第120.1「死の国へ1」
がたがた揺れる馬車。
サスペンションの仕組みを導入したとは言え揺れます。
もうね。飛べばいいじゃん。って思ったのですが、多方面から止められました。
やれやれ、3歳児にはつらい旅だぜ。
「なぁ、マイルズ。お前の椅子だけ浮いてる気がするんだけど……」
マモルンは鋭いですね。
「気のせいです」
「……」
見つめ合うマモルンと私。
そして微笑ましそうに私たちを眺める香澄ちゃん。
なお、私の隣には、キャンプ地で香澄ちゃんに稽古をつけてもらい、疲れ果てたのか、良い顔で夢の世界に旅立っているミリ姉。
ここ数日始めた薙刀術の稽古のおかげで、いつも騒がしいミリ姉が静かなのは良いことです。……暴君の武力が向上している、という事実は見なかったことにします。
「……まぁ、いい。」
意外とあっさり諦めたマモルンですが、先程から落ち着かない様子です。
「芋が…………芋が切れた……」
…………聞かなかったことにしましょう。
出発時に大量に積み込んでいた干しいもが、既に尽きてしまっていることを知っています。
マモルンは、私が南方に派遣されていた時にグルンドの干しいも工場で手伝いをしていたそうです。……商家別に商品のランク付けをし、グルンドの愛好家の中でも有名人になり、有名職人と縁を持ったとか、もたなかったとか……。『伝説の芋愛少女』……私は知らない話なのです。
「芋が、芋が……」
最高に美少女なのですが、薬物中毒のように囁かれると怖いです。
……あ、そっと香澄ちゃんが干しいもを取り出しました。マモルンの熱い視線がロックオンしてます。
「衞くん」
「香澄……」
『わかってるよね?』的な無言の圧力を感じます。
私、こういうのに敏感な方です。ワクワクします。
「(芋の方だけど)愛してる……」
「……」
香澄ちゃん無言で袋に芋を戻します。
……芋をガン見しながらいうのはいけないと思います。
「香澄……」
袋を持つ香澄ちゃんの手を包み込むように掴むマモルン。ズーレーです。マイルズ興味津々です!
「……愛してる」
「……」
無言で袋から干しいも一切れを取り出し、香澄ちゃんは干しいもを小さく千切るとマモルンの口に差し出します。所謂『あーん』である。マモルンは若干照れつつも大事そうに干し芋を食む。
……ピンクの空間。……チッ。
幼児を前にしているので自重してほしい、と思っていると馬車がゆっくりと速度を落とし、そして停車しました。
トントン
軽いノックオンが扉からしました。
そして我々の返事を待たず、外から扉越しにヴァンリアンス君が状況を教えてくれました。
どうやら前方で戦闘が展開されているらしいのです。
「片方は明らかに異世界宗教の旗を掲げております。無断越境した重犯罪者かとおもわれます。……申し訳ございません。一時護衛を離れ捕縛してまいります。……ですので……マイルズ様におかれましては、【絶対に】この場より離れないようお願いいたします。……捕縛に向かうのは僕1人なので護衛についてはご安心を……。【くれぐれも】興味本位で行動しないでくださいね……」
信頼感がない。と、さみしく思っていたらヴァンリアンス君が最後にボソリと周囲にこぼしていました。きっとこちらには聞こえないつもりだったのでしょう。
『リィ様のように奔放(我が儘)と聞いているから皆は気を抜かぬように』と。
うん。交渉材料ゲットだぜ!
我が儘? 要望は通せるものは我が儘ではなく権利なのです。
我が儘とは無理を通し自分だけの利益を得ようとするものなのです。
そう。この後『リィおば……リィお姉さんに報告しないという』利益と交換で、私もしたいことするのです。うん。権三郎。録音してましたか? ……何か嫌そうな顔してますね……。
ヴァンリアンス君が捕縛に向かって1時間程経過して、時間も夕暮れに近づいておりましたので野営の準備を行っております。
ミリ姉は部隊長(ヴァンリアンス君とティリスさんをトップに据えた【マイルズ護衛団】という部隊の様です。天馬騎士団200名からなる部隊です。うん。こっそり【マイルズ(から色々な常識を)護衛(する為の)団】とか言ってる魔王様を見かけました。リィお姉さんはアレを有効活用してくれているでしょうか……)を務める魔族のおじさんが話す、ハンターだった時の話を目を輝かせて聞いています。
内容的には【ハンター間の人間関係の構築方法】とか【致命的なミスの事例と対処の経験談】などです。
突拍子も無い冒険譚なら父よりいっぱい、祖父も含めると『ドラゴンと戦ったことある!』と言われても『へぇ〜で?』と言えるほどに……。凄い話過ぎて現実味がないのですよ……。我が家のロマンさん! カムバック!!! ……はぁはぁ……。……ですので現実的な体験談や苦労話は我々家族にとって逆に心浮かれ程、面白い話だったりするのです。ミリ姉もハンター登録済みのお方なのでその手の話は本当に楽しそうに聞き入っています。
「マスター、お味見をお願いいたします」
私は権三郎から差し出されたお椀を受け取り、豚汁のお味を見ます。
細かい点を指摘すると権三郎は一礼して即席の給仕場に向かっていきました。
「なあ、本体よ。こいつら本当にお前さんの護衛する気あるのかな?」
隣に座って書類を睨みつけている勝さん1号がいいます。……あなたに言われたく無いと思いますよ?
「幼児よ! 護衛なら我がいるでは無いか! 幼児を守るのも我が正義! 頼るがよい!」
なんでしょうこの暑苦しいおっさん。
「え、あれ、何? 我輩忘れられていたりする? まさか? ドラゴン! ってインパクト抜群でしょ?」
ちょと挙動不審になる竜(仮)。
「竜……ステーキ」
「美味しくない! 美味しくないぞ!」
慌てる竜(仮)。
「おじさん」
「なっなんだ。幼児よ」
「お肉は何処にいったの?」
コテンと可愛らしく首をかしげて見せます。食らうがいいのです! 見よ! この幼児力!!
「……お宅の教育どうなっておる……」
「竜とはおいしいお肉である。半年に一度のご馳走。大人になったら一度は行きたいソロ竜狩り。そんなところです」
言い切り系の勝さん1号に唖然とするおっさん竜人。
「で、先日見かけた青いお肉さんが行方不明なのです。おいしく料理してあげますので出てきてほしいのです。ね。おじさん」
「……」
泣きそうな顔で勝さん1号に助けを求めるおっさん竜人。
……いえ、本気で食べようとしているわけではないのですよ? 流石のまーちゃんでも悪さをしていない竜は食べません。……悪さをしていたらその範疇ではないのですがね……。
「悪寒が走ったのである」
「……残念ながらお肉はあきらめるのです。……そういえば竜人おじさんはどちらの遺跡に向かうのですか? 我々これより死の国に向かうのですが、方向あってますか?」
「うむ。儂も死の国だ。最近300年ほど前に異世界魔術結社が侵略のために用意した大規模の儀式場が見つかったようでな。専門家として調査のために招かれておるのよ」
……あ、失敗した。おっさん竜人が目を輝かせて語り始めました。
曰く『魔法理論がこちらとはまたちがう!』とか『引き起こす事象と術式の関連性に新発見があるかも!』とか楽しそうです。相槌を打ちながらさりげなく勝さん1号に話が向く様にする。
しかし教国の経験を共有したせいか、最近地球魔術に嵌り始めた勝さん1号が以外に食いついています。
『面白い?』とそっとアイコンタクトをとると『金のにおいがする!』と商人モードでした。……この人本当に根幹部分で私と同じ人なのでしょうか……。
おっさんたちが色々な思惑を忍ばせながらマニアックなトークで盛り上がっている。
その横の私を、マモルンと香澄ちゃんにティリスさんが油断なく張り詰めた空気で私を警護してくれています。
ティリスさんに関してはヴァンリアンス君の前で見せていた、デレデレ甘々の女子モードではなく、冷徹な女性軍人の様な、周囲の背筋がピンと張り詰めさせる様な空気を纏い、油断なく、いつでも剣を抜けるように構えています。
……出発前に相当魔王様に言い含められたらしく、油断する気配がありません。
そこそこ一緒にいますがこの人に2面性にはなにかありそうです……。
権三郎がごはん支度を終えて戻ってくるのと時を同じくして、ヴァンリアンス君が戻ってきました。……8名ほど若い男女を引き連れて。……ん? 異世界宗教の人は?
「マイルズ様、戻りました。こちらユルグラシア王国……いえ、現ラシア共和国の王子様ご一考です」
そういわれて紹介された8名の中でも、一際目を引く金髪イケメンが恐縮そうに『国家体制を覆された王子など、もはやただの平民でございます』と頭を下げた。
私はとりあえず幼児的笑顔でこび……じゃない、友好ムードを演出して簡易に作成したお湯を溜めただけの湯船を作り、湯あみをするように告げました。同行していた2名のお姉さんが天高くこぶしを突き上げ喜んでいたのが印象的でした。金髪イケメンは苦笑いを浮かべつつも、ここに来た時に纏っていた緊張感が薄れたように感じました。そして金髪イケメン達は『では、遠慮なく』とヴァンリアンス君の部下に導かれて去っていきました。
変な同行者が増えるようですね……。
などと緊張感なく構えていると、権三郎の鋭い視線がヴァンリアンス君を貫いていました。
「……申し訳ありません。権三郎殿。これは私の独断……」
「……マスターの護衛が主業務の方がこれですか……」
冷や汗の止まらない様子のヴァンリアンス君。
権三郎、エプロン姿で言っても説得力ないですよ……。と思っていたらさり気なくエプロンを外して大切そうにたたんでいます。……はい、私がプレゼントしたものです。エプロン。
「……あなた方を同行させたのはマスターのご意思ですが……お帰り頂いた方が良いかもしれませんね。このようにトラブルを持って帰られるのであれば……」
権三郎。結構辛辣です。
「……しかし」
「……しかし?」
言い訳を重ねようとしたヴァンリアンス君に言葉を、即座に避難する様にかぶせる権三郎。
「……独断で部外者を近付けてしまったのは私の不徳がいたすところ。謝罪させて頂きます。しかし、あえて弁明させていただくと、私が居れば安全性は保証……そうですね。一度私の力を見ていただいた方がご安心いただけますかね……」
ちらりと私を見るお2人。
正論を言う権三郎ですが、これは不確定要素を不用意に近づけたことへのイラつきであります。しかし、言い過ぎの面も否定できません。
「しょうがないですね。許可いたします。ですが権三郎、ちからの解放を許可するのはステージ2までです」
「はっ」
こうして何故だか護衛たちのよる力比べという名の戦力説明会が始まるのでした。
カクヨム+α
これは男風呂のテント内の会話である。
「しかし、こんなところで湯あみをできるとはな! あの幼児、どれだけ要人なのだ?護衛といっておったあのヴァンリアンスというお方、次期魔王候補第二位の【封印】の能力者だろ?それが何で国境付近まで……魔王国はどこかに侵略戦争をするのか?」
元近衛騎士団所属のヘリクソンは湯につかり体を伸ばしながら、疲れと一緒に吐き出すようにつぶやく。
あと10年もすれば近衛の長になるであろうと噂された、王子とも親交の厚く、剣技においては魔剣術を10代前半に免許皆伝を受けて【いた】、分厚い筋肉に守られた歴戦の戦士。それがヘリクソン(20)である。
「……王子があの場で頭を下げたのは賢明。少しでも変な態度取っていたらあの灰色の男が……」
体を手拭いでこすりながら、王国の宝こと【元】天才宮廷魔導士、ヘリクソン以上に陽に焼けた肌に白く長い髪、魔導以外興味がないからといつも眠たそうな目をしているケントが目を見開いて身を震わせる。
「そんなに危なかったのでしょうか……」
内乱時外交で魔王国に居り難を逃れ、民衆が王家にも襲いか掛かった際に国外より救いの手を差し伸べた、将来の宰相候補ヂリムが首をかしげると前者2名とその部下2名が目を見開く。
「ははは、達人級じゃないと気づかないこともあるってことだよ。ヂリム」
アンリ王子はほんの1日、野営するためだけに作られた割には広い湯船に身をゆだねながらお気楽な表情でいう。これは決して彼が能天気であるという事ではない。
「ま、何より。あのような場で救ってもらい、しかもこのような護衛体制を敷ける御仁と巡り合えたのだ。これはまさに天啓ではないだろうか?」
いうとアンリ王子は皆を見回す。
皆真剣な表情でうなずき返す。
国を追われすべてを諦めかけた彼らが、マイルズとの遭遇に運命を感じるのは無理からぬことであった。
一方女湯。
「見た?」
「うん」
「あの3人やばいよね……」
「やばいよ、確実にレベル100超えてるよ。しかも、私ら程度にも油断しないし……」
「視線の動き一つでも、牽制されたのにはビックリしたよ……」
そういうと2人は顔を見合わせて声を合わせて言う。
「「男どもが馬鹿をしないといいね……」」
そしてため息を吐くと2人には広い湯船沈んでいくのであった。
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