第67話「白龍襲来」

 皆の者、大義である。

 吾輩、ダンジョン都市ウガルを中心に領を収めるウガルス伯爵である。

 覚えておろう。マサル殿に商売を持ち込んだ大男である。

 ……前過ぎて覚えておらぬだと?無礼な!

 そんなことより、我がウガル地方はよいぞ!

 現在西帝国ときな臭い地域ではあるがまっことよいところぞ。何より領都の地下にダンジョンがある。……たぎるであろう。

 そんな素晴らしい地方の領主である私だが、現在王都中央広場におる。

 王都はすっかり闇に染まり、魔法道具の明かりが煌々とたかれておる。さすが都会だ。


「ズアル王子のきっと3分料理!」

 マサル殿と吾輩、そしてスポンサー殿で毎日夕暮れ時から気分次第の長さで生放送を始めた【番組】である。


『番組とは何ぞ?』

 魔宝技師殿との会話で思わず吾輩の口から出た言葉である。

 吾輩商売の話をしておる! と一括してしまったその日が懐かしい。

 だが許してほしい。我が領ではどうしても、産業を、金を欲していたのだ。


 現状を我が領では野蛮なる西帝国による度重なる侵略まがい軍事行動から、陛下より常備軍2千程を駐在することのご許可を頂いておる。自衛の為である。

 だが、これが存外重い負担となりつつある。

 何せ2千名のただ飯ぐらい……いや、戦士たちを維持してゆかねばならぬのだ。

 給金未払いで放置などしようものなら領内で賊となり果てる。

 いっその事西帝国征伐に赴き、戦勝国として賠償金をせしめたい気分だ。

 しかし、戦争は戦争で戦費が……我が国としても西帝国など火種の領地など欲しておらんし……打ち負かして講和としても貧困にあえぐ西帝国から搾れるものがどれ程あろうか……。

 まいったものだ……彼の西帝国が我が領へ邪心を抱いているのも、口減らしや、餓えた民草の国外流出が狙いなのだ。それに付き合わねばならん我が領としては踏んだり蹴ったりといったところだ。


 そこで吾輩は兵団を維持するための戦費調達の為、学会へ来ていた。

 この際畑違いではあるが商売に乗り出すのもよかろうと、なけなしの資金を片手に来た次第である。そして見つけたのだ、面白い男を。

 マサル殿との思い出にふけっておると、ズアル皇子の料理がおわりアシスタントのルースパン王都店の店長パパルが試食している。『食レポ』とかいっていたか、年明けの番組開始時は『美味い』『まずい』としか言わなかった男だが地元の坊ちゃんとかに手紙で説教されたらしく、マサル殿の手ほどきもあり中々の反応をしている。

 そして、この番組を始めた目的である我が領原産の商品各種の紹介が始まる。

 リザルドラゴンと呼ばれる火を噴く大型トカゲの皮で作られたカバンが映る。

 我が領の特産物はダンジョン産物である。


 そもそもダンジョンとは何なのか?

 というのは多種多様な議論があるが、領主としては定期的に動物を生産する機械だ。


 先ほども言ったが二千人の常備軍を抱えるにあたって戦闘訓練をダンジョンで行っている。

 大規模捜索もたまに行うのだが、通常時はハンターに影響が出ない範囲での探索が主となる。

 その結果、軍として抱える素材が多くなった。

 それは平時取引される量に加算されるため、残念ながら現状値崩れを始めている。

 その為先ほどのモンスターの皮などは鞣して倉庫へ。

 骨などは加工すると魔法力伝導効率の高めの素材となるので加工して倉庫へ。

 肉は保存食、兵どもへの食糧に化けるが正直余って肥料に変わる。

 吾輩も我が参謀ジョゼも『領内の経済がもたない』と結論付けた。


 このままの状況が続くと西帝国とのごたごたが収また後、ダンジョンを管理するハンターが商売にならないという理由で街に残らないという危険性もある。

 そういう事で、今回の学会にはダンジョン素材の加工、付加価値を求めてきた。

 付加価値をつけ販売できれば既存の素材の値崩れも防げ常備軍の維持費も捻出できる。

 正直大きな賭けであった。

 マサル殿に興味を持ったのは直感であった。

 そして吾輩は、吾輩の直感は勝利した。


「このバッグ、品の良い設えをしている」

 ズアル王子の商品紹介はさすがである。

 王家としての育ちから良い品の目利きができている。

 それが貴族たちには商品の魅力を、庶民たちにはギリギリ一杯頑張れば手に届く価格で良し悪しの指導付きで教えている。

 番組本編では主にモンスター肉の簡単調理をしている。


 すべてマサル殿が紹介してくれたアーリン女史のおかげだ。

 吾輩もおどろいたのである。

 マサル殿と話した翌日にあのサナエル商会と商談の席が設けられた。

 恐るべきコネクションだ。

 話しはとんとん拍子に進んだ。正直驚きの連続だ。

 今の商売方法で現物を客に見せるのは、それこそ芸術品か露店に置かれた雑多な商品、あとは野菜・果物のみである。


 モンスター素材を使う衣類や装飾品、魔法道具などは受注生産が主だ。

 高価なものであるので現物を先に生産するなどという文化はない。

 そこをもってマサル殿は言う。


『商売のやり方自体を変えてみましょう』と。

 先に商品を作り置きそれをこの番組で宣伝する。

 庶民は真新しい娯楽に飢えているため絶対に喰いつく。そう確信していたようだ。

 その後の流れを順に追っていくが、すべてマサル殿の周りにそろっていた。


 まずは、放送技術。

 これに関しては賢者殿の研究室でマサル殿中心に進められていたのだとか。

 光魔法道具としての出力不足の為動画投影ができなかった大型プロジェクター魔法道具もマサル殿の光波理論の実践として準備されている。更には発表で見せた出力専門の音波魔法道具だ。簡易の放送とやらはできるらしい。


 次に放送場所と許可だ。

 これもあっさりと通った。賢者様の権力について噂される所があるが、今回の本命は第二王子ズアル様だ。

 1週かからず許可を得た。しかも放送に関する助成金もいただけた。

 番組が料理番組になったのはズアル王子による強い要望だった。

 しかも、民草に知名度の高い王族であるズアル王子が開始時から出演してくれた。

 これが王都中心地での放送とはいえ初回からに大きな注目を引いた要因。そして勝因だった


 料理はどうするのか。

 これは講師に王都有名店の料理人を招くことで解決した。

 初めグルンドでは料理人をしていたパパル殿を講師にしていたが1週ほど経ったのちに、王都の料理人たちに声をかけた。

 『王都伝統の家庭料理をおいしくしてほしい』とマサル殿の口説き文句に料理人の目の色が変わった。

 吾輩は十分にうまいと思っていた料理についても料理人たちは想う所があったようだ。


 生産と輸送について、開始時に巨額の投資が必要となる。

 そこはサナエル殿が突如現れて金貨を山と積むと『派手にやってくれ!』と言い切った。

 後で聞いた話だがマサル殿からズアル殿へ2つほど新作の魔法道具提供があったようだ。

 これによって我が領で埋もれていた素材が軍資金に変る算段がついた。いや、現地流通頼みだった地元経済も活性化の兆しがある。これの伴いハンターたちの取り分も増し、この緊急事態が解決後もダンジョン都市として運営が可能。いや、むしろ昔よりもハンターの流入が多くなるだろう。


 皮は綿や絹、麻など地元で生産される素材と合わせて衣類へ変貌した。

 デザインはマモル殿といったマサル殿のお付きの方がしていた。


 骨などの魔道具素材はサナエル商会の新商品である魔法道具の素材として消費される。

 肉などについては王都で需要が増え始めたため、マサル殿の作成した保冷馬車で我が領との定期便が始まる予定だ。


 さらに、この放送を自宅で見るための装置を近々貴族向けの販売が始まる。

 マサル殿の本当の狙いはこちらのようだ。


「商品が欲しいものは臨時販売スペースに行くか、明日以降サナエル商会に問い合わせるとよい!」

 販売スペースが人でごった返し広場に喧騒が広がる。

 しかし、ここで予測外の喧騒が広がる。

 空に巨大な白い光の帯が現れた。

 それは初めは小さく。そしてやがて巨大な空飛ぶ蛇、世界最上位に君臨する生物、龍は王都にその姿を現した。

 ゆっくりと、しかし確実に恐怖が伝播する。

 吾輩も腰の剣に手をやるも何をして良いのか皆目わからず、その恰好のまま呆然と立ち尽くす。


「皆落ち着け。落ち着いて周りにいる大事なものの無事を確認し騎士団の指示に従うのだ!」

 混乱と恐怖に支配された広場にズアル王子の声が繰り返される。

 その間も白龍はその存在を誇示するように身をくねらせ王都上空を飛翔する。

 人生急転直下。吾輩はその極みを今味わっていた。



マイルズの視点――――――――――――――――――――

「ようこそお会いしたかったのです!」

 衛君がようやく来ました。

 祖母が転送で連れてきてくれました。


「初めましてマイルズ・アルノ―と申します。衛君の手術を担当する謎の幼児です」

 あれ?衛君の表情がさえません。何処か痛いのでしょうか?

 横にいる『結局、幼馴染として現状維持を選んだ』香澄ちゃんとは仲直りしたはずですよね?


「マイルズ君こんにちは。一個づつつっこんでもいいかな?」

 ツッコミ病を患っているようですね……かわいそうに。


「あ、はいどうぞ」

「まず、幼児じゃねーかよ!」

「はい、まーちゃんは3歳なのです!」

 固まる衛君。いい表情です。権三郎、1枚保存です。


「次に、なんでずっと両掌を差し出しているの?」

「またまたー、例の物を勝さん1号から預かっているはずなのです。隠すと為にならないのですよ? お婆ちゃんと勝さん1号はいつも自慢だけしてお土産にくれないのです! 幼児虐待もはなはなだしいのです!!」

 『えー』という顔をしても無駄です。その手の包みを渡すのです。


「えーっと『くくく、お本体様。お約束しました黄金色のお菓子にございます。ふふふ』って渡すときに言えって書いてるね……」

「衛君。マイルズ君が背伸びしてるけど包みに手が届いてないから、もう少し降ろしてあげてね」

 香澄ちゃんに言われて包みが下りてきます。


「衛君のお嫁さんは気が付く良いお嫁さんなのです!」

 香澄ちゃんできた子なのです。

 私のセリフに香澄ちゃんは頬をリンゴのように赤く染めます。純や。若いってええなぁ。

 そして、衛君は無言で包みを持ち上げました。


「衛君のお嫁さん。貴方の旦那様が幼児をいじめるのです」

 必殺! 幼児のウルウルアイズ!

 香澄ちゃんは顔だけじゃなく首まで赤くなり煙を出しそうな勢いです。

 ねぇ?

 必殺技なので、せめてこちらを見てください……。


「マイルズ君。ごめん、これ以上は勘弁して」

 包みを頂きました!

 羊羹なのです!

 芋羊羹なのです!

 ……あれ?


「どうしたの? マイルズ?」

 ないのです……。


「なにが?」

「芋羊羹が無いのです!!!!!!!!!!! そして、この手紙なのです!!」


『ごめん。美味くてみんなで全部食べた♪』


「「「あっ」」」

 犯人は現場にいました。

 へぇー、皆さんが。ふーん。


「マイルズ、今度来るときにもらってきてあげるから……」

「まーちゃん。今食べたかったのです。3か月も前から約束していたのです。この絶望何処にぶつければいいのでしょうか…………」

 まーちゃん閻魔帳にカキカキです。うふふ。

 …………そうだ、この恨み衛君の改造でぶつければいいのではないですか!

 よし、がんばるぞー。


「なんか、冤罪の上とばっちりの予感がする!!」

 衛君。残念ながら芋羊羹の恨みは深いのですよ……………。

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