閑話「とある魔導公爵の一生」

長く長くなってしまいました。(体力ぎれ・・・)

魔導公爵の一族の誕生秘話と初代様、死の国編で出るかも?な話です

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 ロマノはアルキア王国第9子である。

 王位からは遠く、また長兄は息災。

 未来は爵位を賜わり、王家を盛り立てる使命を自認していた。


「ローニーは将来何になりたい?」

 地方視察から戻った次兄が、膝の上で甘えるロマノを優しく撫でながら尋ねる。

 この時次兄ジョル16歳、ロマノ5歳であった。


「スッゴイ魔法使い!」

 ロマノには同い年の兄弟がロマノを含めて7名いる。

 全て王の嫁が生んだ王子達だ。

 王子2名のあと暫く空いた為、王とその周りが頑張り過ぎたようだ。

 故に、ロマノは王子にしては奔放に、そして母達や兄弟に愛されて育った。

 同い年の兄弟とも友好な関係にある。

 彼らは幼いながら、なんとなくだが、【自分たちは大人になれば兄を支えるために働く仲間】なのだと理解していた。

 天真爛漫なロマノの発言に次兄は押し黙る。

 魔法使いといえば聞こえはいいが、この乱世に魔法使い等といえば、【単なる兵器】である。

 人類の生存圏は狭い。

 少し外れればモンスターの巣窟。

 森に山には精鋭ハンターしか入れず、少ない平野は人間同士での奪い合いが絶えない。

 その為、魔法使いが存在する。

 遠距離攻撃が可能な彼らは正しく戦力として扱われる。

 ……そう、彼ら魔法がモンスターに向くことはない。

 絶えることのない他国の侵略。その力はそちらに、防衛に、人間同士の殺し合いにさかれる。

 魔法使いとは兵器である。

 待機時間は研究者でもあるが。

 効率の良い攻撃魔法を考え、研鑽する軍事の専門家である。

 発生した魔法は一般に転化することはない。攻撃的過ぎて……。

 次兄はロマノを撫でながら、現実を知らぬ弟にどう伝えようかと困惑する。

 結局伝えず。次兄はロマノの夢に耳を傾け続ける。温かく、優しい、叶う事のない弟たちの夢を。


「あにうえ、お祭りのときは皆笑顔なんだよ。それはね……」

 世紀の発見を語るロマノ。

 次兄は、この弟が愛おしくてたまらない。


「お腹一杯になると、みんな幸せだからなんだよ! だから僕たちはひとりでもおおく幸せにしてあげたいの!!」

 王家とは言え毎食贅沢しているわけではない。

 むしろ父王は『王族たるもの教養として贅沢を知れ。しかし普段は質素たれ』と言ってはばからない。

 その為、一般市民と大差ない食事をしている。

 故に、育ち盛りの弟たちはいつもお腹を減らしている。

 たまに次兄のお小遣いでお菓子を買い与えると、人目をはばからず、すごい勢いで食べる弟妹達。そのほほえましい光景とは裏腹公式の場では、賢い王子、王女として振る舞う、弟妹達は確かに王族であった。

 幼いながらに公私を両立してくれる。

 それが次兄にはうれしく、そして誇らしかった。

 次兄ジョル。

 集団戦闘に勇名を馳せたアルキア王国の名将。

 これはその若き頃の姿である。

 魔法の才なし、王の次男坊はモンスターハントの道を選び、この後数年王宮を開ける。その間に得た伝手を辿り、民を守る兵士とハンター組織を立ち上げ、ハンターと王立軍をつなぎ後世にうたわれる英雄の基礎は、この年月に培われる。

 ……そして先程の微笑ましいやり取りから数年後。

 次兄は兄王を支えるため王宮に戻ってき、弟たちに驚かされる。


「はぁ、王宮は別世界だな……」

 王宮の姿に次兄はため息を漏らす。

 食うに困る巷では着飾ることも最低限であり、体を拭くのも数日に一度。

 そのため香水が流行ってい足りする状況だ。

 それに比べ、王宮は華やかである。

 食うに困らないし、日に数度も着替える。たった数年城下で過ごした次兄だが、自分が生まれ育ったこの環境に、既に違和感しか覚えない。


「兄上!」

 上品な王宮の雰囲気を打ち破る様に、弟が飛び込んできた。

 次いで弟の教育係が焦った顔で追いかけてくる。


「ロマノ、久しぶりだな。みんなも元気か?」

「元気だよ! そうだ、みんなにもの顔を見せてあげてください! 今からいきましょう!」

 ロマノ8歳。今だ次兄から見れば幼い子供である。

 城下を思えばほとんどの子供が仕事している歳なのだのが、これも国の顔として王族故、必要な教養レベルが高いためである。そう次兄は納得しつつ、ロマノに手を引かれて王宮の片隅を進む。

 次兄が連れてこられたのはこの国の前に存在した王国で、王家が最後まで抵抗したといわれる【城のはずれにそびえる崩れかけであったはずの塔】であった。

 次兄の記憶にあった塔周辺は、小さな池を中心に放置された庭であったはずだが……。


「みんなー、兄上が帰ってきたよー!」

 あるものは整えられた畑から立ち上がり、あるものは塔の前で4人で議論していたところでこちらに駆け寄る。そしてあるものは、以前は放置されていつ崩れるものかと思われていた塔だったもの、現在は奇麗に修繕されている塔から駆け出してくる。


「「「「「「兄上おかえり!!」」」」」」

 弟妹達は満面の笑みで次々と次兄に抱き着く。

 次兄はきれいすぎて違和感を感じていた王宮で、このかわいい弟妹達似だけは癒された。だがここで、次兄は違和感に気付いた。

 弟妹達の手に簡素な木簡が握られていたのだ。


「みんな、元気なようで何よりだ。……で、皆が手に持っているものは何だい?」

「うん! 僕たちは元気だよ!」

「兄上兄上! 僕の成果見て! 見て!」

「こら、お前の成果より俺の方がすごいだろ! 俺のが先だよ」

「あんたら、落ち着きなさいよ。あんたらの成果だって私の基本成果ありきなのよ。まずは私が兄上に褒めてもらうのよ。我慢なさい」

 各々自信ありげに次兄に話しかけるが、次兄は状況が分からず困惑する。

 よくある久しぶりに帰ってきた年の離れた兄に、お稽古の成果を見てほしい。……という雰囲気ではなかったからだ。

 次兄は何がないやらわからなかったが、弟妹達はまじめな顔で言い合っている。


(成果?何の話だ?)

 そこで次兄は自分の袖を引っ張るロマノに気付いてそちらに視線を向ける。


「皆兄上が困ってるよ。ちょっと落ち着こうよ」

 この7姉弟の7番目、末の弟であるロマノに言われ、冷静になった弟妹達は今の状況を理解して一様にしょんぼりとする。

 次兄は苦笑いを浮かべながら1人1人頭を撫でてやる。


「で、成果ってどういうこと?」

 そして最も聞きたいことを聞く。


「ふふふ、この3年で僕たちは!」

 自信ありげに7人の中で長兄とである、子供ながらに鋭い目つきのアルシェイルが声を張り上げる。次兄は『これってマナー講師に見られたらお説教者だな』と想いながらも、弟妹達が事前に練習して息を合わせたように次々と言葉をつなげる光景を、微笑ましい気に眺める。


「攻撃しか能のなかった魔法を!」

 次女のファミアス。手先が器用で勝気な女の子だ。


「作業への転用可能な魔法に!」

 よく食べて横幅が広がってき、いや丸々として可愛らしい体系の四男ルークスが体全体を使って畑を指す。次兄はつられて畑を見る


「この荒れ地を使って!」

 緑豊かな農園を背に、ファミアスをさらにボーイッシュにした短髪のズアミルが胸を張る。


「実験していたのです……」

 キョロキョロと自分の出番を伺っていた次男イエリアが焦ったように言う。

 噛まなかったことを周りから褒められて照れている。


「見てください! この魔法実験用の農園を!」

 三男ノマが得意の剣ではなく鍬くわを振り上げる。


「見てください! この魔法で修繕された実験塔を!」

 最後にロマノが胸を張る。

 次兄は圧倒された。

 農場はどこでも見たことのないきれいな農園である。

 実っている実の市場に流れる実の倍はありそうな大きさである。

 何より狭い土地で考えられないほど実り豊かに見える。

 さらなる衝撃はこの塔周辺の環境を7姉弟のみで、【教育の合間を縫って】整えたという事実だ。


「……信じられん」

「兄上、僕言ったよね。僕たちは『みんなをえがおにするの!』って」

 7人の弟妹達はそこで声を合わせる。


「「「「「「「魔法はみんなをしあわせにするためにある!」」」」」」」

 次兄は満面の笑みを浮かべる弟妹達を抱きしめる以外何もすることはなかった。

 その志が愛おしかった。

 もう現実を知っている歳であろう、現実と向き合いながら……戦っている。

 幼いと嘲笑されることもあっただろう。一考もされず戯言と笑われたこともあっただろう。

 それでもあきらめず、この愛しい弟妹達は無理を通すために努力したのだろう。

 幼いながらも現実に抵抗したのだろう。

 その苦難の道は城下で苦心した次兄には理解ができた。

 そしてその上でこのような笑顔をとれる弟妹達を、次兄は心の底から誇らしかった。


「でもね……」

 悔しそうにアルシェイルがうつむく。


「実は大きくても味が大味なんだよ。作ってもらえるか微妙なんだよね……」

 民は生きるのにギリギリの生活である。だが収穫量が増えるのであれば歓迎されるのでは? と次兄は慰めようとした。


「そのまえに、来年も、いや次の収穫時に土地がどれだけ元気でいられるかだね。続かないと意味がない」

 気の弱いイエリアが木簡の数字を睨みながら頭を抱える。その姿に気の弱さなどかけらもない。問題を乗り越えようとしている男の姿だった。


「だから小麦の収穫量を増やすための品種改良。育成方法の確立こそ急務なんだよ」

「作業効率の向上も必要になるね。そうなると道具の開発だね」

「道具って言ったって高価になったら意味はないよ?」

「土に関してだって利用やたい肥、益になりそうなものをその土地の気候を調査して構えないと」

 どこの学者かと思われる会話を始めた次兄の可愛い弟妹達。

 次兄は初め驚いたが、生き生きとした弟妹達の表情にふっと心が軽くなるのを感じた。


「あ、皆、時間みたいだ!」

 収穫用の道具についてファミアスと語り合っていたロマノは、教育係たちがこちらに手を振っているにの気付いた。


「「「「「「「あにうえ! またね!」」」」」」」

 弟妹達はそういうと元気に王宮へかけていった。まるで田舎の子供である。


「ふふふ……いつもこうなのかい?」

 次兄は苦笑いを浮かべながら木陰に隠れる【それ】に尋ねる。


「いつもこうでございます。侍従たちは苦労しております」

 年若い女性の声が空から降ってくる。


「そうかそうか、いつも弟妹達が世話になってる。ご苦労様」

「いえ、若君たちが国を想い、努力されていることは……1人の民として至上の喜びにございます。……それよりジョル様。私は影にございます。陰に気やすくお声がけしないでください。……あと、完璧に居場所を把握して視線で追跡するのもやめてください」

 怒られてしまった。とばかりに舌を出す次兄はその後、しばらく弟たちの畑を見学し、気をよくして王宮に戻った。そしてその様子を長兄に報告した。ちなみに長兄も苦笑いであった。

 苦しくも前御向き笑顔で様々な脅威に立ち向かった。アルキア王国始まりの時期とはそんな時代だった。

 次兄がやる気を増したこの出来事から、10年の月日がたった……。


 若いアルキア王国は、王宮から派遣される技術師団のおかげでその土地にあった物を生産し、生活の基礎である食を整え、国を豊かにする次の段階へと移行しようとしていた。

 次兄ジョルはハンター組合長となり、国内のモンスター被害を抑えるべく組織を大きくした。そしてその成功体験を他国へも惜しみなく提供している。

 同時に次兄は対人間である国防組織で、3人しかいない将軍職にも任官していた。その為多忙を極めていた。

 彼の癒しはたまにハンター組合に顔をだし、高難度のモンスター討伐依頼を受け、ついでに生活に便利な魔法を提供し、対価としてお小遣いをねだりに来るイエリア、ノマ、ルークス。

 そして同じくたまに将軍としての執務室に、他国への威嚇のための軍事行動に同行し、同時に最新の攻撃魔法を提供する代わにお小遣いをねだりに来るアルシェイル、ズアミル、ファミアス、ロマノである。


「仕事増やされてるような気もするのだがな……」

 そう呟きながらも次兄ジョルはさみしそうだ。

 それはたまに顔を見せに来る弟妹達が、1週間後から半年の予定で西の地へ赴くからだ。

 きっかけは父王からの命令であった。

 高位の魔法使いとして育った弟妹達だが、次兄の当初の予測に反して前線付き、または国の戦力を誇示するための王宮付きの魔法使いには……、ならなかった。

 それは弟妹達が次兄を使って先手をうち続けたからである。

 新規開発された魔法は軍事力となる者は王宮で秘匿とされ、民の生活を向上させるために必要な魔法は広く公開された。

 これによって資質のある者の発掘が簡易となった。

 これによって魔法使いの数の充足が賄われた。

 しかも、生活特に食料の改善があったため本来であれば【成人せず死に至る】率が高かった幼子が生き残り、人口の底上げをし、さらにその中から才あるものが現れ、魔法使いの数の向上に貢献した。

 弟妹達は意識してそうなる様に、魔法を次兄に流していたようだ。

 その為、弟妹達は通常王家として責務を果たすことになった。

 ズアミル、ファミアスの女性2名は15歳の成人と共に国内貴族に降嫁した。すでに2人とも2男に恵まれている。

 アルシェイル、ノマ、イエリア、ルークスの男性4名も同様に結婚し父王より爵位を賜っている。それぞれ嫁と子供がいる身である。

 そんな中でロマノだけは1人であった。

 隣国王女へ婿入りの話があったのだしかし、ロマノ17歳、王女14歳の時、王女は儚くなってしまったのだ。『隣国とアルキア王国の未来』とまで言われた仲睦まじい2人であっただけに、ロマノの心の傷は未だ癒えていない。

 そんな中、父王は7人に向かってこう言った。


『お主らに西の地を与える予定である。現地へ向かい。統治に必要なことを見てくるがよい』

 有能な子を宮廷だけで腐らせたくない親心であり、北に魔族の国、南に獣人の国、西に竜の国と接する難しい土地を安定させたい思惑もあった。

 この土地はそれだけ難しい土地であり、収めるだけの能力を有する領主が居ない土地でもあった。そこを何とか落ち着かせたいという王としての期待と、我が子を活躍させたいという親心が混ざりあったものである。

 尚、このとき王はすでに3か国土地平定への打診を終えていた。北に魔族の国は自国北部の不安定な状況で南の強国を相手に2正面作戦取れず王の打診に好感触の反応を返している。南に獣人の国は拉致された自国民の捜索を条件に受け入れる方針を返答している。ただ両国ともに『竜を制御できれば』と条件を付けてきていた。その為王はこの最大の懸念に対し数年を掛け交渉し、『小さきものの動きに、領土に、我ら関与せず』と返答を引き出していた。



「……異議あり」

 研究棟、と彼らが呼んでいる、幼いころから使っている城の端にある塔。その秘密の地下室でロマノが憮然とする。


「また出た」

 暗い地下室。ろうそくの薄明かりに照らされ7人はテーブルを囲う。

 一番出口に近い下座にいるロマノが不機嫌そうにすると、向かいに座るファミアスがからかうように言う。


「お前もだめだぞファミアス」

 一番奥に座る長男アルシェイルに窘められる。


「なんでさ!」

 2児の母にして軍事魔法研究家、次女ファミアスは不満顔である。


「あなた。3人目がいるでしょ……」

 隣に座る長女ズアミルが窘める。

 魔法道具研究者にして王宮の青バラと称される彼女は、静かにそして優雅に紅茶を口にする。幼い頃周囲から『どんな王子様になるのか』と言われた男勝りの女の子はそこにはいなかった。

 だが、夫に2人の子を持ち『女伯爵』と揶揄される女傑は楚々とした外見とは裏腹、刺すような眼光でファミアスをみる。


「……ちゃんと報告してやるから安心しろ」

 いつからか全員のしりぬぐいに走り回る羽目になっている次男イエリアが、不満ありげな2人の反論を塞いだ。


「それより、今日の議題だ『気候変動により収穫量変化』についてだ。……お前らの我が儘より民の安全だ。ここ数十年天候は安定しているがいつ干ばつが、冷害が来るかわからんのだ。我らでしっかり検討せねばならん。依存は?」

「「ない」」

 気候魔法の開発にはどうしたらよいのかから始まって、ミクロな議論からマクロな議論に発展し、やがて……ファミアスとロマノは西領地の視察のことなどすっかり忘れてしまったのだった。

 ……

 …

 ロマノはこの時のことを生涯忘れることはなかった。


 それから8カ月が過ぎた。

 ファミアスは無事女の子を出産し、周囲から祝福された。

 ロマノは研究経過をまとめ、兄弟の帰りを待った。

 7人で進めていたものを1人で行うのは無理がある。

 現状維持で一杯一杯だった。

 たまに次兄のところに顔を出し『あいつら、きっとこれをしたくないからいったんだ。帰ってきたら僕の研究に突き合わせてやる!』と愚痴っていたのだ。

 それも、半年が過ぎたあたりでぴったりと止み、兄弟の安否を心配する姿に変わった。

 次兄はこの時代でスケジュールが変化するのはよくある事。

 さらにいえば山脈を超えた先にある西の領地である。何かがあって遅くなるなど日常茶飯事。そう思っていた。


「どけ!」

 温厚なロマノが声を荒げて叫ぶ。

 そこは西の領地から山脈を超えた先にある大きな町で町長宅であった。

 ……

 数日前、王宮に早馬がかけてきた。

 魔法軍団の顧問として視察が終わったロマノの前に、運命を知らせる兵が走ってくる。


「ポリナルにて、イエリア様が戻られました。危篤状態です」

 ロマノはそれから先、細かな説明をする兵士を冷たい表情で見下ろしていた。


(この男は何を言っている? 嘘なのか? 夢なのか?)

 兵士には見覚えがあった。王宮付きのエリートだ。

 では夢なのかとロマノは考えた。

 思いつく限り冷静に自分の状態を推し量る。

 人間として必要な機能は動いており、感覚も夢の時の様に鈍くはない。

 冷徹に図るロマノは心配げに見つめる兵士と魔法軍団長をよそに、努めて平静に『ご苦労』というと父王のもとへ慌てず騒がず歩を進める。

 しかし、その様子が兵士と魔法軍団長には心配を深めるのであった。


「神魔戦争が始まった」

 父王のもとへ向かうと大きなアルキア王国周辺地図が開かれており、緊急軍議の様相だった。


「魔王軍と獣王軍が西の領地で激突した。それを好機と見た竜たちが……人間狩りに出た……」

 軍議を一時止め、父王がロマノに告げる。

 進んだ文化を持っていた北の魔族の国、南の獣人の国。その自由で領民に多くの権利を認められたていた両国、その長所を弱点として突きスパイによる工作を仕掛けた西の竜の国が両国国民の深刻な対立をあおることに成功したのだ。


「アルシェイル達は領民を守りつつ撤退したが……」

 その場にいた誰もが悔し気に地図を睨む。


「ポリナルでございますね」

「……ロマノ、何をしに行くつもりだ」

「せめて、イエリアだけでもみっ、……見舞うつもりです」

 ロマノはどうしても【看取る】という言葉を受け入れられなかった。


「うむ。では馬を……」

「いえ、結構です」

 それだけ言うとロマノは部屋を飛び出し、そして王宮上空へ舞った。重力を無視したように跳ねるロマノ。気づけば彼は王都を出て行った。そしてそのまま西へ、言葉通り飛んでいった。


「……規格外よ」

 その場に居合わせた者達は何も言えなかった。

 その規格外。だがその規格外達、国を照らす希望達の内5つすでに亡くなったのだ。周辺国家がそれを見逃すはずはない。

 先を、さらに先を。国の中枢に座する彼らは考えねばならなかった。

 同時に王はせめてロマノだけは無事戻ってきてほしいと願わざる得なかった。


 ……。

 ロマノの気迫の押され民たちは道を開ける。

 イエリアが居たのは町長の家で最も立派な客室だった。

 村長が説明するのは、数百名の領民を引き連れ街にたどりついたとたんにイエリアは倒れた。それ以降目を覚まさず、苦し気に呼吸を吐き続けるだけ……だそうだ。


「イエリア……」

「……ロマノか」

 兄弟の声にこたえて薄目を開けるイエリア。


「……ロマノ。僕たちは領民を守ったぞ。魔族に襲われ、獣人に襲われ、竜に追われた。1人また1人と守るために懸命に……」

「馬鹿野郎、僕はお前らに生きて帰ってほしかった……いきてもっと多い数を救ってほしかった……」

「……酷いな。ロ-二ー……。褒めておくれよ……。僕たちを……、アルシェイルを……、ノマを……、ルークスを……、ズアミルを……。僕らは守ったんだよ?」

「ああ、ああ、ああ良くやった。お前らは王国の、王家の、僕たち家族の誇りだ。でも……お別れは悲しいんだよ……」

「……僕たちの弟……」

 イエリアは虚空に手を伸ばす。もはや目も見えていないようだ。最後、ロマノに会う為だけに意地で生き残った男はすでに限界を迎えようとしていた。


「……僕の家族を、……僕たちの家族を、……僕たちの理想を……。君に託すよ……」

 イエリアの手にすがり、泣くロマノの頭にイエリアはそっと手を置く。


「……ごめんよ、辛い人生になるかもしれない……。……ごめんよ……ごめんよ。もう僕は託すしか……できない……ご……め………………………………」

 そこでイエリアは事切れた。

 不遇の時代に希望を抱き、努力の結果として希望になり、懸命に生きた兄弟たち。

 不幸にも大きな戦火に見舞われ、それでも見捨てることなく、最大限あがき、そしてすべてをやり切った兄弟達。

 彼らの想いを一心に背負い、意地で死を退け続けそして愛しい弟に託した男は満足げに逝った。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 声にならないロマノの絶叫が、街に響き渡る。

 そしてロマノの変化は起こる。


 イエリアが亡くなり1カ月が過ぎた。

 5人の葬儀はつつがなく終わり、各家、家族には経緯を説明した。

 そしてロマノは父王と長兄と次兄と母達とファミアス以外を人払いし、口を開いた。


「僕は精霊眼を手にしました……」

 ロマノはそういうと自らの眼に力を宿す。

 金に輝くその瞳は伝承に残る英雄が持っていたといわれる、精霊にも匹敵する魔法の力を有する眼であった。

 その実際の能力は魔法力の格段の向上と、魔法力の流れを知覚する反則級の能力である。


「ロマノよ……力を持つ者は、相応の責任が生じる……わかっておるな……」

「はい」

「……よい、では後日お前を公爵とする家名は……」

「父上。アイノルズの家名を名乗ることをお許しください」

「……」

 ロマノの家族は全員その意味を理解した。

 母たちは抱き合い涙を流す。

 ファミアスはロマノを睨んでいる。


「あとできた公爵家は、アルシェイルとイエリアとノマとルークスとズアミルの家を分家とし保護下に置き、彼らの中から次期公爵を選ぼうかと思います。……私自身は準超越者となってしまいましたので子を残さないようにいたします」

「……ロマノよ。お前はそれでいいのか」

 切れ者で一見冷酷に見える長兄が眉を寄せる。


「背負うと決めました」

「身勝手な!」

「ファミアス……ごめんよ。でも」

「1人で背負うんじゃない! 私たちは7人で1つの目標を掲げたのよ! まだ、ここには2人いる!」

 涙を浮かべるファミアスを目にしてロマノは反省した。


「……『お腹一杯になると、みんな幸せ。だから僕たちはひとりでも多く幸せにしてあげたい』だったか?」

 次兄が満面の笑みでロマノに問う。


「……覚えてらっしゃいましたか」

「……無論だ。だがそれは1人では無理だ。無論2人でもだ」

「はい。僕と……ファミアスは研究と後進の育成を進め、その目標を目指します」

「当り前よ!」

 その後どこからか温かい笑いが起こり、そしてロマノは公爵となった。

 爵位を賜る際、【魔導公爵】と称されたのは長兄のいたずらである。

 またその時父王が発した『領地は……』の言葉にロマノは不敬にも割って入り『西の領地を』と語気強く言い放ち多くの貴族を困惑させた。

 しかし多くの功績を残しているロマノに、報償をなしで爵位を与えるわけにもいかず、父王はとっさの判断で西の領地と共に王宮の隅の塔近辺を与えるのだった。


「……」

 塔の地下。

 隠し部屋でロマノは数冊の本を手にする。

 ノマが残した気候魔法に関するレポートだ。

 わかりやすく問題をまとめられている。律儀なノマらしい。


「……ノマ。君が不思議がっていた。魔法と気候の関連も僕の眼には見えるよ。君は天才だ。魔王軍と獣王軍と竜が争うことで魔法力の流れは乱れ、気候にもそれは影響する。すでにその兆候は見えている。今ならまだ……遅くはない……」

 ロマノは本を閉じ息を吐く。

 まだここには兄弟たちのぬくもりが残っているように思えてしまった。


「はいはい。自分に浸るのそこまで! 問題があれば対処するのが私たち貴族の役目よ! さぁ、何から始める? 兄弟」

 ロマノは微笑み、そして具体的な対策をファミアスと話始める。

 やがて、それは分家の者達を、ファミアスの家の者たちを巻き込んで大いに議論され、国を救う対策として進んでいく。

 ……やがて来るノマが予測した干ばつの際に民を飢えさせないために。


 それから……24年が過ぎた。

 魔法力異常がもたらした災害から、アルキア王国は何とか最小の被害で乗り切った。

 こうれによって王宮内での魔導公爵の存在は更に大きくなった。

 救国の英雄とまで揶揄される。

 一方次兄の方も10年前に東に接する帝国の侵攻を、その手腕をもって退けたもう一人の英雄となっていた。

 早くに退位した父王に変わって王位についた長兄にその英雄達は首を垂れ、そしてうまく制御されている。

 この困難の時代、長兄もまた賢王として頭角をあらわそうとしていた。


「……」

 ロマノは今、1人の青年を見ている。

 長兄も次兄も次代に託す準備をする中で、ロマノも自らの後継を見つけていた。

 いつの間にか塔の地下室は、【ロマノたちの目標を理解する若者が集う場】になっていた。

 家で学び、一族の集会で学び、巷で実践して、知を追い求めたものが行きつく場。

 そこには常に7人しかたどり着かない。そして2年でその場を辞する。その後王国では7人組と呼ばれる固い絆で結ばれた者たちが台頭する。

 ロマノが後継に目を付けた者は今の7人組の1人である。

 才はなく、魔法力もない。魔導公爵になるなど一言も出せるはずもない分家の子供。

 しかし彼はあきらめず、才がなくとも、魔法力がなくともできることを求め懸命に生きている。そして一族の者として魔導公爵の目標も忘れない。

 魔導公爵の目標は2つ『お腹一杯にして、皆を幸せに』。

 もう一つは『西の領地を奪還』。

 あきらめない才能を持つ少年、アイシェはアルシェイルの孫である。

 アルシェイルは7人のまとめ役であり、兄たらんと振る舞っていた。だが同時に、ほかの6人に比べ自分の非才を嘆き理解していた人物である。

 非才である。だがアルシェイルは諦めなった。

 才を妬み、心が汚れようが目標を見失わない。短期ではなく長期でものを眺められる男だった。だからアルシェイルは意地と努力で6人と並んでいた。努力家である。そして、その血筋はアイシェにも受け継がれていた。

 今代の6人にアイシェについて聞く、皆同じ反応であった。


『アイシェが次代の魔導公爵なのですね! やった!』と。

 ほかの7人組に聞いても皆、『アイシェ、何か少しでも才があれば彼が相応しいでしょう』と口をそろえて言う。

 ロマノはこの反応に少し呆れていた。

 自分の一族はこうも皆貪欲で、平等に人間を見る。嬉しさで口角が吊り上がるロマノだった。


「さて……」

 ロマノは月明かりに照らされる中、魔法に色々なアプローチを続け記録するアイシェの前に立つ。


「……」

 アイシェは黙って膝をつく。どうやらロマノの存在に気付いていたようだ。


「アイシェよ。魔導公爵ロマノ・ザ・アイノルズの名のもとに命じる」

「……一族の除名でしたら、しばしお待ちを必ずこれにて成果を……」

 必死に縋るアイシェにロマノは、懐かしいものを見た思いに駆られた。そうアルシェイルも最後の最後まで粘り、皆を待たせる男だった。しかも、同じようによく早とちりもしていた。


「似ているな。まるでアルシェイルだ……」

「……いえ、私は偉大なる祖父の様な才はございません……」

「……馬鹿者。自らの才に気付けぬ愚か者では、この先魔導公爵の職責はつらいぞ」

「……しかし、私には本当に才など……は?……今なんと?」

 いたずらが成功した子供の様に満面の笑みを浮かべるロマノを前に、完全に困惑しているアイシェ。

 ちょっとかわいそうかなと思ったロマノは、一つ息を吐き言葉を紡ぐ。


「お主の魔法理論は見事であった。魔法力が小さいからこそ繊細に探ろうとするその感性と努力。我が国の魔法使いに多くのものをもたらした。そしてお主のその目標へ向かって進むことに飢える姿勢はまさに餓狼。しかして品位を忘れぬ。周りに感謝し、非才を周りに当たらぬ。だが貪欲に知識を喰らい身につける……。素晴らしい才能ではないか」

「……」

 アイシェは褒められて赤面している。努力は陰でするものと信じて疑わなかった男の姿だ。


「あ、ちなみに。お主の努力は皆にばれておる。そして皆お主を認めておる」

 アイシェは恥ずかしさのあまり顔を覆いうずくまってしまった。ちょっとやりすぎたかとロマノは反省しつつも。


「アル、君が残した才能が恥ずかしがっているよ」

 昔を懐かしむ。

 少し時間をおいて冷静になったアイシェは、やはり納得いかぬとばかりにロマノに反論する。

 いかに一族に素晴らしい人物がそろっているのかを……。そして自分などが魔導公爵にならなくともロマノが居れば、準超越者であるロマノは数百年の時を生きるのだから。と。


「魔導公爵様。非才の身で失礼を申しました……」

 アイシェはかたくなであった。

 ロマノはそのアイシェのかたくなな姿を通し、アルシェイルが『そうそう我が孫を好きにできると思うな』と笑っている気がした。気がしたので最終手段に打って出た。


「……ななななななな。何故皆さまここに」

 ロマノの最終手段。一族全員招集。

 そして先程の一族全員の長所を語って見せたアイシェに対して、全員が赤面して言葉がない。

 アイシェは更に真っ赤になる。


「ほっほっほっほっほ」

 ロマノしてやったりである。


「ロマノ。趣味の悪いことするんじゃない。アイシェちゃんがかわいそうじゃない。アイシェちゃんがいい子なのは皆が認めるところだけど、魔導公爵にするのはどうなの?一族は良いけど他の貴族から辛い目にあわされるのよ……」

 皆を代表してファミアスがロマノに物申す。


「それならば抜かりない。このアイシェはこのあと儂と同じくらいの能力を得るからな」

「え?」

 全員が、アイシェを含めて目を点にしている隙に、ロマノはアイシェに額に手を置き、術を発動した。

 次の瞬間全員が驚愕する。奇麗な青のアイシェの瞳が金に染まったのだ。


「精霊眼継承の儀、完了だ。扱える魔法力の量も大幅に増えているだろう。さぁ、神殿にいき魔法名を賜っておいで。魔導公爵様」

 ロマノの言葉を理解できず呆然とするアイシェに、今代の7人組の6名が涙を流しながら抱き着く。そして何故だか胴上げを始める。王家に準ずる家の人間がすることではないが、皆、誇らし気にそれを見ている。無論、ロマノもファミアス。


「……いいの? これであなたはただのおじさんよ?」

「……いいさ。これで君と同じになっただけだしね……無言で足を踏まないでくれるかな? 同い年じゃないか」

「……」

 40代独身男ロマノの誕生であった。

 一族は新たに生まれた魔導公爵の下、団結した。

 欲深い他の貴族、他国の王族が、アイシェに受け継がれた力を狙ったようだがロマノは愚かとしか思わなかった。

 あの術はアイシェにしか適用されない術である。

 本来才のないものは無駄な努力はしない。

 どんな手段があろうとも諦める。

 だがアイシェは幼き頃からずっと努力を重ね手段を重ね。人として、魔法使いとして、器を大きくしていったからこそ、その広大な空の器があったからこそ、精霊眼などという大きな力を受け止められたのだ。軽々に力を欲したところで手になどはいるわけがない。


 ロマノが一族の者たちと楽しく生き、更に10年が経った。

 アルキア王国が新王を迎え、5年が経つその年に周辺諸国からの一斉侵攻が発生した。

 神魔戦争がひと段落、小競り合いのみになった影響なのか、アルキア王国が魔導公爵家の活躍により飢えることなく成長を続けていることが憎らしかったのか、ただただ肥えた豚に見えたのか、各国がアルキア王国にその食指を伸ばした。

 まず北の国家群が連合を組み侵攻の兆しを見せた。

 これには即座に将軍となった次兄ジョルの息子が、アイノルズ家から提供された新武装を手に北方の防衛に向かった。

 そして時を同じくして、東で帝国を警戒していた軍より【帝国の再侵攻】の知らせが舞い込んできた。

 これに対して魔導公爵アイシェ率いるアルキア王国最強の魔導師団が出撃した。

 更に悪いことは重なり……【西から竜の侵攻】がある……と獣王から文があった。

 獣人とは高潔な種族である。

 『人間など救うに値せぬ』と言い切るが『戦支度のない者どもへの不意打ちなど戦への冒涜』と言ってはばからない種族。

 故に、この事態に対する嘘はない。これに対してはやる気満々のアイノルズ一家と引退した魔導師団が引き受けた。

 北方は簡単に片が付いた。

 それはもはやこれは戦争ではなかった。

 戦後アルキア王国は多額の賠償金と北東の領土を得た。

 ロマノ率いる西方も割と簡単に片が付いた。

 竜がホバリングして集結した所を、アイノルズ一族とその配下の【引退した魔導士】たちが対竜魔法を斉射した。

 初手の一撃で半数の竜を落とし、逃亡する竜に2射目を打ち込みほぼ壊滅させた。

 後日人間では目視できない遠目から『ロマノが鼻歌を歌いながら竜の素材を剥いでいる姿』に竜たちは旋律し、さらに監視に気付かれ、ロマノに手招きされ竜たちは人間の、いやアルキア王国に対する認識を変えた。触れればケガでは済まない相手だと。一方アルキア王国側も、竜たちを追撃し西の領地を取り戻すために派兵するほどの余力はないと判断していた。判断したロマノは出兵していた一族の者達の前で涙を流しながらも、敵陣深くまで進攻し防衛戦に移れるほどの戦力は王国を逆さに振っても出てこない。と説明した。西の領地には、南北に未だ戦争中の魔王国と獣王国がある。迂闊に手は出せないのである。

 北と西が落ち着き王都に帰還したロマノがその足で東の増援として向かおうとした時のことだった。


「魔導公爵様、重症。しかし、帝国皇帝を打ち取りました!」

 一報を聞きつけ急ぎ到着した東の陣地は荒れていた。

 数で勝る帝国軍も稀代の英雄である皇帝を失い、戦争継続派と撤退派に分かれ散発的な攻撃しかなかった為、疲弊しきった東の陣地でも守りきれていた。

 ……東の戦闘は当初アルキア王国の有利に進んでいた。

 防衛線ということもあり地の利もあり、さらに精強な魔導兵団の支援攻撃を受け安定した戦いを進めていた。

 しかし、好事魔多しともいうが『打って出てもう2度と我が国に近寄らせるな』という意見が台頭し、国王陛下の『防衛せよ』との言葉を拡大解釈し、積極的にな防衛行動に打って出てしまったのだ。それが全て皇帝の策略だともしらず……。

 気づけは王国兵は圧倒的不利にいた。

 きっかけは後方部隊のはずの魔導兵団への奇襲から始まった。支援攻撃を得られない軍はもろかった。奇襲攻撃に何とか耐えた魔導兵団は皇帝率いる奇襲軍を押し戻し、逃げ戻る味方の為、殿を買って出た。とはいえ疲弊しきった魔導兵団では耐えきれぬと判断したアイシェと7人組は先陣を切り時間を稼ぐ為、敵陣に乗り込んで皇帝を打ち取った。ここで強烈な個人能力を持つ皇帝と、疲弊した魔導公爵が一騎打ちを行われ、僅差で魔導公爵アイシェが勝利を収めた。首をなくした皇帝の遺体が倒れるのと、腹に一撃をもらって大量に血を流すアイシェが倒れるのは同時であった。

 その後、近衛騎士団を蹴散らしていた7人組の1人が慌ててアイシェに駆け寄り回復魔法をかけたが、アイシェは意識を戻らず、7人組はアイシェを背負ったまま何とか帰陣したのだった。

 事情を知ったロマノはアイシェの陣に向かった。

 眠るアイシェはイエリアを彷彿とさせる。

 駆け寄ってロマノが手を握ると、イエリアの様にアイシェは目を覚ます。ロマノは悪寒に襲われる。


「私は……魔導公爵に……ふさわしかったでしょうか……」

「何を詰まらぬことを申す! 貴様以外誰が魔導公爵にふさわしいというのか!」

「……よかった……。私は……なりたかった……。皆を守り……。皆を幸せにする……。ロマノという英雄に……。……貴方に授かった力……お返しします……」

「馬鹿者! 生きよ! そこはあきらめるところではない!」

 満足気なアイシェと金の瞳に変化したロマノ。

 ロマノは冷たくなっていくアイシェの手を離せず半日以上涙を流し続けた。

 その後、魔導公爵の怒りをかった帝国軍は局所的な天変地異により逃走。その後数年帝国各地で天災が発生し戦争どころではなくなり、戦争ですべてを解決する派閥と内政優先派閥の抗争が発生し、栄華を誇った帝国はアルキア王国侵攻後ほんの10年で分裂することとなった。


 アイシェの葬儀後、ロマノは地下室にいた。

 腰が曲がった時の為に賢者の様な杖を用意していたが、意味がなくなってしまった。ロマノは壁にかかる杖を眺めながら思い出に浸る。悲しいことも、辛いことも、楽しいこともあったこの部屋を、1つ1ついつくしむ様に……。

 いつからだろうか。入口の扉が開けはなたれ、1人の少年がたっていた。

 ロマノはこの子を知らなかった。

 魔導公爵を譲って10年。ロマノは引退した爺として国内各地を巡り、民と共に汗を流し、色々な術を伝えて歩いていたからだ。

 今回の急報が無ければ王都には近寄るつもりもなかった。

 ……その子は6つぐらいの歳であろう。

 しかしその瞳には歳不相応の決意が宿っていた。


「じいちゃん公爵様! 逃げちゃだめだ!」

「……ふむ、お主は儂にもっと苦しめというのか?」

「父上が言っていた。『逃げた先に幸せなんかない』って。それを教えてくれたのはじいちゃん公爵様だって! だから、じいちゃん公爵様が逃げちゃだめだ!」

 少年はそれだけ言うと駆けだしていった。

 ロマノは追うようなことはしなかった。


「幼子に励まされるとは老けたかのう……」

「老けたのよ、おじいちゃん公爵様」

「老けたのか、おばあちゃん伯しゃ……痛った。足踏むなよ」

「ふん!」


 そして、さらに20年が経った。

 ロマノが青春時代を供に生きた人間はほぼ見送った。

 そして今年、ファミアスを見送った。


『……』

 ファミアスの最後は言葉もなく夫の手を握ったまま見送られた。

 ファミアスの喪が明けたその日。アイノルズの一族は本家から分家まで全員が集められた。

 そこにこの20年姿を変えない魔導公爵が現れた。その後ろには石でできたゴーレムが付き従っていた。

 その筋の研究者達からは『どうやって姿勢制御を』『いやその前に素材強度だ。重量がそんなに重たくなさそうな足音だったぞ』などささやかれる。


「皆の者、大義である」

 魔導公爵の言葉に全員が膝をつき魔導公爵に敬意を払う。


「長い、長い、人生であった。初めは私を含む7人。皆の笑顔を見たくて進んだ日々であった」

 その言葉に静かに一族からとある感情が波のように伝播する。それは恐れである。じいちゃん公爵様ことロマノを失うことへの純然たる恐怖である。


「エイルよ前に」

「……はっ」

 ロマノに呼ばれて前に出る青年は都心頃なら20半ば、鋭い目つきの青年だった。


「ふむ、お前の父アイシェと同じで飢えておるようだな。素晴らしい才能だ」

 魔導公爵の一族は皆貪欲である。だがその中でも異常な努力を執着を見せるの血族がいる。エイルは才能豊かな男である。だがそれ以上を、そう魔導公爵を目指し日々努力し、まるで月に焦がれる狼のように手を伸ばし続けていた。


「お主が7人組に来ないせいでお主の代は6人組になった。とザイルがこぼして居ったぞ」

「……なっ」

「じいちゃん公爵様! 俺だけじゃないっす! 6人全員っす!」

「おっとそれはわるかったのう」

 おどけるロマノに張り詰めていた空気が緩まる。


「と、すきありじゃ!」

 おどけた次の瞬間ロマノはエイルの額に手を当て術を発動する。

 金の瞳を宿すエイル。


「……くっ」

 口の端から血を流し苦痛に表情を歪めるエイル。


「アイシェより努力が足りんかったようだな。だがすぐに体になじむじゃろ精進せよ。なにせ20年前儂に『逃げるな』といったのだからのう」

 楽し気に語るロマノに一族は皆安堵する。おじちゃん公爵様は残ってくれると信じて疑わなかった。


「さて、ここに儂は役割を終えたことを宣言しよう。そして我が知識はこの案山子に託した。もし知りたいことがあればこの案山子に聞くがよい。筆談はできるようにしておる。儂の力作じゃ! どじゃ!」

 一族に動揺が広がる。


「儂はこれより世界を見て歩く。そしてきっとどっかで死ぬじゃろう……だがこれは儂の我が儘じゃ。しかし我が儘を言えるのはそれだけ皆が成長し、儂と兄弟たちが掲げた目標を皆のモノにしてくれたから言えるのじゃ。だから、今日は儂の旅立ちの日じゃ。我が儘いって遊びに出る爺を……どうか笑顔で送り出しておくれ。儂の可愛い子たちよ……」

 その後ロマノは1人1人と語り合い全てを託し、翌朝誰に気付かれずに王都を出ていた。


 ……1年後。

「定期報告にございます……」

 魔導公爵エイルは陰から報告書を受け取る。


「じいちゃん公爵様は孫と旅でもしていた気分だったのか……」

 ロマノが書類には魔王国を前にして忽然と消えたこと。

 消える前に影たちの懐にそれと気付かれないよう、手紙と金貨を忍ばせていたそうだ。

 手紙はそれぞれあて内容と『これより先危険故探すことなかれ。あ、懐の金貨は家族へのお土産用じゃ♪』と書かれていたとか……。


「死体をさらすのが嫌とか、どこの猫ですか貴方は……」

 これによって魔導公爵家は初代の保護下から完全に抜けた。

 しかし、目標は理想は受け継がれ続ける。

 これより数代後に現れる英雄が全てを成すまで、魔導公爵の一族は進み続ける。


 さらに10年後。


「ここなんか落ち着くのう……おっと、いかんいかん変身魔術が解けてしもうた」

 ロマノはどう見ても白い棺の中で伸びをする。

 その姿は誰が見ても20半ばの青年だった。


「あ……、体全体の力が抜けていく……、死期が近い近いとは思っておったがこんなに早く来るとはのう……まぁいい、ファミアスの後にいくんじゃ、土産話のハードルもあがるしのう。ここ数年で色々楽しんだしそのこと話せば、あやつらも満足じゃろうて……ふむ。どんどん力が……」

 そこでロマノの意識は途絶える。

 こうして初代魔導公爵は後に死の国と呼ばれる王国の山中にある、異世界人が残した遺跡で、ゆっくりと眠りについたのだった。

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