 そのかつての敵国ですが……20年経った今でもうちの国から援助を受けているほど疲弊しきっている。

 『ほんとに異世界人ってろくなことしない! いいこと、冗談でも異世界人って言ったらだめよ』という祖母の剣幕に押されてしまったが、聞きたい情報があったので追加の質問をしてみた。……勇者でしょ?


「良い人もいたりしなかったのかな?」

 と聞いてみた。

 さすがに我が同胞日本人ぐらいまともであってほしいと切に願っていたのです。


『良い人と悪い人の見わけがつかないのよ。本当善良な人もいたんだけど、同じ系列の人種とかでも人を襲って食べるとかするのもいたりしてね…』

「ひぃ、食べちゃうの?」

 純粋な恐怖で引きます。

 マジかそんなのいるのか。

 だめだなそいつら即死刑許可です。

 本当に私がおびえていることに気づくと祖母は優しく抱いてくれます。


「そんな怖い人たちをどうやったら見分けられるの?」

 こわいです。関わりたくありません。ぜひ見分け方を教えていただきたいです。


『それはね。異世界人って世界を渡るときに欠陥を抱えてくるの、だからね、背中から煙の様に光が立ち上っている人は異世界人なのよ』

「欠陥?」

『そうよ、この魔法が中心の世界に対応できない証なのよ。通常2年ほどで死んじゃうの』

「それじゃ、勝手にいなくなってくれるの?」

『いえ、2つ生き残る方法があるのよ』

 祖母は何故だか悲しそうな顔で告げる。


『1つ目はね、転生神様や他の神さまの審判を受けること。これはね大人しく投降した異世界人が受けられる規則になっているのよ。過去未来において罪がなければこの世界で生きることを許可されるの』

 そこで言葉を切って複雑な顔をする。


『魔法力がないからこの世界ではつらい生になってしまうけどね……。でもまーちゃん、そういう人を見かけても助けてはだめよ。一時の情けは希望につながるけど、すぐに希望の反対の絶望が襲ってくるの。だからね、見つけてもかわいそうだから何もしちゃだめよ』

 苦境にあえぐ元同僚や元同郷の人間をみて、私は見なかったことにできるだろうか……。重い気持ちがこの小さな心臓を圧迫する。


「それにそういった人が善良であれば、必ず神様が何かしら祝福を与えてくれるのよ。苦悩を乗り越えて立派に生き抜いた人も居たそうよ。まーちゃんには難しいもかもしれないけど覚えておいてね」

 気づけば目に涙を浮かべていた。

 祖母の顔がぼやけるけど、大事なことだと理解して小さくうなずく。

 なるほど理解としてはこの世界にとって転移者はまぬかれざる客。存在自体が許されない事だが、正しく生きるものには存在を保証するやさしさがこの世界の神々にはある。それは救いであり、結果苦境に立たされたとしても生きていることは恵みにつながる。

 ちなみに異世界人の中で率先して人を食べるのは聖職者だそうだ。

 だから『異世界宗教』は毛虫の様に嫌われる。

 だから『異世界人』は虫の様に嫌がられる。

 自業自得か。

 では私は何なのだろうか。

 転生者についても聞いてみたが『何それ? 面白い物語ね』を一笑に伏されてしまった。

 私は何なのだろうか。

 最近ではマイルズこそ本当の私だと思うし、日本の事はパソコン越しの動画でも見る気分だ。

 私は何なのだろうか。

 マイルズとしての幸福に心の底から浸っている。

 マイルズが愛している人たちがいとおしくてたまらない。

 地球など元の私などに戻りたくない。いや、あんなの空想だ。と思っている自分がいる。


 勝とは何なのだろう。

 よく話しに出てくる後輩君ってなんていう名前だっけ。

 うちの社長の名前なんて言ったっけ。

 あれ? あれ? あれ?

 僕はマイルズ。私はマイルズ。今大事なのは僕の、私の、愛しい人たち……。

 私はずいぶん長い間呆然としていたらしい。

 やけにおとなしい私を心配して見習い神官の女の子がオドオドしながら私の様子をうかがっている。

 瞬間的に神官服の裾をつかんだ。『さみしい』感情に突き動かされた。

 私はここで一人ではないと。孤独じゃないと実感したかった。猛烈な勢いで涙があふれてきた。恥も外聞もなく泣きわめいていた。

 見習い神官の女の子は初め戸惑っていたが、やがて私を包み込むように抱えてくれた。

 ゆっくりとしたリズムで背中を押されるように優しく叩かれる。ゆりかごの中の様な優しいリズムにいつしか泣き止んだ私は、祖母が来るまで見習い神官の女の子の腕の中で眠りに落ちた。

 祖母は迎えに来てくれた時に私に謝ってくれた。『怖い話をしてごめんなさい』と。

 私はそんな祖母の目をしっかりと見据え。激しく首を横に振った。もうこの首が取れてもいいと思った。

 祖母が私のでせいで悲しい思いをしていることが、なんとなくわかってしまった。それがとても悲しかった。許せなかった。

 マイルズとか勝とかどうでもよかった。

 私はただこの人たちと居たい。

 心の底からそう思っていることを思い知ったからだ。

 神殿からの帰り、珍しく祖母が買い食いを許可してくれた。

 素朴な飴であったが、今までの中で一番おいしかった。

 家に帰ってからもつないだ祖母の手を離せずにいた。

 私は初めて祖母におねだりをした。


「お願い。今日は一緒に寝てください」

 こうして私は暖かな気持ちで明日を迎えることとなった。

 だって3歳児なんだもん。



王国の賢者視点――――――――――――――――――――

 マイルズの様子がおかしい。

 明らかに知りえないであろう、異世界人が商売で使ったが普及しなかった、調味料を作り出した。

 おいしかった。

 正直異世界人たちのも同じ味だったのであろうが、恨みや辛みが先に立ち、あの時は、味などわからなかった。

 思えば彼らは神に許された人たち、あの蛆虫どもと一緒にしてはならなかったのだ。

 その調味料を食べた人間の中で私と同じ理由で拒絶したのは主人だけだったのだろう。

 私たちはあの凄惨な現場を直でみている。

 私達はきっとどんなに善良な異世界人でも、今後許すことはない。

 他は家族達は単純に口に合わなかったのだろう。

 独特な食感やあの色合い、味わいに忌避感を抱くものは多いだろう。『おいしくない』と言われて、ちょっと落ち込んでいるかわいいマイルズを見る私の心は不安でかき乱されていた。


 3つ。異世界食品を生み出したマイルズが異世界知識にかかわっているのは確定だ。

 だが、どうやって? 思い悩む私にマイルズは言ってはならない発言をしてしまう。

 

「おばあちゃん、ずっと黙っていたけど僕なんと異世界人だったんだ!」

 殺気を抑え込むので必死になりながらも私はこの世界に流れてきた害悪どもの話をする。

 正直3歳にする話ではない。

 怖がりながらも必死に話を聞くマイルズに私は強い罪悪感を抱く。

 話の終わりにマイルズは『転生者』という聞きなれない言葉を私に投げかけた。

 即座に私はその意味を理解した。

 神の1柱に『転生神』がいることを我々は神との交信で知っている。

 つまり、あるべきマイルズの魂に異世界の魂が影響している。もしくはマイルズの魂が侵されている。

 私は今日の予定をキャンセルしマイルズを連れ足早に目的の神殿へ向かった。

 突然の私の来訪に神官長がおびえていた。だがそのような些事気にしてなどできない。

 私は入り口近くの託児所にマイルズを預け、手早く神託の間を借り受けた。目当ての神と会うためだ。彼なら、我々に便宜を図って口を滑らしてくれるはずだ。

 神託の間から人払いをする。ここにいなければ神との交信を盗み聞かれることはない。

 全員退出したことを探査魔法で確認し、交神の魔法陣に魔法力を流し込む。そして私の手から無造作に国宝級とか呼ばれた私物の魔石を空中に放り投げる。

 気づくと白い世界にいた。

 目の前には軽薄そうな長髪の男が椅子に座り退屈そうに頬杖をついている。

 

「おや、珍しいお客さんだ」

「お久しぶりね」

「ん?おやおや、君らしくもない」

 そういうと男は軽く手をふるうと、どこからか悲鳴が聞こえてくる。


「神への不敬は神罰が相応で~す」

 男はけだるげに手をひらひらさせている。

 私の油断が招いたことだが国の主要人物たる賢者が秘匿したいことを覗き見ようなど大それたことを。……神官長には私からも罰が必要なようね。


「貸し1つですね」

「そういうならさっさと人間超越して僕のお仕事手伝ってよ~」

「百年ぐらいしたら考えてあげます」

「わお、この間の三百年から二百年縮んだ! どういった心境の変化?」

「今回の貸しで百年短縮、これから聞きくことに答えてくれる、って信じてるからさらに百年短縮よ」

「いいね~、そういうとこ好きだよ~」

 椅子の上でくるくる回る男は3回回ったところで女に変化する。


「で、聞きたいことって? 何でも恋だよ!」

 聞き違いと信じたい。変な文字使ったなこの神。


「私たちの孫、マイルズについてよ」

「わぉ、既読スルーへこむっす!」 

 何言ってるのか理解できないけど、理解する必要のない事だと理解できた。


「最近『転生』だ何だと言い出して、知りもしない『異世界』の知識を使いだしたのよ。もしかしたらそちらの転生システムの不具合で私のかわいい孫に…」

 不敬であろうが、何であろうがかまわない、私はまだふざけている彼女に殺気を叩きつける。

 でもそこは神。

 どこ吹く風といった様子で椅子の上に体育座り、両手首をブラブラさせながらへらへらとして表情は微塵も変化させない。


「はい、はーい。マイルズ・デ・アルノ―ちゃん、ねー。見ちゃうよ―、見ちゃうよー。ゴッドアーイ」

 ふざけながら彼女の両手には半透明の白い板が浮かんでは消える。

 そして、彼女の手が止まった。へらへらとした表情が張り付いた。


「……」

 無言で見られる。

 真面目に対応されて気付く、この神からは感情など感じない。ただただ私から情報を抜いている。

 人間の範囲を超えていると神々からお墨付きをもらっている私だが、彼女と比較すると無力に等しいことを実感させられる。 

 ……短い無言の時間が永遠に感じられた。


「けっつろーん! マイルズちゃんはマイルズちゃんでした! 異世界人の記憶が彼に影響を見せているけど、間違いなく君の孫100%混じりけなしだよ。……今のところは」

「魂に異世界の記憶が混じり混んでいるという理解でよろしいでしょうか」

「うん、それでいいよ」

 安堵のため息と共に疲労していた瞼を閉じた、その瞬間だった。 

 目の前の神からすさまじいい力の波動を感じた。

 油断すると私という存在が消し飛んでしまう。


「あっは、ごめんごめん。あー今日はもう帰って。お願いね~」

 私が返答する前に白い空間は元の神託の間に戻る。最後にあの神が放った感情。それは、『喜び』だった。

 私たちの孫マイルズは何に目をつけられてしまったのだろうか。

 神が現世に力を行使することはできない。……はずだ。

 私は混乱する頭を切り替え、無礼を働いたものの末路を確認。

 神官長へ沙汰を下しマイルズを迎えに行った。

 迎えに行った先のマイルズは神官の腕の中で泣き疲れて寝ていた。

 その後不安からべったりと甘えるマイルズを連れ家路についた。

 べっとりと張り付いた不安を抱えながら……。


とある神様の視点――――――――――――――――――――

 珍しい客が来た。

 このつまらない仕事にも刺激が必要だ。人間君の訪問は私にとって喜びだ。

 遊びに来た人間から追い求めていた情報が飛び込んでくる。

 私は大人気もなく客を追い返すと応接室から神の作業フロアへもどる。


「あれ課長ご機嫌ですね」

 部下の3級神くんがスキップする私に声をかける。


「まぁね~」

 たかが3級神風情に感情読まれるほど私は浮かれているのかいかんなぁ。

 ほおが緩むのを感じる。

 オフィスの自席にどっかりと腰を落とす。

 手元にある情報に再び目を落とし、その名前を確認すると再び頬が緩む。


「せんぱーい。みーつけたぁ」

 こっそり呟いたつもりだ。いや実際に小さな声であったが、通常の喧騒が嘘のようにオフィスが静かになった。響いているのは内線の呼び出し音のみだ。


「諸君、いかんぞー。我ら神々は愛すべき下界の者達のためにはたらなければならんよー。はい、キリキリはたらこ―」

 これだから、身の丈に合わずに神になったやつらは嫌いなんだ。どんと構えられないのかね。嘆かわしい。

 サテ、アノ世界デワタシノ手駒ハ、ダレダッタカナ?ウフフ

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