第54話「お上りさんはチートの夢を見る2」

「あれ? 衛君じゃん。久しぶり」

 闇から突然現れたその顔は、場にそぐわぬ緊張感のなさでそう言った。

 てか、若返ってる気がするけど……、勝おじさんではないか?

 いや、他人の空似?……というかなんで俺ってわかった?


「……勝叔父さん?ていうかなんで衛ってわかったんですか?」

「ああ、やっぱり衛君だ。なんでわかったかって?日本人特有の警戒心のない雰囲気がね、もれもれだったからさ……。試してみた」

 ああ、やっぱり勝叔父さんだ。一流企業で管理職やってる割に抜けてる感満載、でも天然人たらしの勝叔父さんだ。


「なんで叔父さんが? っていうか若くないっすか? てか、東京で意識不明だったんじゃ?」

 そうだよ。倒れたって聞いたのに……。あと、なんかよく見たら高校生ぐらいの顔じゃないか。しかも灰色のだし。

 あれ?俺どうしてこの人を勝叔父さんって認識したんだろうか?


「あれ?」

「ああ、なんか額光ってたから神様の加護とかなのかな?」

 俺の質問には答えてくれない勝おじさん。

 運命神の加護かな?と勝手に俺の額を触ってくるおじさん。特に何も異常がなかったのかホッとした表情である。

 そして……。


「あ、ちょっと行ってくるね~」

 ちょっと忘れ物♪的な軽いノリで勝叔父さんは再び消えた。

 でも、その表情の陰に怒りに近い感情が潜んでいることに俺もなんとなく気づいていた。

 ……俺は無力だ……。

 ……だが、そう言って呆然としているわけにはいかない。俺は生きているのだから。

 そう自分に活を入れなおして、現状を整理しようと思った。


 話は1日前に戻る。

 俺は真面目で評判の鳥獣ハンター、ソミルさんと山に入っていた。

 そんなに町から離れていない事もあり気楽なピクニック気分だった。

 ……いやはや、実にそれがまずかった……。

 初めにウサギの様な動物を獲物にした。

 気配を消して狙いをつけ弓を絞った。その時点で逃げられた。

 ソミルも『初日はずっとそんな物、何か掴んでくれればいい』と気さくな感じだった。

 比較的安全な地域に俺は潜みただひたすら気配を消して弓を構える。

 しばらくすると弓の照準が意識しなくても付くような気分になった。

 ……たぶんこれがスキルというやつだ。

 そこで調子に乗ってしまった。

 ウサギをこっそりと追い夢中になって弓を引いた。

 ………………その状況でようやく、……ソミルさんの叫び声で気づいた。


『そっちいくな!』

 はっ、気づいた時には#片足の地面がなかった。

 構えた弓を手放す間もなく俺は落下。

 浮遊感を味わう。

 不意の感覚に正直金玉が縮み上がってしまった。

 途中から坂になっていたのだろう、衝撃から転がる感覚そして再び衝撃が続いた。

 神殿でレベルを上げてもらって頑丈にしていなければこの時点で死んでいたかもしれない……。

 ようやくたどり着いた土の上、全身の痛みで薄れゆく意識の中、俺は自分の迂闊さを呪った。


(せっかくこの世界でやり直せると思ったのに……、俺はここで野生動物の餌になって終わるのか……)

 悔しい思いでいっぱいだ。

 折角折角面白い世界だと思ったのに……。

 そして俺は無念の思いで一杯になりながらも意識を失った……。


 次、意識を取り戻すとこの石牢にいた。

 雑ではあるが止血をしてくれていたらしい。体の各所に布がまかれていた。

 首だけ動かし周りを見ますと痩せ細り骨と皮だけになった男がこちらを凝視していた。


「死ねた方が幸せだったのに……」

 そういった彼は俺の状況について教えてくれた。

 ここは盗賊のアジト。

 俺や彼みたいな捕獲できた人間は盗賊の奴隷となり、雑務から重労働、時には盗賊たちの夜の相手までさせられるらしい。

 俺は全身傷がひどかった為まだだったが、彼の右腕には奴隷紋が彫られていた。

 これには暗黒魔法で『契約した主人の命令は絶対』という効果が込められているらしい……。


 男は絶望しきった気力のない瞳で『自分はコースという農夫だった……』という。

 連れてこられて1年。もうそろそろ死ぬ。とも言っていた。


「君が回復したら殺されるかもね……」

 そのつぶやきに俺は未来の自分を見た。

 俺もこうなるのだろうか……。

 運命神の加護とか効果を発揮してくれないだろうか……。

 動かない体で苦痛に呻きつつ夜は更けていった。

 朝起きる。体は相変わらず動きそうにない。


「コースさん……コースさん」

「……死んだか」

 石牢に入ってきたヒゲの中年がコースさんを見下ろして呟く。

 そして物でも担ぐようにコースを持っていった。

 俺は何も言えなかった。

 言葉を交わしたのも少なかったが彼が、俺の運命の先だったのだとしたら……。

 そんな雑な扱いはしてほしくないと思った。

 同時に次は俺がそうなるのかと絶望もした。

 引き続き俺は痛みで意識を失う……。


 次起きると白髪の老人が俺を見下ろしていた。

 体から痛みがなくなっている……。


「お主、儂の好みの顔をしておる。治療の謝礼じゃ。頂くとしよう」

 そういって老人はズボンを下した。

 思わず俺は逃げ出そうとする。体は動く。

 立ち上がろうとした瞬間にそれはきた。


【動くな】

 老人の呪文に俺の体は硬直する。

 何をどうしても動かない。

 俺は童貞のまま処女を喪失するのか。そんな馬鹿な。やめろ! と叫びたかった。……だが声が出ない。

 そこで俺はすべてを諦め、目を閉じてしまった。


「がっはっ」

 老人の小さな悲鳴と何かが折れる鈍い音がした。

 先ほどまでの神経を麻痺させられたような感覚がなくなり、体が動く。

 そして先ほどの勝叔父さんとのやり取りである。


 今、何故だか叔父さんは居ない。

 目の前には曲がるはずのない方向に首が曲がった老人の遺体が放置されている。

 俺は何をすべきだろうか。

 昨日と違って体は動く。

 牢の鍵も開いているし老人から装備をはぎ取れば逃げられるかもしれない……。

 だが、俺は左手の平に刻まれた奴隷紋をみて思う。


 逃げられるのか……。


 ……何より、逃げた先で今まで暖かく対応してくれていた人たちが、そのままの対応をしてくれのだろうか……。

 あの……暖かい人たちに奴隷扱いされてしまったら……、俺は絶望から立ち直れないかもしれない……。

 いっそのことここで奴隷をしていたほうが幸せなのではないだろうか…………。


 手に、足に力が入らない。

 頭が考えることを放棄している。

 俺は絶望と共に時間だけが過ぎてゆく感覚に身をゆだねていた……。


「ただいまー!」

 雰囲気をぶち壊す声が聞こえてきた。勝叔父さんの帰還である。


「衛君どうした!? どこか痛むのかい?」

 気遣う声にどこかほっとした自分がいた。

 自分の価値を認めてもらえてもらえたような……、みじめな優越感が……今は心地いい。涙が出るほどに……。


「大丈夫です。でもこれが……」

 勝叔父さんに左手を見せる。

 俺と同じくこの世界に来て間もないだろう、叔父さんに見せたところでどうなることもないと思った。

 だが……縋りたい一心だった。そして、俺の良く知る勝おじさんなら……きっといつものように諦めることを知らない様に何とかしてくれる。と、希望を抱いていた。


「ふむ、魔法回路が物理干渉を起こして脳までつながっているね……」

 何かが分かるらしい。……驚きだ。

 そういえば気にならなかったけど勝叔父さんの容姿がかなり違うのだ。

 叔父さんも数奇な運命とやらで短い期間で多くの難題にぶつかりそれを超えてきたのだろうか……。

 苦労して身に着けたからすぐわかったのかもしれない……。

 俺は勝おじさんに尊敬に似た感情を抱いていた……。


「衛君。人体実験に興味ない?」

 おい!!!! 発言がマッド!!!


「えっ、そう照れるな~」

 褒めてないし! 手を! 手を放して! なんでそんなに強く握ってるんですか? ていうか人体実験て何!


「ほら、脳まで回路いたってるし危ないじゃん?」

 なんで軽いんだよ! 俺の肉体、俺の命!


「ふむ、しかしな衛君これを今しないとどんな事態になるか……」

 勝叔父さんはそう言って真摯な表情で俺を見つめる……。

 ……でも知っている。

 俺の左手を掴む手が強くなっている事を……。

 知っていますよ? その瞳が心配半分、好奇心半部である事を。


「半分心配してるからそれでよし!」

 よくねーよ! リスクたけーよ! 人体実験ってなんだよ!


「衛君。叔父さんとして人生の先達として君に言葉を贈ろう……」

 空気が一変します。やはりこの人はすごいh……。


「『為せば成る』『人生トライアンドエラー』『転んだ時にはいつでも何かを拾え』『失敗は成功の母』」

 ……全部失敗前提!!


「失敗したって腕が動かなくぐらいだよ、気にしたら負けさ♪」

 異世界で……。異世界で……、尊敬していた叔父さんが……、マッドサイエンティストになってる!!!!


 こうして、先ほどまでの悲壮な覚悟はどこへやら、馬鹿なやり取りをしている。

 そこでふっと気づく。ていうか初めから気付け俺……。


「こんなに騒いで盗賊が寄ってこないのはどうしてなんでしょうね……」

「ああ、それ? さっき全員『くい』っとやってきたから大丈夫だよ」

 勝叔父さんが首を絞める動作で『くい』とかやる。怖い。怖いよ! 叔父さん!


「ほら、ゲームであったじゃんスネークとか、段ボールかぶってとか、一度やってみたかったんだよね♪」

 ああ、あれですか叔父さんゲームやらない人でしたよね?


「昔ゲーム好きだったから。情報だけはね……」

 はぁ、ていうかそんなノリだけで盗賊全滅させたのか……。


「あ、後始末なら大丈夫だよ。周囲の案山子呼んでおいたから万事お任せできるし」

 はぁ、英雄様のあれですね。便利ですね。


「じゃ、改造始めようか! できれば手術中は『やめろ、ショ〇カー。ぶっ飛ばすぞ!』って叫んでね♪」

 おいーーーーー! 全身改造に変わってる! 手だけじゃ? 奴隷紋だけじゃないの?


「雰囲気だよ。雰囲気♪ 脳までつながってる魔法回路あったから……変身機能もありかな?って。叔父さんのお茶目だよ♪」

 やばい。この人任せていたら昆虫ヒーローに改造されてしまう! しかも平成のほうじゃなくて昭和のグロイ方に!


 こんなやり取りを延々としてました。

 半日前の絶望が懐かしいです。


 ……どうやら勝叔父さんはシリアスさんの大敵のようです。

 うが! 全身銀色の巨大化ヒーローも嫌です!


☆ ☆ ☆(マイルズによる事情聴取)

『と言う事があってポリナルで芋餅を発見した!』

 あれ? 衛君の話じゃなかったんですか?


『あれはあれで楽しかった♪』

 衛君。勝さんがごめんなさい。決してその勝さんはマイルズ君の意思ではないです。

 こちらのまーちゃんは100%の善意と可愛さでできているのです。


『で、本体よ。衛君の全身改造なのだがなにがよいかな? 今のところ皮膚から強化皮膚を生成して、変身ひーろが良いと思うのだが……』

 それ、しなければならないんですか?


『しないと死ぬね。2年ぐらいかな余命』

 ほう、その根拠は?


『まず衛君自体の全身の魔法回路がズタズタでいつ肉体と強調して崩壊を起こしてもおかしくない。ていうか内臓崩壊して死んでる奴隷の死体を確認した。ほっとけば彼もそうなる』

 現状の交信を私が勝さん1号に乗り移っている形をとっているので記憶の共有は比較的簡単にできました。

 ……幼児になんて物を見せるのですか……しかし記憶を参照する限り、衛君の生き残る道は改造しかないようです……。

 でも、やるにしても魔石が足りない気がしますが?


『うむ、なので王都モアまで連れていき、祖母殿にそちらに転送してもらおうかと思っている』

 ほほう。


『応急処置は私がするが、メインは本体にお任せだ』

 ふふーん。


『気が利くだろ?』

 グッジョブです。飴ちゃん一個追加です。


『くくく、おぬしも悪よのう』

 くくく、お代官様ほどでは………って何やらせるんですか!

 とにかく、衛君の事お願いしますよ?

 なんでこの世界に来てしまったかは知りませんが、死なれては引きずってしまいそうです……。


『安心しろ本体。俺が見ている範囲では死なないように努力するよ。あと改造計画なんだがな……』

 こうして今日も私の夜更かしが続きます。

 あ、私があまり身長伸びないのはきっと勝さん1号のせいですね……これ。


『冤罪だ! 抗議する!』

 却下です。

 まーちゃんはかわいいから冤罪でも有罪なのです……zzz

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