閑話「メリークリスマス! でも、キリストの誕生日じゃないよ? クリスマスって北欧の冬至……ん、これ以上はダメ??」

 深々と雪が舞い降りる。

 それはあたかも暗闇から舞い降りる救いの光の様に……。

 はかなく、気づけば大地に降り積もった雪山へと消えていく。

 北海道の観光都市。

 運河が有名な都市。

 港沿いのショッピングモール、その真ん中に存在するホテルで彼はため息をついた。

 時刻は深夜。

 黒から白が舞い降り、白に消える。そんな幻想的な光景に妻と共に癒される。

 ……彼らには孫がいた。

 上は恵と言い7歳である。利発で大人の表情を読める子だった。

 下は昭、5歳。おとなしい子で常に姉の陰に隠れているような子だった。

 彼は、いや彼の妻を含め、孫たちの笑顔をほとんど見たことがなかった。

 それはきっと自分たちのせいなのだろうと自嘲していた……。

 彼らには娘と、息子がいた。

 息子は厳しく接していた甲斐もあり、自分の進む道を見つけ邁進している。たまに顔を見せるがその顔は自信に満ちている。

 そして娘だが…………………………。甘やかしてしまった。

 思い通り行かないと癇癪を起す。

 息子から冷たく指摘されて彼らは自らの過ちに気付いた。

 そしてその後の教育で一見矯正されたように見えたのだが……。

 娘が婿を連れてきたとき、彼らは安心してしまった。

 相手はこれ以上は望めないほど優良物件だった。稼ぎもよく、将来性もよい、見た目も悪くなく、性格もできた人間である。婿の会社の重役に伝手があったので人物像について聞くと、嬉しそうに語る。どうやら人徳もあるようだ。

 安心してしまった。その結果、6年後彼らは娘の根本が子供のままであることを知る。

 厚顔無恥。

 自分たちの娘がしでかしたことに、ショックを受ける。

 娘が孫たちにしていたことを知り、絶望を受ける。

 泣きながら謝る。

 婿、勝を見ながら彼らは泣いて土下座することしかできなかった。

 救いだったのは孫たちが、その時は、笑顔だったことだ。

 聞けば食事を与えられないなど虐待の日々があったりしたが、『お父さんの朝ごはんで耐えたの』『週末お父さんと遊ぶの』この2つを胸に耐えていたのだとか……。

 そんなことを……孫に笑顔で言われ、彼らは胸を締め付けられる想いだった。


『これからは私たちが愛情を注ごう』

 そう思って。親権を得ようとした勝を説得して孫を、娘を、手元に置いた。

 彼らが孫の笑顔を見たのはこれが最後だった。

 勝が帰ってから孫たちは落ち込んだ。

 そしていくら待っても勝が戻ってこないことで、状況を悟ってしまったようだ。

 遊びに連れて行っても、おもちゃを買い与えても、そっと優しく抱きしめても、孫から帰ってくる言葉は『ありがとうございます』だった。

 上の子は下の子を守るように、下の子は上の子に隠れるように……、半年。

 半年たってもこの状況は変わらない。

 彼らが孫たちを見ていてわかったのは、孫たちがこう思っているという事だ……『私たちはお父さん【にも】捨てられた』、そして彼らが孫たちに懐かないのは、『お母さんと同じ匂いがする』からだと。

 彼らは衝撃のあまり、思わず孫たちを抱きしめた。

 泣きながら『お父さんはお前たちを捨ててない……』と何度も伝えていた。

 それから孫たちの態度が少し軟化した様に見受けられたが、そのタイミングで娘が家を出て行った。

 振出しに戻る。

 いや、それ以上に強固になった孫たち。

 その態度に彼らは『子は親を映す鏡』という言葉をかみしめていた。

 つまるところ、あの娘は自分たちを映した姿、故に孫たちに距離を取られる……。

 そんな折、勝の両親から『冬の北海道行ってリフレッシュされたらどうですか? というかどうぞ我が家に遊びに来てください』と誘われるままこの観光都市にやってきた。

 勝の両親はそんな彼らをこのホテルで迎えた。

 到着後すぐに、『明日は雪遊びをするぞ!』と孫たちのウェアを選び始め、『大人はスキー場レンタルにしましょう~』と、勝に似たお茶目な笑顔で孫たちを抱えていく。孫たちも笑顔だ。

 孫たちに娘がしてきたこと。

 孫たちに勝がしてきたこと。

 その差だと理解しながらも、彼らはうなだれた顔を上げることができなかった。

 久しぶりにはしゃいだ孫たちは夕食後眠そうにしていた。彼らは孫達を抱っこして部屋に連れ帰る。勝の両親はその様子を見守ると暖かく印象的な笑顔で『また明日』と言って去っていった。


「喜んでくれるといいですね」

 彼の妻が孫たちの枕元に靴下型のパッケージに詰め込まれたお菓子を置くと、寂し気に呟く。


「喜んでくれるさ。信じなきゃ。私たちが」

 彼らは穏やかな孫たちの寝顔を再度確認すると、自分たちも眠ることとした。

 窓から映し出された雪はまるで【白い希望が夜闇の絶望に吸い込まれている】ようだ。

 彼は、それはまるで彼らと生活する孫たちに様だ、と思ってしまった。


~~~~~~~~~~~~~~

「ねぇお父さん。なんでうちは貧乏なの?」

「ぶっ! 恵。そんなことどこで聞いた?」

「美香ちゃんが私の服が直されてるの見つけて言うの……」

「うちは貧乏じゃないぞ! うちは節約しているだけだ! ……ごめん。縫えばきれるって思っちゃった! よし、服買いに行こう! 昭も新しい服かうぞー!」

「ほんと! ぼく、〇〇マンのかっこいいのがいい!!」

「まかせろー! お父さんが選んでやるぞー! そして帰ってきたら、お父さんがスーパー雪だるマンを作ってやる!」

「すぱー!」

「そう、スーパー!」

「お父さん、早く行こう。買ってほしい服、あらかじめ見ておいたの!」

「おっおう、恵はしっかり屋さんだな!」

「えへへへ」

「そのあとはスーパーだよ! おねえちゃん」

 そこで彼らの夢に出てきた勝は止まる。

 そして彼らに向き直って抱きしめる。


「起きたら、枕元にお爺ちゃんとおばあちゃんが用意してくれたプレゼントと、お父さんが2人に送ったプレゼントがあるから受け取ってな」

 2人はその言葉で泣き出す。

 離れたくないと勝にしがみつく。

 気づけば泣いている勝がいる。


「お父さん、今はお前たちに会いに行けないけど、絶対会いに行くよ。だから、お父さんと同じぐらいお前たちを大事に思ってくれてる。お爺ちゃんとおばあちゃんに甘えていいんだよ……。甘えたってお父さんが戻ってこないってことはないから……だから素直に甘えていいんだよ……。お父さんからのお願いだ……」

 その後、夢の中で恵と昭は勝に色々な話をした。長く短いその時間は過ぎ去り、恵と昭は気づけば朝日さすホテルのベットで目を覚ました。


~~~~~~~~~~~~~~

「お爺ちゃん、おばあちゃん。プレゼントありがとう!」

「ありがとう!」

 急変した孫たちの姿に、笑顔に彼らは呆然と立ち尽くす。

 そしてお菓子とは別の手で何かを大切そうに握りしめていることに気付き、自然と口にする。


「2人とも、それは何だい?」

 祖父と祖母の優しい視線に二人は目を見合わせ、せーの、と息を合わせて見せびらかすようにそれを前に出す。


「「スーパー雪だるマン!!」」

 それは銀のペンダントだった。

 ペンダントトップに不細工な雪だるまが特徴的なそれは、明らかに彼らが用意したものではなかった。


「「おじいちゃん、おばあちゃん。つけて~」」

 誰からのプレゼントだろうかなどどうでもよいことだった。

 彼らは必死に涙を堪え、孫たちの頭を撫でる。

 嬉しそうに笑う孫たち。

 ふと目に入った外の景色は、舞う粉雪が朝日に照らされさらに輝いていた。

 そこには吸い込まれるような絶望はかけらもなかった……。


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