第128.2話「はげ親父ピンチ! 依頼主が音信不通。これじゃただの裏切り者」(前編2)
「ああ~、馬車揺れますね~」
「ふむ、揺れるたびにイスとテーブルが光っているのだが……」
「あ、それ運動エネルギーを魔力変換する仕組みなのです。揺れれば揺れてくれるほどこの安定魔導椅子&テーブルは稼働し続けているのです」
あ、こんにちは。作者の放置プレーでスッカリやさぐれた幼児ことまーちゃんです。半年ぶり!
現在は2週間の旅程で北の異世界人巨大遺跡群へ向かっている最中です。
……。
知ってはいたのですが普通の馬車は揺れます。
原因は道が悪いからなのです。
移動手段や移動方法が確立されている現代ではインフラ整備は、投資に対して高い効果を生みます。
それこそお国が国債刷ってインフラを整えたら企業活動が活性化し、数年しないうちに負債が完済なのです。
でもこの世界、特に中世の世界ではその投資は2つの点から難しいのです。
1つ、メンテナンス費用の捻出。
これに関して領地と国との関係性によってどちらが負担するかを決めることになります。江戸時代の様に徴税権が地方大名(あの時代は西洋風に言うと皇帝(皇帝)と王様(大名)たちで、権力の源泉たる税金は大名が管理していたらしいです)にある為、公共投資は地方大名の責任。いや、街道整備は複数の地方を貫くから。などなど、今のリニアルートの様な敷設後の経済効果、いわば税収という名の利権構造でのせめぎ合い。そして年間発生する保守費用の押し付け合いが発生するのです。大体の安定した中世国王などは皆投資しすぎて、資産よりもはるかに大きな負債を抱える経営なので、地方にやる気を起こさせるのは難しいでしょう。つまり地方権力者に、旨みが少ない、という事です。
2つ、外国の侵攻時の安全保障。
ゲリラ戦略というものをご理解いただけますでしょうか?
戦に敗れ、拠点を失っても山に籠って時間を稼ぎ、地元の人間のみが知る道を使って物資運搬や軍の再整備及び展開で有利を得る。こうすることでどんな不利な戦争でも膠着状態に持ち込み講和。領土の一部と賠償金は奪われますが全てを失うわけではなくなります。地球でも『敗戦を経験しない国は無い』といわれるほどなのです。無論、企業だって失敗しない企業はないのです。その為、組織とは常にリスクへ備えなければなりません。国家で外部勢力からの突然の侵攻というリスクに対応するには街道はリスクが大きすぎる。つまり国内の主要拠点を繋ぎ大規模輸送を可能ということは、敵軍を自国の重要拠点への高速でかつ安全な進軍ルートを提供しまう。それは『決戦の結果が、国の滅亡に直結する』という最大のデメリットになります。
ということで死の国も西に、現在は大国魔王国に取り込まれましたが、魔族たちの国々。北には大魔王陛下の影響下にあり、戦争を禁じられた国々。東には大魔王陛下が崇めている大樹その一族が生えている。そして南、一番の問題、大魔王陛下の言葉を聞かずに戦争に明け暮れる。同種族たる人間の国々。
西と南から唐突に攻められるリスクを考えると、死の国ではどうにも街道整備など中々踏み切れないご様子、しかも北の辺境にある異世界人遺跡群など『馬車で本当に行けるのか?』という道しかありません。
……。
グルンド、獣王国、魔王国は強国であるし、空輸という最強移送手段があるからいいのですが、教国はなぜ街道整備をしっかりしていたのでしょうか?
おかげで反乱が簡単にいきましたが……。
謎ですね……。
ガタン!
大きく揺れました。
外で「車輪が~」とか「車軸が~」とかお約束をしているのでいっちょやってりますか!
「まーちゃん。ステイ」
陰から登場したのはきつめの美少女ことティリスさんです。ジト目で私を見ています。失礼な。
「ティリスさん。私を信じてほしいのです」
幼児のつぶらな瞳で訴えます。
ちょっとした実験がしたいのです。邪魔しないでいただけます?
「……。くっ。じゃっじゃあ、何をするのか教えて?」
くくく。女子はチョロインばかりだのう。
「えーっとですね。ちょっとウッドゴーレムって文献を見つけまして「却下」ちょっと馬車を……決断早くないですか?」
先日、竜人学者さんと一緒にこちらの世界と異世界人が協力して発展させた文化資料を記録した遺物を解き明かした際に、異世界の植物魔法とかいう意味の分からない魔法をこちらの物理魔法で補強して、害獣がきたら動き、音をならす害獣除けこと進化した案山子魔法を発見したのです。これに我が家の秘術を混ぜると……。
「混ぜるな、世界が、危険……」
「興味ある。だが、マイルズ殿。外の連中粛清せぬか?」
呆れた様子で言い放つティリスさんと、書類や遺物パーツを押さえながら殺気を込めながら言う竜人学者さん。
「お肉さん。却下なのです。彼らをここで討ってしまっては折角の『異世界人ホイホイ』計画が潰えてしまいます」
お肉さんと呼ばれてシュンとする竜人学者さん。
今、暴れて彼らの計画に不信感をもたれ逃げ道を作られては元も子もありません。
そうなのですよ。
最終的に『異世界宗教などに溺れ、この世界で生きていく覚悟もない』異世界人さんたちには選択してもらうわなければなりません。『リスク承知の帰還』か『この世界との調和』かを……。
---一方その頃、禿親父ことムライさん
「返事がない。ただの屍の様だ」
「……。」
「……。ええ、そうですね。聖死人でしたねあの人たち……」
現実逃避中だった。
「ムライ! 能力のないお前だが、今回の手際見事である」
ガハハハッっと笑う。ガタイの良い金髪の白人男、聖人ドゥガはムライの肩を嬉しそうに叩く。
「……人質は殺してはなりませんよ……」
普段のドゥガは豪胆な武人のような男である、が……。
「一口ぐらい良いではないか」
根っからの人食い、狂信者であった。
「いけません。1人でも欠けてしまえば奴らにこの遺跡の機能を破壊されかねません。それに遺跡起動の為には、『あの方』と彼らが必要です」
「……ふむ、そうか。ならば仕方ない。我慢しよう。我慢の末たどり着く味もまた至高故な」
「……そ、そうですね……」
ムライは耐える。
地球に居た時にムライは2度この男と戦っていた。一度目は軍で、尊敬する先輩を、笑いあった同僚を殺された。2度目は友人の組織に所属していた時、信頼していた部下たちを……。
堪えた。
笑顔の裏の憎悪を悟られぬよう。
ムライは人の好い苦労性の顔を被る。
生きていくために多重に仮面を、人格を被って生きてきたムライだが今回は我慢の限界であった。
「さて、俺は普通の飯でも喰らうとしよう。……ムライよ。食後の運動でも付き合うか?」
「滅相もない……」
「そうか……」
肉食獣の前に裸で立たされた気分だった。
ムライは『演技』ではなく恐怖に震える。
その様子にドゥガは興ざめだと言わんばかりに溜息を吐き今度こそ振り返らず去っていった。
ムライは深い息を吐き出し過去を想う。
1度目は恐怖に駆られて身動きできず、先輩方に生き残るように諭され逃げた。
2度目は誘われていることにも気付けず、信頼する腹心が身代わりとなった。
「ルークさん。また会ってしまいました。……貴方は今の私を見て笑うでしょうか……」
ドゥガと対峙したときは2回とも、体格の分かりずらい服と顔下半分を隠すマスクをして戦っていた。つまり、現在では判別するための外的要因が違うものである。髪の毛が抜け落ち、目には覇気がない。要するにムライの事を覚えていても判別はつかなかったという事だろう。
「……単なるカマかけ……」
未だ震える手に目を落とし、ムライは自嘲する。
「……」
ムライは二言・三言、自分に向けて何かを呟くと笑顔の仮面をかぶり立ち上がる。
宰相との連絡をつけ、その間作業員たちの命を守らなければならない。彼には今、その使命があった。だからこそ、心が復讐へと狂う事はなかった。
---ムライから十分に離れた曲がり角
「……くくく。久しいな黒いヒヨッコ」
ドゥガはムライのいる方角へ向かい楽しそうに笑う。
「帝国のバーサーカーに救われた1度目。我が幼馴染ルークに庇われ助かった2度目。今回も俺を笑わせてくれよ?ピエロ君。くくく」
狂気の瞳で笑う男ドゥガ。
多くの人間を焼き殺し、現代の聖人として認定された狂人。
信仰は深く、そしてそれは明らかに、そして自覚的に狂っていた。
ムライは幸運であった。
宰相からの音信不通で無能を装ったスパイとしての顔しか見られていなかった為、ドゥガの戦闘理由に該当しなかった。
これが宰相と連絡が取れてしまい。下手に計画を進めていたら……。
ムライの命運が細い細い糸でつながれている現状。
ムライが生きているうちにマイルズは北の遺跡群に到着できるだろうか……。
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