第129.4話「侵略戦争」
□.キアナ女公爵視点
ラナータ侯爵領主屋敷での作戦会議は紛糾した。
『ラナータ侯爵領都で籠城を主張する派』
『砦での籠城を主張する派と量とでの籠城を主張する派』
『過去と同様に、異世界宗教が製造を開始したであろう狂化薬を止めるため打って出る派』
『ラナータ侯爵領都で籠城を主張する派』は早々に却下されている。
そもそも大都市圏の民に『偉大なる先達』の方々の現状を見られてしまうのはラナータ侯爵領民の希望をくじいてしまう。さらに補給路を介して死の国に及ぼす影響も計り知れない。さらに言えば『愚弟の乱』の際にも使われた狂化薬は『作成者の魔法力に従い7日7晩目的のために動き続ける』薬である。つまりは補給いらずの死兵を生み出せる。だがこの薬を服用すると思考力はなくなり、魔法力で動き続けるため3日目から魔物化し、8日目には干からびて死ぬ。
ラナータ侯爵領都に籠城する場合は良い状態で進軍を止め中央からの援軍を待てる。現在中央と北部で仕掛けられている異世界宗教の工作活動は長く見て3か月で収まるだろうことから有力な策のように思われた。
だが、この場合3点ほど欠点がある。
・『偉大なる先達の方々』の現状を国の内部にまで伝えられてしまうと、異世界宗教の情報工作が長続きしてしまい。援軍派遣が遅れる。
・キノコの群生地を占拠され続けることで時間の経過とともに狂化薬が増加する。しかも使用されていないので状況振りが続く。
・『偉大なる先達の方々』の存在のため主力がラナータ侯爵領都にくぎ付けさせられるため周辺領への略奪が始まる。数に劣る死の国としては戦力を分散、戦後大規模な疲弊を招く。
順に『内部分断の切欠を与える』『敵の戦力向上を座視する』『軍の分散、各個撃破を狙われる』、故に却下となり、砦の放棄は見送られた。
そして私は最前線にいる。
砦は過去の侵攻後に構築された巨大な城だった。常駐する兵がいるため、そこそこの城下町を持っている。普段であれば活気のある場所なはずである。
魔法がなかった時代は女性の従軍は少なく、戦力といえば男であった。むろん女性の従軍もあった。軍は人の集まりである。行軍は長期の集団行動にあたるそのため女性が少ない現場では男色が流行していたりした。その為駐留先で欲望を満たすための準備を行うのも上に立つ者たちの役割であった。組織的戦闘が整っていない時代は民間人への略奪を用意していた。
だが、魔法が生まれた。魔族たちが大きな力を持ち始めた。理知的な彼らは戦争へ秩序をもたらした。そして魔法は女性に適性があった。いまだ軍人の多くは男性である。だが、主戦力は女性魔法部隊だ。
普段であれば活気や戦意を感じられるはずだが、今は異様な静けさが支配している。
「……これを見せられれば致し方なしか……」
望遠鏡を降ろし私は嘆息をつく。
見渡す限りの敵軍の最前面に飛び地のように1軍飛び出した『偉大なる先達の方々』の姿は、死の国で生まれ生きた者にとってこれ以上の衝撃はない。横を見るとグルカーセムも私と同じ表情だ。
これでも我らは万が一に『偉大なる先達の方々』が不在になった場合の想定をしてきた。だから絶望せずに居れた。
「両端に見えます氷の柱は、異世界宗教の者どもがこちらの戦意を削ごうと『偉大なる先達の方々』にちょっかいをかけようとして氷の女王陛下に氷漬けにされたものです……」
物見から敵軍を裸眼で見下ろす私にそっと南方方面軍総司令が情報を添えてくる。
「我が国の誇りを汚されずに済んでよかったというべきか……」
「『偉大なる先達の方々』の力をまざまざと見せつけられたとも言いますな」
私の感想にグルカーセムが乾いた笑いとともに答える。
「我らはこうして見事に戦意をくじかれ、奴らは着実に戦力を整えているということか……」
「今であれば精鋭部隊で敵陣を崩すことも……」
「可能だと思われますか?」
無言。私とグルカーセムに乾いた笑いで答える南方方面軍総司令。
「無理であろうな……」
「然り」
「しかし、このままではこちらが不利になる一方……」
敵陣を見つめたままの私とグルカーセムのやり取りに南方方面軍総司令が口をはさむ。
「……目の前のディールケ共和国革命軍もまた時間経過によって不利になるのでは?」
宰相閣下が仕掛けた魔王陛下の支援を受けたディールケ王国軍のことを言っているのだ。
「正常な判断のできる貴族であればそうだな……、だがかの国は革命時点で正常な判断ができる貴族はみな粛清されている。残った貴族は異世界宗教によって……」
「……強欲な簒奪者の行く末が、欲望もすべてを簒奪された人形とは皮肉なことです……」
「今回、異世界宗教の戦略目標は北部遺跡だ。ディールケ共和国革命軍に我が国を襲わせ、混乱に乗じて遺跡を起動させるそうだ」
「……はた迷惑な話ですな」
「ああ。まぁ、この戦に勝利できれば奴らとしては我が国を占領下に置いてより安定した状況で目的を果たせるのだろうさ」
私はここで一つ大きく息を吐きだすと周りの部下たちを見まわす。
「仕掛けるぞ」
腹をくくった。
「奴らの目標は達成間近だ。さらにボーナスをくれてやる理由はない」
下を向いていた部下たちが顔を上げる。
「『偉大なる先達の方々』の戦力は巨大だ。だが、少数だ。総数100名程度だ。我が精鋭部隊で抑えることは可能だ。その間に『偉大なる先達の方々』の背で悪事を画策している奴らに一撃加えてやろう」
希望が宿る。
「薬を使う?使わせればよい。7日たてば死兵ではなくモンスターだ。戦力を消費してくれれば我らは勝つ!」
部下たちを見る。すぐに彼らは私とグルカーセムに敬礼すると各々の持ち場に駆け出していく。良い部下たちである。
「……勝つことはできませんが、負けることもない。最善ではないですが最良ということですな、さすが姫様」
「ふむ、貴様忘れているのではないか?『偉大なる先達の方々』を誰が抑えるのか、ということを」
「……姫の部隊も一緒ですよね……」
「総大将が先陣に立つなど愚行よ」
「……」
こうして我らの防衛線が始まろうとしていた。
□.異世界宗教幹部
「順調、順調! ぐはははははは」
金髪、ひげを蓄えた巨漢。筋肉だるまの様な40代の男は血が滴る生肉を素手でつかむとそのまま食む。この男異世界宗教幹部である【正義】のドゥガだ。
「王子と魔王の兵は聖竜部隊が国境付近まで押し戻していますからね。じっくりと責められますよ」
中肉中背、人の良そうな20代商人風の男がドゥガを横目に書類をパラパラとめくっている。
ドゥガが、何を食しているのか、知っている。そうこの男の名は【希望】のディニオである。
「我らは今必死に薬の増産をしていると考えているのだろうな、奴らは」
「10万人分の仕込みは既に完了しているのですがね……。希望的観測で戦局を見誤る、というのはいやはや若さですかね~」
そう、情報操作をしたのはディニオである。
「【希望】を与えるのはお手の物か?いっそのこと【絶望】のディニオに変えた方がよいのではないか?」
「おやおや心外ですね、私ほど人々に【希望】を与えるのが上手な者はいないと自負しているのですがね」
ドゥガは敵の砦が活気づいているのを横目に酒をあおり肉を食らう。
「多方面から国を揺さぶられ、希望はおられ、最後に見えた可能性にかける。それも罠だというのにな……」
「おや?同情ですか?いけませんね。神より人と認められているのは教徒のみですよ。他の人のような者どもは家畜なのです。適正に増やし。適正に駆らねばなりません。それが世界を任せられた我ら人間の役割なのですから」
狂気に染まった慈愛。死の宣教師、ネクロマンサー、ディニオ。
戦場にあてられその本性を現したディニオに、食人鬼ドゥガも背に冷たいものを感じる。
「死人が聖人。国の中枢。だからこいつ(ディニオ)に付け込まれるのだ……まぁ、俺は戦えれば問題ない」
ドゥガもまた殺戮へ高揚感に目を細める。
死の国の砦が騒がしくなる。
今まさに異世界宗教幹部の掌の上で戦端が開かれようとしていた。
□.とある探索部隊の通信記録
【2032調査大隊部隊長機】:保護対象イ-2034号、現地名ダイヤキノコの乱獲を現場を確認。乱獲実行者である現地軍に関して、これより殲滅行動に移る。許可を願う。
【総指令機】:許可する。創造主の力を見せつけよ。なお、ゲストが参戦する予定である。誤射に留意せよ。
【2032調査大隊部隊長機】:了解。
死の国防衛軍も、異世界宗教幹部も気づいていなかった。
本当にどうでもよい理由で、南方で亜神軍を圧倒した者どもが資源保護の名目で終結しつつあることを……。
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