第18話 力の代償

 いよいよ決勝戦が始まる。たかが模擬戦なんだが、なぜだかみんな高揚しているようだ。やはりみんなで力を合わせて、なにか一つの事を成し遂げるというのは心が躍るのだろう。

 現世に居た時はクラスのみんなで、なにかひとつの事をやり遂げたことなんてなかった。いつだって僕は蚊帳の外だったから。今は本当に楽しい。だから僕は現世の僕みたいな人がいたら絶対助ける。それだけは心に誓っている。


 決勝の前にはやはり打ち合わせだ。誰が先鋒で行くかを決めなくては。


「今度は僕が先鋒で行きます。相手は強いですけど最低2人くらいは倒したいですね。」


「ん? ジャコが行くの? 僕が行こうかなと思ってたんだけど」


「ユーカくんが先にやったら汗クサくってその後のみんなのコンディションに影響するかな、と思いまして」


 やるね、君。的確に僕の精神を攻撃してくる。でもそんなんじゃ僕はビクともしないんだから! びくんびくん!!


「まぁ、冗談は置いといて、ユーカくん、君は僕らの大将だろ? でーんって構えてなよ。美味しいところは君にあげるからさ」


 え? お前そんなキャラじゃなかったやん? どした? 変なもん食った?

 そう言おうと思ったが、ジャコがなんかいいこと言った感を出してたので黙っておいた。


 そしてとうとう決勝戦が始まる!



    ◇



「これより決勝戦を開始する。両チーム先鋒は前に!」


 エクソダスからはジャコが、バーナードと愉快な仲間達からはマルコが前に進む。


 ん? なんかマルコ目がおかしくない? えらく血走ってるというか、あいつ大丈夫か? どっか悪いんじゃない?


 ――さっきの試合さ、マルコが一人で相手チーム全員倒したらしいぜ。しかも相手の子、骨折した子もいたらしいぞ。あいつそんなに強かったか?


 バーナード達の試合を見てた生徒達が彼らの試合の様子を話していた。

 え、マジ?ど うしたマルコ、お前そんなキャラじゃなかっただろ。マルコの体をよく見てみると、防具の隙間から見える素肌がやけにムキムキというか、血管がものすごく浮き出ているというか、なんか普通ではないと一目でわかった。なにがあった? マルコ。


 ――それでは決勝戦第1試合、開始!


「ごぁぁぁぁぁぁ!! 死ね! 死ね! クソ移民がっ! 死ね!」


「うぉっ! な、なんだ、こいつ、あ、うわっ、くそっ!!」


 マルコお前そんなキャラじゃなかっただろ。バーナードの後ろについてゴマすりしてたけど、バーナードがいない時は、お前、僕とも僕らとも普通に話してたじゃねぇか。これ模擬戦だぞ。死ね、とかおかしいだろ!


 そうしている内にジャコがマルコの中段をもらってしまう。脇腹にクリーンヒットしたジャコはその場で蹲る。


 だがマルコが剣撃を止めることはなかった。


「おらっ! 死ね! 死ねや!! このクソ雑魚がぁぁぁぁぁ!!」


おい! なんで先生止めねぇんだ!? やばい、これやばいぞ。


「先生! なんで止めない!? もう勝負は決まったでしょ!? 早く試合をとめてくれ!」


 ――いや、まだだ、まだジャコが参りましたと言っていないのだよ。


「は? いや、いやいやいや、さっきまであんたの判断で止めてただろうが!!」


 僕は居ても立っても居られず、マルコとジャコの間に飛び出した。

 僕のことも打とうとしてきたマルコ、その時……


「おい、マルコ、お前なにやってんだ。そいつは俺がやるんだよ。お前はもういい。下がれ」


 バーナードの言葉でマルコはやっと止まり、開始位置へ戻っていく。ヤツの後ろ姿を見ると、首の後ろから血が流れていた。そして剣を床に落とし、左手を右手で抑えているようだ。試合中にケガでもしたのか?


「おい! ジャコ! 大丈夫か!? しっかりしろ!」

 

 ジャコは倒れこみ、脇腹を抑えている。大丈夫か聞こうにも、しゃべれるような状況ではなさそうだ。ジャコはザクシスに医務室に連れて行ってもらうことにした。早く治癒系魔法を使える先生に治してもらってくれ……


「先生! もうやめましょう! ジャコはあんな怪我をさせられるし、これは模擬戦の範疇を超えています! 先生! 聞いてるんですか!?」


「いや、続ける。今日の試合は今後の成績の評価対象だ。それも重要な位置づけのな。途中でやめるわけにはいかないのだよ」


 は? イカれてんのか? この人いつもはこんなんじゃないのに……


「ユーカくん、次わたしに行かせてください。あいつら許せない。絶対に許さない。私の大切な仲間を傷つけるやつらは……」


 ――めちゃくちゃにしてやる


 ルーナはいつもと雰囲気が違い、顔に表情がない。それにいつもの吃音きつおんもない。最期になにかを言ったように聞こえたが、声が小さくて聞き取れなかった。


 1試合目のマルコはどうやら2試合目は棄権したようだ。あいつ見るからにおかしかったからな。


「ルーナ! 気を付けろよ! エルザのヤツもなんか目が血走ってるぞ」


「ユーカくん、大丈夫です。心配してくれてありがとう」



 ――決勝戦第2試合、エルザ対ルーナ、試合、始め!


 試合の幕は切って落とされた。エルザがものすごい咆哮を上げ、ルーナに突進していく。エルザの剣術は見たことがあるが、あんな猪突猛進タイプじゃなかった。引いてカウンターを狙いにいく戦術が得意だったはずなのに。やっぱりなんかおかしいぞ。


「あぁぁぁぁぁ!! 死ね! 消えてなくなれ! クソ奴隷がっ!! 死ね!」


 ものすごい罵声をルーナに浴びせながらものすごい連撃を見せるエルザ。

 大丈夫か!? ルーナ。


「はっ、はっ、なぜか長年の鍛錬をつんだ剣士の気配がしますが、“こころ”が伴ってませんね。はっ、はっ」


 エルザのものすごい猛攻をサラっと往なすルーナ。す、すげえぞ。ルーナ!


「次の試合があるので、この辺りで終わりにします。人中、“ベクター”」


 ルーナがなにかを呟いた瞬間、ルーナの手元が光り、エルザの人中(鼻と口の間)も同時に光りだす。するとエルザが突然その場に崩れるように倒れた。


 ――勝者、ルーナ!


 うぉぉぉ!! なんかよくわからんが、なんかすごい試合だった! ルーナはやっぱすげえぜ!


「やりました。ユーカくん。でもこんなもんじゃ済ませません……」


 倒れているエルザを見ると口から泡を吹いている。そして彼女の左手を見てみると、なぜか紫色に変色している。その変色は肘の下辺りまで来ているようだった。


「第3試合を開始する。両者、前へ!」


 ルーナが連続で試合に行く。相手のジオを見てみると明らかに様子がおかしい、というか左腕全体が紫色に変色している。なんだ? さっきのエルザといい、ジオといい、ただジオの指先を見ると、なにやら光る物体がちらりと見えた。あれは…… 指輪か?


 ルーナとジオが共に睨みあう。ルーナは凪いだ水面のように、静かで、落ち着いている。対象的にジオは燃え盛る炎の如く、咆哮を上げ、今にも飛び出しそうだ。だが顔にはものすごい量の球のような汗が浮かび上がっている。


 ――決勝戦第3試合、はじめっ!


「がぁぁぁぁ!! た、たす、がぁぁぁ!! も、もう、い、あぁぁぁあぁぁ!!!」


「? 彼も歴戦の剣士の気配ですが、なにかが、おかしい……」


 ん? どうした、ルーナ。なにかを感じ取ったのか、ルーナはジオと距離を取り、なにかを伺っているようだ。というかジオの奴、本当にどうしたっつーんだ? なんか鼻血がでてるぞ。


 鼻血…… なぜか僕は前回の転生の時ファイアボールを撃ち過ぎて、魔力不足になり、鼻血を出して死にかけたことを思い出していた。


「ユーカくん! 彼は、というか彼らはなにかおかしいです! なにかの薬物を摂取しているかもしれませんっ! 戦闘をさっさと終わらせます!」


 ルーナはそういうと、剣を両手で持ち、ジオの方に向け、なにかを唱えた。


 ――エグザ


 ルーナがなにかを呟くと、ジオは10メートルほど離れた壁まで思いっきり飛ばされた!


 な、なにが起こったの? 見える見えないの話じゃなくて、理解が追い付かない。


「やりました。ユーカくん、あと一人です。あと一人も私が……」


「ルーナ、待ってくれ。最後は僕が行く」


 ここまでみんなが頑張ってくれたんだ。僕も少しくらいはみんなの役に立ちたい。みんなで勝利を祝いたい。僕だけ蚊帳の外なんて悔しいじゃないか!


「で、でも…… うぅ、わ、わかりました。最後は、ゆ、ユーカくんに、おまかせし、ます!」


 なんだかいつものルーナに戻ったみたいだ。

 よおし! いっちょやったりますか! 魔法が使えれば手っ取り早いんだけどなぁ。いやいや、同じ学院の生徒同士、魔法はあかん! もし万が一があったら取返しがつかないもんな。


「では決勝戦最終試合、ルーナは出場辞退と見做し、棄権とする。最後は大将対大将だ。これで勝ったほうのチームが優勝とする。では両大将、両者前へ!」


決勝戦、大将戦、ユーカ対バーナードの試合が始まる!

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