第19話 リングオブサウザントイビル

 いよいよ最終試合が始まる。僕は緊張している。ド緊張だ。今まで現世でこんな機会は早々なかった。あってもクラスの早朝の挨拶でみんなの前に立つ程度だ。それも女装してだ。あんな恥辱の極致とは違う。ここは栄光のステージなのだ!


「おい、メイフィアの次男坊。やっとだな。やっとてめえを直接葬ってやれるぜ」


「なぁ、バーナード、そのメイフィアの次男坊ってやめてくんない? ここでそれは関係ないやん? 僕にはユーカっていう名前があるんだよ。この場所でくらい名前で呼べよ」


「本当にてめえは気に食わねえ。てめえに名前はないんだよ。てめえはただのメイフィアの次男坊なんだよ。それがなかったら只のゴミ虫なんだよ」


 あぁ、マジでこいつ嫌いだわ。こいつにもなにか上流貴族のプレッシャーがあるのか知らんが、それはバーナード個人の問題だろが。こっちを巻き込むんじゃねえ!


 ――お前を消し去って、やっと先へ進める……


 バーナードがなにか言った気がした。


 ――決勝戦最終戦、それでは…… 始め!!


 よしっ! 先手必勝、打突連撃だ!!


 ――トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン……


 はっ? 僕の必殺の10連撃だぞ!? 全部受けられた!? 嘘だろ……


「こんなもんか…… まぁそうだよな。もういいや、死んでくれ」


 ――シュッ! シュッ!


 あ、あがっ、


 喉仏と鳩尾を剣先で突かれ、呼吸ができない。剣筋が早すぎて全く見えなかった。いや、そんなことより、やばい、立ってられない……


「おら、寝かせねえぞ。立ったまま踊れ」


 ――シュッ、シュッ、カッ、カッ、ドン、ドン、ドン、ドン


 一方的に打たれ続け、倒れようにも倒れさせてもらえない。何も抵抗できない。は? こいつこんなに強かったんか? ここまでになるのに、たくさん修練を積んできたんかなぁ。あぁ、やべぇ、意識が飛ぶ。


 ――あらら~、ピンチですねぇ。


 世界が反転する。

 いつだったか、経験した。世界が白黒になって、僕以外の全てが止まる。

 いや、僕以外にただ一人動いてるヤツがいた。


「ど~も~! リリムちゃんでーす! 紫様大ピンチですねぇ。大丈夫?」


「え、誰? あれ、え?」


「あ~、そっか~。初めましてですもんね~。エストリエ先輩が休日出勤してぇ、今日は代休なんでぇ、あたしが来ました~!」


「そ、そうなんだ……」


「あっれれ~!? ツッコミが機能してないですよぉ、ユ・カ・リ・サ・マッ!」


あかん、僕としたことが、完全に真顔になってしまっている。この状況の急展開についていけてない。あかん、あかんぞ紫! ツッコミのない会話なんて、ブレーキの壊れたダンプカーだ!


「あ、あの~、それで今回はどのようなご用件でいらっしゃったんですかね?」


「え~、紫様を助けに来たんじゃないで・す・か! 紫様も若い女の子のほうがいいでしょ? エストリエ先輩は綺麗だけど~、ねぇ、クスクス……」


 こ、怖い! この人怖い! すんごく可愛いけど怖い!


「はぁ、そうっすね、いや、エストリエさんもリリムさんもどちらもお綺麗ですよ」


「やぁだ~! 紫様ってお口がお上手ですね~。もぉ、こっちではユカリハーレム王国でも構築しちゃってるんじゃないですかぁ?」


そんなんしてねぇよ!! むしろ女子には虐げられてるよ!


「そ、そんで、具体的にはどうやって助けていただけるんですかね?」


「あ~、そうでした~。紫様をお相手している彼、紫様が手にするはずだったアイテムを使用してるんですよぉ。それであんなに強くなっちゃってるってわけでっす!」


「あ、悪魔の指輪か。」


「そうそう! まぁこちらでは名前がちょっと違うんですけどねぇ。そんでその指輪を外せばお相手の力は元に戻るんですよぉ」


「なるほど…… でもどうやって外すんだよ! もう僕のライフはゼロよ!」


「大丈夫ですよぉ! その為にあたしが来たんですからっ! お相手の時間を加速させますんでぇ、そしたらもうオールオッケーで~す!」


「い、いや、言ってる意味がよくわかんないんですけど。」


「えっとぉ、あの指輪はぁ、ずっとつけてるとぉ、呪いがかかるんですよぉ。そんでぇ、お相手の皆さんはぁ、もうだいぶつけてるんですよね~。他のメンバーの方見ました~?」


 は? あ! もしかしてあの紫色になってたやつか? あれが呪いの後遺症だってのか?


「ご明察~! さっすが紫様! あっ! 紫様って言うのめんどいからぁ、ユカリンって呼んでいいかなぁ?」


「うぅぅ、学生時代が蘇るけどぉ、もうどうにでも呼んでくれ」


「オッケー! ユカリンは~、お相手が苦しみだしたらぁ、指輪を取ってぇ、自分に嵌めちゃえばぁ、ぜ~んぶ問題解決なんで~す!」


「は? 僕がつけたら僕に呪いがかかるだろ! あかんやんけ!」


「それが~、大丈夫なんだな~! 呪いはもう消えちゃってるからぁ、大丈夫なので~す! まぁ詳しい話はあとで説明するんだけどぉ、心配な~し、なのぉ!」


 そうなのか、いや、しかし、この人話し方少しうざくないですか? いや、まぁこの人の個性なんだろうし、僕がどうこういうことでもないんですけど。


「あ、そ~そ~、もう1コ言うことがあるんだけどぉ、それはまたあとで言うねぇ。じゃ、またあとでねぇ。ばいば~い!」


「あ、はい。ども」


 世界が反転する。

 世界に色が戻る。


「おら、そろそろ死ね。やっと前に進めるわ」


 全てが動き出した瞬間が、僕はバーナードに止めの一撃を喰らう瞬間だった。


 だが――


「ごっ! うごっ! あ、あ、あぁ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 突然バーナードが苦しみだした。あのおかしな女神さんが言ってたとおりやんけ!

 剣を床に落とし、倒れこみ、両手で頭を抱えながらのたうち回るバーナード、でもこんな状況でどうやって指輪を取れって言うんだよ! 取れねぇよ!

 そんなことを考えていたその時、転がり暴れるバーナードの指から指輪が転がった。なんつーナイスタイミングなんだよ。

 え、いや、でもこれつけるのすごく嫌なんだけど……


 ――は~や~く~! つけるとい~ことあるよぉ!


 あぁ、くそ! どうにでもなれっ!


 僕はその指輪を右手の人差し指にはめた。なぜその指にしたのか、わからない。

 その瞬間――


「やっほ~! いいこいいこ~! あっ! みんなにはあたしの姿見えてないからぁ、気を付けてねぇ!」


 は? おかしな女神さん?


「やぁだぁ! 何その変な呼び方ぁ! リリムちゃんだよぉ! おっめでとうごっざいまぁす! ユカリンは悪魔の指輪を装備したぁ! ぴろりろりーんっ!」


 あ、はい。あ、ありがとうございます。


「もぉ、テンション低~い! もっとあげていこぉよ! あっ! そうそう、今床で転がってるやつさぁ、ユカリンの必殺技で気絶させちゃおっか! 剣の極意レベル1が発動できるからぁ!」


 あ、はい。


「んもぉ~! まいっか! ユカリンて、ノーマル打突ふたつと、レア打突2つ持ってるんだけどぉ、あれはぁ、剣の極意レベル1でパワーア~ップさせちゃうことができちゃうんだぁ! 今まで引いた打突が合算されるからぁ、ウルトラレアの打突を打てちゃうよぉ!」


 は? マジで? てことは打突を引いてきたのは無駄じゃなかったってこと!?

 よっしゃ、今まで流した涙が報われる時が遂に来た!


「じゃあぁ、ゴミ虫に剣を構えて~、こうやって唱えて~」



 ――――イヴィル・レイ



 彼女がその言葉を口にした瞬間、僕も一緒に唱えていた。

 その刹那、彼が一瞬凹んだ。いや、精神的な話とかじゃなく、なにかの比喩とかでもなく、凹んだ。彼だけでなく、彼が寝転がっていた床までも。床は半径10メートルの範囲がバキバキになっていた。


「おい! え、こ、これやばいだろ、バーナード大丈夫か!?」


「だいじょぶだいじょぶ! 彼これくらいじゃ死ねないからぁ!」


 え? どゆこと?


 そしてピクリとも動かなくなったバーナードを見てエリスクレアが勝鬨を上げる。


 ――勝者ユーカ!


 勝鬨の後、静まり返る武道場。試合を見ていたほとんど全員が、なにが起こったか分からないでいる。当然僕もよく分かっていない。だが、バーナードが、しばらくして体をびくびくと揺らした。その瞬間……


 会場内がうわぁぁ! っと割れんばかりの歓声に包まれた。


「す、すごいです! ユーカくん! なんですか、今のは!? あんなの私でも見たことないです! ものすごく大きな剣撃なのかな、いや、衝撃波なのかな、いや、直径10メートルくらいの大きい鉄の塊みたいなので、ぶん殴るみたいな!! すごいです!! さすが私のユーカくん!! すごい!!!」


 ルーナが興奮してものすごく饒舌になっている…… 最後にサラっととんでもないこと言ってるけど。でもさすがルーナ、あれが見えてたのかよ。


「やりましたねぇ。ユカリン! その指輪にもう呪いはありませんからご安心くださぁい! ちなみにその指輪の名前はぁ、リングオブサウザントイビルでぇす! 略してROSE(ローズ)でぇす!」


 うぉっ! なんか厨二病的なネーミングキタ! で、でも呪いはありませんって、僕が付ける前までは呪いがあったんか?


 「ちなみにぃ、この指輪を付けてるときはぁ、あたしたち女神~ズが、ユカリンにいろいろとアドバイスとかできちゃうんでぇす! こんな美少女と一緒にいられるなんてぇ、ユカリンついてるぅ! でもぉ、さっきも言ったけどぉ、あたしはユカリンにしか見えないからぁ、気をつけてね~。他の人に見られたらイカれた人って思われちゃうからねぇ!」


 それはやばいな。僕みたいな常識人がそんな風に思われちゃうのは心外だしね。


「あっ、そうそう、それ常時つけてるとぉ、魔力が吸い取られるからぁ、なんにもない時はぁ、外しといたほうがぁ、いいよぉ。死んじゃうからねぇ!! うふふっ」


 なんかサラっと物騒なこと言ってやがる! てか魔力吸い取るってやべぇヤツやんけやっぱり! さっさと取ろうっと。


「あっ! ユカリン! ちょい待ち! あいつぅ、バーナードだっけ? あのゴミ虫、気を付けてねぇ あいつ呪いで多分やばぁいことになっちゃってるからぁ。じゃ、ばいばぁい!」


 は? いや、生きてたのは本当によかったけど、、なんだ、やばいことになってる、って。怖えんだけど……


 そんなこんなで波乱万丈の剣術模擬戦は終了し、医務室で治療を受けているジャコの見舞いに行く。治療魔法に長けた先生にヒールを施してもらい、ある程度回復したジャコ。


「あ、優勝、したんですね。よかった。おめでとうございます。あの、ユーカくん、一つ、言いたいことが……」


「ん? どうした? ジャコ」


「クサいんで出てってくれません?」



 ははは、ですよね~。

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