第153話「終局に向けて2」

---異世界航行船船長ドゥガ視点------

 この計画を実行するのに100年の時間を費やした。

 前の世界で魔術を学び、この異世界に渡り、レベルなる概念と魔術理論により我らの様な『元の世界で高名だった魔術師』は寿命と言う概念をなくした。

 人ではなくなった。悪魔でもなく、天使でもなく、人の形をした化け物となったのだ。

 生きるため。生き残る為。前の世界では異物として排斥されたであろう存在になったが、この世界では受け入れられた。モンスターという脅威に対抗するため人の形をして言葉を理解できるものは何でも使うという方針だったからだ。


 この世界で初めて我ら異世界人が現れたのは現在神王と呼ばれている日本人が現れてからと言われている。

 時代は1000年ほど前、モンスターの氾濫により神は人類強化のためレベルシステムの導入を行い。人間以外の人類は結束していた時代。人間は大陸中央から駆逐されたころの話。

 神王と謁見した際に聞いた話では16世紀の日本から来たとのことだった。

 20世紀を生きていた私が神王が現れた100年後に転移してきたのだ、時間と言う概念が元の世界とのつながりを持たないのだろう。


 私は懸命に生きた。

 異世界で必死に、魔術、魔法を駆使し生きた。

 元の世界で残してきた者がある。

 元の世界で守らなければならないものがある。

 時間がつながりを持たないと言う事であれば、その理を理解できれば、私はこちらに飛ばされたすぐ後の世界に戻ることができる。

 そう信じて。


 神と繫がりを持つ、それに伴いこの世界への貢献を求められた。

 次々に渡ってくる異世界人を保護した。

 魔術など特殊技能持ちが多かった。その中でも中世の頃の我が宗教家たちが多かった。

 彼らの中で私と同じ志を持つものは少なかった。

 神を妄信し、自分たちの都合のみを考え、他の神々を虫けらのように扱う。

 600年前、この死の国と呼ばれる地で異世界宗教家たちが起こした騒乱を契機に私は彼らと袂を分かつ。

 彼らの自己都合のみの行動理論について行けなかったのだ。

 その後世界各地で人々を先導し、対立を起しては私たちが神々を宥める。そんなことを延々と繰り返していた。


 当初700年前、我々の努力が奏功し、異世界人と人類の多くが協力し異世界航行船計画が発足した。これは大樹と呼ばれる大陸中央に聳える人類の救世主が我らに慈悲をかけた面が大きい。

 計画は100年毎に実験を繰り返し、やがて確度高く異世界人を戻せる仕組みを構築しようと、莫大な負担を講じて行われる……予定だった。しかしながらそんな計画も600年前の死の国で起こった事件でご破算となった。

 あの様なことをしてしまったのだ、死の国との関係再構築には気が遠くなるような時間がかかるだろう。

 龍脈に設置した施設管理していた国々も、時が経つにつれ異世界宗教過激派の非道の被害者となり、我々穏健派の話すら聞いてくれなくなった。

 過激派が各地で起こす問題『対立・混乱・暗躍』。

 やがて我ら異世界人は穏健派過激派問わず『世界の最底辺』とみなされるようになった。それは神々への被害へも発展し、我々穏健派は、『連帯責任』として神々の指示の元、被害の補填に奔走した。

 異世界転移の特殊性なのか、異世界に転移してくる人間は宗教家が多かった。しかも、転移の際に心が壊れてくることが多いので犯罪に走ることが多く、過激派と繫がる。

 こうして我々穏健派は過激派が起こした事件を1年かけて収め、10年かけて現地で保証を行い信頼を回復する。そんなことが積み重なるとやがて異世界人差別に至る。

 差別を契機に穏健派の一部が過激派に宗旨替えを行った。圧迫されると反発する様に勢力を増し、手に負えなくなっていった。

 我ら穏健派は度重なる理不尽にも耐え、神から課される贖罪をこなしながら、過激派へスパイ活動、その情報から大きな悲劇を止め、現地人の協力者を地味だが少しづつ増やしていくになる。

 過激派の理不尽に、被害者から一括りで批判される理不尽に、それらに耐えられたのは少数だが現地人協力者がいたから耐えられた。

 徐々にだが、状況が整っていく。

 だがまだ足りなかった。

 全く足りなかった。

 死の国とは内々に関係を改善することができたが、南西の国々は度重なる過激派の計略により国は混乱し我々の声に聴く耳を持っていなかった。

 しかし、数年前状況が変わる。『光の神』を信奉する亜神の一団が強力を持ちかけてきたのだ。

 どうやら他の意図があるようだったが、お互い利用し合えるのであれば信じてよいだろうと判断した。

 そのお陰で廃墟と化していた地脈制御遺跡が稼働可能な状況にまで改善された。

 そして最後に救世主が現れる。

 その救世主は幼児の姿をしていた。

 我々が頭を悩ませていた過激派が経てた国を崩し。

 亜神たちを俳諧に置き南西諸国をまとめ、異世界航行船稼働に必要なエネルギーを制御するのに1年かかると思われていた各国遺跡稼働状況を劇的に改善する。

 遺跡の根幹機能を修理するために協力を願った竜人学者デスガルドとともに現れては基幹部品を再現し始める。


 はじめは偉大なる樹殿の依頼に乗じ、囮になっていただくつもりだった。

 魔王殿は不安定地域の過激派を集めて排除する囮。

 我々は遺跡稼働への妨害工作を行う過激派の視線をずらすための囮。

 無論、過剰なほどの護衛を付ける条件でだ。


 しかし、事態は好転した。過剰なほどに。

 まさに救世主降臨と言った具合にだ。

 あっという間に亜神を傘下に置き、南西諸国を平定する。

 こちらの目的を知っているかのように遺跡を精査し大陸東部の大国、神王国で神童と名高く、多くの異世界人は以下を持ち異世界魔術と魔法の融合を提唱するカクノシン王子を向かわせ、亜神とともに遺跡の機能を取り戻させていく。

 魔王国東部の魔族にすり寄っていた過激派、ディールケ王国を乗っ取りディールケ共和国を建てた過激派。前者はその護衛達の武力をもって、後者は予定通り王子を支援し封印の能力者でもある魔王候補をもって進行する。これらによって一番の弊害であった過激派たちはこちらの作戦へ手出しできない状況を作り上げられた。

 最も難関だった異世界航行船の再起動に関しては、救世主の先祖であり知らずとはいえ異世界航行船のエネルギー供給を行っていた初代魔導公爵を起こし、700年前の初回航行時以上に状況が整っている。

 感謝してもしきれない。

 

 異世界航行船を起動する日が来た。

 前回はこの世界とのつながりとして残ったが、今回は追い出されるような立場になってしまったのは、寂しいことだ。

 しかしそれは我々の事を想ってだと、知っている。

 我々が何百年もつらい思いをしてきたからこそ、『行け』と背中を押していることも……。

 この世界の仲間たちと別れを惜しんだ後、各自配置についた。


「先生、準備完了しました」

 木製の指令室で私の事を先生と呼ぶ古参幹部が報告してくる。

 

「先生はやめろ……」

「いえ、300年前、ただの小学生だった私を見捨てずに、生きるすべてを与えてくれた貴方はいつまでも先生です」

 むず痒い。隣にいるマザーも笑っている。


「お父さん、と呼ばれないだけましでしょう」

「……」

 マザーと呼ばれている彼女に言われては返す言葉もない。


「亜空間干渉術式、稼働」

 『はっ』と短い返答を得て異世界航行船は稼働を始める。


「ハチ殿、維持結界の起動をお願いします」

 私が指令室に存在する若木に声をかけると、若木は光り返答する。するとそれに呼応するように異世界航行船は光を纏い、次いで周囲に円形の結界を張る。

 ハチ殿。彼は先代異世界航行船のメインユニットとして偉大なる樹殿に生み出されたナナ殿とともに生み出された『大規模魔法・魔術制御ユニット』である。彼には700年の付き合いになる。言葉はしゃべらないが感情豊富であり、愉快な性格だ。我々は彼にも幾度と……などと感傷に浸っていると枝で突っ込みを受ける。ああ、そうだな。これからも君とは一緒なのだ、感傷に浸る必要はないか。


「亜空間ホール安定。重力制御開始」

 我々の頭上に広がるのは、空間にはなり切れない空間、エネルギーの濁流、原初の恐怖、を体現した混沌の世界。恐怖で竦みそうになる。指令室では息をのむ音が静かに響く。そして皆が私に視線を向けている。


「……諸君、待たせたな。船出だ!」

 皆が頷きそれぞれの作業に移る。

 そして管制塔へ向けて通信機を手に取り別れを告げた……。


「……結界強化完了、ハチ様の重力制御をお願いいたします」

 ブーーーーン

 感傷に浸る暇もなく異世界航行船は静かに持ち上がり徐々に亜空間の穴に突入していく。


「亜空間エネルギー流の安定を確認、本格航行開始まで100!」

「総員、管制塔へ敬礼!」

 準備が終わり我々の旅路があと100秒で開始される。最後に見えている時間だけでも良い。彼らに感謝を示さねば。


【緊急停止プログラムが発動しました。安全のため空間固定します。】

「……先生、上位指令! ……異世界航行中止! 緊急帰投プログラムが発動しました!」

「どういう事d………」

 言葉をつづける前に異世界航行は亜空間に入りかけていた姿勢から空間復帰を果たし、その異世界航行船があったはずの位置を『巨大な赤い線状の物体』が通り過ぎていく。


『逃がさん! 逃がさんぞ!!!!!!!!!』

 私の複製体か! 龍の体を制御するとはなんという事だ……。


『父上! 私を置いていくのであれば……、せめて供に死ね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 ディニオとまだ交渉ができると思っていた時の産物。私と同じ容姿をしているが性格は残忍。幾度と無く矯正を試みたがそのたびにディニオの術中にはまり悪化していった。先日の戦闘でついに亡くなったと聞いていたが、……そうそう終わる者でもないか。


「先生、帰還完了しました。これより防御に移行します!」

 頷くと私とマザーは席に着き、魔法力供給パネルと魔法体を用いた術式制御陣に手を置く。つまり我らの能力で防御結界を強化しているのだ。……経験上ギリギリ龍の攻撃を防ぎ続けることができるだろうが……。


「あれを追い払えないとジリ貧ですね」

「ああ」

 討って出るかと考えたが辞めた。総責任者の私がいなくなるのは自殺行為だ。ではどうする? そう思案しているときのことだ。高速で飛来した光の矢が私の複製体である赤黒の龍、その眉間に深々と突き刺さった。赤黒の龍は痛みに悶えながらくらいついていた結界から牙を離しのけぞるように悶えた。そして光の矢が飛来した元の亜空間のへ向け、怒りを吐き出す。

『ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 邪魔するな人形が!!!!!!!』


 人形とは何を意味するのか知らないが、この攻撃を成し遂げ、私の複製体と敵対する存在がある。そしてそれは赤黒の龍と化した私の複製体を倒しうる存在。


「守備に徹する。並行して異世界航行船の修復とエネルギーの再充填、急げ!」

「了解、修復は既に自動修復機が稼働。損害軽微の為現場確認終わり次第報告します……先生! 格納庫中央を見てください……あいつらが……」

 格納庫中央には因縁の相手、異世界宗教過激派幹部、ディニオが居た。

 ……不味い。奴は異世界人ながら『中距離転移魔法』の使い手。

 こちらの増援が見込める状況になったかと思ったら厄介な敵の増援か……。なんってこった!


「……パンダ? 武者? 先生、増援が来ました!」

「……あ、ああ。しっしかし、何故無手なのだ?」

 転移で現れたのはパンダという白黒熊が日本の鎧をまとっていた。攻撃手段は無手。侍ソードも持っていない。しかし、その白黒熊は拳から発射した光で私の複製体をよろけさせると、ディニオ手勢に向かい交戦を開始した。

 続けてルカスの所の子供たちも参戦した。彼女らは戦闘慣れしていない様で白黒熊が度々フォローしている。だが、これでディニオの勢力は完全にこちらに矛を向ける余力がなくなったようだ。

 そう『ディニオの勢力は』、白黒熊の攻撃から回復した私の複製体はその龍の体をくねらせ怒りのままに結界に食らいつく。一瞬でも油断すれば結界を崩壊させられそうだ。


「……は? リ〇ーナイトじゃねーか! あれ!! でるならガ〇ダムだろ?」

 比較的新しい時代から飛ばされてきた者が驚きのあまり叫ぶ。よくわからないが援軍の様だ。


『試作一号機! そのでっかい蛇を倒すのです!』

 次の瞬間響き渡ったのは救世主殿の声だ。あれは彼が作り出した巨大ゴーレムであったか。


「先生、魔導公爵殿から伝令『儂、暇だから参戦する』とのことです」

「承知した。我々は結界を維持しつつ、次回航行に向けた準備を開始する!」


 それから我々の眼前で繰り広げられたのは巨大な龍と、剣と盾を構えマントをなびかせる巨大ゴーレムの戦闘である。


『のがさぬ! のがさぬぞ!!』

『おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!』

 一撃一撃が重く。空間を揺るがすような応酬が続く。

 優勢なのは私の複製体である龍。

 押し込まれそうになる度に異世界航行船から私の複製体である龍の攻撃にけん制攻撃を差し込む。格納庫中央に降り立った初代魔導公爵殿だ。私の複製体との戦闘は健闘しているが、戦況的に時間の問題であると言える。しかし、希望は繫がれた。我々は我々でできることをやらねばならん。


 ……。

 ディニオが切り札を切るようだ……。


「地脈リンクを切断しろ……」

「まだ80%ですが……」

「十分だ」

「了解。地脈リンク切断プロセス開始!」

「……あれは……、タイチか……」

 ディニオに踊らされ、ルカスたちとの関係を決定的に破壊した男がモンスターの歯肉から作り出された。


「……死霊術。おぞましい……」

 誰かのつぶやき。同感だ。

 しばらく見守る。ルカスvsタイチは一方的な展開で終わった。

 しかしそれはディニオが自信の肉体を使い、超級モンスターを超える存在に変化する為の駒でしかなかった。

 おぞましい存在へ変化したディニオにルカスが辛うじて対応していると、彼が現れた。

 全ての元凶となった事件の被害者。

 封印の神に封印された男、聖王だ。

 状況はさらに変化した。良い方向へ。

 ……今、出発すべきだろうか。

 ……目の前で展開されている戦いは2つ。

 1つ目は、ルカスたちとディニオ達の戦い。

 2つ目は、私の複製体である龍と巨大騎士型ゴーレムの戦い。

 1つ目は放っておいて問題ない。

 2つ目は……、もう巨大騎士型ゴーレムの彼は持つまい。

 今、彼を見捨てれば我々は公開に出れる。一度流れに乗ってしまえば龍と化した私の複製体でも追ってくることはできない。


「……先生、魔導公爵殿が帰還したとのことです!」

「準備完了しました! いつでも再突入可能です!」

 整った。

 ちらりと再び彼の戦闘を見る。彼はひび割れた盾を龍となった私の複製体に向け投げつけるとこちらに向かって親指を立て、即座に剣を両手で握りなおし向かってゆく……。ゴーレムだよな、あれ。


「管制塔から入電『タイチが地球から亜神を召喚した。地球への流れができている可能性大。早急に行動に起こされるべし』」

「よし! 亜空間ホール「戦闘の影響で空間崩壊が発生しています!」。うっうむ。ではハチ殿重力制御を」

 異世界航行船は再び光を帯び、浮き上がる。それと同時に亜空間ホールを開ける術式が低出力で発動し、再び亜空間が我々の眼前に現れる。

 それは確かにかすかな流れができていた。


「この気を逃がすな! 全力で流れに乗るぞ!」

 亜空間に異世界航行船が侵入し、亜空間エネルギー流に船を委ね。加速する。


「さらばだ異世界。心からの感謝を!」

 我々は地球帰還への旅を開始する。

 亜空間エネルギー流に乗り加速を開始した異世界航行船に、もはや龍となった私の複製体も追いつけはしない。

 最後にもう一度異世界に視線を向けると、巨大騎士型ゴーレムの彼が大破する光景が目に映る。

 我々はした唇をかみしめながら、それでも踏み出した道を進む。

 故郷へ戻るために。


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また来週!


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【書籍化】【Web版】おっさん(3歳)の冒険。 ぐう鱈 @guchi_guchi

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