第20話 魔人誕生

  ――あぁ! 体が! 体が熱ぃ! 体の全てが痛てぇ! なんだ、この痛みは!


「やぁやぁ、お目覚めかな? 彼に負けてしまったね。残念だったな」


「あ!? フ、フランシス! て、てめえ、俺たちに一体何をした!?」


「何をとは? あぁ、あの指輪のことかね? そんなもの、分不相応な力を手に入れたのだ。代償がないとでも思っていたのかね? 」


「お前、そんなこと一言も言わなかったじゃねぇかよ! そんなリスクがあるって分かってたら最初から使わなかったぜ!」


「いいや、君は使っていただろう。あぁ、絶対使っていた。彼を葬り去る為なら藁にでも縋ったはずだからね。まぁ自分の心に聞いてみればいい話だ。ところで……」


 続けてフランシスは語りだした。


「君は彼に負けはしたが、君は新たな力を手に入れた。それはとても甘美で、魅力的で、破滅的な素晴らしい力だ。君のお仲間3人を生贄としてね」


「あぁ!? どういうことだ!? 生贄ってどういうことだよ!?」


「うん? 言葉どおりだが? あの指輪は3つの贋作を生贄に付与し、それを触媒にして真品に封じられていた力の封印を解くという代物だ。結果、君は君が望んだとおりの力を手にしたのだよ」


「おい、あいつらは…… マルコたちはどうなったんだ!? ぶ、無事なんだろうなぁ!?」


「はっはっはっ!、君は何を言っているのだね? 彼らは君の使い捨ての道具だろう? あんなゴミ共がどうなろうと関係ないではないかね? だがまぁ、死んではおらんよ。多少腕が腐って、精神が少し壊れたくらいだよ。君には関係ないだろうがね」


 ――はぁ? こ、こいつ何言ってやがる!? あいつらが、あいつらがそんなことに…… 俺がメイフィアの次男坊を叩きのめしたいがばっかりに……


「どうしたんだね? 君が気に病むことはなにもないではないか。力を得るのには犠牲が付きものなのだよ。君は上流貴族だ。それ以下のゴミ屑共はどうでもよかったのではなかったのかな?」


「俺は! お、俺はそんなことは思っていなかった! あ、あいつらは! 俺の仲間、だ、だったんだよ!!」


「おやおや、よくもまあそんな思ってもいなかったことを。嘘はよくないな。バーナード君。まぁいい。君はそろそろここを逃げ出したほうがいいと思うが」


「あぁ!? なにを言ってる? 逃げ出すってどういうことだよ!?」


「いやね、君のお仲間のマルコ君、だったかな、彼だけがね、まだ精神が完璧に壊れていなくてね、君から力を増幅するアイテムを受け取ったと他の先生方に話したのだよ。君はこの後学院に糾弾されることになるだろう。禁忌の品を使い、他の生徒を再起不能状態にしてしまったのだ。もう退学は免れない。君の、えぇと、なんだったかな? クロムウェル家だったか、その家自体が罪を背負うことになるだろう。それほどまでに重大な罪なのだよ」



 ――こ、こいつなにを言ってやがるんだ。どうして俺がそんな、そんな目に、しかもこれは俺の問題だ! クロムウェル家は関係ないだろうが!


「君はクロムウェル家は関係ないと考えているだろうが、そんなことはないのだよ。君はクロムウェル家のバーナード君だ。そのクロムウェル家の品位を失墜させる行為を行ったのだよ。これでクロムウェル家は爵位をはく奪されるだろう。君はただのバーナードに、いや、ただの犯罪者になるのだよ」


「はぁ!? ふざけんなよ! そんなことになるわけねぇだろうが!! 学院にお前に唆されてやったって言えば、解決する話だろうが! 元々の諸悪の根源はおめえじゃねえかよっ!!」


「君も人聞きの悪いことを言う。ふっふっ、まぁそうはならんから楽しみにしておきたまえ。もうすぐ他の先生方がここへやってきて、君を糾弾するだろう。まぁ結果は分かり切っているのだが。せいぜい君の希望どおりの結果になることを祈っているよ。では私はこの辺りで失礼させていただくとするよ」


「お、おい! 待ちやがれっ!」


 ――くそっ、逃げられちまった。体がまだ思うように動かねえ。いや、だが他の先生に理由を離せば分かってもらえるはず……



    ◇



 ――ここに居ました! 皆さん早くっ! 逃げられる前に拘束を!


 しばらくして、複数の先生たちがラキヤの兵士を伴ってやってきた。扉を無造作に開け、バーナードを取り囲む。


「バーナード・クロムウェル! 国家第一級禁忌物「ROSE」略奪、及び使用の嫌疑で貴様を逮捕、拘束する!! 抵抗する場合、殺傷行為も辞さない!」


「き、聞いてくれ! 俺は騙されたんだ!! フランシス教授だ! やったのは全部フランシス教授なんだ!」


 他の先生達から返ってきた答えは信じられないものだった――


「何を言っているの! バーナード君! そんな教授はこの学院にはいません! いい加減観念なさい! あなたに従った生徒達がどうなったか知っているの? エルザさんは左肘から下を欠損、治癒魔法でも治せない強力な呪いがかかっているわ! ジオ君に至っては、左肩から下を欠損したわ! しかも二人共ほとんど話もできない状態よ! マルコ君だけが辛うじて話せる状態だけど、彼も左手を欠損して重傷よ!」


 ――は、嘘だろ…… フランシスがこの学院にいない? いや、そんなはずは、い、いや! それより3人がそんな状態になっているなんて…… くそっ!これは夢かなにかか?


「さぁ、兵士の皆さん! 彼の拘束をお願いします!」


「おい! 両手を上に上げて、膝を地面につけろっ! 10秒以内にやれっ! やらなければここで処分する!」


 ――くそっ、くそっ、くそっ!! どうしてこうなった? 俺はただあのクソムカつくメイフィアの次男坊を叩き潰したかっただけなのに! くそっ!


 そうか、わかった――



 ――悪いのは全部…… あのいけ好かないメイフィアの次男坊だ!!


「あぁ、ちょっと待ってくれ。今膝をつく」


 バーナードはそう言って膝をつくや否や、ラキヤの兵士の下腹部に自分の手刀を突き刺した。手刀を引き抜くと、瞬時に鮮やかな赤で場が染まる。一瞬怯んだ他の兵士から彼は即座に剣を奪う。


「あぁ、もうどうでもいい。フランシスも、他の3人も、なんならクロムウェル家もどうなろうと知ったっこっちゃない! 俺の邪魔するならお前ら全員そこでくたばってるヤツみたいにしてやるぞ!」


「何ということを! いいですか、皆さん! 彼をもう生徒と思ってはいけません! やはりROSEの呪い“魔人化”によって人では無くなっています! ここで討ちます! 」


 ――氷魔法、アイシクルロック!


 先生の一人が放った魔法で、バーナードの足元が一瞬で凍り付く。バーナードの動きを封じ込める為の策だったが、今のバーナードには何も意味を為さない。


「あ? んだぁ! これはぁ。こんなもんでこの俺が止まるとでも思ってんのかぁ!?」


 バーナードの足元の氷は一瞬で粉々になり、ものすごいスピードで教師に飛び掛かると、そのまま首すじに食らいつく。バーナードが顔を上げた瞬間、血のミストが彼の存在を一瞬、消し去った。


 バリン! ――――


「く、くそ! 逃げたぞ! 追え! 追うんだ! 絶対に逃がすな! 早く確保しないと大変なことになるぞ!」



    ◇



「くふふふっ、うまく逃げ出せたようですね。よろしい。首尾は上々」


 すぐ近くの高台から騒動の一部始終を観察していたフランシス、と名乗っていた男。胸元から通信機器のようなものを取り出し、向こう側にいる主に事の顛末を報告する。


「あぁ、いい仕事だったよ。フランシス君、いや、この名前は今回で終わりかな。まぁいい。しかし、彼は本当にいい役者だ。これからもこの極上の舞台の上で精いっぱい踊り狂ってほしいものだね。やはり物語には魅力的な敵がいないとね」


「ごもっともで御座います。我が主。主役を光り輝かせるのは、主役に因縁のある敵、それも滑稽なストーリーなら猶更いい! 無様に足掻く道化師を見事に演じ切ってほしいものです!」


「では今後の進展を楽しみにしているとしよう。ご苦労だった。しばらくはどこか温泉にでも行ってくると言い。ゆっくり疲れを癒し給え」


 はっ――


 そうして通信は終了した。



    ◇



「新たな魔人が誕生したとは本当かね?」


「えぇ、第一級禁忌物使用とのことですので、ほぼ間違いないかと。大変なことになりましたね。これで国内に現存する魔人は3体となりました」


「くそ、他の2体だけでも手を焼いていたというのに、さらにもう1体増えるとは。ええぃ、とりあえずだ、トルナダの貴族庁にすぐ連絡して、クロムウェル家の爵位の剥奪の検討、バーナードを国家第一級大罪人に指定する旨を伝えてくれ。彼の被害者の話では100年分の鍛錬をその身に宿すと言っていた。どこまでが本当かはわからんが、かなり厄介な相手だろう。単独での捕獲は控え、複数で当たるように。あとギルドにも討伐メンバーを選抜しておくよう要請を頼む」


「はっ!」


 ラキヤ治安維持統括者ヴィンセントは部下にそう命令し、部下が部屋からでていくのを見守る。そして彼は灰皿に貯まったシケモクの一本に火をつける。


「はぁ、なんで俺の任期中にこんな大事件が起きるのかねぇ。あと半年で役から降りれるっつーのによぉ。もう俺疲れちゃったよぉ」


部下の前では凛々しくしていた男は、一人になった途端、弱音を吐く。平穏無事を信条に生きてきた男に対して、世界はそう甘くなかった。

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