第86話「その頃地球の勝さん」

「どうしてくれるんですか……神宮寺君」

 レベル神()さんは私の前で正座しています。

 ドニ君が泡拭いて倒れ吐血し始め、裁判は一時中断しました。


「炭鉱強制労働といっても炭鉱夫の皆さんと同じ待遇ですよ? 罰としては軽いと思うのですよ。あと、犯罪奴隷と言っても自分を買い戻せますし、セレストさんおきれいですので裕福で優しいご主人様に抱えられて奥さんの一人になることも多聞にしてあると聞き及んでいます。死んで終わるよりよほど幸福だと思うのです」

「すみません……でも、ドニさんへの愛を誓うセレストさんが可愛そうに見えてしまって」

 私は深くため息を吐き出します。

 そうです。掘れば真っ黒なことは私も、多分にディアスさんもわかっていました。

 だからこそのあの落としどころだったのに……。


「私の元奥さんも最後まで私を愛してくれていたそうですよ『あなたが愛してくれるから私は自由に愛せた。もっと強引に縛ってくれていれば! 貴方だけの私だったのに!!』だそうですよ」

 言って自分で失笑です。

 貴方が愛したのは私のお金と社会的なステータスでしょうに……。

 子供たちも私のではないとかどんだけ私を馬鹿にしていたんでしょかね……。あれ以降女性の笑顔は嘲笑にしか見えないですよ……。


「すみません。俺があんな女紹介しちゃった為に……」

「もう終わったことです。」

「……仁恵さんの事も、同じなんですか? ……女の子信じれませんか?」

 静かに涙を流しています。

 30歳超えたとはいえ整った容姿でそれをされると罪悪感があります。


「私が持っている勝としての最後の記憶は、長期休暇中に彼女に伝えるべき言葉を考えている所までです……」

「……」

「彼女は今どうしていますかね……。聞くところによれば私の体は昏睡状態らしいですし。会社も首でしょうね。彼女もお若いのですからもう次の方がいてもおかしくはないですね」

 神宮寺君がまっすぐ私を見つめています。


「先輩そんなこと言わないでください」

「私もマイルズなのか勝なのかわかりません。今勝がどんな状況かも知りません。最近ではマイルズとしてこちらの生を謳歌しなければならないと覚悟を決めていますしね……」

 神宮寺君の姿の影響でいつもの明るい彼女ではなく寂しげな彼女が脳裏に映ります。ああ、私は貴方の幸せを願っています。それが、あなたを幸せにするのが、……たとえ……私でなくとも……。


「まーちゃん先輩、泣くなら泣いていいっすよ」

 私を抱きかかえて神宮寺君が言います。

 今はマイルズなので遠慮はありません。

 意地を張れるだけの精神力もありませんのでね……。


「………………………………………仁恵、恵、昭………………………………………会いたい」

 ……この想いも……本物なのか……。勝さんの記憶が見せる感情なのか……。


「まーちゃん先輩……少しだけ繋ぎますね……」

 神宮司君の優しい言葉と共に意識が遠のいて行く。

 その言葉はまるで謝罪のようでした。




――――――――――

 白い部屋。点滴が私の腕から伸びている。

 私はと言うとそんなに痩せてはいないので入院期間がそんなに長くないのでしょう。

 そんな私を俯瞰してみている。奇妙な感覚です。

 しばらくして扉が静かに開かれます。

 入ってきたのは女性2人。そう、母と今お付き合いしている新居 仁恵さんでした。

 私の横に座ると母が額に手を当て


「こんなに心配させて置いて安らかに眠ってるわね……」

 そういって頬をつねり私が嫌がるのを楽しんでいます。

 おい、母よ!

 やめなさい良いお歳でしょ!!

 落ち着きなさい。


「仁恵さん。もしかしたらもうこの子。目を覚まさないかもしれないのよ……」

 母は笑いながら言います。重いよ……。表情とマッチしないよ!


「いいんです。私、待つって決めましたから」

 ええ娘や。


「それにまだ2週間です。その言葉は10年後ぐらいに考えます。会社も病気療養のための休職扱いでいつまでも待つって言ってくれてましたし」

 彼女の笑顔に一時的に私も癒されます。

 そして、この勝さんを私で何とかできないかとも考え始めてハタと気付きます。

 ……2週間しかたっていない……。

 お2人の会話はその後どこのご飯がおいしいとか、勝さんはどんな食べ物がすきだたっとか。

 ……私の黒歴史等を楽しそうに話しています。

 ……安心。してもいいんですかね……。




―――――――――― 

 次の場面に意識が転換しました。

 見覚えがあります……。

 ここは元嫁の実家です……。

 地方の名士らしく和風のお屋敷でした。

 そして、この場面……晩御飯後なのでしょうか。


「おじいちゃん、おばあちゃん。おやすみなさい」

 娘の恵が息子の昭の手を引いて軽くお辞儀して居間を出ていきました。

 その顔に表情はありません。


「……しなくていいと言っても皿洗いのお手伝いか」

「勝さんとお料理するのが楽しみだったそうですよ……」

 2人はそこでため息です。


「ここにきてしばらく経つが、恵は笑わないな……」

「母親が家に寄り付かないですからね……。意外と事の真相を把握しているのかもしれません……」

「まだ小学2年だぞ……」

「子供の成長は思ったより早いのかもしれません。子育てに失敗した私たちが言うのもなんですが……」

 ……そんなことないです。

 私の眼から見てもお2人は誠実でした。

 そして誠実の範囲で精一杯娘さんを守ろうとしていたじゃないですか……。

 彼女を変えられなかった私が、彼女をたらしこんだあの男が悪いのですよ……。


「ただいまー。何? 深刻にな顔しちゃって」

 お酒を呑んで陽気な元妻が相も変わらず空気を読まず現れます。


「……お前、慰謝料もまともに払っておらんで酒か、いいご身分だな」

 元義父の嫌味です。


「ふふふ、なんとーようやく結婚できることになったのー」

「はぁ?」

 お2人の驚きはごもっともです。


「相手はまさかあの男か?」

「うん、10年越しの悲願達成なの♪」

 開いた口が塞がらない義父。


「でー、私、来月引っ越すねー」

「子供たちはどうするの?」

「置いていくに決まっているよ。私達慰謝料の払いできついのよ。子供の世話なんか見てらんないわよ。きゃはははは」

 ……おい。お前ら……。

 大事にするって言ったよね!

 立派に育てるって言ったよな!

 あれは慰謝料減額のための演技か!!

 ……ああ、恵、昭、馬鹿どもを信じたお父さんを許してくれ……。

 ……そして私は気付いてしまった。

 その光景を階段の上から子供たち2人が冷たいまなざしで見ていることに。

 週末しか一緒に居られなかったけど、喜怒哀楽豊富な表情だった2人から表情がなくなっている。

 私がプレゼントしたぬいぐるみが2人の手に握られている。

 そして恵の口が静かに開く。そして声なき声が漏れる。


『パパ、早く迎えに来て』

 涙が止まらない。

 でも、あのバカな母親がいなくなれば……。

 あの義両親であれば……。

 私はあの女から離れられたが子供は離れられない……。

 私は思考の渦に呑み込まれ闇に落ちていきました。




―――――――――― 

「どうでした? 今の地球は?」

「帰らないと。帰さないと。勝さんを」

 あの子たちの為にも、あの人の為にも……。



―――――――――― 

(天界とある会議室)

「例の物は持ってきた?」

「こちらになります」

「よくやった。業務端末でデータ送信するとあの方にばれますからね」

「下っ端いい仕事です」

 ピンクと黒の絶世の美女姉妹にデータクリスタルを渡し、神宮寺は嘆息をつく。


「で、お2人から見て今の状況はどう見ましたか?」

「正直わからない……」

「魂が融合しているわけでもなく、共存しているわけでもない、記憶が影響しているのでもないけど。魂が二重にも見える。まーちゃんの魂とても興味深かったわ」

「そうですか……お2人でもわかりませんか」

 魂管理の専門家である2人をしてこの状況は判らないことに神宮寺はもう一度深いため息をつく。

 次は転生神か……神宮寺はあのお堅いメガネの女性を思い浮かべる。


「はぁ、俺と同位体っていうならあの人も手伝ってくれればいいのに………」

 吐き出した愚痴に結婚神と恋愛神がぎょっとする。


「下っ端。今のは聞かなかったことにしますわ」

「下っ端。同じ存在であればあの方の偉大さをもっと理解した方が良いですわ」

 『はぁ、そうですか』と気のない返事を返して神宮寺は深く椅子に座る。

 この後その方への報告があるのに……。

 今脅さなくてもいいじゃないですか……。などとつぶやきながら。

 結婚神と恋愛神はデータを手に騒がしく出ていきその部屋には神宮寺ただ1人残される。


「神様にもわからない状況って、先輩なにしたんですか……。あーめんどい!。……でもほっとけないよなぁ……」



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