第26話 不穏な空気

 一日目午前1時、試されの森すぐ近くの教員用テント

 そこでは試験一日目の総括が学年主任の進行で行われていた。


「一日目は特に何事もなく試験は進行しています。ですが、先日の国家第一禁忌物略奪及び使用の罪で指名手配されているバーナード・クロムウェルが、この進級試験に現れる可能性は非常に高いと予想されています。ですので、先生方、また、ラキヤ治安維持部の皆さん、夜通しで非常に困難な任務となりますが、何卒ご協力お願いいたします」


 先日の事件によって魔人と化したバーナード・クロムウェル、彼はユーカ・W・メイフィアに非常に深い執着心を持っているようだ。その為今回の進級試験でユーカくんになんらかの接触を試みる可能性は非常に高い。囮にするようで、彼には悪いが、バーナードはなんとしても我らラキヤ治安維持部が捕まえる。


 総括終了後、ラキヤ治安維持統括ヴィンセントは、テントの外に出て、タバコをふかしながら物思いに耽っていた。

 彼は従来、仕事に対して、事なかれ主義を貫いてきた。面倒ごとはできるだけ避け、なるべく穏便に、無理のない任務遂行をモットーとしてきた。

 だが今回は違った。長年共に働いてきた同僚をバーナードに殺害された。殺された同僚は、もうすぐ内勤に異動することが決定していた。内勤になったら頻繁に飲みに行けますね、なんて話をしていたくらいだ。さすがにいい加減で、面倒くさがりのヴィンセントでも今回ばかりは堪忍袋の緒が切れたといったところだった。


「おい、ヴィンセント、タバコ一本くれや」


「なんだよ、お前タバコ止めたんじゃなかったのかよ」


 そういってヴィンセントにタバコをたかる男、彼はユーカの学年を受け持つ学年主任バクア・リッチモンド。彼とヴィンセントは同い年で、学生時代からの腐れ縁だ。彼もまた良き部下であり、交際中でもあった仲間の教員シーファを殺害されたことで、バーナードへの怒り、恨み、そういった感情を日々募らせていた。


「なんだかなぁ、俺たちって似てるやん? 俺もお前もいいかげんでさ、このまんまなんにもなく、事なかれで、時が過ぎてきゃいいなって思ってたじゃない? それがさぁ、こんなことになるたぁなぁ」


 ヴィンセントが2本目のタバコに火をつけて言う。


「だな。俺もお前も、言っちゃなんだが責任ある立場でうまいことやってきてたつもりだったんだがな。でもまぁ、こんなことになってはな……」


 二人はその後無言だった。言葉はいらなかったようだ。言葉は無くても考えていることは同じだった。


 ――バーナードを必ず捕まえる。


 2本目のタバコをヴィンセントにたかるバクア、3本目のタバコに火をつけるヴィンセント、雪はまだシンシンと降り続いていた。



    ◇



 二日目の朝。昨日深夜まで降り続いていた雪は今日は止んだみたいだ。

 よっしゃ! 今日はルーナと一緒に魚釣りだな。あぁ、でもまずはかまくらを完成させるほうが優先かな。

 そんなことを考えていると、ザクシスが昨日の夜のことでボヤいていた。


「はぁぁ、昨日はジャコ氏の小説朗読会のせいで寝不足でござる。まぁ楽しかったんで、いいんですが」


「おもしろかったでしょ? あの小説。やっぱ皆と楽しさを共有できるって素晴らしいことだと思うんだ。まぁユーカくんがクサくて楽しさは半減だったんだけど」


 うんうん、昨日は少し夜更かししちゃったね。まぁ初日だしいいってことにしとこう。


 昨日の夜はテントの中で照明をつける魔法を掛けて、ジャコの持ってきた小説の朗読をしてもらった。なかなか起伏にとんだお話で、思わず聞き入ってしまった。これを書いた地平線の魔女って人、どんな人なのか気になるなぁ。いつかは会ってみたいものだ。


 よぉし、かまくらの中身くり抜くかぁ、と考えていたら、すぐ近くで僕らと同じようにかまくらを作っていた別のチームのひとり、カルミアが話しかけてきた。


「やぁ、ユーカ。調子はどう? うわっ、これまたでっかいかまくら作ったね。うちのやつの1.5倍はあるんじゃない?」


「まぁな。うちはカルミアのとこより人数が多いから。カルミアのとこも、もうすぐ完成ってとこじゃん。いいかんじにできそう?」


「あぁ、完成したらお互いみせっこしようよ」


「オッケー! 楽しみにしてるよ~」


 彼、カルミア・ラティフォリアは日光が当たると皮膚が炎症を起こす病気で、普段から分厚いローブを被っている。この前の模擬戦も医者にかかる為休んでいた。

 でも進級試験に来れてよかったな、カルミア。

 ちなみに僕のクラスの人数は現在27人。バーナード、エルザ、ジオが抜けたためだ。なので、今回班分けは、5人の班が3チーム、4人の班が3チームとなっている。 別に人数が多ければ有利というわけでもないので、特段問題ないだろう。


 よぉぉし! ルーナと魚釣りに行くとしますかぁ! 

 そんなことを考えていると、遠くのほうから女性だろうか、叫び声が聞こえた。


 ――キャー! 魔獣よぉ! 


 来たか、とうとう来たか、そう! 僕の木剣が役に立つときが来た!

 僕はその辺でゴソゴソしていたエクソダスのメンバーを招集して、魔獣を退治しに行くことを提案した。


「行くでござる! ま、魔獣、魔獣に殴られたらどうなってしまうのか…… いやいや、いかんいかん、今の発言は忘れてくだされっ! さっ! ユーカ氏! 行きましょう!」


「まぁ魔獣倒しても倒さなくても試験には多分なんにも関係ないんだろうけど、誰かが襲われてたら嫌だしね。あ、ユーカくんはクサいからここにいてもいいよ」


「は、はやく! はやく魔獣を、た、退治しにいきま、しょう!」


「み、み、みんなが、行くなら、ぼ、僕もい、行くよ」


 よっしゃ! さすがはエクソダスだ! 困ってる人がいたら助ける。それに理由はいらないだろぅ? まぁ、助けた女子が可愛ければ尚の事いい! そんなもんだろぉ?


 そんなこんなで悲鳴のした方へ僕らは一目散に走り出した。


 ――はぁはぁ、なんとか倒したぞ。


 悲鳴があがった場所に到着したらもうすでに魔獣は倒されていた。

 う、うん、よかった、別に僕たちが倒さなくても誰かが倒してくれたのならそれでいい。うん。本当によかった。


 ――キャー! 魔獣よー!


 え? あれ? さっきも聞いた気がするんだけど……

 さっきと同じような悲鳴が、今度は僕らが来た方向から聞こえてきた。

 くそっ! 魔獣め。連携して攻めてきているのか? 魔獣にこんな知性があるなんて知らなかったぞ。

 そんなことを考えながらもと来た道を戻っていくと――


 ――はぁはぁ、なんとか倒したぞ。


 え? あれ? デジャヴ? さっきも聞いたような気がするんだけど……


 僕らが到着する頃には魔獣が現れた場所の近くにいた生徒達がすでに魔獣を倒していた。

 う、うん、みんな、すごいね。だよね。剣術とか普段から習ってるんだもんね。


 ふと倒された魔獣を見てみると、耳になにかタグのようなものがついていた。


「あっ、これ管理されてる魔獣ですよ」


 ジャコがそのタグを見て、真っ先にこの魔獣たちが先生達が用意した魔獣なのに気づいた。


 あ~、なるほどね。この魔獣たちをチームで協力して倒すって寸法なわけね。

 あ! もしかして今倒された魔獣ってうちら用の魔獣だったんじゃね? いや、でも別に1チームで1体魔獣を倒さなくてはいけない、なんてルール聞いてないしな。 まぁ、いいや、考えすぎだな。


 その後、かなり離れたところからも悲鳴が聞こえてきたが、その周辺にいる生徒がなんとかするだろう、というみんなの意見で、悲鳴は無視することに決めたのだった。


 そして置き去りになっていたかまくらを仕上げ、ルーナと魚釣りに行こうかと話をしている時だった――


 ――ギャー!! いたっ、痛いぃぃぃ! や、や、やめ、やめてぇぇぇぇ!!


 えっ? これ、この悲鳴、ヤバくない? 誰か魔獣に襲われてるんじゃない?

 その悲鳴はかなり近くから聞こえてきた。タグ付きの魔獣は中型の魔獣だったけど、それほど強い魔獣ではなかった。学院の生徒なら2,3人もいれば難なく倒せるレベルの魔獣だ。でも今の悲鳴は、明らかに襲われていた悲鳴……


「ルーナ! 釣り行くの中止! 今悲鳴が聞こえたとこに行くぞ!」


 僕はルーナと、近くにいたマルコを連れて悲鳴の元へ走っていった。


 ――いや、いや、し、死にたくない、た、助けて……


 そこにいたのは大型の魔獣「メガアンガー」だった。体長は約3メートル、ゴリラみたいな体型で、一つ目、赤い毛が逆立っていた。

 こんな魔獣がこの森にいるなんて聞いたことないぞ! これも先生の仕込みなんか? いや、これは違う。女子生徒が足を掴まれ、宙ぶらりんの状態になっている。多分木かなにかにぶつけられたのか、腕が1.5倍くらいの太さに腫れあがっていた。


「おい! すぐに助けるからな! 待ってろよ!」


 助けると言ったものの、こんな魔獣、どうやって倒せばいいんだよ。こんなの歴戦の戦士が数人掛かりでやっと倒せるレベルの魔獣だろ……

 僕がああでもない、こうでもないと悩んでいると、ルーナがいち早くマルコのダガーナイフでメガアンガーの足元に切りかかった。


「うっ、か、硬い! こ、このナイフじゃ、は、歯が立たない……」


 依然メガアンガーは女子生徒の足を掴んだまま、グルグルと振り回している。

 やべぇ、早くなんとかしないと、あの子死んじまうぞ。てゆーか先生達なにしてんだ? これが仕込みっつーのかよ!? くそ、どーすりゃいいんだ?


 ――ユカリン、ユカリ~ン、なんで使わないのぉ? いつ使うか、今でしょ!

 

 あぁ! そうか、それがあった! ありがとう、リリムさん!

 僕は耳につけたピアスを取って、イメージする。「ROSE発動」、するとピアスは指輪となって、僕の手のひらに舞い降りてきた。そして右手の人差し指に装着する。


「オケオケ! じゃ、いっちょ、やっちゃってくださぁぁい!」


 ――イヴィルレイ!


 その技を唱えると、メガアンガーの腹部がベコっと凹んだ。ちょうど後ろにあった枯れ木までその衝撃でへし折れる。


「ルーナ! あの女子、頼む!」


「わ、わかりま、した!!」


 メガアンガーが手放した女子生徒をルーナが間一髪で滑り込みキャッチする。

 はぁ、なんとかなった……


 女子生徒はナルミという子で、とにかく右腕の腫れがものすごいことになっていた。確実に折れてる。それ以外は擦り傷はあるが、目立った外傷はないようだ。

 とりあえず彼女が所属しているチームの設営場所へ連れて行き、他のメンバーに状況を離した。


「は? おまえ一人のせいでみんなが進級できないなんておかしいだろ! 明日まで耐えろ! わかったな?」


「はぁ?? お前何言ってんだ? この子の腕見ろよ! 重症だぞ! 早く医者に見せなきゃどうなるかわかんねえんだぞ!」


 もう言わずには居られなかった。これだけの大怪我をしてる相手に対して言っていい言葉じゃない。


「ゆ、ユーカくん、あ、ありがと。私大丈夫だから。くっ! 明日までならなんとか、なるから」


「おらっ! こいつがこう言ってんだからいいんだよ! こいつを助けてくれて感謝はするが、もういいだろうがっ! さっさと自分のチームのとこへ戻れ!」


 なんだよ、それ。

 ナルミに暴言を吐く男、ユージーン・サルバドス。奴は学校をサボりがちな男だ。先日の模擬戦も病欠とか言って休んでた。別に病弱だとか、なにか理由があるわけじゃない。ただ単にサボってるだけの奴だ。だがさすがにサボり過ぎたのか、今回の進級試験で合格できなければ退学にすると言われたようだ。


 この進級試験は、実は落ちても学院を退学になるわけではない。試験に落ちても、もう1年同じカリキュラムを受けて、再度進級試験を受ければ中等部へ進級できるのだ。まぁもちろん、みんな留年するのは嫌だから、必死こいて試験に合格するため頑張っているんだが。

 だがヤツは違う。自分が今までサボってきた代償を受けるのが嫌なだけなのだ。

 ただそれだけのためにナルミをあのままで放置しようとしている。


 くそっ、どうすりゃいいんだ。正解がわからない。ナルミだって進級試験に合格したくてああいうことを言ってるはず。あいつの気持ちを無碍にもできない……


 つーか、先生達はあんな大型の魔獣が出現したのに、なんでなんにもしてくれないんだ?これが本当に試験用に用意された試練だってのか?


 とりあえず、こちらから無理やり試験を棄権させることもできず、自分たちの設営場所へ戻ることにした。

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