第97話「ダンジョン攻略と帰宅難民のダンジョンマスター4」
「という事で皆さんこのダンジョン3日以内に踏破します!」
そう宣言すると周囲からざわめきが起こる。
「まーちゃん様。こちらのダンジョンは少なくとも50階層まで確認されております……」
確かに、コアは100階層にある事を確認しています。
先日4日かけて踏破したダンジョンも20階層の小さなものでしたので物理的に無理と言いたいのでしょう。
「その辺はご安心を……よっと」
権三郎から降りて迷宮入り口の土に手を置きます。
ドドドドドド
向かって100m先の土が盛り上がり小山となる。
その土がどこから来たかと問われれば簡単である。私の目の前に底の見えない大穴が現れます。それも2つほど。
2つの穴の中央付近に近付いてもう一発。
ドドドドドド
穴の間に柱が出来上がります。そしてそこに大きめの魔石をはめ込みます。
「起動します」
魔法力を通すと手前の穴から床がせりあがってくる。
床は水平を保ちつつ柱の上を通り反対側の穴に消えてゆく。
そして次の床が手前の名から上がってくる。
「物資搬出用のエレベータです。これに、ほい」
3枚目の床に飛び乗るとそこで床が停止します。
「地上に上がってきて荷物が乗ったままだと止まる仕掛けになっています。これでダンジョン物資搬出の時間短縮ができます!」
床から降りて皆さんにアピールしますが反応が良くありません。
どうしたのでしょうか?
とても作業が効率化したのですが……。
「いや、そうじゃねーよ感が半端ないよ。マイルズ」
「そうでしょうか? とりあえず案山子部隊の皆さんはこの魔法道具からダンジョンマップを読み取ってください」
気にしない事にしました。
「では出発なのです」
ダンジョン攻略は一気に10階層まで進む。
すでに半日でここまで攻略済みのようです。
これ以上攻略速度を上げるためにはいかんせん人手が足りませんでした。
各フロアのモンスターを処理する人材とモンスターを地上に持ち帰る人材。
先ほどの物資搬出エレベータは後者の労力を前者に向けられます。
ですがそれでも足りない、ので私の出番です。
「ここの石いい感じですね。えいっ」
行く先々で案山子を生成することで攻略組と階層討伐組に分けられます。
1階層に必要な案山子は4体。
1階層からずっと作業してきましたので40体ほど作成したことになります。
さて、ここで疑問に思う方がいるでしょう。
『地下に行くほど加速度的に捌かなきゃならない素材が増えてゆくのに、果たして地上の作業が追い付くのか?』と。
問題ない。と言えます。
なんなら机の上で腕を組んで丸メガネ持ち上げてもいいです。
大丈夫だ、問題ない。
とは言いません。そちらはフラグです。装備はきちんと確認しましょう。
まず地上部隊として10体の案山子を残してきました。
あと、便利な運送屋さん(勝さん1号)にお願いして心強い増援部隊を現在ピストン輸送中のはずです。
さて、ダンジョン探索として感想を言いましょう。
10階層までは碌に照明ないけど罠もない。モンスター多めのビックリどっきり安物お化け屋敷風でした。
次の現在の11階層です。まず照明があります。ですがところどころ腐った木の床がマイナスです。これなら土の方が良い感じです。ここのマスターはメンテナンスができていないようですね。
「マスター11階層の搬出エレベータが壁でふさがれてしまったようです」
「またですか……全くここのマスターはおバカですね……」
あきれながら搬出エレベータのそばに行くと壁に行く手を阻まれます。
ですので。
「マモルン。暇つぶしにどうぞ」
「射殺せ、神槍!」
……えっと、そのワードは何も発動しないですよ?
そしてその砕けた壁はただの腕力ですよ?
「やっぱ朱槍良いな♪」
ほおずりしてます。……ちょっと引きます。
『美少女のこうまで言われると俺としても技出したくなるぜ!』
その朱槍、魔槍ぽいですね。もしかして女好き?
勝さん1号の影響でしょうか。侮れない。
そんなやりと戯れるマモルンを横目に壁が自動的に戻ろうとしています。
「はーい。マスターさん残念!」
そういって私が触れると壁が崩れます。術の反射です。きっとどこかでマスターが苦しんでいる事でしょう。
そして私はここでも同じように足を二度踏みしめます。
これで結界構築完了です。
もうここはダンジョンにあってマスターの勢力範囲外です。
さて次の階層行きましょう~。
―――ダンジョンマスター、ンラド(間男)
「なんだあの餓鬼は!」
コントロールルームでコンソールを叩くンラド。
10度繰り返したことをまたしてしまう。
反射魔法の攻勢でンラドは神経を直接触られたような苦痛に眉を顰める。
「いてぇ! いてぇよ、くそが!!」
コンソールを強くたたくと管理画面に『50層のボスモンスターの存在進化。機能コントロール半日休眠と引き換えに黒竜を暗黒竜に変換できますが実行しますか?』と表示される。
「……」
メッセージをそのままにンラドは手を忙しく動かす。そして。
「もちろんYESだ」
50層まで限界に敷き詰めた罠ととどめにボス強化。これであの侵入者も……そう思うと口元がにやける。
「さて、今日はここまでにして帰るかな……ああ、愛しのタバサ。今旦那様が帰宅するよー」
―――天界、亜神居住区、喫茶店
「奥さん、もし必要ならこの証拠をお渡しする準備があります」
ヴァリアスとその弁護士の前にはかなげな青髪の女性タバサがうつむいていた。
その手に握られているのは夫ンラドとヴァリアスの嫁ヴィーニャの浮気現場を克明に撮った写真と行動記録だった。
タバサは新人ダンジョンマスター、いわゆる見習いマスターであった。
そもそも10年前まで人間のハンターだったところンラドに見初められ、3年に及ぶアプローチに折れて結婚に至っている。その際ンラドの実家より『人間を嫁に取るなど家の格が堕ちる!』と言われ、なし崩し的にマスターに転生している。
幸いなことにタバサには家族・親族がいなかった。路地裏で育ち生きるためにハンターになる。子供の頃は国外の街に逃れこっそりレベル神殿でレベルを上げていた。だからレベルを上げられない教国内のハンターとしてすぐに頭角を現し、ダンジョン攻略組として有名を馳せるようになった。そこでダンジョンマスターとの婚姻である。
タバサは最近の下界を見て、思う。『後10年早く……』。そうすれば自分はハンターとしてもっとやれた。人間として家族ももてたはず……教会への生贄として差し出されるか、愛を語るナンパなダンジョンマスターの嫁になるか……そんな二択もなかったかもしれないのに……。愛しているとささやけば守らなくても浮気しても許されると思っているあのナンパなマスターに……。
「ヴァリアスさん。よろしいのですか?これを使うという事は私はあなたの奥さんとも戦う事になります……」
「大丈夫です。もう別れると決めましたので、問題ありません」
その言葉にどこか残念な表情を浮かべるタバサ。
たまらずヴァリアスは言葉を発する。蛇足かもしれない。
横目に止めようと眼を見開いた弁護士が見受けられる。
「タバサさん。貴方はもはや人間ではない。将来有望なダンジョンマスターです」
この話し合いが始まってからタバサはずっと下を向いていた。
旦那の実家では顔を見れば『人間上りは……』『これだから人間は……』と貶められていた。スラム上がりだがタバサは大人しい女だった。自分では冷静だと思っているが壊れやすい少女だった。
だから、そんな誹謗中傷を四六時中受ければ他のダンジョンマスター、しかもここにいるのは超一流のマスター。まさに雲の上の人。そんなマスターの眼を見て話すなど今のタバサにはできない。
だが、今の言葉で顔を上げてヴァリアスの眼を見る。透き通った美しい眼だった。濁ってしまった自分とは違う眼。
「君は他のマスターを気にせず、その才能を伸ばせばいい。夫がうちの妻が邪魔になるのであれば排除する。それは当然の権利だよ」
ヴァリアスの笑顔がタバサの心にハンターであった時、持ちかけた『自信』という気持ちが湧き上がる。
「いいんですか……私が、自分の幸せを求めても……」
「いいんです」
その言葉にタバサはまたうつむいてしまう。
「何だったら弁護士、こいつでどうかな? 安くしてくれるよー」
ヴァリアスは陽気に隣でこめかみを抑えていた弁護士を差す。
「馬鹿リアス黙れ。タバサさん。私はあなたの弁護はできません」
「……はい」
身を縮めるタバサ。
「なので、女性の弁護士を紹介します。彼女やり手ですよ~」
「え?」
タバサは信じられず顔を上げるとヴァリアスがなるほどと手を打つ。
「そうか、男の弁護士だと関係を疑われるから女性か! やー、わが幼馴染ながらやるじゃん♪」
「お前はそんな無神経だから奥さんにすてられるんだよ!」
「うっせ! 結婚できない冷血男よりました!」
タバサの目の前で繰り広げられるコント。それはタバサが失ったハンターとしての記憶に似たものがあった。だから薄く笑いが漏れる。こんな気持ちになったのは久しぶりだ。
「うん、いい顔になった! では、お互い憎いあいつをうちたおしましょう」
「はい」
天界に来て。ダンジョンマスターになって、初めての笑顔をタバサは浮かべていた。
(このまま旦那が帰ってこなければいいのに……)
最後の希望は成就されることはなかったが……。
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