第135話 葛藤の果て

「に、俄かには信じられん。じゃが儂が転生者だということを知っとるということはお主が言っとることは真実なんじゃろうな」

「ええ、そのとおりです。僕は前回の転生時にイゾウさんと知り合ったんです。そしてその時に……」


 ロベリアの屋敷のとある一室に僕とロベリア、そしてイゾウ氏の3人はいた。

 当初言葉を発するメラニアの存在に大層驚いていたイゾウ氏は、時間が経つにつれ落ち着きを取り戻しつつあった。

 僕のことを覚えているか聞いたが、やはり確かな記憶は彼の中には残っていない様子だ。他の皆と同じように、レットという言葉に何処か懐かしさを感じるとは言ってくれたのだけれど。


「しかし儂と同じ日本からの転生者がこんな近くにいたとはのう。しかもまさかロベリア嬢もだとは! 世間は狭いのう! ロベリア嬢! 何故もっと早く言ってくれんかったんじゃ?」

「本当は早く言いたかったんですけど、レットが女神様とどっかに行っちゃったから。3年も待ちぼうけにされたんですよ!? 酷いと思いません?」

「いやだからごめんって……」

「ほう、ホウライもここに来とるのか? 久しくあやつとも会っとらんからのう」


 ああ、そうか、イゾウ氏はホウライとも面識があるんだったな。

 彼をこの世界に連れてきたのは確かフォルトナとか言ったっけ? 僕はその女神とは会ったことはないけど、一体どんな女神なんだろう。どうせ他の女神みたく一癖も二癖もあるんだろうけど。


「ホウライのヤツなら席を外しとくってどっかに行ったよ。多分アナスタシア達の前には現れたくなかったんじゃないかな。あいつも一応女神だし」

「ちょっとレット! 女神様に対して失礼よ! そんな言葉遣いしたら罰が当たるわ!」

「いいんだよ。僕は女神達にいっぱい酷い目に合わされてきてんだから。僕にとっては敬う対象じゃないんだから……」


 鈍感な僕にだってここまで転生を繰り返せば嫌でも分かる。未だ会ったことのないエリーニュースとフォルトナ以外の全ての女神に、僕は少なからず試練という名の嫌がらせをされてきた。

 きっと女神がもっとしっかりしていたならば、僕の転生はもっとうまくいっていたはずだ。結局今回の転生もこんなメラニアの体にされてしまったし。


「それで、君たちが儂と同じ転生者だということは分かったが、こうまでして儂に接触してきたのにはそれ以外になにか理由があるんじゃろ? この老いぼれにもそれくらいの予想はつく。儂に会おうと思った本当のワケを聞こうか?」


 やはりこの爺さん鋭いな。しかし、なんて伝えるか……

 あなたは数年後自死します、なんて言えるわけないしな。

 僕はない頭を振り絞って考えた。彼に日本へ帰るという選択肢を排除してもらう方法。それにはやはり日本へ帰る手段なんてないということを伝えるほかない。


「ええと、非常に言いにくいんですが……」

「ああ、構わん。言ってくれ」


 ああ! 自分の足でここまで来たっていうのに、もうすでに後悔している! 僕はなんて意気地なしなんだ。自分で決めたことなのに……

 だが今なら間に合うかもしれない。彼はこの世界で沢山の偉業を成し遂げた。そしてこの世界には大切な家族だっているんだ。日本に帰れず絶望して自ら命を絶つなんて許されていいはずがない!

 僕は決心した。彼を助ける為に包み隠さず話すことを。


「日本へ帰ることは……できないんです……」



    ◇



 イゾウ氏との接見から2時間ほど経った。

 僕が彼に告げたのは本当に正解だったのだろうか。日本に帰れないこと、その理由、それらを伝えた時の彼の表情は見るに忍びなかった。

 目から光が消え、御年90近いのにも関わらずその歳を感じさせない精悍だった顔つきが、一瞬で老け込んでしまったかのように見えたのだ。

 告白からほんの数十秒で彼の表情は元通りに戻ったようには見えたのだけれど、内心どう思っているか……僕には分からない。


『すまん、少し休む。ロベリア嬢、何処か部屋をあてがってはくれんか?』そういうイゾウ氏はメイドのサクラコに案内され屋敷の一室へと歩いていった。

 背筋をピンと伸ばし歩いていく彼を見て、きっと大丈夫だ、あの人なら立ち直ってくれる、僕は自分にそう言い聞かせていた。



    ◇



 その日の夜――


「イゾウ氏大丈夫だった? やっぱり言わない方がよかったんかな……」

「レット! なに落ち込んでるのよ! あなたは間違ったことなんかしてないわ! あたしにもイゾウおじ様が自死を選んだ記憶が残ってるのよ。そんな未来を知っていて、みすみす放っておくことなんかできるわけないでしょ。だからあなたは自分のしたことに胸はりなさい!」


 ロベリアにそう檄を飛ばされ背中を叩かれた。

 本当に彼女の存在に救われる。いや、彼女だけじゃない。今までの転生で出会って、僕によくしてくれた皆の存在があるから僕は今ここで踏ん張っていられるんだ。


 しばらくしてメイドのサクラコが食事の準備ができたと、皆を呼びに来た。

 アナスタシア達を引き連れて食堂へと赴くと、そこにはランニングシャツに短パン姿のイゾウ・キサラギ氏の姿があったのだ。


「おお! 全員来たか! 今日はせっかくじゃからの、儂が晩飯を振舞おうかと思ってのう! 皆の口に合うかどうか分からんが、遠慮せんと食べてくれ! おう、そうだ、ロベリア嬢、厨房を借りたでの、事後承諾になってすまんが」


 笑顔でそう話すイゾウ氏の前には、様々な日本料理が並べられていた。

 寿司、天ぷら、ウナギの蒲焼きなんてものまであった。そしてご飯に味噌汁。そういえば味噌汁は前の転生の時にもいただいたっけ。あの味は忘れられない。まさか異世界へ来て、もう一度味噌汁が飲めるなんて思っていなかったから。


 だが、こんなご馳走を目の前にして改めて思った。


 なんで僕はメラニアなんだよ! おかしいだろ!? こんなご馳走が並んでるのに食えねえじゃねえかよ!

 そんな、ひとり、いや一匹で落胆していた僕に、イゾウ氏は小皿に入った肉を差し出してくれた。そして彼は僕に言った。


「レット、儂もいつまでも日本のことで悩んでいても仕方ないしのう。そうか、お主が出会った前回の儂はそこまで絶望しておったか。色々と迷惑を掛けてすまんかったの。じゃがもう大丈夫じゃからな」


 そう言って僕の頭を優しく撫でてくれたイゾウ氏。その表情は本当に穏やかで、その笑顔に釣られて僕もついついさっきまでの嫌な気分を忘れてしまった。

 ああ、勇気を出して彼に告白してよかった。

 僕は間違ったことはしていなかったんだ。正直どうなるか不安だった。もしイゾウ氏が僕の告白を聞いて最悪な決断をしてしまったらどうすればいい? それだけ僕は重大な決断を自分勝手な考えでしたのだ。

 だが彼はもう大丈夫だと言った。きっと切り替えてくれたんだろう。物凄い葛藤があっただろうに、本当にイゾウ・キサラギは凄い人だ。


 僕達はその後皆でテーブルを囲み食事をとった。まあ僕だけ床に置かれた皿にむしゃぶりついていたわけなのだけれど、それでも構わない。皆が笑顔だったのだから。


 そして次の日の朝。

 皆がロベリアの屋敷から帰る時間になり、イゾウ氏を迎える馬車が到着した。

 僕はまた夏になったらイゾウ氏の別荘に遊びに行きたいと伝えようと、イゾウ氏の前に行ったのだが、イゾウ氏の表情は何処となく寂しそうだった。


 暫くの談笑の後訪れた別れの時。

 全員でイゾウ氏の馬車を見送り、馬車が発車する間際、イゾウ氏がぽつりと呟いた。

 それは多分僕に言ったのだろう。

 その時僕にはなんのことか分からなかった。だがその言葉は、グルグルと渦巻くように僕の心をかき乱していくようだった。

 彼が出発する間際発した言葉、それは――


 ――すまん、だった……

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連続転生記録保持者ゆかり君! ~村人!貴族!TS!動物!女神達に翻弄される彼に待つ未来とは!?~ ハルパ @shin130

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