第66話「王子よ反省して玉子になるがよい、点付けるだけだよ。文字的に」

「父上、母上、兄上、ここに宣言させていただきます」

 弟ズアルが朝食後改まった態度で話があるというので聞いてみると、一言目がそれだった。

 うん、内容知ってるよ。


「王位継承権の放棄手続きをさせていただきたく思います」

 すでに状況を知っている私と父は『ついに来たかと』ため息を吐き出し。

 母は目をむいて驚いている。


「ズアル、貴方アルカドラへの婿入りについてそんなにも真剣に考えてくれていたの……」

 母よそれは勘違いです。

 確かにアルカドラとは縁故関係を深めるため、あちらの名誉貴族として公爵を受領することで話で進んでいます。ですが、こやつは違う目的で言っているのです。


「母上。簡単に申し上げますと……王子やめます」

「は?」

「ただ一介の料理人として勝負をしてみたくなったのです」

 うん、知ってるよ。

 最近ルースパンで庶民に紛れて手伝いをし給金を得て、その金でパンを作り城内の者に配って好評を得ている事。知ってるよ。 


「ズアル、貴方王家の者としての生れの責任……」

「存じております。ですので、アルカドラの第二王女殿が成人し私が婿入りするまでの間、でかまいせん。……ひと時でよいのです……。グルンドへ赴き、自分の人生を見つけてみたいのです……」

 その後、母と父から出される条件に只々真っ直ぐ頷く弟がいた。

 母上、奇人としての再教育をもくろんでおられたようですがお諦めください。

 もう無理なのです。

 父の幼き砌よりお隣で共に歩まれたのであればご存知でしょう。

 こうなってはもう……。

 ただ真直ぐ。立ちはだから物を粉砕してでも真直ぐ進むしかできない。

 それが我が一族なのです……。


 その後結局、弟の行き先はグルンドのルース様の店に決まった。

 どうやらすでに賢者様に交渉済みだったようだ。

 ……それをなぜ今まで発揮してくれなかった……。

 残念でならない。

 そうであれば、私が国王などにならずに済んだかもしれないのに……。



勝さん1号の視点――――――――――――――――――――

 発表内容を個別紹介する展示ブースに座り正直『展示会みたいだな』と思った。

 非常に楽しいので問題ないのだが……、横の人間が問題ありだった。


「俺、悪くないっす」

「うん、そうだね」

 先ほど自分の発表を終えた香澄ちゃんが衛君に会いに来た。

 結局正面から向き合う事を決意した衛君は、泣きそうな目で『俺が何か悪いことをしたなら謝る。もう、俺を許してくれ』といった。

 正直、何が正解かなど私は知らない。

 それこそ本人たちが決める事。

 ただ、この場合お互いに多大なリスクを払ってこの異世界にいるのだ。

 逃げるのはよくない。それだけだ。


「……泣いてましたね……」

「うん、泣いてたね……」

 光を専攻する学者が『次回あなたの理論を崩して見せます』と宣言して去っていった後、衛君がぼそりとつぶやく。

 衛君の言葉に香澄ちゃんは声を殺して泣いていた。

 現在はカミラさんとミスズさんに付き添われて控室にいる。


「あんな香澄初めてみました。……なんで俺なんですかね……」

「そればっかりは本人しかわからないよ」

 きっと衛君は私のアドバイスを必要としていない。それは少し寂しいことだ。


「あいつは、俺なんかよりもいい男がいますよ……」

「それは彼女が決めることだね……」

 ……ネガティブに向かったので微修正。


「俺どうしたらいいんですかね……」

「君はどうしたい……」

 考えるのが苦しくても、それが一番大事なことだ。


「わかんないっす。英治とやってた時だって、よくわかんなかったし、興味見なかった。でも目の前で泣かれて分からなくなりました」

「……それは考えるしかない。君は今日初めて、本当の香澄ちゃんと向き合ったんだ。この世界で数少ない異世界つながりの子だ。きっと今後も関わる……こんな言い方も卑怯だけど『運命』にある子だ……。そう思って向き合うのがいいよ」

「……そうっすね。こんな状況を作った勝叔父さんに言われるのが非常にしゃくですけど、そうします」

 『この野郎』と笑って優しく頭をなでてやる。


「あ、そういえば。俺の手術の件、どうなりましたか? 王都について結構立ってますけど……」

「……あ」

「……『あ』?」

 笑顔が固まる衛君。やっべ、完全に忘れてた。


「あー、そういえば賢者様の関係者の人に状況は報告してるから今準備してくれてるよ」

「随分とあせってますね……気のせいっすか?」

 妙なところに鋭いね……。


「うん、大丈夫だよ。今獣王国で培養槽を作ってるらしいよ」

「……培養槽?」

 一度火が付いた疑念は止まらないようです。


「全身とリンクしてる魔法回路を一時的に引きはがして、長期間使って補助型外部魔法回路を定着させる予定だからね」

「……今、長期間って言いました?」

 ちっ、気づかれた。


「ちょっまずいこと気付かれたみたいな顔やめてください。気づきますよ。普通!」

「大丈夫だよ、安全性は9割は保証するよ」

「1割リスク!」

「細かいこと気にするなぁ……」

「俺の命は細かくないです!」

 『これだからマッドは……』とか失礼なことを呟く衛君

 不安に駆られる甥っ子の頭を再度なでてやる。


「ここか! 魔宝技師マサル殿! 発表見事であった!」

「ちょ、伯爵。賢者様のお弟子様です敬語を、敬語!」

「細かいのう! 禿るぞ!」

 変なおっさんと可愛そうなショタが猛烈な勢いで近付いて来ます。

 これがダンジョン都市ウガル領主 タイシ・エ・ウガルス伯爵だったことに後日気づかされることになります。


「一儲けしようぞ!」

 豪快に笑いながら手を差し出す大柄な男。

 伯爵のくせに変なおやじだな本当に……。



エルフさん(親)の視点――――――――――――――――――――

「私は神の御子様を救わなければならないのよ!」

 娘の顔でそれは言います。


「うん、そうね」

 私はそれが心地よく。

 簡単な言葉で返します。

 先日から意識に雲がかかっています。

 これは確実に精神操作系の異世界魔術。

 失敗しました。

 対抗策はあるのです。

 王宮勤務の者は皆それを装備することを義務付けられています。


 ……義務付けたのは私です。


 ですが、今私は簡単に精神操作にかかっている。

 油断したのもありますが、娘を見た瞬間より心が変なのです。

 こうなることを操作される前から望んでいたのでしょうか。


 娘の形をしたそれが、娘の声で言う言葉が心地よいです。

 もうどうでもよい。

 そう思いながら私はうなずき続けます。


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