第151話「人造神」

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 魔法陣がディニオの心臓を中心に収束すると同時に、黒い玉もディニオの心臓に吸い込まれた。

 不敵な笑みを浮かべたままディニオは心臓に収束するように圧縮され、結果として黒い玉に吸い込まれた。

 静寂が場を支配する。

 龍と化し異世界航行船を攻撃していた偽ドゥガも、それを迎撃していた衛君も本物のドゥガを中心とした帰還派の異世界航行船の人たちも、その光景に注目した。

 黒い玉はまるで心臓の様に鼓動を繰り返し、やがて虚空へと消えていく……。いや、空間を侵食し食い破っていった。

 事象は一緒である。見えなくなった。

 だが心証はちがう。『消えた』のでなく、まるで生物の外皮を食い破り侵入していくような『食い破って侵入した』と言う表現が正しい。

 数秒の時間が過ぎるとまるで世界が悲鳴を上げる様に空間が震え始める。

 咄嗟に祖母が私とミリ姉を抱えてくれたおかげで転ばずに済みましたが、制御室の作業者たちは空間の震えに耐えきれず倒れていく。香澄ちゃんや権三郎など高レベルの者達も表情をゆがめている。しかし、一番近くで構えている祖父は僅かにも構えを崩さず、事象を見守っている

 ……いったいいつまで続くんだ……。そう感じ始めた時の事だった。

 パリンっ!

 空間が割れる。亜空間干渉魔法の様に『割って入る』ではなく、世界を壊す方の『割れる』意味で空間が割れました……。

 空間から伸びたのは銀色の左腕。

 天へ手を伸ばす様に伸ばされた手は、ゆっくりと握り込まれ……そしてその周辺の空間が崩れ落ちる。

 銀の人の全身が露わになる。全身銀色だがディニオの特徴が判る。

 ディニオ周辺の空間がゆっくりと修復し、空間が閉じていくのとは反対にディニオの細い目は開かれる。


「……覚醒中に攻撃しなかった事、褒めてあげましょう」

「ぬかせ、干渉すれば反射する。悪質な結界を張っておいてよく言う」

 そう言うと祖父は一歩下がりました。

 次の瞬間祖父が居た空間に亀裂が入りました。


「ふむ、認識してから発動では避けられてしまいますか」

 ……異次元過ぎます! あの攻撃はなんですか? 大きな神力の発動を感じましたが、事象がわかない。いや、それよりも何故祖父は対応できるのでしょうか? すでにアレに似た技を知っているのでしょうか? 神との交流もある様な話も聞いて居ましたのでありえないことはないですが……。

 ですが知っていると対処できるは大きく違います。対処できなかった事を考慮せねば……。私が認識している現有戦力でアレに対応できるのは……、神獣様に神宮司君とウッサぐらいでしょうか……。どなたもこちらにいません。他の方々を見ると私と同じく戸惑っているかきょうふにふるえて居ます。一縷の望みをと思いティアさんと竜人学者を見ると私と同じ様な反応でした。むしろ竜人学者は私に秘策がないかと期待の眼差しを向けてきます。遺跡の件でやらかした弊害でしょうか……。

 やはり、一縷の望みは祖父や祖母の経験になるのでしょうか……。しかし私の本能は言い居ます『アレは無理だ』と。


「よく避けれますね」

「防戦一方の儂に対する皮肉か?」

「いえいえ、素直な賞賛ですよ。昔のあなたは素直に受け取ってくれたと言うのに、どこで擦れたのですか?」

 銀色の肉体を輝かせながらディニオは愉快そうである。

 絶対の優位を確信し弄ぶ、そんな言葉がしっくりくる。まるで子供だ。数百の年月を邪法で長らえた男の言葉とは思えない。

 『あの様に』なる前のディニオには、相手をおちょくる、悪意ある策を準備する、相手を蹂躙する、どの意思にも『失敗した場合』『状況が転換した場合』への懸念と、布石があったように見受けられました。

 だが、今は無い。

 ディニオ打倒の突破口はそこの様な気がします。


「大丈夫よ。お爺さまは負け無い」

 怯えるミリ姉と戸惑う私を抱き寄せると祖母は優しく、余裕を湛えた笑みでそう言うとそっと頭を撫でます。

「事象へ介入に伴う物質崩壊、確かに防ぐ術はありません。まさに神の御技。でも、それがノーリスクで使えるでしょうか?」

 祖母の余裕の笑みは、まるで伝播する様に祖父も同じ様な笑みを浮かべます。


「おや? やけになってしまいましたか? ルカス少年? 私は今、楽しい。もう少しガンバッテクダサイ」

「ふっ、愚か。何重にも策を弄し逃げ道も常に確保して居たお前が、呆れるほどに無策とは愚かにも程がある」

「……ふむ。神になって人の気持ちが分かりづらくなってしまいました。ですがルカス少年。無策のそれは、自棄というやつですよ」

「……無策と断じるそれが、愚かだと言っている」

 祖父は先読みを駆使し物質崩壊の干渉力が展開される空間を避け続けている。確かにその様は『奇跡を信じた無策』ではなく『確信を持って自爆待ち』と言った様子です。しかし、ディニオは『はったりである』と断定しているようです。


「……ひったくり犯にあった被害者が行う事と言えば何か、お主にもわかるであろう?」

 弄ぶように、力を確認するように、ディニオが物質崩壊を3度繰り返した後、祖父が確信を得たような表情で言い放つ。


「?」

 けげんな表情となるディニオ。しかし本人は気づいていませんが観戦している我々にもわかりました。

 神となった銀色の体を持つディニオ、その体の中心に10本、別の指が生えていることに。


「御婆さま、あれ……」

「ええ、本来の持ち主、が取り返しに来たようね」

 ミリ姉の確認に祖母が端的に回答します。そうですね。事象を管理する神となったと言う事は、度の事象化は存じ上げませんが『前に管理していた神が居た』筈です。力を失おうが世界に干渉する術をもつ超常の存在が、放っておくはずがない。


 ……カ……エ……セ……


 空間を振動させる音がディニオ中心に発せられる。

 ディニオは胸から延び出る腕と抑え込み、苦悶の表情で押し返そうとしている。

 そしてそんな状況を祖父が見逃すはずありません。


「ぬん!」

 振り下ろされた祖父の剣にはうっすらと白い光が帯びている。神力の光だ。やはりノウハウをお持ちでしたか。

 

「ぐっ! 今はあなたの相手を従えられる状況ではありませんよ。ルカス少年……」

 祖父の剣はディニオの右腕を肩口から切り落とす。しかし、ディニオ即座に腕を再生します。その間にディニオの胸から出ようとしていた腕、その一本が肘まで伸びてきます。


「かっかっか。そのまま、元の持ち主に力と魂ごと回収されるが良い。策士策に溺れる。貴様らしい最後だ」

 そう吐き捨てる様に言うと祖父はもう一撃、振り下ろした刃を翻し切り上げて再び

ディニオの右腕を切り飛ばす。

 その隙を逃さぬようにディニオの胸から出ようとしていた腕が勢いを増し、片口まで露わになる。


「致し方なし!」

 観念したような声でディニオは叫ぶと自らの首を切り離した。直後切り離された胴体が黒の球体に戻り……


 ……カ……エ………………………………


 神の声とともにこの世界から消えていった。


「……くはっ」

 ディニオが一息吐くと体がもとに戻っていく。


「……事象干渉力は封じました。神界の彼も力の大部分と権能を取り戻し満足でしょう」

 剣を構え直した祖父。ディニオは自信に言い聞かせるように呟く。


「満足ですか? しかし、私は神のままです。事象に干渉し物質崩壊を起こす能力は使えませんが、事象を司る存在としての不死性は損なわれていません。あなたの、その、ささやかな神の力では私を殺すことはできません。対して私は人間だったころの術を行使でき、ルカス少年、貴方を殺すことができる。状況は変わっていない」

「くくく、確かに儂のこの力では無理であろう」

「……」

「しかし、この世界には一人だけ、神を殺した実績をもつ男がおる。ほれ、お前の後ろに……」

 ディニオは神となり危機感が無くなっていたのだろうか、祖父の言葉に従い振り返る。祖父はそれを見逃さず後ろから袈裟懸けにバッサリと斬りつける。


「ぐはっ、卑怯な。嘘までついて攻撃してくるとは大英雄も堕ちたものです」

「お前には言われたくないがな。だが、ちゃんと見ろ。今度は斬らんでやる。居るであろう」

「……」

 ディニオは祖父に警戒しつつ距離を取りながら先ほどまで自らがいた位置の後ろを確認する。


「間に合ったみたいで何より」

「私は早く愛し子に会いたいのだがな」

「封印解除したあとすぐにこちらとは人使いが荒い……」

 何か用事があるとか文句を言って遅刻していた運送屋勝さん1号。

 封印の仮面を被りなおした変態王子。

 魔王候補として私の護衛その2、ヴァンリアンス。

 そしてもう一人、歳の頃なら30前後と見受けられる青年がディニオに声をかける。


「……司教ディニオ。久しぶりだな……」

「聖王……陛下……」

 ディニオに焦りの表情が浮かぶ。


「……そう。光の神の使徒にして史上唯一の神殺し、聖王陛下だ!」

 勝利を確認した祖父の声が騒がしくなった異世界航行船ドックに響き渡るのであった。



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