第56話「神父様暗躍す3」
私【希望】のディニオはグルンドでの騒動に巻き込まれ、王国での権益を捨て出国した悲しい宗教家である。現在は王国から北東に2国ほど超えた先にある共和国にいる。
この国は今内戦の只中にある。
先代の王は暗君だった。
だが次代の王は名君であり、腹心も若く優秀な者達だった。
そのままにしておけばきっとこの国は平和で裕福な国になったのであろう。
だが先代の王が、暗君が成したことは、国家における利権構造を貴族に独占させる事。
つまるところ先代は国政を貴族たちに売り払いながら暴虐を楽しんだのだ。
この暗君を排した十代前半の若き名君は先代の王を引退させると、王家の私財を投入し国家体制の復旧に苦心していた。
客観的に見て正しい行為なのであろう、だが暗君が成した利権構造を守りたい一心の貴族たちが蠢いた。
次代の王の支持基盤は、民であった。
つまり貴族たちの顔色を窺いつつも、貴族たちから利権を奪おうと企む上流階級の平民だ。
理に聡い商人を基盤として国の管理形態を、つまるところの国の運営体制自体を変えることで次代の王は国体を維持しようとした。新旧体制の間における生死をかけた政争である。
しかし、貴族は甘くなかった。
次代の王が貴族との抗争をはじめて1年。
貴族の特権・利権を引きはがし始めた頃、民の間でうわさが吹き荒れる。
「今困窮した生活は王家のせいだ」
真実の中に嘘を混ぜ浸透させる。良く行われる手法である。
政治・経済は将来への投資である。
特に先王と貴族が課した圧政。暴虐の傷跡は1年では消えない。
良い傾向は多く見受けられたが、それは民には見えない。そこを貴族に付け込まれた。
噂は先王の罪、貴族の罪を王家という大括りの存在に擦り付けられた。
それは一部先王がなした事実をもって信ぴょう性を生み。虚言に事実性もたせ。民の間にまるで病の様に蔓延した。
曰く「王家の暴虐から国を守る」「貴族は民を守る盾」。
正義と悪。それは一方的なレッテルはりであった。
人は信じたいものを信じる生き物である。
自分にとって都合の良いことであったり。
社会的立場があったり。
利益を共有されたり。
自分が信じる者からの情報、自分に得がある情報は更に信ぴょう性をもってあっという間に広がる。
情報技術が、瓦版さえないこの世界で民衆が政治を知る手段などない。
そして、資金力豊富な貴族たちはあっさりと民を騙し、扇動し、王家を排除した。時間の経過によって将来資金力が逆転される状況で、見事な手腕であった。
だが、貴族たちはそこまでして王家を排除したというのに、空位となったら権威がほしくなったらしい。
現在この国のいたるところで貴族共の浅ましい戦争が続いている。
おかげさまで【苦しむ民を救う】という布教機会を得られ、この国への浸透はうまくいっている。
「今こそ王家の方々に復権していただくべきではないのか!」
国民とか言ったか?反逆成功時の大義名分として貴族たちが発した法、宣言書には民を国民とし様々な権利を与えていた。これは発言の自由だったはずだ。
そして発言することは【失った王が欲しい】とは何とも皮肉だ。
欲しいのであれば廃さなければよかったのにな。
だが、おかげで信徒が増えた。貧すれば鈍するの言葉の通り、追い詰められた時の人間はより都合の良い、ありもしない幻想にすがりつく。まぁ、我らの教義に従う限り死後、全能なる神が救ってくださるのだ彼らにとっても良かったではないだろうか。
しかし、私【希望】のディニオが現在悠々とお茶を飲めるのは信徒の、神のおかげだ。誠にありがたいことだ。
……あの王国もこうなればよいのだがな……。
ゆっくりとお茶を楽しむうららかな午後、その男は姿を現した。
「優雅だな【希望】の」
その大柄な男は全身痛々しい包帯に包まれていた。
「もう動けるのですか? あいかわらず化け物ですね」
極力冷たく言ってやったが誉め言葉に受け取ったらしい。脳筋といったか、本当に救えない。
「がはははは、神のご加護よ」
何なのでしょうねこの人。
「その調子で竜体も失わないでいてくれたらよかったのですがね」
「ぐっ、それは仕方ないではないか……」
グルンドでの失態を直球で攻めてやるとバツの悪そうな顔で頬をかく。
「折角手にした奇麗な竜の死体をよりにもよってあの都市で失うとは……」
「それだ! 聞きたかったのだ。あの都市はなんだ?」
……これが戦闘のプロとは呆れる。
……つけていた側近が無能だったと判断すべきか……。
「事前に都市情報を見てなかったのですか?」
「ははは、導入の文章が長くて読まんかった」
マニュアル作りを何とかしたほうが速いなこれは……。
「あの都市は対竜攻防に特化した歴史のある都市です」
「ほう。だからか……」
「しかし、あなたであれば都市結界の一部でも乗っ取り逃げることもできたのでは?」
「ああ、それな。無理だ。死の間際まであの仮面野郎に邪魔された。それでもあの結界に少し挑戦したが……、いかれてやがる。俺が20人いても無理だ」
楽しそうに笑っている。楽しくないぞ。
「そうか。難儀なことですね……」
「……しかし。一部のっとることはできなかったが、一瞬であれば結界を制御することが可能であった」
「ほう」
お互い顔を寄せ声を抑えて話します。
「つまり、やつらの隙をつける、と?」
「ああ、その通りだ」
ドゥガの口角がつりあがる。
「あと、やはりあの街、西に何かある……」
「西ですか?」
「ああ、あそこだけやはり異常だ」
ふむ、西と言えば賢者と英雄と竜殺しがいる。
だがそれは英雄の農場と大学が西にあるからだと思っていた。
「俺の感が言っている。英雄と賢者があそこに居ついた経緯……、同時期にあった事柄を洗うべきだ。そこに王国の弱点がある」
「……」
「情報はお前の得意分野だろ?頼んだぞ。また、俺を楽しませてくれ【希望】のディニオ」
「しょうがありませんね。期待に応えるとしましょうか【正義】のドゥガよ」
包帯まみれの金髪大男ドゥガは私の返事に満足して去ってゆく。
「あ~酒が飲みたい」
「怪我が治るまでだめですよ」
「……そうか! 薬と言って飲めばいいのか! けがの為だ泣く泣く飲もう!」
そのまま『ガハハ』と笑っていなくなった。
先日の戦闘で竜召喚することで竜とドゥガの位置を入れ替え、ドゥガ自体は竜に憑依した。
われらが魔術の総力を結集した聖竜に憑依し諸感覚を共有したため、痛覚フィードバックが憑依元のドゥガ本体を襲った。そのためあのざまだ。
いまだ神経に激痛を感じているだろうに……笑って歩けるとは全く……、頼もしいやつだ。
そして私は今得た情報をかみしめながら再びお茶を傾ける。
先日獣王都に潜伏中の【博愛】大村太郎が教主に充てた報告書で教主がグルンドに興味をもっている。何故だか獣人少女に精神を移したオオムラよ……。やはり肉体に精神が引かれたな……あちらの世界で私を中枢より追い出したあのオオムラとは思えない失態だ。興味を持った教主にドゥガの情報を流せばどうなるだろうか?くくくくくく、楽しいな。オオムラ、お前への恨みつらみは貴様が大切に思っている食の聖女で晴らさせてもらおう。そしてソレがすんだら貴様らは……。
その日午後私は、優雅なうえにワクワク感が追加された贅沢なひと時を過ごしたのだった。
とある神王国侯爵令嬢の視点――――――――――――――
私が私達が何をしたというのでしょうか。
私の名前はカミラ・ディバーン。
王選に失敗し罪人として西に流されたカクノシン・ムサシ・デネルバイルの元婚約者です。
唐突に申し訳ございません。
憤りが止まらないのです。
私達は確かに王子を裏切りました。
ですが、それもすべて国の為なのです。
この国ではありがたいことに偉大なる神王様の治世が未だ続いております。
しかも神王様の威光ににより数百年の昔とは比べ物にならないほど、我が国は大国となっております。
しかし国の規模が大きくなると、統治が大変になります。そこで神王様とは以下の検事たちが試行錯誤した結果、政は民草の代表会議たる【衆愚会議】、貴族の代表会議たる【貴族会議】、神王様のご一家である【王会議】の3院を経て行われるようになりました。
権限の大きさは語るまでもなく、王会議所属の発言権は絶大です。
その為、王会議に参加する者は厳しい査定をされます。強い権力は強い義務を持つ物です。
私の元婚約者殿は若干、齢14にして王会議への所属を試されることとなりました。
そこで私とヴェントラ男爵令嬢ウルが栄えある王選の儀を執り行う一員に選ばれたのです。
王子への課題は「人間関係」。発言権が絶大な王会議の一員となる為、色仕掛けなど簡単にかかるようでは国が傾いてしまう。その為の試しだったはずです。
私とウルは見事にやり切りました。
……しかし、今ではこの国から出てゆきたかった王子に見事使われたような気がします……。
ですが……、それでも……、私たちは栄誉ある役目を終えたはずでした……。
私は王子以外の方とこの国の為に尽くしてゆくのだ。
……そう考えていた時期もありました……。
しかし、父が紹介してくれる婚約者候補の方皆同じ反応をしました。
私が以前カクノシン様の婚約者であったことを告げると、皆一様に顔をしかめます。
しばらく談笑すると皆、確信をもって無言で立ち上がります。そして……。
「この話無かったことにしていただきたい」
皆同じ言葉を放ちます。
ひどい方は怒りで顔を真っ赤に染め私を睨んでいました。
……父は侯爵を務める政治の重鎮です。
婚約者候補の方々は家柄は立派です。ですが所詮は若手です。爵位も継いでいない人間です。そんな無礼がゆるさ得るはずもないのですが……。
……とある方の時に父が堪えきれず尋ねました。
「待たれよ。理由を、無礼でも問題ない。本当の理由を教えてくれまいか」
すると問われた精悍な青年武官である彼は、振り返り私を睨みつけ言い放ちます。
「国賊と終生ともになど家名が穢れる。そこな女がカクノシン様に何を成したか。浅ましき知恵でカクノシン様にどのような絶望を与えたのか。我が国はカクノシン様に捨てられたのだ。そこな女の浅はかさ故に。気になるなら調べれば良いでしょう。王会議から参加権をはく奪された3家について……。そこな女と枕ねやを共にしたいなどと思う若手貴族なぞ……この国にはおりません。それこそ国の外に出してはいかがか?これ以上はさすがに無礼が過ぎますね。ではこれにて失礼」
息継ぎも無しに言い切った彼は、興奮冷めやらぬ様子で出ていった。
一転部屋の中を静寂が支配します。
父と二人。精神に鑢やすりをかけられる様なヒリヒリとした空気が流れます。
「……どういうことだ」
静かに、しかし重い言葉が部屋を支配します。父の言葉です。
「私は栄えある役目として……」
「何故私に報告しない」
言葉を切られます。
「でも、あの方は……」
「お前は4年間何をしていた」
父の絶望しきった眼に思わず背筋が凍りました。……完全に高位貴族の目だ……。家族に向ける目ではない。
「お前の浅はかな行為で、我が家はこれから50年は政敵だらけだ……。ルイも死ぬまで苦労するだろうな……」
次期当主の弟ルイの話が上がります。
「お待ちください。そこま……」
「お前は4年間何を見てきた」
やはり言葉を斬られます。
「婚約者でありながらカクノシン様が成し続けた偉業を知りもしないのか……」
偉業?
民草に交じり遊んでいただけの方では?
能力が高くても生かせない。顔と血筋だけの人です。
私は間違っていません。
と叫びたかった。
ですが、父が言葉を続けます。
正直言いましょう……学生のお遊びの威圧ではありません。
社会で上位に登れば登るほど身にまとう威圧感が、侯爵としての威圧感が圧力となって私の思考力を奪います。
高々10数年しか貴族として生きていな私が、その威圧を前にして口を開けるわけがありません……。
「国賊……言いえて妙だな……」
父が威圧を解放し、ため息をつきます。
「そこまでなのでしょうか……」
父は私に憐れむような視線を向けます。
「王会議は何家参加している?」
「イチロウ、ジンナイ、ムサシの3家以外9家です」
「それぞれ理由は?」
「前者2家は能力不足との判定、ムサシ家は当主が難病を患う事が続いたため職責の重さからの判断です」
基本王会議には女性は選ばれない。
良くも悪くも女は情の生き物である為だ。
ただし例外規定もある『独身』の場合のみ許可されている。
「その王会議だがな……。先ほどの彼が言った通りに、後日発表があるのだが。……3家ほど3世代の参加禁止を言い渡されている……」
大変嫌な予感がしました。
「ゴロウザエモン、ミヤタユウ、ソウブヒョウエ」
手で顔を覆いました。王選でお会いした王会議の方々です……。
「神王陛下自ら調査の結果、王会議参加者にふさわしくないとの沙汰を下された。さらにな……」
まだあるのですか……。
「衆愚会議、貴族会議からカクノシン様への恩赦。王家への復権の嘆願が全会一致で決議された」
氷の様に固まって私の体は動きません。
何がいけなかったのでしょうか……。
私は御国の為……。
私は御家の為……。
「貴族たる者、知らぬが罪という事もある」
疲れ切った表情で父上は椅子にもたれかかり続けます。
「西へ行け。謝罪ではない。連れ戻すなどとおこがましい事を考えるな。ただ留学に迎え。あの西の王国は賢王と英雄の下、発展著しいという。国の為、家の為を想うなら学んでくると良い。そして……」
そこで言葉を切って父は部屋から出てゆきました。
『そして、そこで良い男(おのこ)と出会えるとよいな……』
ぼそりとそんな言葉を漏らして……。
それは貴族である私への死刑宣告でした……。
もう貴族の娘として責務を果たすことはかなわない。
いや、私を嫁にと言ってくれる家があるかもしれないが、それは家にとって利益にならない縁談。
私は今頃私と同じ気持ちになっているであろうウルの事を想い、また考えてしまいます。
『私が、私達が、……何をしたというのでしょうか……』
それはもう、取り返しのつかない事なのでしょう……。
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