第62話「学会発表(準備)と嫉妬」

 おはよう、第二王子のズアルだ。

 私は朝学園前で遭遇してしまった無自覚な使徒様をうまくごまかしながら早々に離れ、教室へ向かった。

 まぁ、この学院で学ぶことなどないのだが……、将来の部下を探すのは良い場所だ。

 建前上貴賤の差別なくをうたっているので優秀な人材を見つけるに易い。平民でも使えるものは取り込んでおくに越したことはない。

 さていつも通り席に着き、将来の腹心候補から工作の進捗を聞きながら始業の鐘を待つ……。さて授業開始の時間だ。

 鐘が鳴り響いて数分後。今日も不機嫌そうなディート女教授が入ってくる。

 ディート女史は研究時間を子供の指導に割かれるのが耐えられないらしい。

 しかして教授という役職なのだ。教えを授けなければならず毎日いやいや我らの授業に来る。

 しかし本日はいつもと違う。彼女の後ろに見知らぬ2人がいるのだ。

 1人はまさかの使徒様だ。使徒様はその容貌から研究院かと思っていた。

 もう1人は我らと同年代の灰色の肌の亜人だ。


「今日から2週間ほど学会準備の為、我がクラスの授業を観覧される魔宝技師のマサル様とその御付のマモル君だ」

 はぁ????? 使徒様がお付き? 亜人の? 何の冗談だ?


「あ、あー、今ご紹介いただいた勝です。いきなり学会に登場せよと言われてまいりました。こちらの学術の場というものがわからず。雰囲気だけでもと無理をお願いしてここにいます。皆さんは普通に過ごしていただければよいです。私が見たいのは教授の皆さんのふるまいですので……。基本教室の端で大人しくしております。ご興味がおありの方はお気軽にお声がけください。……マモル君がお答えします」

 態々音波魔法を使わなくとも通る声だが、音波魔法を使いマサルという亜人が言い切る。

 途中『教授の皆さんのふるまい』でディート女史がびくついていた。気のせいだろうか?

 そして最後に自分に聞きに来ていいという流れで使徒様に無茶を振って教室の空気を緩めた。


「マサルさん! その話聞いてないよー」

 素で驚く使徒様に教室は不敬ながら笑いが広がった。

 ……やり過ごそう。私はそう確信した。

 その後亜人と使徒様は教室の端で授業を観察していた。

 そう、授業を受けるではなく観察である。

 教授がどのようにしゃべるのか細かな仕草まで観察して記録している。それはまるで監査である。そして教授たちは一様にその姿に怯えている。……まったく、栄えある学園の教授陣が嘆かわしい。

 ……ん?授業のレベルが低い?ふふふ、何を亜人風情が背伸びを……え?本当に低かったの?え?これってさらに先を学ぶための教授と生徒の接触の場だったの?マジで?

 ……いやっ! 俺知ってたし! 知ったうえで部下探してたし!

 ふう。落ち着いて昼飯にしよう。そう思って俺は取り巻きを引き連れ食堂に向かう。ここの食堂は王宮にも引け劣らぬ美味よ。みよこのステーキを! この弾力と旨味が染み出る再興の肉だ。さらに濃厚なソースが肉を引き立てている。サラダは野菜を生かすドレッシングがシェフの高い技能を伺わせる逸品。そして我が国が誇るワイン。ふむ、昼に呑むには芳醇すぎるのではないか?いやこの肉に合わせるのであれば最高だ。

 と私が満足していると視界に不満げな亜人と使徒様が映る。ふっ、貧乏舌ではこの味がわからぬか、哀れよ。

 少し観察していると案内役を買って出たであろうランドリア・トーリンゲ嬢に亜人が差し出したバスケットからパン?の様な白いものを受け取り、渋々口に含む。お付き合いとは難儀なものよ……。あの美味なステーキを置き去りにせねばならぬとは。

 ……え?

 ちょっ、ランドリア嬢。目をむいて食べ始めるのは上品では……。貴女は高位貴族の子女であろう……。おい、ステーキの皿を要らない子みたいに粗雑にテーブルの端に寄せるのはよくないのでは……。


「マサル様!! 私達お友達ですわよね」

「マサルさん! あなただけいつもこれを!?」

 ランドリア嬢、はしたない。落ち着きなさい。

 使徒様。望むのであればそこな亜人より搾取なされば良いのですよ。

 というか、そんなに美味いのか……あれ……。


(;゚д゚)ゴクリ…


 喉がなった。誰だ。はしたないぞ!

 え?俺?そんなわけなかろう。王族ぞ?不敬ぞ?

 くそ~~~~! 何だあのパンは!

 まるで上質な綿の様にふぁふあぁじゃないか!?

 どんな味がするんだ?

 なんと!? 王国男子であればだれもが憧れるルース殿がパン屋を始めたと!!

 しかも王都に1号店を作ると?

 これは購入に行かせねば!!

 いつものように店主と話をして献上させたいが、英雄『竜殺し』ルース様の店だ。

 無礼を働けば私の立場が悪くなる……。

 あ、マサル殿と目が合った。ルース殿のパンを片手に笑顔でこちらを見ている。

 何を思ったか見せつけるようにパンを指で押す。

 ふかふかの布団のように指が埋まる。……なんという事だ!

 ……今私の手にある固いパンがみじめに見える……。

 そして食堂への営業妨害もはなはなだしいのではないか!!

 というか献上しにまいれ!

 私は王子だぞ!!!

 そう沸々と不満をためていると、何事もないようにパンを半分にちぎる。

 やはり柔らかい。何の抵抗も見せず避けていくパン。あれが口の中に入ったらどうなるのだろうか?……その食感はどうなのかと想像が止まない。……ついに唾でのどが鳴る。

 パンの中には具材が、鶏肉だろうか赤い調味料で味付けされていそうだ。

 赤い調味料……。くっ、ルース殿のパンはどこまで先進的なのだ!

 どんな味だ、辛いのか? 甘いのか? しょっぱいのか? それとも未知の味わいなのか!?

 そして、マサル殿は見せつけるだけ見せつけてそれを食べる。

 くそーーーーーーー!

 悔しい悔しいぞ!

 そしてなんて妬ましい。

 何処のコネでそれを味わっているんか?

 私ろ、この国の王子を差し置いて全く不敬だ!

 だが、目が離せん。悔しいがルース殿のパン屋がオープンするまで待つのだ。


「しかし、この量は食べ切れそうにないですねー

 亜人がわざとらしく周りを見回している。


「ああ、マサル様このおいしいパン私達だけで独占は、よくない事ですわねー……」

 それにランドリア嬢が続く……。

 ……まて、何故止める近衛師団福祉団長の息子よ。

 王族としていかねば、しなければならない時があるのだ……。後の世に暗愚とののしられようがわれは行かねばならぬ!!

 などとやっているうちにランドリア嬢の友人が手を上げる。


「よろしければ!」

 勢いよく飛び込んできた子爵家の次女にランドリア嬢が手ずから食べさせる……。

 お前ら不潔だぞ……。

 その後次々と私が見込んでいた優秀な研究者文官候補の学生たちが手を上げ貪欲に情報収集していった。

 私はその光景から目を離せずにいた……。それがまさか亜人……いやマサル殿に監視されていたとは……。


 翌日。

 もっと大量のパンを持ち込んだマサル殿が私を見て手招きしてきた。

 え、頂けるのですか? ですが……ん?こやつらの分もある?

 ありがとうございます!!!!

 ん!? 美味い!!

 ですがこのサンドイッチは……ああ、マヨネーズは使っていないのですか?

 それは良い事です! え? もう一切れ? あ、次は自分で食べま……あーん。美味いです!

 なんとお土産までいただけるのですか?しかし王宮に持ち込むには手続きが大変で……へ? 賢者様に持たせる? ほえ? 賢者様とどのようなつながりが……あ、うん。知らないほうが幸せそうなので遠慮しておきます。え? 貴族との付き合いですか? ああ、そんなものキャンセルでいいです。美味いは正義です!

 ほう、ルース殿に弟子入りも口利き頂ける……ちょっと悩ませていただけますでしょうか。

 私が生まれて14年で最大の好機が訪れた。

 王? ……ああ、そっちもあったな……どうしよう……。


第1王子の視点――――――――――――

 本日突然の賢者様の訪問があった。

 ルース様のパン屋が王都にできるのでその挨拶も兼ねてとか言っていたが、どうやら誰かの差し金らしい。

 そして珍しく弟がその動きを察知して賢者様をお迎えの場にいた。

 我ら王家が食するには検疫や毒見役が……は?ズアルお前が毒見役をすると?いや、お前も一応王族。……なんか賢者様を信じられないのかとか、自分であれば何かあっても王家には問題ないとか、弟から久しぶりに正論を聞いた。

 という事で魔法的な検疫を経て今賢者様とズアルがサンドイッチという柔らかいパンをつまんで至福の表情である。父と私は放置だ。え?仕事してていい?あのー、一応謁見というか賢者様をお迎えする時間……あ、はい。仕事してます。

 それ以降もチラチラと見える新種の食べ物。

 そしてその語彙力はどこから?と問いたいほど日頃の弟は違い真剣に味を語る弟と、うなずきながら鋭い意見を仰っている賢者様。

 ……あ、はい仕事ですよね。はい。してます。

 最後は羊羹という新種の甘味と緑茶で一服している。

 ……毒見ってこんなのだっけか?

 毒見?……嫌がらせでは?

 やがて……サンドイッチと羊羹が大量に減ったところで父と私が呼ばれた。

 王家の魔法師が賢者様とズアルの健康状態をチェックして毒見完了を報告した。

 我々に差し出されたのは、少量のサンドイッチと2切れの羊羹。

 ……美味い。美味いだけにどこかやるせない。あ、父上もそう思われますか。でも賢者様の手前その様なことは言えないですね。

 ……これって謀反?食べ物で史上初めての反逆罪に問いたい。

 そんな気持ちでした。

 その日を契機に弟が貴族との関係を切り始めた。いや一部残しているようだがこれは完全に食材関連でのコネだ。そして何故だか剣の鍛錬を始めた。


「ははは、兄上。料理人の最低条件はドラゴンハントらしいですよ!」

 その基準が間違っている! ていうか君、王目指しているんじゃ! あ、あきらめたならいいことだけど。でも君大国へ婿入り予定なのだが……あ、話し聞いてねぇ~。

 どんなにねじれていようが我が家系、一皮むけば皆自由人……。

 そして私はやはり名実ともに次代の生贄であることを認識した。

 弟くらい馬鹿でいてほしかった……。

 いや、馬鹿かもしれないがうらやましい馬鹿は許せないよ………。


勝さん一号からのマイルズへの報告

 ……。

 本日分のダイジェスト映像を見終わった私は閉口する。


(面白かっただろ?)

 趣味が悪いのですよ、勝さん1号。


(想った通りあの一族は皆いい感じで狂っている。やはり始まりの7人の影響なのだろうな)

 勝さん1号……。


(愛することに、情熱に狂った一族……悪くはあるまい。今のところ良い影響しかない……かな?)

 ……今軽く私のことも含めて言いました?


(第1王子にもあってきたが、あれはまともな人間だったぞ。幼稚だが腹黒の要素も見受けられたしな)

 ああ、見ましたよ。相手はまだ15歳の可愛い子供なのですから……。


(3歳児が言う事ではないな)

 見た目は3歳! 中身は……。


(あ、最近の行動を振り返って自信なくなってる(笑))

 黙るといいのです!

 で、今後のあなたの行動計画を利かせるといいのです。

 今日はそれを聞くために早寝の日なのです!


(どうした?幼児本体よ?随分とご機嫌斜めだな?)

 ……確かに。確かに、私を利用する様にと誘導しましたが……こんなに仕事増やせとは言っていないのです!

 2号は鬼畜なのです!

 あの鬼畜メガネ、容赦ないのです!


(うん……おう……そうだな、本体は悪くないな)

 そうなのです!

 ……あれ?なんか勝さん1号からうんざりした空気を感じるのです……。


(そんなことないぞ! おお、そうだ! 今後の計画だったな!)

 そうなのです! それでした!


(チョロイン……)

 ……なんか聞き捨てならぬことを呟かれた気がするのですが……。


(気のせいだ)

 ……チョロインですか……、覚えておくのです。


(聞こええんじゃん……怖いわー、最近の幼児怖いわー)

 ……いいから早く始めなさい。もうまーちゃんお眠なのです。

 その後私はうつらうつらする意識の中で勝さん1号の今後の計画を聞くのでした……、というか眠りにいざなうような報告はやめるのです! まるで都合の悪いことを了承させようと……zzzz


(おやすみ)

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