第134話 記憶の再現性

「ええと、わたくしに会わせたいという方はどちらにいらっしゃるのですか?」

「う~んとね、コレなんだけど……」


 ロベリアの屋敷に招待された3人の少女、アナスタシア、クラウディア、フィガロ。

 3人はロベリアにそう言われ互いに顔を見合わせていた。


「あ、あの、ロベリアちゃん、何言ってるのかな? それメラニアだよね? いや、それがめちゃくちゃ貴重な愛玩魔獣だってのは知ってるけど……新しく飼うペットのお披露目会的な?」

「ふむ、我が眷属に相応しい面構えよ! 魔術の深淵を共に覗こうぞ! わぁはっはっは~!」


 だよなあ。いきなり会わせたい人がいるって言われて、目の前にメラニアがいたらそういうリアクションになるよなあ。

 このままでは埒が明かない。僕は意を決して彼女達に話しかけてみた。


「あ~、え~っと、驚かないで聞いてほしいんだけどさあ、レットって名前に心当たりない? 記憶の片隅にほんの少し残ってるとかでもいいんだけどさ」


 彼女達にも前回の転生時の記憶が残っていたらうれしいのだけれど……

 だがそんな思いよりもまず先に彼女達にとっては、目の前で起こった現実を即座に受け入れることはかなり難しかったようだった。


「『え~!? メラニアが喋った~!?』」



    ◇



「3人とも落ち着いた? 黙ってたのは悪かったわ。でも3人とも最高のリアクションだったわよ」

「あ、あのロベリア様? 心臓が止まるかと思いましたわ。というかなんであなたそんなに満面の笑みを浮かべていらっしゃいますの?」

「酷いよロベリアちゃん! ホントに心臓止まるかと思ったじゃん!」

「わ、わ、我の眷属にふ、相応しいな! は、はっはっはっ、はあ……」


 確かに3人ともいいリアクションだったぞ。部長なんてビックリしすぎて腰を抜かして、未だに立ち上がれない状態だ。無理に立ち上がろうとして生まれたての小鹿のようになって再度その場に倒れ込んだからな。

 いや、そんなことよりも3人に僕の記憶が残っているかを聞かなくては。


「あの、それでどう? 僕のこと覚えてない?」


 淡い期待を胸に抱き彼女達に投げかけた僕の問いに対して、返ってきた返答はあまり芳しいものではなかった。


「ごめんなさい、なんだか懐かしいような感覚もあるのだけれど……」

「あたしも~。レットって響きはなんだか心の奥があったかくなるような気もするんだけどね~。ぶっちゃけ覚えてないかも」

「右に同じ」

「そうか……そりゃそうだよな……」


 ここで僕はひとつの仮説を立てた。


 彼女達と出会ったのは僕が10歳の時だ。そして僕は今9歳。

 つまり彼女達とのファーストコンタクトは、前回の転生では9歳時点ではまだだったのだ。

 父ちゃん、つまりアトロポスやふたりの母ちゃんは僕のことをかなり鮮明に覚えていたのに対して、ホウライはそこまで僕のことを覚えていないと言っていた。

 そしてこの3人の僕に対する反応――


 ――つまり前回の転生時の僕の月齢が大きく関係している。


 もしかしたら僕が彼女達と出会った10歳を過ぎたらなにか変わるかもしれない。まあこれは都合のいい憶測なのだけれど。

 ということはイゾウ氏も僕のことを覚えていない可能性が高い。だけど彼が部長の闇魔法の存在に気づく前に彼と接触したい。そして彼の自死を止めなくては。


 僕はアナスタシアにお願いして、イゾウ氏にアポイントを取ってもらうことにした。

 孫である彼女にイゾウ氏の自死について説明するのは酷な話。その辺りは適当に誤魔化して、前回の転生時イゾウ氏に色々とよくしてもらったので、そのお礼を言いたいということにしてなんとか取り繕った。

 ちなみに3人には僕の転生のことについては正直に話した。当然3人とも俄かには信じられないといった様子だったのだが、喋るメラニアが目の前にいるのだ。そんなこともあるのかも、ととりあえずは信じてくれたみたいだ。



    ◇



 3人との邂逅から3日後――


「忙しい合間を縫って1時間だけ時間をとっていただけることになりましたわ。後30分程度で到着なさるようですので、ここでお待ちしましょう」

「ごめんね、アナスタシア。でも私もイゾウおじ様に会うのは久しぶりだからなんだか緊張しちゃうわね~」


 今のロベリアを見ていると、前回の転生時とは本当に色々と変わったんだなと実感させられる。

 前の転生の時なんかロベリアはイゾウ氏に対してできるだけ関わらないようにしていたような気がする。

 そもそも友達なんて僕に出会うまではひとりもいなかったんだ。でも今は違う。彼女の周りには今じゃこの3人がいる。確かクラウディアなんか前はロベリア様なんて呼んでたのに、今じゃロベリアちゃん呼びだ。ああ、僕の連続転生にロベリアを巻き込んだことをずっと後悔していたけど、ほんの少しは彼女にとって救いになってるのかな? 彼女が少しでもそう思ってくれてるといいんだけど。


 そうしてあっという間に30分が経過し、イゾウ・キサラギ氏がロベリアの屋敷へ到着した。


「お久しゅうございます、御爺様。皆御爺様の到着を心待ちにしておりました」

「おお! ナーシャ! 少しみん間に大きくなったのう! おお! それにロベリア嬢も! 元気にしとったか!」


 ナーシャ、アナスタシアの愛称だ。イゾウ氏は彼女のことをナーシャと呼んでいた。


「はい! イゾウおじ様もお変わりないようでなによりですわ。今日はご無理を言ってしまい申し訳ありません。どうしてもおじ様にお会いしたいという人物がおりまして」

「ほお? 誰かのう。楽しみじゃわい。はあ、せっかく可愛い孫達に会えたんじゃ、カルラ! 今日と明日の予定は全部キャンセルじゃ!」

「はっ!? お、大旦那様! そんな無茶苦茶な……」

「ええから言うとおりにせんか。別に商談なぞ息子に行かせればよかろうが」


 前回別荘にいた執事のカルラさんは、どうやらこの時点ではイゾウ氏の秘書の立場にいたようだ。彼女はイゾウ氏の忠実な部下だ。イゾウ氏が自死した時も最後までイゾウ氏のすぐ近くにいた。部長を誘拐することにも加担していたことだろう。


 まあいいや、そんなこと深く考えても仕方ない。今時点ではあの事件は起こってはいないのだから。


「それでロベリア嬢、儂に会わせたいという人物はどちらにおるんじゃ?」

「え、え~っと、おじ様の目の前、っていうか、下におりますわ」

「はっ? 下? 下というと……こ、このメラニアとか言わんじゃろうな?」

「い、いえ、そのメラニアですわ」

「イゾウさん、ご無沙汰してます。てか僕のこと覚えてますかね? レットなんですが……」

「はっ?――」


 ――はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?


 なんかめちゃくちゃビックリされてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る