第76話「引きこもりも自立できれば立派な職業1」

 それはマイルズが窮地に陥っていたのと、時を同じくして各地で発生した。


「罪人を引っ立てろ!」

 ここ北部最大の都市。その城門前。鎮圧出動した教会軍は籠城する裏切者を含めた民兵を前に攻めあぐねていた。

 そもそも、こちらに来るまでにゲリラに襲われ糧食を奪われ、焼かれた。

 もはや教会軍として長期戦など望むべくもなかった。

 だから、彼らは民を見せしめとすることを選んだ。

 引き出されたのは地方教会に軍に召し上げられていた北部最大都市の元住民だ。

 その姿はひどく痩せこけていた。騎士たちの食べ物が枯渇している現状で食べさせるものなどあろうはずもない。

 体の各所に青あざ。右腕は骨折してそのまま放置されたのであろう不自然な形をしている。そして何より左腕がない。


「聞こえているか! 叛逆者共! これより1時間後に貴様らの同胞シャルロを神の裁きにかける! 神に逆らいし愚か者どもよ! その目に未来の自分の姿を焼き付けるがいい!」

 都市内より騒然とした音が聞こえる。派遣された軍の軍団長は満足げにほくそ笑む。

 このような事象が各地で起こっていた。

 これはマイルズの計算外である。

 そもそもマイルズの中の大人理論は平和な日本のサラリーマン。

 戦争マニアでもないし、戦いなぞ好きでもない。

 だから、マイルズの計画では長期戦に優位な状況にある各都市がひきこもる。

 同時にマイルズは司令部たる教都で派手に破壊活動する混乱して宣戦全域が停滞する予定だった。

 そして時間的に食料的に追い詰められた教会軍は無茶な突撃を繰り返すだろ。

 それに耐えられれば南から反乱軍主力が国の中枢を制圧する。そして南から教会軍を挟撃できるようになる。

 そうすれば状況はさらに好転すると。

 だが、それは現代の人間の思考。

 中世の戦場では民を使った心理戦など初歩だ。


 自分たちが治める民を、生産力を減らす? とか反乱の種だ等、マイルズは考えたようだが一般的に中世、近世での戦争にかかわった者達への報酬は攻略した街での「略奪」と「強姦」なのだ。

 民の命など金貨一枚の価値もない。生産力?

 放っておけばボコボコと増えるではないか?

 そう返答されるのが中世なのだ。

 この時をもって各地の反乱は次のフェーズへ移行した。

 マイルズが想定した有利な持久戦の後に南部と合同の挟撃作戦ではなく。

 血みどろの乱戦へと……。

 ここで後世に記録されている北部最大の都市で騎士団ごと反旗を翻した高潔な女騎士団長ザザの言葉を紹介する。


「聞け! この場に集まりし同朋よ!

 これより我ら同士であり、友であり、親であり、子であり、兄弟である!

 そして今我らが友が、兄弟が、子が、無残に殺された!

 私はこれを騎士の誇りと神の教えの元、許容することはできない!

 進むぞ!

 その先に血だまりがあろうが、我ら家族の屍があろうが!

 これ以上あのような野蛮な輩共に国を! 家族を! 1秒たりとて、1つの土地とて、任せることはできない!

 ゆくぞ! 我らこれより修羅に入る! 鬨の声を上げろ!!」


 数日の戦闘の後、ザザは相手軍団長ジークを打ち取り北部戦線を一気に推し進めた。人的、物的被害は醜女衆を参謀として想定したマイルズの予測の数十倍に至る。


 だが、後世の国民は誇らしげに言う。

『俺たちの祖先は誇りを持って言ったんだ「人間としての尊厳を自らの手で勝ち取ったんだ」とね』


 教国の内乱は積もりに積もった火種に盛大に引火し激しく燃え上がっている。

 もはやだれにも止められない。

 だが、激しく炎は燃焼物をすべて燃やしきりすぐに消える。

 この乱戦がなければその後の統治も平和も遅れてやってきただろう言われている。


 だから後世の国民は誇らしげに言う。

『俺たちの平和は名も残らなかった英雄が積み上げたんだ! その中に俺の曾曾爺さんもいたんだよ! すげーだろ?』




教都防衛軍第三軍団長テレーズの視点――――――――――――――――――――

 罠発見時点から2日が経過した。

 昼夜問わず行軍させたが半日前から罠の質が変わってきた。

 そして今。


「落とし穴だけになったな……」

「全力で逃げ始めたのでしょうかね」

 ヤンの言葉を聞き地図に目を落とす。

 次の村まで馬で1日、ロバなら2日。

 私は地図から視線を外し次の村の方向を見る。小山。街道はこの山を迂回するように続いている。

 街道は昨日より雑草が生い茂る草原の様になっている。これでは落とし穴の判別が難しい。


「山か……今の季節は乾燥しているな……」

「テレーズ様……」

「山火事とは恐ろしいものだな、ヤンよ。しかも風向きは次の村に向かっているではないか」

「承知。弓兵隊集まれ!」

 半日後思惑通り大雨が山に、局所的に降り続いた。

 ああ、可愛い救世主だ。素直でよろしい。


「騎士レオ、いけ。山でかくれんぼ中の子供を狩るぐらい、おまえにもできるであろう。槍部隊と弓部隊も貸してやる。必ず救世主を探し出せ」

「……わかったよ」

 ここまで来るのに失った兵たちでも想っているのだろうか?

 たかだか200名程度の歩兵ではないか。

 救世主が手に入るのであれば安いものだ。

 ……そんな計算もできんから貴様は薄っぺらいのだ。




魔王の視点――――――――――――――――――――

「妃よー、チョー怖かったー」

「よしよし」

「チョー疲れたから、やすもうよー」

「……待てや、魔王様」

 ヒューゴに止められる。

 ちょっ、空気読めよ。俺これから妃とお部屋で愛を確認するんだから♪


「……魔王様、ポンコツからお早く復帰しやがってくれないと謀反しますよ?」

「敬語の中に密かに隠れた無礼!」

「いえ、無礼だけど正論ですよ」

 な! きっ妃。お前まで……。


「ちゃんと仕事しない魔王様なんて、……嫌いになっちゃいます」

「俺! 復活! ヒューゴよ、タウと面会は可能か?」

「チョロイン……っは、確認してまいります」

 まてやチョロインってなんやねん!

 俺最強魔王よ!

 どっちかっていうとヒーロー!

 ……ええ、タウと面会可能? ほうほう参ろう。

 白龍が運んできたのはまさに巨大な籠。入り口は無理やり作ったとしか見えない扉。この強引さはルカスの森林魔法か……。

 扉を開くとそこには黒髪の美女が2名。

 どちらかと言うと2名とも美少女だ。その額には運命神の文様が浮かんでいる。運命神の使徒。そうか異世界人か。異世界魔法による治療補助の2人という事か。

 その二人とは反対側に常にタウの状態に気を使っている白髪の壮年人族男性がいる。俺が中に入ると。全員俺に注目し目礼をとる。俺は気にするなと手を軽く上げる。

 タウはベットに乗せられ焦点の定まらない眼をしていた。


「精神支配魔法の解除は完了しております。薬も浄化しておりますが、精神への汚染解除は未だ時間がかかります。壊れやすい花瓶と思って接していただきたい」

 壮年男性の説明に頷くと俺はタウの手を握り声をかける。


「ゆっくり息を吸い、我が目を見よ…………」

「………へっ陛下………」

 タウは私の手を握り返すと私の目を見つめながらとめどなく涙を流す。


「私は……………私は何という事を………」

「タウよ。俺はお前の無事を喜ぶ。我が配下の者すべてがそうだ。だから今は、今だけは気に病むな。我が家に帰ってきたのだ。ゆっくりと心休めるとよい」

「…………はい…………はい………」

「タウよ」

「…………陛下」

「おかえり」

 そういって笑顔を送る。伏して泣き始めた彼女の頭を数分優しくなでながら先ほど手渡された書類に目を通す。


「では、タウよ。安心して休養せよ」

「はい、陛下」

 ……目に少し力が戻っている。この後が大変だ早く元に戻るがよい。

 私は、周りの者達にも「タウを頼むぞ」と礼をすると籠を出た。

 待ち受けていたのはヒューゴだ。


「この書類を会議にかけよ。俺も確認した。タウの記憶ものぞいた。書類内容に不備はない早急に検討を開始せよ」

「はっ…………」

 ヒューゴは後ろに控えていた部下に書類を手渡す。


「して、魔王様。この後はいかがされますか?」

「…………疲れたから。妃と休憩してくる♪」

「さすがでございます! 会議にご臨席いただけるのですね!!」

 あれ? 声聞こえてる?


「ヒューゴのバーカ、くそ真面目、合コン反省キング!」

「部下を強制的に毎回合コンに連れてゆく、妻帯者のパワハラ上司に言われたくありません」

 聞こえてんじゃねーか!


「お妃さま。よろしいですか?」

「はい、合コンの『連れてゆく』部分については後ほど お・し・お・き♪ しますので、今はお連れください」

 あ、しまった!

 ばれた!!!

 仕事上のお付き合いとかぼやかしてたのに! 俺のバカバカ!!




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