第77話「救出出動」
私たちは山中を進みます。
クロード君とポール君とは爆発のあった夜に別れました。
彼らはロバ2頭引きにした荷車に揺られ2つ先の村を目指してもらいました。
次の村まではカモフラージュとしての罠設置を依頼して。
最後まで渋る2人に私は囮役の重要性と、なりより2つ先の村にまで来ている反乱軍への伝令に行って貰う重要性を説きます。
……正直いましょう。彼らを逃がすための嘘です。
2つ先の村まで来ている反乱軍は先鋒です。
今私たちを追っている教都守備軍が出張っているのであれば次の村への侵攻はしないはずです。
何せ反乱軍本陣はもっと後ろのはずなのですから。
決戦に近い戦いを人1人の為に先鋒部隊が決断することはないでしょう……。
ですが、彼らの行動によって時間が稼げるのも確かです。
ですので私たちは決断しました必要最少人数で山を抜け次の村を横目に2つ先の村を目指すと。
正直山をなめていました。
山道ですか? そうそれもあります。でもそれ以上に。
『がぁぁぁぁぁぁ!』
モンスターがいました。
今日は熊ですか……。
獰猛な熊が私たちを目ざとく見つけ襲ってくる。
4足の猛烈な速度に目を見張る。
が
我々の小型結界魔法の前に体を空中にからめとられたように止まります。
そこで見計らった様にクマの体を更にツタがからめとります。
「やぁ!」
エドメ君の裂ぱくの気迫で放たれた短剣の一撃がクマののどに突き刺さる。
『ぐぁぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
痛みに暴れる熊。ツタが切れそうになるところ、私を守る形で後方にいたオーギュスタンさんが加勢に入ります。
そしてオーギュスタンさんも短剣を構え熊の眼球に差し込み……。
『ぐぎゅ』
捩じります。
脳まで至っていれば致命傷になるはずですがいかんせん短剣なのです。
それから交互にエドメ君とオーギュスタンさんは拘束しなおす。そして攻撃するを繰り返していました。
しばらくしてエドメ君とオーギュスタンさんの体力が尽きそうになった時、ようやく熊は倒れ伏しました。
「よっしゃーーーー!」
「やりましたよ!まーちゃん様! 山の支配者クラスに勝利です!」
「2人ともすごいのです!」
照れる金髪少年2人。確かに2m越えの熊を2人で始末できたのはすごいのです。
ですがその為に払った代償は今の私達には大きかった。
そう、2人の体力と魔法力です。
「今日はここで休みましょう」
「……そうですね」
「すみません。もっと楽に倒せていれば……」
しまったのです。喜んでいるところに水を差してしまったのです。
「熊に食べられて違う世界に旅立つより全然いいのです! さぁ早くさばいて熊を食すのです! 熊鍋なのです!」
「……はい」
「まーちゃんさまは食いしん坊ですね」
一応2人の顔に笑顔が戻ります。
では野営するにあたって私も準備しましょう。
懐から数珠つなぎにした魔法石を取り出し魔法力を込めてこの周辺に魔物や野生動物が寄り付かない。具体的には竜の気配を再現させた結界を張ります。
「あ、まーちゃん様。それは私がやっても良いですか?」
魔法力に少々余力のあるオーギュスタンさんが手をあげます。
今後の事を考えると……お任せすることにしました。ちょっと癖のある魔法道具をオーギュスタンさんは見事一回で成功させました。
「お見事なのです。じゃ、外部魔法力を……」
「あー、疲れましたね~、体力もないしー、魔法力だけあっても―」
(棒)が尽きそうなほど棒読みです。そんなに嫌ですか?
「あの感覚はちょっとごめんです」
「あれはないよねー」
2人の笑顔がちょっと腑に落ちません。そんなにいけませんかね……。
その夜、久しぶりのお肉はとても獣臭い熊でした………。
肉だけどさ。
うーん。パンも塩も重要な物資なので味付けは自然になりますが……。
今度は何か木の実をすりつぶして塗り込んでみましょうか……。
--翌朝、森生活3日目の朝。
そろそろ距離的2人と別れた地点の街道に教会軍が到着した頃合いでしょうか。
どの程度足止めができるか。かけなのです。
その日に昼はモンスターの襲撃などなく問題なく進む。
2人の体力が心配なのでこっそりと身体強化を掛けます。これぐらいの魔法は支障なく使えるようです。
そして、珍しく終日モンスターと遭遇せず夜を迎えました。
明日には次の村の近くに出るぐらいの距離に来た。その夕方。
山が燃えるのが見えました。
少しでも早く、少しでも遅かったら見えなかったのです。
小高い斜面を登り切った場所で野営していたので見えてしまいました。
そんなバカな! 山に火を放って何をするのですか?
この乾燥した季節で大規模森林火災?
こちらは風下……くそ、そう言う事か。ここら全域をはげ山にしても私を殺したいのですか!
「まーちゃん様……」
「エドメ君とオーギュスタンさん。聞いてほしいのです」
「「はい」」
「今から無理やりに大きな魔法を使います。その為長く眠りに付きます。お2人には申し訳ないのですが、私を担いで予定通り進んでもらえますでしょうか……」
「「任せてください!」」
エドメ君とオーギュスタンさんがキラキラした目で私を見つめています。
……どこで間違えたのでしょうか……私はこの2人をこんな危険にさらしてしまった。
救世主……ちゃんちゃらおかしいですね。
私は何もできないただの3歳児ではありませんか……たった2人。
この先が楽しみなこの少年たちも守れない……寧ろ守られている。
下唇を強くかみすぎて口の中に鉄の味が広がる。
エドメ君とオーギュスタンさんは集中していると良い様に解釈してくれています。
私は……いえ、もう考えないでやりましょう。
イメージするはゲリラ豪雨。
積乱雲を私たちが来た地点上空に発達させる。地表の温度を上昇させ………あとは現象を待てばいい………今後の事は、次目覚めた時に………考えれば………。
私の意識はそこで途絶えました。
・・・
・・
・
次目覚めた時。昇ってくる朝日が目に沁みました。
そして私はなぜだか結界に包まれて次の村近くの森に1人寝かされています。
私のそばにはどこかで見た様な《メモ帳》が置かれており。その最上段の紙にこう書かれていました。
『まーちゃんさまはお進みください。私たちは時間を稼ぎます。オーギュスタン』
『短い間ですが旅ができて楽しかったです。必ず帰ります。エドメ』
……嘘つき……何が帰ります……ですか……涙で紙がよれているじゃないですか……。
私は叫びたくなる感情を押さえつけ必死に口を押えて大地に蹲ります。
それは5分もない時間。
それは永遠に近い時間。
私はおのれの迂闊さを呪わざる得ませんでした。
しばらくして、落ち着いた私は寄れた次のページがあるのに気づきます。
「………フランス語はわかりませんよ。オーギュスタン君」
かろうじて署名だけ読めたそのメモ帳を抱きしめ、私は思わず苦笑します。
そして立ち上がり村の方へ進むのでした。
前途有望な少年2人に無謀な選択をさせてしまったのは私です。
その意志だけは無駄にしてはいけません。
私は異世界魔法の光学迷彩とこちらの魔法の身体強化魔法をかけて村に向かいます。
反対側の森を抜けるために………。
オーギュスタンの視点――――――――――――――――――――
俺達は村の近くまで来てまーちゃん様を降ろす。そして結界を構築する。
まーちゃん様は大変よくお休みになられている。
思わず頬を突くと不機嫌そうに寝返りを打つ。その仕草はまるで実家の父のようだ。
ふふふ、と小さな笑いが漏れてしまう。
「何々、まーちゃん様で何遊んでるの?」
ニヤニヤしたエドメが近付いてきます。
不思議な縁だ。
俺がこの世界に流されたとき最初に俺を見つけたのはこのエドメだ。
そして今最後の舞台に立とうとしている時に一緒にいるのもエドメだ。
「まーちゃんさまのほっぺたが柔らかいんだよ。もうなんていうか可愛すぎ♪」
「あーわかる、僕もやる! ………かわいいー、でも仕草がちょっとおっさん!」
「だよなー」
笑いあう。この過酷な世界でも俺には友達がいた。先に逃がしたクロード君とポール君も俺の友達だ。
13歳の時にこの世界に流されて不安でつらくて仕方なかった。そんな1年を励ましてくれた3人とは死ぬまで一緒に居たかった。
「今更だけどエドメはまーちゃん様と一緒に逃げ………ってぇ」
蹴られた。意外と短気だな。
「お前だけだったらすぐ見つかって囮にもならないだろ?それに痕跡の残し方も下手だろ?」
ちぇ……いいところ見せようと思ったのに。
「残るなら…………いや、やめよう水掛け論だ」
「ああ」
「お前、僕にも隠したままにする気か」
エドメの視線は俺の背中に向かっている。
「良く分かったな……」
「いつからだ?」
「先週。……教会で受けた儀式じゃダメみたいだ……」
「……神殿に行ければ……」
俺の背中の光は教会が言う奇跡の儀式で一度落ち着いた。でもそれは崩壊を一時的に止めるだけだった。
もうすぐここに来た時の様に白い光が俺の背中からあふれてくるだろう。そして残されたカウントがどの程度なのかわからないがいずれ死にゆく。そんな運命だ。
「この国、神殿ないしな~、ないものねだりはつらいぞ」
「もしかしたらまーちゃん様なら……」
「……やめよう。これ以上この小さな英雄様に、いや救世主様の負担にはなりたくないしな……」
俺は不意に天使の寝顔のまーちゃん様を見る。この方にこれ以上負担はかけたくない……。
その俺の姿を見てエドメの顔はさみしそうに微笑んでいるようだった。
「ほんと、英雄だよな。見た? この間街道を雑草で埋め尽くした魔法!」
エドメは一転して明るいようで言う。そうだ、落ち込んでいてもしょうがない事だ……。
「それをいうならさっきの大雨の魔法は奇跡のレベルだぜ!」
「だよなー。僕たちはこんな英雄様と旅をしたんだな」
「ああ。でも英雄様もまだ幼子だ。うちの妹より小さいんだぜ」
「まじか! お前異世界に妹いたの!」
そこに喰いつくのかよと笑ってしまう。
「居た居た3つ下」
「お義兄さん!」
「お前! 異世界にでも行くつもりか!」
「お前の妹なら美人だろ?」
「え?」
「尻隠すな! そんな趣味はねぇ!」
笑いあった。笑い声はやがて小さくなる。そう、夜が明ける前に出なければ。
最後にまーちゃん様を見て呟く。
「俺の大事な信仰を守ってくれてありがとうございました……」
そう。俺の知る信仰は、家族と大事にした信仰は、もっときれいなものだった。
それはまーちゃん様が皆に示してくれたような優しいものだった。
俺にとってそれだけでまーちゃん様の為に命を使うに値することだった。
その後まーちゃん様への《遺言》を残して俺たちは行く。
…………でも知らなかったんだよ。これが最悪手に近いなんて。
思いもよらなかったんだよ。
まさか、まーちゃん様が俺たちをそんなに思ってくれていたなんて…………。
もうやり直しなど効かない。
俺たちは山を走る。まーちゃん様が導く、切り開く、この国の未来を。
大切なあいつらが笑って生きてられる明日の事を想いながら。
教都防衛軍第三軍団長テレーズの視点――――――――――――――――――――
それは清らかな朝だった。
こんなにも国が乱れているのに、この村もすべてを開け渡し逃走しているのに。神聖なほど静かな朝だった。
私の後ろにはヤンが控える。我が騎馬隊100名が控える。
私は違和感を頼りに何もない空間に槍を振る。
かすかな手ごたえ。
それと同時に頬に一筋の傷を追った救世主が現れる。
やはりここに来たか。
われらの馬を一時的に天馬にしてかけてきたかいがあった。
「これはこれは、救世主様さがしましたよ~」
かわいらしい男の子。もう10数年したら好みに育つかも。
でも。残念。
ここで終わりだ……。
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