第9話「トマトケチャップ『呼んだ?』」

 優しいたまごサンドは好きですか?

 朝食はパン派! でも実家はコメ農家! マイルズです。こんにちは。

 今日はお仕事帰りに農業都市の中心部とある長屋風の一室の前まで権三郎に送ってもらいました。

 私は周囲に十分注意して扉を「5回3回2回」とノックします。

 しばらくして部屋の中から静かにささやくような声で『マヨ』と問われます。


「ちゅちゅちゅ」

 私はそっと合言葉を返す。するとガチャリと音を立てて鍵が開きました。扉を開け中に入ると同志たちが満面の笑みで迎えてくれます。

 現在うちの店に在籍する5名の『マヨラー予備軍』達です。

 表面上『たまごサンド愛好者』なのです。


 さて、なぜコソコソしているかというと、この世界のマヨネーズ差別は意外とひどかったのです。

 お店やお家で食べていると『色がきもいからやめて』と言われ。

 外で食べると好奇のまなざし。色合いのせいなのでしょうか眉をひそめる人が多いです。

 たまごサンドに人権はないのか!

 と憤った我ら6人がうち1名の自宅で定期的に集まりこっそり楽しむ会合を開いております。別に邪神とか崇拝しておりませんのでご安心を。

 ん? たまごサンドが邪神ですと? よろしいです。戦争です。本気ですよ?


「お待たせしました」

 なんやかんやと想像していると、たまごサンドが出てきます。

 口に含んで至福のひと時です。


「会長、いつまで我々はこのように潜んでなけれいけないのでしょうか」

 メンバーの1人が『耐えられない』とばかりに首を振ります。

 ……あ、会長って私の事です。


「この集まり、私的に楽しいですよ」

 幼児の笑顔発射!


「う、私も楽しいのですが…あ、顔についてますよ」

 たまごサンドの具が少しこぼれていたようです。

 会員の1人が嬉しそうに拭いてくれます。

 ちなみに野郎です。

 この会は100%野郎で構成されております。……女性をこんな怪しい場所に招けません。


「それについてはお話ししたはずです」

「たまごサンド実力をいかんなく発揮するあれですね」

「ええ、ところでプロジェクト『Sパン』のほうはどうなっていますか」

 今まで会話していた男とは別の筋骨隆々としたマッチョな男に話を振ります。


「坊ちゃんが計画した型の設計書と発注について、我々の要望として料理長に伝えておきました。もちろん坊ちゃんが主導としっかりチクっておきましたが」

 一言余計です。しかし、計画のためにはボスすら売り渡すその意気やよし!


「そっそうですか、しかしプロジェクト『Sパン』が成った暁には世が動きます…」

「我々も陽の下を大手を降って歩けるようになるのですね」

 私の言葉にメガネの男は意味ありげにメガネの中央部分クイっと押し上げます。

 君伊達メガネだよね。うん、かっこいいけどね。


「しかし、そんなに違うのですか?」

 それまで黙っていた小太りの男が問う。私はそれに笑みで返します。


「ふふ、論より証拠です。食こそすべて。食こそ正義なのです」

 私の言葉に会員達は感嘆の声を漏らします。


「それよりも、おとりプラン『ポテト』はどうですか?」

「先日まかないで作成し好評を得ました」

 うむ、良いことが聞けました。

 たまごサンドと双璧をなすポテトサンドその布石たるポテトサラダは撃ち込まれた様ですね。


「良い報告です」

「あれ美味かったな、パンにはさんでも美味かったが単体でも行けますな」

「キュウリと合わせるといい。千切りが推奨だ。作ったらなんだかんだと理由をつけて回してくれ……」

「了解ですボス。残ったらもってゆきます」

 ん?遠まわしに拒否した?

 そんなことないよね?私たちの結束固いよね?

 じっと回答した会員を見つめると笑顔で手を振られた。

 ちがう! 愛想ふりまいたわけじゃない。


「まっまあいい、プロジェクト『Sパン』が成れば我らが世界の主流となるのだ!」

「楽しみですな」

「飲み物は何が合いますかな」

「最近レタスが美味しい時期ですからな色々唸りそうですな」

「くくく、腕が成りますな」

「我ら以外に同志が増える日が待ち遠しいですな」

 それぞれ秘密結社ごっこに酔っていると、突然入り口が開け放たれる。


「そこまでだ!」

「な! 貴様鍵を忘れたのか!」

 田舎か! セキュリティーは? って、ここ田舎だった! ごめんなさい。


「会長! つけられましたね!」

 ぐっ、返す言葉がない。


「お母さん、ミリ姉これは違うのです」

 押し入ってきた2人の女性に弁解する。

 この頃権三郎はこういう時にかばってくれない。まさかの忠誠心低下!?

 権三郎をみると『全ては坊ちゃん為なのです』とか言いながらハンカチで涙ぐんでいる【芝居】をしている。なんと芸達者!


「うそ、おっしゃい。あの黄色いゲテモノを広めようと画策する会なのは、……お天道さまが知っています!」

「ぐっ」

「もういい加減あきらめて、お家に帰ってケチャップをつくりなさい」

 会に衝撃が走ります。


「なんと! 会長! まさか最近巷で幅を利かせ始めた、あの赤い悪魔の創始者も会長なのですか!?」

 やばい。マヨラーの会での信頼度がみるみる低下してゆく。


「ちっちが」

「そうよ! 正しくは研究開発は研究所だけど、広めたのは間違いなく、まーちゃんよ!」

「「「「そんな!」」」」

 愕然とする会員達。

 いやねトマトケチャップとミートソースも作りましたよ。

 マヨと似た材料で行けたからね。

 油の代わりにたっぷりのお野菜さん入りの為か、家族からの評価は抜群。お肉料理との相性もよく、ミートソースなんか絶賛の嵐でした。


「違うんだ。プロジェクト『Sパン』の布石なのだ」

「そんな重要なこと会に報告しないで進めるなんて会長……信じてたのに」

 その後私のことを裏切り者扱いする会員達の口に、正義の使者ことお母さんがミートソースをねじ込んでいきます。


「やめろー、大将の奥さんといえ横暴……ん、うまい」

「赤い悪魔なんか食べたくな……お、これは!」

「あ、私食べたことあるから大丈夫です。やっぱりおいしいですね」

「貴様!裏切りか……ぐっ、美味いものに罪はない」

 こうして……、あえなく秘密結社は解体されてしまった。


「あ、来週当たり型が入荷するそうですよ。坊ちゃん」

「ん。ほんと! 来たら一番にみんなで作って食べようよ」

「いいね、坊ちゃん下準備が必要だったら行ってくださいよ」

「俺たち5人で『Sパン』初実食行きましょう!」

「「「「「おー!」」」」」

 なんやかんやありましたが、我々たまごサンド好きは元気でやっております。

 本日の教訓「異世界ではケチャラー1強」。

 いいのです。食文化が豊かになれば私の「農業魔法」にさらに価値が出るのですから。

 とりあえず、食パンが焼きあがる姿を想像しながらお昼寝します。皆さんおやすみなさい。

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