外伝「私は王子様を守る剣」

注意1:このお話は過去、小説になろう様に投降した短編小説になります。

注意2:現在登場している「ティリスさん」が人間だった頃のお話になります

飛ばしても問題ございません。よろしければお付き合いいただけると幸いです。

ちなみに終盤まで暗いお話です。

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 それは小さい頃の記憶。

 王宮に忍び込んだ暗殺者。それが私の前に居た。

 その頃の私は暗殺者の殺気に当てられて恐怖で声も出せないでいた。

 ガクガクと震える膝では立つのさえ困難な状態にあった。

 一方私の横には婚約者のヴァンリアンス王子は震えるでもなく、暗殺者を強い意志をはらんだ瞳で睨みつけていた。

 ヴァンリアンス王子は『人と目を合わせるのも怖がる』様な引っ込み思案で、優しい男の子だはずだ。その時まで私は同い年なのに彼を守るお姉さんのつもりでいた。

 だが、そんな弟だと思っていた男の子が、先日『ヴァンリアンス王子の婚約者』となった私を排除しようと、陰謀を巡らせた貴族から贈られたであろう暗殺者を、睨みつけている。私だって暗殺者の動向を見ていれば私を殺すことが目的なのが分かる。ヴァンリアンス王子だったわかっているはずだ。なのに、ヴァンリアンス王子はそっと私の前に立ち右手を振るう。いつものおどおどした態度は一切感じられない。


 暗殺者が腰を落とし王子のすきを窺っている。

 『いつ殺されてもおかしくない。せめてヴァンリアンス王子には怪我をさせないように』と私が覚悟を決めた次の瞬間だった。ヴァンリアンス王子の手から光がほとばしり、私達では天地がひっくり返っても太刀打ちできなさそうな暗殺者を、光で絡めて動きを封じた。

 それを確認したヴァンリアンス王子は私の手を引いて暗殺者の横を駆け抜けていく。ヴァンリアンス王子のその手は温かく、少し走りだすと私は恐怖を忘れ、手の温かさに夢中になっていた。


 これは私の原風景。

 私の名前はリリアンヌ。

 父上が将軍を務める大貴族。侯爵家の令嬢。そう。英雄を追い出した悪女です。


 事の起こりは私が『王子の待遇改善のためにダンジョンへ潜る』と言い出した12歳の時の事でした。

 ヴァンリアンス王子はこの国の唯一王子ですが、周りの扱いはとても良いとは言えないものでした。

 それは彼の性格にありました。

 優しい彼に周りが求めていたのは力でした。

 この国の名を『力の国』、王家貴族は国の根幹を揺るがす存在『神の試練』と呼ばれるダンジョン攻略の義務があり、その立ち位置は力によって変わります。

 優しく、力を示さない王子様では王が如何に言おうとも侍従たちは態度を変えることはないでしょう。それは国の文化であり、根幹でだったからです。

 それ故ヴァンリアンス王子は、自分の服を自分で洗い、自分の食事は自分で作り、食材が無いときは自ら狩りに行き、『趣味だから』と笑いながら王宮の片隅に畑を構えていました。教育は十二分に施されていましたが、力を示さない王侯貴族は軽蔑の対象だったのです。

 しかしヴァンリアンス王子は強かった。王の支援はあったのだと思いますが、少ない支持者と力を合わせ誇りを失わず生きていた。私が会いに行くと美味しいクッキーを食べさせてくれた。自作だという。


『砂糖は高級品だから手に入れるのに苦労したよ』

 笑って言うヴァンリアンス王子に私の中の何者かが憤る。

 ヴァンリアンス王子は強い。

 周りが言うような人ではない。

 今ですら、国の危機があれば率先して前線に立つでしょう。

 そして苦笑いを浮かべながらあの力を使うのでしょう。

 だから私は悔しくて、悔しくてたまらなかった。

 この人は侮られてよい人物ではないのだ。

 ……しかし、当の本人はこんな状況を受け入れ立ち向かっている。

 私の中で何者かが大きな声を上げていた……。


--

「リリ! 援護たのだぞ!」

「その名で呼ぶな! 貴様に当てるぞ!」

 若手の中で頭角を現してきたラムバルドが先陣を切り、私の護衛が戦線を維持する。そして私の魔法が殲滅する。そんなパターンがその当時私が組んでいたダンジョン攻略パーティの作戦だった。

 ダンジョンに潜って2年。

 王子の婚約者として力を示している。

 私は先月14歳になっていた。

 最近王子に会いに行けない。

 会いに行けるわけがない!

 年頃になればこの傷だらけの手など好きな人に見せられるわけがない!

 このモンスターの血が、その匂いが落ちない体で王子に会えるわけがない!

 嫌われてしまうかもしれない……。

 王子はそんなことで私を嫌ったりはしない!

 でも……。


 結果論で言えば、会いに行けば、よかった……。


 私は何をしていたのだろう。

 急激に進むのが楽になったダンジョン。

 先輩冒険者たちは『商売あがったりだ』と他の国へ移っていった。

 国では大量にいた強者が居なくなった。

 強力な騎士団は健在だが、国民たちはその一部の事実に焦った。

 力が全ての国で強者が次々いなくなる。

 その不安駆られた国民たちは新たな英雄を求めた。


「我らが英雄! ラムバルドに!」

「我らが英雄! リリアンヌ様に!」

 酒場では私たちの名前を叫んで乾杯する人々が増える。

 巷では盛んに『ラムバルドとリリアンヌ様の恋』『ラムバルドとリリアンヌ様はお二人でダンジョンに潜り逢瀬を楽しんでおられる』『平民と侯爵令嬢、身分差の恋』『王子は権力でリリアンヌ様を繋ぎとめている』等、噂されている。

 馬鹿々々しい。

 ラムバルドなど触れられるのも不快だ。

 2人きりでダンジョンに潜った?

 馬鹿にしているのだろうか?

 モンスターが減ってもダンジョンはそんなに安全ではない。

 護衛騎士たちと大勢でダンジョンに潜る私を国民たちは見えているのだろうか?

 ラムバルドとはもう1年も一緒にダンジョンに潜っていない。

 しかも彼が34階層まで踏破したと触れて回っている。

 だが、私も32階層まで踏破しているがいつも20階層辺りで苦戦するラムバルドを見かける。いったいいつ34階層まで進めるというのだろうか?


 同業者であればわかる。そんな馬鹿々々しい狂乱にそれまで支えてくれていた強者たちも、一人また一人とこの国を見限っていった。


 そして私も気付けば王子に会いに行くの遠のき、私は15歳を迎えた。


 王子は私が会いに行くとどんな時も時間を空けてくれた。

 外国の要人と会談しているときも私が来ていると聞いて『私の婚約者です』と紹介してくれた。そして『久しぶりの逢瀬ですので、本日はこれにて。細かい事は大臣が……』と抜け出してきてくれる。


 でも、私は色気の欠片もない鎧姿だ。


 彼は人見知りを押して外交の場に出ている。

 幼いころからの付き合いだ、彼の表情を見ればわかる。

 外国の要人を見送った後王子は私の手を取って歩く。機嫌よさそうに。


 私は手を放してしまった。


 何故だったのだろうか。

 彼はダンジョンに潜らない。

 理由は知っている。

 彼が潜ると彼が強くなりすぎてダンジョンのバランスが崩れるのだ。

 王様がかつてダンジョンからモンスターがあふれだした過去を例に出し教えてくれた。圧倒的な強者が現れると心弱きものは強者に頼り、そして自分たちで立つことを忘れる。とのこと。ダンジョンのバランスが崩れたとき、騎士団だけでは民を守り切れないことを。


 強さを求めない彼。

 強さを求められない彼。

 心の弱い彼。

 心優しい彼。

 外交の場で堂々としていた彼。

 鎧を身に纏い女らしくない私を婚約者と胸を張って紹介してくれた彼。


 私は手を離すことによって彼と私の道が、完全に分かたれた様な気がした。

 私は心配する王子を振り切って王宮を出た。


 それから王子に会いに行くことは無くなった。

 王宮に呼ばれ偶に王子に出会うとその柔らかな空気が嫌になる。

 声を掛けられて無視をした。

 悲しみに暮れる王子にがっかりする。

 なぜ強引に自分を止めてくれないのか。

 とある日は畑で鍬を振る彼を見た。

 彼は今でも鍬を振るい自分の糧を得ている。私は剣を振るい。彼の立場を……思わず涙が流れる。


「あーあ、あの貧弱王子の婚約者なんてやめて俺にすればそんな思いをせずに済むのになぁ」

 そこにラムバルドが現れた。

 私は昔の暗殺者を思い出した。

 あの時と決定的に違うのは私が圧倒的に強くなっていることだ。

 私は無意識で剣を抜いてラムバルドの腹を抉った。

 一思いに殺してやろう、とも思った。

 王子とうまくいっていない私はその苛立ちをラムバルドにぶつけた。

 転がってうめくラムバルドを足蹴にして兵士を呼ぶ。


「不審者だ。牢に放り込め。死んだらさらし首にしておけ」

 しかしラムバルドは4日後釈放された。法によって裁かれ左手の小指が落とされていた。その程度で済んだのか。甘い。


 そしてされに時が流れ、気が付けば私は17歳になっていた。


 毎年王子から贈られてくる祝いの品は開封せず部屋の片隅に積んでいる。

 むなしくなる。


 中身はわかっている。

 宝石・ドレス。

 その日の食事にも困る程の生活なのに送ってくる。

 王子は王に泣きついて国庫を開けているんだろうか。

 いや、違う。

 彼とその支援者たちは彼の商会を12の頃から持っていた。その商会は小さな省場から着実にはじめ、今では有力商会の一つに数えられている。

 王子は収益のうち自分の取り分を全て使って毎年贈り物をする。

 おしゃれをしたい年頃で鎧を身に纏い、宝石ではなくモンスターの血で装飾する。

 そんな私に心のこもった装飾品……なんて嫌味なのだろうか。


--

 その日。ラムバルドの踏破階層偽装の証人として王宮に呼ばれた。そこで王子に出会った。


「おやおや、これは味噌っかす王子ではありませんか」

 犯罪者ラムバルドが無礼を働く。

 だが彼の周囲にいたメイドたちは当然とばかりに胸を張っている。

 こいつら頭がおかしいのではないだろうか?

 そしてラムバルド自身も国民に英雄と担がれている為今すぐ断罪されない。故に本日行われた裁きで猶予を与えられたばかりだというのにこ、の犯罪者は……。


「ラムバルド君。王宮ではもっと声を抑えてね……みんなが迷惑しちゃうから……」

 取るに足らない存在であるラムバルドにすらこの人は卑屈である。

 外交の席ではあんなに堂々たる王子様なのに……。


「時間の無駄ね」

 つい漏らしてしまった。私の大好きな王子が王子の言動によって貶められる。それが耐えられなく王子を攻めてしまった。王子はその言葉で傷付いていた。

 その様子を見てラムバルドが調子に乗る。


「時間の無駄だったな……」

 お前に言われたくない。

 その後私たちは次の審判の場に向かった。

 私は無罪。

 ラムバルドは奴隷印を刻まれる。

 奴隷印とはこの国では重犯罪者に刻まれる禁術である。


「あー、だりー。この印のせいで調子わりーわ。でも俺が英雄になるためのステップだ我慢しなきゃな。リリ」

「その名で呼ぶな。犯罪者」

 いつまでも付いてくるラムバルド。私は鬱陶しく感じながら老朽化が進む王宮の片隅へ向かう。王家からの依頼でこのあたりにある代々開かずの間とされている部屋を調査してほしいとの事だ。

 その場に到着すると部屋には確かに結界が張られていた。しかしどうやら解けかけている。私はそれまで学んだ魔法の知識を使い結界を解放してドアを開けた。あとは応急の調査チームを呼ぶだけ、と気軽な気分で無人であろうはずの部屋に足を踏み入れた。しかし、入った部屋にはソファーから立ち上がらんとしていた王子が居た。


「リリ、この部屋は空き部屋だって言ったじゃないか、何故味噌っかすがいる」

「知らないわよ。ここは代々入室不可能と呼ばれてた部屋なのよ。私みたいな優秀な魔法使いじゃないと開けられない結界の部屋なの。なんでこの男がいるかなんて知らないわよ」 

 売り言葉に買い言葉。私は犯罪者ラムバルドの言葉に返すように荒々しくいってしまった。

 王子の事を『この男』と。

 正直言おう。すっきりした。この優しく残酷な男にいってやったと思ってしまった。馬鹿な女である。


 また悲しそうな顔をさせてしまう。そう思ったが、王子の反応は180度違った。

 王子から放たれた殺気は私たちの体を貫いた。膝が笑う。昔感じた暗殺者の殺気などこれに比べたら子供の遊びだ。


「控えろ下郎」

 その声は明確な拒絶の声だった。


「ここは王家の間。僕が封印を解除して出ようとしたところに割り込んできたくせにその態度はなんだ」

 より一層強い殺気。続いて彼から放たれた術。何の術なのかわかる。

 いやだった。

 折角。折角彼は力を手にし、私に近寄ってきてくれたのだ。

 優しいだけの王子から私の横に並んで戦ってくれる王子になって。


「………嫌。忘れたくない」

 息も絶え絶え漏らした言葉は彼に届かなかった。彼は視線を外すと私に興味ないと言わんばかりに手を振る。

 私は意識と共に記憶をなくす。

 気付いたときは犯罪を犯した貴族が入れられる部屋にいた。

 私が起きた事に気付いたメイドが、『あんな場所で気を失うほど愛し合われていたのですね。うらやましいです』と言う。王宮のメイドは本当に質が低い。あとで陛下に進言せねばと嘆息をついていると、父上が扉を壊さんばかりの勢いで入ってきた。そして次の瞬間、私を殴り飛ばす。容赦なく腕を振るう。私はレベル84になる。その私が枯葉のように只々殴り飛ばされている。


「侯爵様、おやめください。死んでしまいます。リリアンヌ様はラムバルド様の恋人。将来を誓い合ったお方です! 国民にとって大切なお方です」

 メイドの言葉に父上は剣を抜き一閃する。

 メイドの首が落ちる。


「リリアンヌ。貴様は【今は】殺さん! だが殺すときは俺も伴をしてやろう。その前に無責任なことを煽る国民を粛清してくれる! 害虫は殺しつくさねばならん!」

 父上の憤りが理解できなかった。その後も涙を流し続ける父に私は殴られ続けた。

 その後父に呼ばれた回復術師は嫌々私を回復させた。そして、『貴方なんかがなんで王子の婚約者なの?』神に仕える神官の中でも歳の若い、だけども回復術の才能に溢れる彼女は『本当に不思議』と言った顔で言う。

 その問いに答えられず押し黙る私を騎士が現れ、罪人を護送するように謁見の間に連れていかれた。その間に騎士から事の仔細を教えられた。『王子の誇りの為に戦っていたと尊敬していた。だがこの裏切りは許せない。この5年、王子をないがしろにし、傷つけ続けたのに、王子は優しく貴女のフォローをしていた。それなのに………これは許せん』。掴む力が強くなる。


「リリアンヌよ…………。よくも公然と王家に泥を塗ってくれたな。カシアス将軍、貴様の娘の失態。いかに責任を取るつもりだ」

 冤罪だ。ここで言わねば私は!

 口を開きかけたところで父上が口を挟む。


「我が首をもって………」

「貴様の首などで片が付くとでも思っているのか? 貴様の一族並びに所領の領民まで殺しつくさねば王家への泥は落ちぬわ!!!!」

 王の覇気に一同気圧される。あの父上ですら押し黙る。


「……僭越ながら陛下。発言をご許可いただきたく思います」

「良いだろう。申せ」

 弟のヌスリが口を開き、私とラムバルドを見下ろす。

 ああ、これはいつ頃からか私が王子に向けていた目だ。


「この俗物どもが何を成したのかは知りませんが、我ら『真の目』を持つ貴族には到底『英雄』と言う物には見えません。ですが民衆の間では『英雄』なのだそうです。ですので、もしこの場で我らが断罪してしまえば。王は民を全て殺さねば、その泥は落とせませぬ。ですので、どちらが真の英雄か民の前で証明してしまえばよいのです。私はそこの下賤な2人とヴァンリアンス様の決闘を王へ奏上申し上げます」

 驚きで私は反射的に叫ぶ。


「ヌスリ! 貴方は頭がおかしくなったの? この男がラムバルドに勝てるわけがない!」

 また言ってしまった。でも言わなければ王子を殺されてしまうと思った。直前に王子の実力を垣間見たことなど忘れて。

 王が、その側近が、ヌスリが、高位貴族たちが私に冷たい視線を送る。

 凍りついた場で発言するの者がいない。そんな中。


「そうだな。そのようなことをして僕が勝ってもやれ『毒を仕込んでた』だ何だと結局は反乱の種にしかならんよ。であれば取るとしたら一つだね」

 王子が冷めきった表情でいう。


「僭越ながら、ヴァンリアンス様それは無理です」

 優秀な弟であるヌスリが焦るのを私は生まれて初めて見た。


「どうしてだい? 先に僕を捨てたのはこの国じゃないか。僕が国を捨てるぐらい笑って許しておくれよ。というわけで、王様。僕は退場するね。あ、探しに来たら全滅させるから覚えておくように」

 冷たい王子は笑いながら言う。


「まて、ヴァンリアンス。貴様どこにどうやって行くというのだ?」

「転移にきまっているではないですか? あと行き先は魔王国ですね。先日陛下直々に息子にならないか? とお声がけいただきまして……」

「お主まさか……」

「あ、はい。快諾いたしました。渡りに船ってやつですね」

 父である王にすら王子は冷たい。あの優しい王子はもうどこにもいない。


「さて、そろそろ僕の封印も解除しましょう。しかし、そこの2人も大したこと無かったんですね。ダンジョンに潜っても一向に会えないからもっと下層に居ると思ったのに。昨日ダンジョンマスターにあって話しましたが、3年前も前に抜いていたんですね。がっかりです。それなら2年前に魔王陛下にお誘い頂いた際に了承しておればよかったですよ……ではこれにて、……あ、忘れてた! えい!」

 王子からその存在だけで空間が歪むような力の奔流がながれでる。

 その場にいた全員が根源的な恐怖を体の芯から感じている。


「あ、1時間ごとにあそこが腐り堕ちて不能な物として再生。再び腐り落ちる呪いかけておいたから。頑張ってねリリアンヌの旦那さん」

 言わなければ、『そんなんじゃない。私が愛しているのはずっと貴方だけ』と。


「旦那なんかじゃない! 私はラムバルドに触られるのすら嫌だったの!」

 口から出たのは言い訳の言葉だった。

 

「リリアンヌ、昨日までは好きだったよ。でもさようなら」

 いつもの笑顔で、彼はかき消えた。

 伸ばした手は彼が消えたところに伸ばされ。やがて地に落ちる。

 その場に静寂が続く。

 場をはばからず声を上げず泣く私と下品な叫び声をあげて暴れるラムバルド。


 ……そうだ。この男を殺さなければ。

 ゆらりと立ち上がった私は剣を抜き放ち。ラムバルドを突く。

 この間のように腹では足りない。

 この間……殺しておけばよかった。


「死ね。ゴミ虫」

 ラムバルドの右耳が飛ぶ。


「なんでこの間死ななかった屑男」

 薄皮をジグザグに斬る。


「すれ違っていただけだったのに。想いあっていたはずなのに。お前のせいで。」

 魔法で焼く。つたない回復魔法で復元する。


「ああ、国民が煽ったのだったな。殺しつくさねば。害虫は焼き尽くさねば」

 展開したのは一度として成功したことのない大魔法。


「……そこまでだ」

 父の声を最後に私の意識はそこで途絶える。


--

 次私が目覚めたのは4ヵ月後だった。


「……神王国へ行け。神王陛下の宮でメイドの枠が空いたそうだ。小国の侯爵程度では付けぬ職だが、運よく話が進んだ」

 目が覚めた私は生きる屍だった。

 2ヵ月リハビリで筋力を取り戻した。

 街から聞こえていたラムバルドとの噂も消えてなくなった。

 ラムバルドの犯罪が表ざたとされたのだ。

 罪状を晴らすため、ラムバルドパーティーは近衛騎士立会いの下ダンジョンを潜った彼らは10階層で引き返してき、犯罪が立証され、庶民達にも喧伝されたからだ。

 私はそれでも国民を許せなかった。私から王子を奪ったのは彼らだと自分の愚行を棚に上げ思い込んでいたからだ。それ故大事な人を奪った原因である者どもを守る為にダンジョンに潜るなんてまっぴらごめんだった。


 私が迎えと言われた神王国。大陸で魔王国とならぶ大国。その王宮に仕えるには確かにこの小国侯爵では無理だ。

 よい機会なのかもしれない。進んだ文化文明で王子への思いを封じ、新たな人生を送る。それもいいだろう。

 そう納得しかけていた時の事だ。


 ダンジョンからモンスターがあふれた。


 父と弟は国民を守る為、兵を率いてモンスターと戦っている。

 私は父の部下に守らて屋敷にいる。思えば目覚めて2ヵ月、鎧を着ていない。ずっとドレスだ。王子からいただいたドレスを着て、王子からいただいた宝石を身に纏う。


 どうしてこうなった。


 一生懸命だったのに。


 頑張ったのに。


 どうしてこうなったの。


 もう1人の私が言う。


「お前が王子を捨てたんだ。それでも王子はお前を好きでいてくれただろ? その身に纏っているドレスは何? そのきらびやかな宝石は何? 誰に見せる為の物なの? そうだよ。お前が手放したんだ。彼に嫉妬して。血生臭い場所にいる自分と、きらびやかな外交に居る彼。勝手に比べ、自ら率先して飛び込んだのに身勝手にも、不敬にも、あの優しい王子に嫉妬して、お前が一番嫌いだったあのメイドたちのような態度を王子にしたじゃないか。お前が何か言える立場に居るとでもいうのか?なぁ?それなのに今更王子から与えあれた愛情(過去)にすがっている。惨めだな」


 違う。無責任なあの噂の所為。

 違う。完全武装で気絶していただけの私達を馬鹿な噂をしたメイドたちの所為。

 違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う!!!!!!!!!!!!!!!!


「お嬢様どちらへ?」

「ちょっと、ヴァン様にお会いしてくるの。頂いたドレスと宝石が奇麗だったから」

 嬉しそうに微笑む私。父の部下は悲しそうな顔で私の手を固く握る。


「居りません」

「うそ。ほらあの王宮に作られた畑に」


「居りません」

「うそ。私が行けば無理をしながら、でも嬉しそうに来て下さるわ」


「居りません」

「うそ。うそ。うそ。うそ。うそ。うそ。うそ。あ、そうか。クダラナイ噂をまき散らした国民が悪いのね。彼らを殺しつくさないとヴァン様はかえって来て下さらないのね」

 私は涙する父の部下を置いて屋敷を出た。

 王宮へ向かう道はいつも馬車で通っていたが徒歩も楽しいものだった。

 だって、この道を進めば彼に出会えるのだから。


「女だ! 上玉だ!」

 やだ。害虫が出てきた。虫は火で追い払わないと。


「熱い熱い! 助けてく………」

 虫が一杯。焼かなきゃ♪

 でも、数が多いわ。そうだヴァン様がやってたようにやろう。

 わー、一杯焼けた。

 む。今度はモンスターだ。

 私はヴァン様に会いたいの。会って久しぶりに甘えたいの。邪魔する悪いモンスターは焼いちゃう。うん決めた。


 すっかり心神喪失状態のその時私は、その一団が現れるまでモンスターを焼き続けた。何百匹焼いたかわからない。あとで私の護衛でついて来た父の部下が言うには格上のモンスターも居たそうだが、構わず焼き続けた。

 そして意図せず助けた国民の一団が礼を言いに来たのだ。


「貴方達の中で私とラムバルドの噂を信じて流した人はいますか?」

 無暗に殺してはならない。だって私は貴族ですもの。


「………おっおりません。リリアンヌ様はヴァンリアンス様とよき夫婦になられる【はずだった】方」

 一部聞かないで私は嬉しそうに頷く。


「そうなの。私がモンスターの血に汚れてもヴァン様は私を暖かく向かい入れてくれたの。どんなに国から冷遇されてもヴァン様はその責務を放り出さなかったの。ヴァン様は本当はとってもお強いの。でも、強すぎたら周りが育たないからって、育たないとダンジョンから災厄が出てくるって、王様が言うから仕方なく弱い私たちが戦ってたの」

 私、リリアンヌの狂気から紡がれた事実で、私に礼を言いに来た国民は恐れ戦きながら一人また一人と離れていった。

 やがて私は一人となっていた。

 そうだ王宮に向かわなきゃ♪と思い、応急に向けあることしたところだった。


 広場の方から強い光があふれだした。

 それを目にして私は正気に戻った。


「ヴァンリアンス様………」

 光はモンスターをとらえ動きを封じている。

 それは遥か昔、子供の頃に彼が暗殺者をとらえた術であった。

 光が嘔吐中を駆け回る。鼠一匹漏らさぬように光はモンスター達を捕えていく。


 同時に私は駆けた。

 これが彼に会える最後のチャンスだ。

 私は駆けながら、進路の邪魔になっていた縛られた魔物を片っ端から焼き尽くしていく。


 私はここにいます!


 私は今でもあなたを愛しています!


 広場に到着したが、そこに彼は居なかった。

 必死に探した。


 ダンジョン方面だろうか……。優しい彼のことだ現況をつぶしに行ったのに違いないと考え、私はダンジョンに向かう。


 必死に駆けた。

 だが、運命は私に優しくなかった。

 彼は正反対の父上が守る民たちに支援物資を運び、民たちの手当てをしていた。


 ダンジョンからいまだあふれ出るモンスター。


 邪魔。


 消えろ。


 私はあの人に会いに行くの。


 だから消えろ。


 焼いて焼いて焼いて。


 12の頃より6年間すっかり歩きなれたダンジョン入り口に、私は立っていた。

 私は知らなかった。

 彼はこの時、助けた民から石を投げられていたことに。

 むしろ会えなくてよかったのかもしれない。

 その場に居たらこの時の私は確実に民どもを焼き尽くしていただろう。


 不思議な静けさから王子がいないことを悟り絶望に浸っていた私は、自然とダンジョンへ足を踏み入れていた。

 ……死にたかったのかもしれない。


 ダンジョンに足を踏み入れ少し進むと、そこにはキセルを吹かす中年男性が私を待ち受けていた。ちょび髭がとてもダサい男でした。


「まて。この風流で雅な大悪魔アストン様を前にダサいとか思った? 思っちゃった? あーこれ、おじさん傷付きました。お家帰って息子と遊びます。癒しは我が家にあり!」

「帰っちゃダメでしょ。アストン様………」

 そこに現れたのは黒で統一された中年男性。

 服は私が見ても高級感に溢れていた。身に着けるアクセサリーも下手な宝石商に見せれば小国が買えるだけの価値があるといわれそうだった。


 「初めまして、リリアンヌちゃん。俺は魔王。ヴァンリアンスの義理の父だよ。でも若いままあと千年は生きるけどね♪」

 ヴァンリアンスの名前に私の心は躍動する。


「ちょ、俺の時と反応違う、ダンディ―な大人の男を見る目じゃん。俺チョー自信喪失です。なので帰ります」

「いや、ヴァンリアンスの名前出したからですってば」

「そーなん? じゃ、お嬢ちゃん。ヴァンリアンスに会いたい?」

 ……その後私大悪魔アストン様と契約を交わした。


 王国史には私のことはこう記載されている。

 真の強さを見失った人々の愚行によってダンジョンからモンスターがあふれ出し王都を乱した。時の力の王国の侯爵令嬢リリアンヌは数百体のモンスターを打ち倒し、そしてダンジョン入り口で王都を守るように立ちふさがり、街を守り続け亡くなった。その姿は真の強さとは何か体現しているかのようだった。


 ・・・

 ・・

 ・


「だから寝ぼけて呼び違えた事は謝ります。ごめんなさい」

 ヴァンリアンスは恋人のティリスに頭を下げ続けている。


「私を間違えるなんて無礼にもほどがあります。あ、お菓子はブルーベリーのケーキが良いですわ」

 漆黒の髪と目、小麦色の肌。リリアンヌとは正反対の美人ティリスは不機嫌そうにヴァンリアンスをつつく。早く作れと言っている様だ。


「え、これから作るの?」

「ええ、私はお茶を頂きながら懸命に働くヴァン様を見ていますわ」

「ごめん。本当に許してよ。

















            リリ」

 そう言ってヴァンリアンスは魔族となったリリアンヌを抱きしめる。

 大悪魔アストンとの契約は、リリアンヌの狂気と交換で種族変換である。

 本来であれば神でなければ行使できない術であった。

 だがそこはできる大悪魔アストン。魔王から貰った地上土産を大量に抱えていた彼曰く『おじさん、ちょー頑張った』程度で成してしまった。


「嫌ですわ。私、あんなに頑張ったの信じてもらえなくて苦しんだんですわ。ヴァン様は私を甘やかす義務がありますわ。そして悲劇のヒロインのリリアンヌとして私を呼ぶのは禁止ですわ。というかあれ全く別物の女ですわ。ソレの名前を呼ぶなんて浮気も同然なのです。浮気にはお仕置きがワンセットって魔王様がおっしゃってましたわ」

「魔王様……、それはあなたの趣味じゃ……」

「そう言うわけで、ヴァン様は私にケーキを進呈する罰を与えますわ。それが嫌なら……」

 リリアンヌはこの2年で地獄の特訓を経て魔王候補筆頭まで上り詰めている。

 本気になれば……。


「もうーしょうが無いな~」

 苦笑いでケーキを作るヴァンリアンス。

 それを楽しそうに見つめるリリアンヌ。

 それはまるでリリアンヌがダンジョンに潜り始める前の2人の様であった。


(外伝おしまい)


 蛇足ですが。ヴァンリアンスの封印能力が7章との因縁だったりもします。

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