第65話「曲がったことが嫌い」

 ふはぁ~。傷心のマイルズです。こんにちは。

 なぜでしょうかちゃんと設計も見てもらったのに、ちょっとだけお茶目したらお説教でした。

 色々な面で効率化したのに……。


「いとし子よ、憤懣やるかたなしとみた。その想い、こちらの手伝いをすることではらして見ぬか?」

 変態王子が手招きしています。


「マイルズ坊ちゃん、ここでだらけていると高確率で お勉強 に連行……いえ、なんでもないです」

 途中でやめないで!

 気になる!

 ……いや、知ってる……。

 なぜかまだ滞在中の祖母か『聖女教育』と称してやたらに『自重』という文字を書かせたがる獣王妃様が現れるのです。


「ひまそうにしていると、地獄……いえ、お勉強の時間になるのでお手伝いしましょう。そしてお外に遊びに行きたいのです」

「さらっと欲望を混ぜ込んでくるところさすがはいとし子」

「マイルズ坊ちゃん申し訳ございませんが、現在の課題はこちらです」

 近寄ると何故だか変態王子のお膝に乗せられます。

 『椅子で結構ですよ?』というと。

 『専用椅子がない』と答えられます。

 まぁ、散々お姉様のお膝の上で授業を受けていたので慣れてはいますが……。


「で、課題は?」

「はい、こちらです」

 差し出された課題の木簡にはこう書かれていました、


【工場予定地周辺の異臭問題について】

 獣人は鼻が良いということを失念していました……。

 異臭ですか。


「うむ、そもそも醤油を作るのは匂いが問題になる。神王国ではこの雷香樹という木を埋めると醤油の匂いをほぼ全て吸収してくれるのだが……」

 事前の説明会で神王国で問題になったことを試してみたそうなのです……。

 結果、強烈な忌避感を抱かせてしまったのと……。


「用地ですが、獣王妃様の肝いりの案件と納得していた一派がこの事態に態度を強固にしてしまいまして……」

「用地買収に反対ですか?」

「いえ、地権者にそんな検知はありません。ただ、この様な大規模な取り組みに周囲の理解がないと……ここで働く者たちが……」

「みなまで言わなくても結構です……」

 要するに折角我々人間族に理解を示し、匂いと菌類を管理する細やかな仕事についてくれる獣人の人たちに対して村八分にすると暗に言っているのだ。


「あってみますか……」

「いとし子よ、あ奴らは強固な人間否定派ぞ。今までの様に優しくされないが大丈夫か?」

 変態王子は優しく私の頭に手を載せ撫でる。


「豊かな食の為なのです。我が家の家訓も言っています『美味しいもので、皆幸せ』って」

「……ふむ、理想……だが強い信念を感じる言葉よな」

「あと策はあります」

 ニヤリと笑う私に鬼畜メガネと腹黒もとい変態王子は優し気に微笑むのでした。


「して、秘策とはいかに?」

 通されたの先で変態王子は私に尋ねます。

 鬼畜メガネこと2号も興味津々です。


「お待たせした」

 初老の虎型獣人が獣王国の正装で現れます。その後を付き従うように猫型獣人の青年2名が続きます。


「はじめまして、私はマイルズ・アルノーです」

 席を立ちあがり手を伸ばす……と机に隠れてしまう私を両脇に手を入れ抱えあげる鬼畜メガネとそれを憎々し気に見る変態王子。

 現地代表の虎型獣人さんは少し引いているようです。その瞳には『やはり人間か……』というような嘲り……いえ、落胆の色が見えます。

 全く酷いいいようなのです。

 虎型獣人さんは私が差し出した手をスルーして対面の席に腰を落とします。


「どうぞ、何時までも立っておられてはお疲れでしょう」

 ……仮にも迎える側が先に着席した上に、私たちに着席を勧めるのですね……。

 壁越しに権三郎の殺気が伝わってきます。獣人さんたちが小刻みに震え……あ、これは変態王子の眼光の方ですね。冷たい眼光です。


「では、お言葉に甘えるのです」

 私がそういうと空気が読める鬼畜メガネと変態王子は私を下ろして2人はソファーの後ろに控えます。……君たち、その殺気私が気づかないとでも?……うん。そう、抑えるといいのです。


「さて、本日はどのようなご用向きで……」

 ニヤニヤする猫の青年2名。一方強くなった威圧に息が荒くなりかけている虎型獣人さん。え?威圧ですか?何ですか?まーちゃん、よくわかりません!


「その前に……」

 私は少しだけ腰を浮かせて手を叩きます。すると静かに扉が開かれ権三郎が大きな包みをもって現れます。

 獣人さんたちの目の前に置かれた包みを開くと黒い重箱が現れます4段重なのです。


「まずは山吹色のお菓子なのです」

 虎型獣人さんは眉を寄せてお重に手を出しますが、そこで制します。


「待ってください。焦ってはいけないのです……」

「……」

 表情を更に険しくする虎型獣人さん。

 ドンッ

 そして無言で置かれる七輪。

 少し遅れて黒い液体が入った壺が置かれます。

 私は無言でお重を開くと山吹色のお菓子が姿を現します。

 その間にも権三郎が七輪に熱した炭を投入し網をかける。

 ゆっくりと焼きます。……え?米粉だから白だろ?ってうちのお米は少し黄色がかっているのです。こだわりすぎると禿げますよ?

 少しづつ膨らみ良い匂いを発します。ゴクリと喉が鳴る音がします。


「まだなのです」

 権三郎がいい具合に焼きあがった煎餅を積み上げてゆきます。そこで鬼畜メガネが筆を手に焼きあがったお煎餅に着色します。

 もう我慢ならない表情の獣人さんたちの前に置かれる煎餅。


「山吹色のお菓子、召し上がれ」

 私の言葉と同時に遠慮もなく煎餅を貪る獣人さんたち。

 私は満足しつつ手を上げます。


「変態王子、次の弾を……」

 私の言葉に従い変態王子は2段目を空けます。


「なっ! それは!!」

 そう、連邦の白い悪魔。お餅です。

 くくく、精々食らうといいのです!!

 

「パリ! フワ! モッチリ!」

「甘じょっぱいこの味わい!」

「そして腹持ちもよいこの触感!」

 煎餅を食べ、餅を食べ、そして3段目は串団子なのです。

 もうお分かりですよね。

 そうみたらし団子です。

 七輪の上で焼き色がついたパリっとした焼き色で焼かれた団子、これだけでも旨そうなところ、タレに串を突っ込みすくい上げる。少しだけタレをきるとかぐわしい醤油の香りが充満する。


「「「うまい!!!」」」

 獣人の3名は釘付けだったみたらし団子を手にすると我を忘れて食らいつき叫ぶ。


「それだけではないのですよ」

 私が手を上げると鬼畜メガネが満を持して薄切りの肉をもってきた。そして次に焼いたみたらし団子を肉でくるんでもう一度焼き上げます。

 まさに両サイドから焼き上げる焼肉。


「さて、ここでお話しです」

「……」

 お預けを喰った犬の様な虎型獣人さん。


「私たちはこの獣王都の……いえ獣王国の皆さんにこの美味しさを知っていただきたく思っています……ですが……」

 私は虎型獣人さんとそのお付きの2名を見たまま言葉を止めます。


「いとし子よ、一本食べるか?」

「うーん、どうしましょう。晩御飯が入らなくなりそうなのです」

 そういってちらりと虎型獣人さんに視線を戻す。


「……かまわん。協力しよう……」

「……ん?何か言いましたか?あ、やっぱりおいしそうですね。鬼畜メガネも一緒にいかがですか?残り本数も少ないし食べてしまいましょう」

「お願いします。協力させてください」

 それは奇麗な土下座でございました。

 結構。それでこそ私の信じた獣人さんたちです。


「食の聖女万歳!」

 締めの焼きおにぎりを片手に3人の獣人さんが叫んでいました。

 帰り際に他の住民を説得する会を準備してくれる旨約束を取り付け、後の事は鬼畜メガネに任せてその場を去ったのでした。

 くくくく、やはり山吹色のお菓子は効果抜群なのです!


「……わいろ?」

「いや、私的な食事会だな。利益供与ではない。さすがいとし子」

 そこの御2人。袖の下とか言わない。

 幼児はただお食事とお話をしに来ただけなのです。

 後の事は【自発的に】やってくれたことなのです。

 感謝。その一言なのです。


「マイルズ坊ちゃんが黒い」

「そこがいとし子の可愛いところよ」

 なんとでもいうがいいのです。八方丸く収まったのです。全てよし!

 さぁ、帰りましょう!


「食の聖女様は素晴らしい方だな……」

「はい、お若いのにあのような心遣いができるとは……」

 虎型獣人ことこの獣王都東部顔役ツアルル殿が呟くとその側近猫型獣人ハファーが応じる。

 残された私は去り行くマイルズ坊ちゃんを見送りながら不意にこぼれた獣人たちのつぶやきを聞きます。

 試食会のあと坊ちゃんはお家の家訓を口にされました。


『美味しいもので、みんな笑顔』

 子供の様な言葉です。

 ですが真理です。

 私の様な貴族ですら食に困るような貧乏な地域からすると。

 獣王国、魔王国、そしてグルンドの様な【魔法を作業に転用できる】地域では豊富な食によってこの言葉は子供のような発想に聞こえがちです。


「……獣王国とて戦時は食に困ったのだよ」

 私の表情を察してツアルル殿が言う。

 これまで我らのことを『外から来た害獣』扱いだったとは思えない。

 それほど響く何かが過去あったのだろう。


「さて、聖女様が最後に仰って負った【秘策】とやらを聞かせていただこうか……鬼畜メガネ殿」

「……私は……仕方ないですね。その呼び方で良いですよ。では、改めて会合といたしましょう……」

 マイルズ坊ちゃん。

 食の聖女が定着してしまってますよ?大丈夫ですか?

 面白いので女将さんに手紙で報告することにしました。



☆ ☆ ☆

 おはよう。勝さん一号だ。

 緊張感のある朝だった。

 天高く透き通った青空は年末というだけあって凛とした張りつめたような冷たい空気だった。

 私は勝であったころを思い出す。

 出身は北海道の観光都市であった。

 田舎の観光都市など1月1日などになると車の量が減り、今日の王都の様に澄み切った凛とした厳粛な空気になるのだ。

 ……この勝さん1号というアンドロイドの体で自我に目覚めはや2か月が過ぎようとしている。

 郷愁にぐらい浸らせてほしい……。


「勝叔父さん。さぼってないでいきますよー。……というか俺の方が緊張してるってどういう事なんだよ……」

「マモル様、私も緊張しております。マサル様が異常なのです」

「お嬢様、本日はパパル様が朝食を差し入れてくださるそうです。王都1号店店長自ら作るそうですよ♪」

 若い子たちがワイワイやっています。

 仲が良い事はよい事です。

 ……でも衛君それ以上仲良くなるのはやめておいた方がよい、と叔父さんはお節介にも考えますよ。


「さて……」

 朝の空気を吸って重くなった腰を『よっこいしょ』という掛け声をかけて立ち上がります。

 学会開始まであと3時間程度。

 王都の年末を彩る知の祭典は1週間をかけて学院を中心に王都を沸かせます。

 その祭り開始までの緊張感が、今は何となく心地よく思いながら私も朝食の会場へ向かいます。


 この世界では特に『特許』というものがない。

 そもそも元の世界での『特許』とはお貴族様が褒章として頂いていた権益の事だと覚えている。

 ちなみに日本では明治に制度としてできましたが、江戸時代は逆に発明を制限していたそうです。

 昔の事ですので生産とは職人が長い年月かけて生産するものなので、発明品にのめりこまれてしまうと生産性が低下し収入が減る懸念があったためと聞いています。発明があまりにもリスキーな投資だったということでしょう。


 まぁ、それでも平和が長く続いた江戸時代では農地の大幅な開墾。

 文明の発展(産業革命なしで行きつくところまで行きついた文化と言われています)をして、数多の発明品があったのも事実です。

 ……豊かになったら勉強がブームになる国民性らしいですからね。

 ……話がそれました。

 江戸時代の日本同様にこの国も特許というものは存在しません。

 そもそも厳しい管理社会ではないので『できない』というのが正解なのでしょう。

 あ、グルンドは違いますよ。祖母殿よ、やりすぎなのです……。

 おっとまた話がずれるところでした。

 王国では発明に対して栄誉をいただけます。

 それが商売に発展することもあります。実はその商売で栄誉というのが物をいうのです。


 さてその栄誉が選定されるのが、年に1度開かれる学会発表と呼ばれるこの場です。

 しかし学会で発表されるのは基礎原理の発見などにほぼ限定されています。

 それは要約すると『これから類推される商売をいかが思われますか?』という提案と『これが世界の原理じゃ! どやっ! 異論あるか!』という学術的な発表の2種類に分類されるという事です。栄誉を与えられる対象は、実は前者なのです……。


 大きな金額が動く催し。ですので今この学校は緊張感に包まれています。

 さて、朝ごはんを頂いたので正装に着替えましょうかね。


「今日の良き日を迎えられ……」

 今壇上では祖母殿、賢者リーリスが開会の挨拶をしています。

 扇形の大会場はおおよそ300名定員の所、大入り満員すし詰め状態だ。

 通常の講堂も利用されて各分野学会発表があるがとりあえずここで開会のあいさつ。

 そのあと自然魔法学、つまるところ自然科学の発表になる。


 これは実のところこの分野、異世界人の功績が大きいのです。

 この世界の人間が基礎科学分野で論理的な思考ができるのは異世界からの知識が切欠で発展したからなのです。


 『音波魔法』などおかしいと思いませんでしたか?

 これはとある異世界人が人生を賭してこの世界で証明したそうです。

 あ、日本人ではないですよ。

 名前を聞く限りドイツ人ぽかったです。

 もうお亡くなりになっているそうです。残念なことに……。


 さて、今更ながら賢者の弟子という重圧に潰されそうです。


「……では、栄えある始めの発表は、陛下より『魔宝物技師』の栄誉を賜りました、我が弟子マサルより開始させでいただきます!」

 うなりのような拍手と歓声が響きます。

 壇上から降りる賢者こと祖母殿は笑顔で私にウィンクします。

 見た目が20歳そこそこなので魅力的です。

 きっちりと私へのハードルを上げたのは先日、本体がしでかした事への意趣返しでしょうか……。

 ……私、あまり関わっていないのですがね……。


 光魔法で明るくなっている壇上にゆっくりと上ります。

 目の前でプロジェクター魔法道具に資料を設定するカミラさんがいます。


 両サイドにはスピーカ魔法道具の元調整役を務める衛君とミスズさんがいます。

 ゆっくり歩いて3人とアイコンタクトしてうなずき合います。


「さて、」

 私が用意された卓を離れ、歩きながらヘッドセットマイクから一言目を紡ぎだすと、会場が騒然とします。

 前方と両サイド後方にそれぞれスピーカを設置しました。

 音波魔法に頼りすぎてスピーカなど見たこともない皆さんは目を丸くしています。

 祖母殿は予測通りの状況にご満悦です。数秒収まるのを待ちます。


「皆さん、聞こえていますか?うるさすぎる場合は音源の近くにいる係員にいってくださいね」

 また数秒ざわつきますが、もうここらで仕掛けましょう。

 ちょうど発表のステージ中央まで到達しましたので。


「皆さん、おはようございます!」

 混乱が収まり、次第に私に注目する人が増えてゆきます。

 同数、事前に配布された資料を鬼のような形相で見ている人もいます。

 残念、そこには書いてませんよ。


「あいさつは人間関係の基本です。皆さんも周りも気にせず大きな声で~『おはようございます』」

 私が研修の講師などが行う鉄板ネタを振ると、会場から明るい返答と共に薄い笑いが漏れます。これで場が若干緩みました。掴みは移ります。


「ありがとうございます。私は先ほど賢者様よりご紹介にあずかりましたマサルと申します。何故だか魔宝技師とか言われてます」

 資料から目を離し私を見る人が徐々に増えてゆきます。

 会場の雰囲気も少しの落ち着きを感じられます。ここですね。


「本日は皆さんに衝撃的な事実をお伝えしなければなりません」

 一拍置いて壇上から全員を見回す。

 目が合いそうな人はあっているような印象をつけるように目を向けます。

 そして両手を広げ少し歩く。


「皆さんにお伝えすること、それは……」

 プロジェクタ資料に大きな文字で『光の正体』と生じされます。

 ざわつきます。いえ、これって資料に書いてる事です。皆さんノリがよろしい。


「そう、光。皆さんが私を見ているのも光。植物を育てるのも光。今日この時間で神聖な光ではなく、現象としての光について証明して見せましょう!」

 そして私の発表が始まりました。

 現状理解からの発展。

 結論へのアプローチを経て会場内への問い掛け、満を持しての結論。


 私が調べた限りこちらの学会発表は発表者がずっと資料に視線を落とし投影した資料を棒で差しているだけだったらしいので新鮮でしょう。歩き回ることで棒で刺すより手の平で差す方が臨場感がでる。それが説得力に繋がる。

 私のセッション、発表20分、質疑応答30分予定でしたが質問が絶えず40分経ったところで強制終了となりました。


「マサルさん、お疲れ様です!」

 質問者にマイクを運んでいたマモル君が袖まで来てねぎらってくれます。


「ありがとう。ああ、ヘッドセットマイクを渡さないとですね。どうぞ」

 そういって私は次の発表者にマイクを渡します。


「マサル様、ハードル上げすぎです」

 同じ研究室の若い女の子が苦笑いでヘッドセットマイクを受け取り登壇します。


「……叔父さん、俺の目悪くなりました?」

「いえ」

 『賢者様の研究室所属、運命神の使徒をしておりますカスミ・シライシが、次なる発表をさせていただきます』

 少女は人前での発表に慣れていない為か、若干のイントネーションに不安がありながらも自信に満ちた表情で始めた。


「えーっと、じゃ!」

 そう言って逃げ出した衛君を確保します。


「離してください! 後生です!!!」

 取り合えずうるさいので会場の外に引っ張り出しました。


 正直申し上げましょう。往生際が悪い。

 彼女は真っ直ぐ衛君を想って世界まで超えたのです。

 その想い、拒否するも受け取るも、真っ直ぐ向き合わないといけません。

 こんなところで逃げ出すような曲がった考えは許しません。


「ああ、カミラさん。実は俺貴方に運命を感じています!結婚を前提に……」

「ごめんなさい。興味ないです」

 衛君。必死すぎだよ?


「皆あいつの上っ面に誤魔化されてるんだ! 目を覚まして!!」

 私たちは衛君を宥めすかしながら、個別の研究発表(研究商談)スペースへ移動しました。

 香澄さんの発表興味深かったのですけどね……。


 そう言って香澄さんからいただいたレジメに目を落とします。

 『異世界魔術とその原理解析』


 彼女も、ただの人間ではないという事です。


エルフさん(親)の視点――――――――――――――

「お母さん……」

 娘と目があいました。2日捜し歩いて見つけました。

 私は騎士団詰め所遺体安置室で娘の首を見ています。

 私と別れた時にはなかった右頬の傷。あの異世界人につけられた生々しい傷がそのままに。

 その勝気な笑顔がそのままに目の前にいます。


 無言で抱きついてしまいました。

 禁忌たる闇魔法の類だと知っていました。

 宮廷魔導士を務めていた私です。その程度知らないわけではありません。


 でも、娘が生きているという錯覚でも。

 それでも、抱きつかずにはいられませんでした。


 同時に鼻腔をくすぐる香りがします。


「死んじゃったから香水強めにしてるの」

 苦しい言い訳です。でも、信じたかった。

 人とは信じたいものを信じるようです。


 私の中での論理的思考力が警告を出します。

 しかし私の中での感情的思考力が『離すな』と言っています。

 私は娘の様なものを離すことができないまま、ただ静かに時が流れていきます。


 一時の思いが、一生の判断より大切な時がある。

 私はそう固く信じたかったのかもしれません……。


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