第58話「RE:団子屋おぬしも悪よのう」

 商隊が追い付くのを待つために立ち寄った地方の中核都市とで私はとある店に出当た。


「団子と茶を2つ。あ、こいつは出がらしで大丈夫」

 外から見て団子を出していたのでついつい入ってしまった店である。

 いわゆる茶屋だ。

 前に時代劇で美味そうだったので色々調べたことがある。

 江戸時代の茶屋は結構リーズナブルだった。

 おおよそ団子60円程度、お茶120円、出がらしその半額、なのだそうだ。

 先ほど愛嬌のある看板娘、ハナという子に値段を聞いたところ、団子3倍、お茶1.5倍位の値段設定だった。

 変態王子が大福を作っていたのでそのあたりの市場調査をしてはいたが、正直ぼった……じゃない良い商売をしている。

 出てきた団子は餡団子だった。

 口に入れると餡子の甘さが口の中を支配し、焼団子の歯ごたえと柔らかさが甘さを緩める。

 追いかけるように茶をすする。

 口の中が爽やかな渋みと上品な旨味に支配される。

 鼻をくすぐるような後味の清涼感がよい。

 素晴らしい。

 客が入りわけだ……。

 隣の連れを見ると馬鹿みたいにパクパクと団子を流し込んでいる。

 こういう輩には驕りがいがない。

 久しぶりの日本の味なのだ、一口後に感想があってしかるべきではないだろうか……。

 まったく、やはりこいつには出がらしで十分だ。


「勝叔父さんもう1本いってもいい?」

「だめ」

 2つ目を食む。やはり餡については日本のほうがはるかに優秀だ。

 だが、研鑽を積まれただろう跡がある。私ではこの味を出せないのだろう。


「すまぬ、娘っ子」

「ふへ」

「いや、おかしいからその呼び方」

 連れが変なツッコミをしている。無視が妥当だろう。


「団子以外にメニューは何があるかな?」

「はい。ぜんざいとトコロテン、あと1人1合までになりますが、お酒とおしんこセットを出しております」

 値段を聞いたがそれぞれやはり割高であった。良いご商売をされている。


「では、一通り持ってきてくれまいか。あ、酒は私だけでいい」

「あ、俺お茶お代わりで」

「あ、こいつ出がらしで」

「えー、俺も美味しいの呑みたいっす……」

「味をわかるようになってからな」

 娘にクスクスと笑われながらも注文を終わらせる。

 駆けてゆく後ろ姿は10代半ばの少女らしく愛らしい。


「叔父さん。そのノリなんか面倒くさいよ」

 風情のわからぬ若造は無視である。

 私は少し温くなった茶を一気にすすり団子を食べ続ける。

 団子がなくなったのを見計らってか、おかわりの茶とぜんざいが運ばれてくる。

 隣の若造はやはり勢いで食べる。ゆっくりお食べ。


「……はい、なんか一々突っ込むのが面倒くさいので従います」

 ぜんざいを食べ終わるとさすがに口の中をしつこい甘さが占領する。


「おお、この流れでおしんこセットですか! 叔父さん通ですね!」

 大げさに持ち上げる連れ。そのやり方は苦笑いしか呼ばないから社会に出るまでに矯正しような。


「穏やかな顔で辛辣!」

 昔そういう太鼓持ちの同期がいたんだけど……、後日持ち上げられた人と私だけで呑みに行ってネタにしかされなかった。

 ……しかも名前も覚えてもらえなかったよ……。

 持ち上げるならうまくね。あと空気読んで適度に落としながら言うと効果的だよ。


「なんか軽いダメ出しがきついです……」

 出てきたお皿の上にはキャベツの様な塩漬けとキュウリ、ナスのぬか漬けが少々距離を開けて奇麗に並ばれている。

 やはり『ぬか』があったか。もち米と酒米があるのだどこかにあるのだろうと思っていた。

 まずは私の大好きなキュウリを頂く。


「うまい」

 強い塩味、すぐに甘味、やがて旨味、最後に口の中に残るほんのりと上品な味わい。


「勝叔父さん料理マンガ読みすぎ」

 キュウリを一切れ堪能すると、そっと酒が置かれる。


「1合だけですからね」

 かわいらしい笑顔だ。

 器はさすがにぐい呑み、おちょこではない。木製のカップだ。日本の居酒屋を思い出す。

 さすがに枡酒とはいかないがこれはこれでよい。

 くっと、一口飲みほす。辛口だ。これはさすがに後に残る。香りではなくアルコールが強い。

 日本の酒文化は本当にすごかったのだな……と痛感する。

 この酒を慣れない人が飲むと、軍需物資の安酒というレッテルは外れないだろう。


「うまそうですね。俺も一献」

 未成年が何か言ってますが無視です。


「いやいや、俺この世界では成人です。あー、ハルさん、俺にも酒!」

「持ってこないくていいよ」

「叔父さ~ん」

「喰わせてもらっているうちは私が法律です。親御さんに顔向けできなことはさせません」

 しょぼくれる連れ。……しょうがない。


「一口飲みますか?」

「いいんですか!?」

「いいですよ、少しにしておきなさい」

「あざーっす!」

 連れは差し出されたカップを勢い付けて飲みます。

 勿体ない。

 呑み終わってから苦そうな顔をします。本当にこの子は……。


「味わえないのなら飲む価値ないですよ」

「でも、まずい……」

 ゴン

「無言で殴られた……」

「馬鹿ですか君は? 最低限のマナーを守れないのであればお家から出てはいけません。金払えば何しても良い。などと言っても良いと考えているのであれば……埋めますよ?」

「ごめんなさい」

 そういう所は素直でよろしい。

 さて、ここからが本番だな。


「娘さん。お勘定を」

「はい、丁度四千ルルになります」

「はい」

 銀貨を6枚渡す。本来ならば4枚でいいはずだがチップというやつだ。

 現代日本の様に完成された社会ではないので中世は普通にチップがあるはずだ。

 サービスはただではない。

 そもそも日本でさえ江戸時代でもあったのだ。

 というか江戸っ子は気風が命だったので競って大目に渡していたとか。


「お客様。国外から来た方ですか?」

「ええ、その様なものです」

「ではお伝えしますが、この国では一般的にチップ制をとっておりません」

「ほう」

「ですので、こちらはお受け取りするわけにはいきません」

 娘っ子は丁寧に銀貨を2枚差し出してくる。

 いつまでも持たせるわけにはいかないので受け取る。

 驚きが隠せない。

 そこまで進んだ社会だったか……。

 あなどれんなこの国……。


「いいことを教えてもらった。ありがとう」

「いえ」

 良い笑顔だ。


「ちなみに店主と話したいのだがいらっしゃるかな?」

「え?」

「悪い話ではない。ちょっとした商売の話だ」

「勝叔父さん顔が悪い」

 衛君。晩御飯抜こうか?


「ごめんなさい」

「うむ、その態度よし! ということで娘よ。確認してきてくれまいか」

「はぁ……」

 娘っ子は怪訝な表情のまま渋々店の奥へ消える。

 しばらくして好々爺然とした柔和な表情のご老人が娘っ子と一緒にやってきた。

 日本人顔だ。

 全体的に昔の日本のお父さんといった渋みがある。


「お客さん、何か御用と伺いましたが?」

「単刀直入に申し上げる。新しいものを作りませんか?予算はここにあります」

 そっと懐から金貨袋をテーブルに乗せる。


「……奥でお話ししましょう」

 応接室に通されると主人は6代目シゲトシ・カガミと名乗った。


「さて腹を割ってお話ししましょう。この金貨は手付です。いやご迷惑料と考えてください。私が作っていただきたものを作成するにあたって、作業にかかる人件費・材料費諸々です」

「……その前に、貴方は異世界人ですか?」

「私の連れは異世界人です。私は別口で異世界の知識を有しています。今回はそれの再現と認識頂ければ……ちなみにレシピは私の頭の中だけです」

 名前から察するに初代が異世界人なのだろう。

 連れが異世界人と聞いて興味津々のようだ。……この国では異世界人は極めて珍しい様だ。


「して、物は何を?」

「羊羹」

「聞いたことがないですな……」

「安心しました」

 一応グルンドにいた時から甘味はリサーチ済みだ。

 変態王子が和菓子に似たものを作っていたので奴に作らせようとした……。

 だが私は王都に、奴は獣王都に行く羽目になった。

 そもそも寒天が見つからなかったので半ばあきらめていたというのもあるのだが……。


「ふむ」

 羊羹について私の話を聞きながら6代目は瞑想する。

 その静寂をドアノックの音が切り裂く。


「失礼します。粗茶ですが」

 盆に茶をのせて現れたのは銀髪の10代後半青年だ。

 その姿は紺の作務衣に茶色の前掛けで和菓子職人スタイルだ。


「マサル殿、うちの店で一番の気に入りは何でしょうか?」

 6代目がまっすぐ私を見据える。


「きゅうりの漬物ですな。餡を食べた後に上品なあの味わいが良い」

 6代目はまた瞑想するが、お茶を置いて立ち去ろうとした青年を呼び止める。


「ミシャル。明日より1週間店を任せる」

「え?」

「できんか?」

「いえ……ですが急な話なもので……」

「できんなであれば、ハルの事は諦めてもらう」

「やります!」

 どうやら熱い青年のようだった。イケメンなのにな。


「という事で、ここにあなたの話に乗った職人が1人いるわけだが……まず、このお金はお返しします」

「よろしいので?」

「ええ、それを頂いて雇われるより、共同開発者のほうがより儲かりそうな気がしますので……」

 さすが……、素晴らしい回答だ。

 さて、まずは最初で最難関をどうにかしなければ。


「6代目。寒天というものをご存知ですか?」

「カンテン? 何でしょうかそれは」

 やはりないらしい。その後話を聞いていったが他にも凝固剤となる食材はない様だ……。

 一旦6代目にはところてんを製造している村への紹介状を一筆書いていただいて私は村へ走ることにした。


「いや、走らないで、俺をおいていかないで」

 涙目の衛君がいた。すっかり忘れてた。


「6代目。そこの若いの労働力として補てんします。補てんと言っておいて申し訳ないのですが、飯と寝床をお願いしてもよろしいですかな?私は明日の夕方には戻ります」

「ミシャル、ご案内しろ」

 という事で心置きなく村へ走りました。


「うられたーーーー!」

 衛君。うるさいですよ。

 さて、走り出したのは昼過ぎ。到着は距離的に明日の朝でしょか。

 ちょっと気合い入れますか。

 気合を入れたら夜半についてしまいました……。

 途中モンスターを何匹か轢いたような気がしますが気のせいでしょう。

 リヤカーが少し赤いのは気のせいです。今水洗いしたので気のせいです。物証はありません。


 とりあえず、朝まで待とうかな思ったところ……。

 家々に明かりがともり村長と名乗る老人が私に声をかけてきます。

 夜中にリヤカー押して猛スピードで到着ですからね。あからさまに不審者です。

 こういう時に書いてもらってよかった6代目の紹介状。

 村長も村の特産品を卸す大口顧客の手紙で私への疑念も少し晴れたようです。


「夜半に大変申し訳ございません。寒天ありませんか?」

「寒天ですか、ありますよ」

 やはりありました。

 日本でも外に置いたトコロテンが夜間凍結、日中は融ける、を繰り返してできた乾物として取り扱われたのが初めてと聞きます。まぁ、テレビ時代劇の情報なのですがね。ですが原料は違えで遺跡人の先達が努力の末に作り上げたトコロテンの名産地であれば、きっと同じような顛末で観点が存在すると思ってました。

 なければかなりの時間をかけて試作するところでした。正直、助かりました。


「これをつかうと味の良いトコロテンができるのですよ。ですが手間も多いのでいつも村で消費していたのです。……よくご存知でしたね」

 村長が差しだしたのは私が知っているそれより少し色が濃いですが、寒天でした。


「あるだけ頂けますか?」

 6代目から戻された金貨袋を今度は村長に渡す。

 中を確認して腰を抜かす村長にさらにいう。


「残ったお金で増産体制を整えてください。近いうちに追加注文が参りますので」

 大慌てで運ばれてくる山の様な寒天をリヤカーに満載して村を経ちます。

 真夜中の出立に村長をはじめ、村の皆さん何も言ってくれません。

 ずっと口をぽかんと開けてあっけにとられているようでした。

 このまま、村の怪談とかにされなければよいのですが……。

 帰路は少しスローペースで走る。交易都市リャーシャに戻ってきたのは夕方過ぎでした。


「それか……」

 寒天を見せると6台目の目が鋭くなります。


「勝叔父さん、餡子練るの重労働~、腕が痛い~」

 目ざとく私を見つけた衛君が愚痴を漏らしに来ました。

 おかしいですね。我が家系伝統の素敵♪夏休み一杯農業体験! の洗礼を受けていればそのようなこと言わないのですがね。親御さんが甘やかしたのでしょうか。


「ますはこれを粉砕し……」

 羊羹制作を始めました。

 比較的簡単です。

 魔法道具も揃っていますので日本と遜色なく調理できます。

 ですが、簡単だからこそ奥が深い。

 何より分量がいまいちわからないので一発で成功などしません。

 そして今私と6代目の前に羊羹、水ようかん、抹茶羊羹の試作品10号が並んでいます。


「……」

 職人は厳しい、妥協はない。私もこの店の餡の味が生かせていないこの羊羹に少しの不満を抱えていました。ですが……。


「羊羹でがっぽがっぽや~!!! ふふふふふ!!!!」

「がっぽがっぽですな~!!! あはははは!!!!」

 羊羹は完成しました。

 色々慣れないので味が安定しなかったり、水分調整に失敗したりなどやればやるほど問題は出てきますが、方向性は見えました。夜中のテンションって怖いですね、でも今は笑っておきます。

 しばらくしてハルさんに『夜中にいい大人が!』と怒られて二人そろって正座させられました。


「寒天の追加注文はどうしますか? 私が走りますか?」

「いや、ハンターを雇おう。我々は味の追求だ!」

 4日後サナエルさんの部下の皆さんが追い付いてきました。そこで試作品をふるまうと全員固まります。

 その様子を6代目とにやにやしながら眺めます。ああ、酒がうまい。


「マサル様、これどのくらい日持ちしますか」

 真剣な表情で商隊の代表アーリンさんが詰め寄ってきました。

 あえて言います。

 計算通りだ!(にやり)

 このあと交易都市リャーシャに新たな名物ができたとかできないとか。そんな話は私のあずかり知らぬことです。

 美味しそうなのです……。味覚共有はよ! なのです。


(そんな危ない事できん。本体の脳が危ない)

 昔アニメに詳しい後輩が言っていたのです『没入型のVRで思い切り食べられる! 幾ら食べても太らない! 私、そんな未来を作りたいんです!!』と。


(普通に脳波による思考介入とか、単なる脳への攻撃になるから、危なすぎ。一種の洗脳装置だよ?それ)

 それぐらい悔しいのです! 羊羹先生ですよ? 昔ジョーと私が会社の冷蔵庫を占拠した羊羹先生ですよ?


(そういえば、そんなことしてたな……、ジョーが国に戻ったら冷蔵庫がガラガラになってたな……外人って餡子嫌いが多いはずなのにな)

 とにかく!

 最近勝さん1号だけいい目を見ている気がします!

 やはり転送装置の開発が急務なのです!


(茶屋で堪能した記憶でそんなに悔しがるな、本体よ。お土産に買って帰ってあげよう。……帰り道にな……)

 うがーなのです! いつか見ていろなのです!


(本体への優越感に浸りながら飲む酒はうまい!)

 覚えているがいいのです! 醤油煎餅が出来上がっても勝さん1号にはあげないのです!


(芋羊羹をお土産に買ってあげよう)

 もち米があるのでおかきもできるのです!


(セットで献上させていただきます) 

 よきに計らうがいいのです!


(御本体様、相変わらず悪ですなぁ)

 勝さん1号ほどではないのですよ……。


(くくくくく)

 ふふふふふ。


「……独り言言いながら悪い笑顔をしておる。……マイルズよ、そんなにストレスが……」

「ホーネスト様、もっと可愛らしい服を着せてストレス解消させてあげましょう……」

「ネロ様、王妃様へ報告完了いたしました……」

 ポチ……ストレスを気にしてくれてありがとう。

 タマ……方向性がおかしいのです。

 親衛隊長……話が早すぎるのです! やめて! あの人(王妃様)、最近ようやく落ち着いたのに……。 

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