第126話 レットちゃん

「じゃあいいか? 喰らうぞ? 別に喰らうって言っても痛いわけじゃないからな。あ~、言うなれば~、そうだな~、どんなかんじなんだろうな~」

「いやもういいから! ファティマ! 早くやってあげてよ!」

「あ? あぁ、すまんすまん、じゃあお前ら! 行くぞ! 俺の中では闇魔法を使わなくても全員向こうの姿で解放されるはずだ。だから安心しろ!」

「あぁ、分かった。お前を、いや、君を信用しよう、レット。僕らの為にすまなかった」

「ううん、気にしないで。キルスティアとは知り合いだからさ。きっと彼女がこの場にいたら同じことをしてたと思うしさ」

「ああ、では、また……」


 薄暗い部屋から解放された僕らは再びあの森で相対していた。まだ闇魔法の効果が残っているのか、流暢に話す彼の表情は、濁ったスライム越しではあるけれど、何故だから微笑んでいるように見えた。



    ◇



「う~、うぇっぷ! くぅわ~! さすがにあの量はハラにくるぜぇ! だが全部飲み込んでやった! これでミッションコンプリートだ!」

「ねぇ? 彼らは本当にお前の中で無事なんだろうな? これでもうすでに消化されましたじゃあ笑い話にもならないぞ!」

「はぁ、俺がそんな野暮なことするかよ! 大丈夫だよ! あいつらはちゃんと俺の中にいる。この先どうなるはわかんねえけどよぉ、こいつらを解放する手段が見つかればそん時は出してやるよ」

「そ、そうか、ならいいんだけど…… 信じてるからな、ファティマ」

「おうともさ! てか今はお前と一心同体なんだから! いつも信じてろよな!」


 いや、あんま信用できないんだけどなぁ……

 まぁ何はともあれこの森からあの魔獣はいなくなった。これで僕らは大手を振って帰ることができるというわけだ。


「あっ、そうだ、ねぇ、ファティマ、あいつらは、ティザーたちはこの様子を監視とかしてないの? もし見られてたらヤバいんと違う?」

「あぁ? あ~、その点なら問題ないぞ。ヤツはお前らがあの魔獣を倒せるなんてこれっぽっちも思ってなかったみたいだからな。まぁ不幸中の幸いっていうヤツだ」


 確かにそのとおりだ。まぁ別にこの場を見られても問題ないのかもしれないけれど、実際は別の場所に匿っただけだからな。奴らにもし追及されるようなことになれば面倒くさいことこの上ない。


「ねぇ、ハイドラ、少しは落ち着いた? もう大丈夫だからそんなにビビらなくても大丈夫だよ」

「う、うん、分かってるの。で、でもこれからはこうしていたいの」

「あ、あぁ、そう……」


 今僕はハイドラの上に乗っかっている。何を言っているか分からないかもしれないけど、そうなのだから仕方ない。

 あの薄暗い部屋から森へ戻った僕に、一目散にハイドラが駆け寄ってきた。その時のハイドラと言ったらもう筆舌にし難い様相を呈していた。

 眼からは涙が溢れ、鼻水を垂らし、ついでに涎も垂らしていたかもしれない、いや、さすがに涎は垂らしていなかった気がしないでもないけど、とにかく彼女は突然僕と魔獣がいなくなって何が起こったのか分からず、不安でしょうがなかったようだ。

 そして戻ってから彼女にあの部屋であったことを話そうとした瞬間、突然彼女に持ち上げられたのだ。そのまま僕は彼女の肩へ運ばれた。まぁいわゆる肩車と言うヤツをされたわけだ。それ以降今の今まで僕は彼女の肩で肩車され続けているのだ。


「嬢ちゃんなんか大変なかんじになっちまったな。まぁレット、お前にも責任があるんだからちゃんと面倒見てやれよ」

「いや面倒って! こんなメラニアにそんなことできるわけないだろ!?」

「あぁ!? 顔舐めてやったり手を舐めてやったり、足を舐めてやったりできんだろ?」

「いやそれ舐めるしかやってねえじゃねえかよ! さすがにボール取ってくるとかもできるわ!」

「メラニアちゃんは賢い子なの~。あっ! そうだ! メラニアちゃんは私の特別なの。だから今日からはメラニアちゃんじゃないの」

「え? どゆこと?」

「今日からあなたを――」


 ――レットって呼ぶの~


 僕はどうやら今日から彼女の中でレットと認識されたようだ。なんだかむず痒いけど、それと同時にとても嬉しい。彼女の特別になれた気がした。



    ◇



 ――2日後


「はぁ、まだ来ないのかあいつらはぁ! いつまで待たせるつもりなんだよ!」

「まぁまぁ、落ち着いてレットちゃん。別にいいの。このままずっとここにいても」

「だな! 俺も別にここでず~っとボ~っとしてるのも悪くないんじゃねえかって思い始めてたとこだぞ」

「いや、ダメだろ! お前らもうちょっとしっかりしろよ! 僕にはまだまだやらなきゃいけないことが沢山あるんだよ!」

「ふ~ん、大変なんだねレットちゃんは。私はな~んにもしたくないの」


 はぁ……


 魔獣、いや、元転生者の彼らとの和解が成立し、ティザーたちが様子を見に来るのを今か今かと待ち構えていたのだが、奴らは一向に来る気配がない。

 どうなってる? あいつらマジで僕らのことを忘れたんじゃないだろうな!?

 だがどうやら忘れられてはいなかったらしい。それから3時間ほど経ったお昼頃、奴らは此処へ来た時と同じ馬車で現れた。


「おい、あの魔獣はどうした? どこにやった?」

「は? 倒したんだよ。ここにいないのが証拠だろ? てか僕らにあのデカい魔獣をどっかに運べるとでも思ってんの?」

「ま、マジかよ…… マジであの魔獣を倒したのか?」

「だから倒したの! もういい? 僕ら森へ帰りたいんだけど」


 そこに教会で嫌らしい笑みを浮かべていたあいつはもういなかった。

 そこにいるのは歯をギリギリと鳴らし、クソっ、クソっ、と呟きながら地団駄を踏む仮面をつけた女だった。

 ティザーに一泡吹かせることができて、本当によかった。あの憎たらしい笑みをぶち壊すことができて本当によかった。

 馬車には一番と二番も同席していた。ふたりは腕を組み、表情から何を考えているかは読み取れないけど、腕を組んだ片方の手がふたりともサムズアップしていた。よかった。ふたりとも僕らのことを祝福してくれている。

 これで大手を振って森へ帰れる。そう思った矢先、ティザーから思いもよらない言葉を投げつけられた。


「認めねえ! こんなの絶対認めねえ! お前らなにかインチキしたんだろうが! そうでなきゃうちらの兵士達ですら手を焼いたあの魔獣をこんなチンケな愛玩魔獣と神の紛いもんが倒せるわけがねえ!」


 なんなんだよこいつは!? ここに来て僕らにいちゃもんをつけるのか?

マジでこいつ頭おかしいんじゃないか?

 どうしたら僕らが魔獣を討伐したって認めるんだよ? そんなこと言うなら最初からずっと監視してればよかっただろうが!

 僕のやり場のない怒りは彼の一言によって鎮火された。彼が僕の心の叫びを代弁してくれたのだ。


「おい、いい加減にしておけよティザー。お前私達がお前に危害を加えないと思って調子に乗っているようだが、ここまでユピテルを侮辱されたとなればもうお前たちのことなどどうでもいいんだぞ? 神葬体の一角など簡単に消し炭にしてくれるわ」

「は? は? そ、そんなことしたらアイテイルの復活が早まるんだぞ!? いいのか? 私を殺したら大変なことになるんだぞ!?」

「だからお前などもうどうでもいいと言っているだろうが。仮にアイテイルが復活しようともこの恥辱に比べたら大したことではない。もう話はいいか? そろそろお前を殺したいのだが」


 二番がティザーの戯言を一蹴してくれた。ティザーを殺したらどうなるのかは僕にはよく分からないけど、二番が僕たちの為に危険な橋を渡っていることだけは理解できた。

 しばらくの間沈黙が続いた。最初に口を開いたのはティザーだった。


「わかった! あぁわかったよ! 私が悪かったよ! 認める! 禊は済んだ。もう帰っていいよ」

「ふんっ、色気など出さずに最初からそう言っておけばいいものを」


 ようやく帰れる。はぁ、本当に疲れた。でもこれで一件落着。なんだかハイドラとの距離感がおかしなことになってはしまったけど、まぁいいとしよう。

 僕らは馬車に乗り込み、ラヴァの待つ場所へと向かう。

 これで今回のミッションは終了! そう思っていた。だがどうやらミッションはまだ終わりではなかったようだ。

 馬車に揺られながら対面に座っているティザーの膝の上に何かが置かれていた。

ティザーはそれを徐に手に取って僕に向かって話し出した。


「おい、魔獣を倒したことは認めてやる。だけどな、あともうひとつだ。あともうひとつお前らにやってもらわなきゃならないことがある。それはこいつだ」

「え、な、なんなんだよ? これ以上僕らに何をやらせようって言うんだよ?」

「こいつを持って帰れ。これはアイテイル教の総意だ。そうすれば今回私達を騙していたことは全て水に流す」


 ティザーが手に持つそれを僕は見たことがあった。

 前回の転生で何度も見たあの気色悪い配色をした謎の物体。

 そう、彼女の手には――


 ――キルスティアの木彫りの人形があったのだった。


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