第17話 行け!行け!エクソダス!!

 あれよあれよという間に剣術の模擬戦の日がやってきた。

 家では姉上のスパルタ、学院ではルーナが何故か張り切りだして、3人の剣術を見てくれる。お約束からいくとルーナは姉上以上のスパルタで、僕は毎日半殺しの目に遭うところだろうが、さすが人間のできたルーナさん、教え方がとても丁寧! そして優しい! 姉上とは違う! できる子なのだ。


「み、み、みなさん、きょ、今日は、が、がんばりま、しょう! め、目指すは、ゆ、優勝、です!!」


 ルーナが皆に檄を飛ばす。なんだろう、姉上になんか言われたのかな?まぁいい。やる気になってるのはいいことだ。僕もがんばらねば!


「今日の模擬戦は団体戦のトーナメント方式です。4対4ね。そして勝ち抜き戦よ。全部で7チームに分かれて対戦するってことで、いいかしら?」


 このクラスを受け持っているエリスクレア先生がみんなに団体戦の説明をしている。

 このクラスは30人で、今日は2名欠席だ。そんなわけで計7チームが爆誕した。

 まずくじ引きだ。7チームなので、7チームの内2チームが1戦少なくなる。頼む。ルーナ! 対戦が少ないとこを引いておくれっ!!


「ゆ、ユーカくん! や、やりました! たくさんた、対戦できるところをひきま、した!!」


「あ、あぁ、うん、やったね、さすがルーナ。み、みんな、やるぞ……」


 他のふたりからも覇気のない「おー」を頂いた。ルーナだけ左こぶしを力強く握りしめ、天高く突き上げていた。よし、ルーナ頼んだ。

 ちらりと対戦表を見てみる。強敵そうなのは2戦目のマルス・ボレス・ヘレナ・ナタリアのチームだな。この中でもボレスとナタリアの剣術の腕前は中々のものだ。だが決して勝てない相手じゃない!

 1戦少ないほうのチームを見てみると、バーナードのチームが入っていた。あいつ僕をやたら目の敵にしてるから、あんまやりたくないなぁ。まぁでもたかが模擬戦、そんな卑怯な手を使ってきたりはしないだろう。たまにはいがみ合う者同士、共に正々堂々気持ちのいい汗をかこうじゃないか!!



    ◇



 僕達の第1戦目が訪れた。僕達エクソダスの先鋒はザクシスだ。ザクシスはややぽっちゃり体型だが、動けるタイプのそれだ。


「それでは第3班対第5班の団体戦を開始します。先鋒、前へ!」


「う、う、うぉぉ! 行きますぞ! 拙者の恰好いいところを皆さんにお見せ致しましょう!」


 おぉ! ザクシスがなぜかやる気になっている! これは勝てるぞ! 頑張れ! ザクシス! 負けるな! ザクシス!


 ――始め!


 開始の合図で相手が突っ込んでくる。先手必勝タイプが? 大丈夫か? ザクシス!


「ウォォォォ! 来なさい!!」


 うぉ! なんかめっちゃ気合入ってる! これは勝つる!


「うわぁ! あいたっ!! おほっ! あぅんっ! はっ! うそんっ!! ヴォエッ!」


 お、おい、どうした、ザクシス、どこか調子でも悪いのか? さっきまでの威勢の良さはどこに行っちまったんだよ? 

 ザクシスは相手に一方的にやられまくっている。どうしたというのだ。もしや相手に弱みを握られて…… くそっ、先生に言って試合を止めてもらわなければ!


 だがザクシスをよく見てみると、僕はあることに気づいてしまった。

 あ、あいつ笑ってやがる! どういうことだ? いや、笑っているというより光悦の表情を浮かべてやがるぞ。なんだ? 余裕を見せてるのか? いや、違う!!


 あの野郎、打たれて喜んでやがる!!


 クソったれ! これじゃ、今までの稽古は何なんだったんだよ! 姉上とルーナにあんなに稽古をつけてもらったのに! いや、だが待て。そもそもあいつは二人に稽古をつけてもらっている時に一度でも攻撃したか?

いや! あいつはずっと打たれ続けていた! 一度も攻撃せずに、ただひたすら打たれ続けていたんだ!

 あの野郎の変態度合いを見くびっていた。ここまでの筋金入りだとは……

 恐れ入ったよ、ザクシス君……


「ほわちゃー!!」


 ――勝負あり! ザクシスの勝利!


 へ? 感慨に浸ってたら最後どうなったか見てなかった。なにが起きたの?


「す、すごかった、ですね! ザクシス君、た、耐えに耐えて最後、相手のきゅ、急所ががら空きになったのを、み、見逃しませんでしたっ!」


 え、マジで? ご、ごめんザクシス、お前は最後まで打たれ続けて、終いには絶頂して退場になるのだとばかり思っていた。見くびってたよ、僕は!


「せ、せ、拙者、まだ行っていいでござるか? ハァハァ」


 このハァハァは疲れてるんじゃねぇな、こいつ。興奮してるハァハァだわ。


「よしっ! いいだろう! 相手に目に物を見せてやれ! 筋金入りのドMってヤツをな!」


「わかったでござる!」


 おっ、今度の相手は女子か。やばいなこの試合は。嵐の予感がするぜ。

 相手の子はアラミスか。僕もドMだから分かるが、多分この子はドSだ。僕のドSレーダーが反応してる。この試合は見ものだ。ドMとドSがぶつかり合ったら、どんな化学反応が起こるんだ!? 全く予測がつかねえぜ!


 ――第2試合ザクシス対アラミス…… 始めっ!


「おらっ! クセえんだよこの豚野郎! おらっ! おんなじ空気を吸ってんじゃねぇ! ハッ! うらっ! さっさと仰向けになって服従のポーズをっ!しやがれっ!」


「ぶひぃ! ぶひぃ! ぶひぃ! ぶひぃ! ぶひぃ! ぶひぃ!」


 あいつぶひぃしか言ってやがらねぇぞ。イカれてやがる……

 ちょっとやそっとのドSじゃあいつには勝てないぞ。どうするアラミス!?


「くそっ、マジでこいつキモい! おらっ! さっさ、と! 倒れ、ろっ!! はぁぁ!!」


「ぶひぃぃぃぃぃぃ!!!」


くそ、こいつと同族だとは思われたくねえぜ。同じドMでも、僕はまだ品のあるドMだ。あいつにはそんなものは欠片もない。ただ貪欲に打たれ続けるだけの肉人形だ。あいつのことを尊敬はするが、あんなふうにはなりたくねぇ。あんなふうになったら人間お仕舞だ……


 ――勝負あり! 勝者、ザクシス君!


「み、見ましたか? ユーカくん! 今、あ、相手の剣撃を、躱すと同時にた、体当たりをして、相手をダウンさ、させましたよ! す、すごい! 相手は、た、立ち上がれないみたい、です!」


 え? マジで? また見逃した。1戦目に引き続き、今回も見逃した。ごめん、ザクシス君、今度こそ打たれ続けて絶頂して反則負けにでもなるかと思ってた。本当ごめん。



    ◇



 そんなこんなで結局ザクシスが4戦全てを戦いきってしまった。僕は4戦とも彼がどうやって勝ったのかを見逃してしまった。本当にごめんよ、ザクシス君。


 おっ、僕らの対戦相手になる相手チームも決まったみたいだ。どれ、ほぉ、やはり順当にボレスとナタリアのいる第4班だ。

よしっ、次はそろそろ僕ちゃんが~……


「つ、次は、わ、わたしが、いき、ます!!」


 へ? お、おぉ!!ルーナがついにその神秘のベールを脱ぐ時が来た!!



    ◇



「ではこれから模擬戦の準決勝を開始する。試合に出る者は、両者、前へ!」


 こちらからはうちのエース、ルーナ、相手は、おお! いきなり強敵のナタリアが来た! これは見ものだぜ。ルーナが負けるとは思えないが、ナタリアの剣術もかなりのものだ。僕とやったらもしかしたら僕が負けちゃうかもしれない。


「ゆ、ユーカくん! い、行ってき、ます!!」


「頑張れ! ルーナ! 勝ったらチューしてやるぞ!」


 ははっ、なんちゃって。キ、キモッ! とか言われちゃうパターンかな、これ。まぁそれもいいんだが。


「はっ! はわっ、はわわっ! は、はい! 絶対、勝ちます!!」


 あ、あれ? 予想と違うリアクションが来たな。もっと罵ってくれていいのに……

 もしやルーナ、僕に遠慮してるな、そんなのいいのにね。


 ――ルーナ対ナタリア戦…… 始めっ!


 スパンッ!


 ――勝負あり! 勝者ルーナ!


 へ? な、なに? なにがあったの? わかんなかったんですけど……

 いい音だけ聞こえたんだけど。嘘でしょ。


「え、えへへ、や、やりました!」


 ルーナがモジモジしながら小さくVサインをしている。いや、すごいのは知ってたけど、ここまでとは、すげぇぜ! ルーナ! できるだけルーナは怒らせないようにしなきゃな。


 そんなかんじであっという間にルーナが相手チームを全員倒してしまった。

 ちなみに僕にはルーナの決め手となった攻撃が全く見えなかった。綺麗なスパン! という音だけが部屋中に響いていた。


「ゆ、ゆ、ゆ、ユーカくん、あ、あ、あの、さっきの、け、件なんです、けど」


 はっ! 完全に忘れてた! え、待って、これ僕がチューした瞬間、ルーナの剣が喉元に突き刺さるパターンじゃないの!? やべぇ! 僕死んじゃう! こんなとこでジエンドは嫌じゃ!


「じゃ、じゃああの、これで、か、勘弁してください、ほんとすいません」


 僕は指先を口にちょんっ、と付けて、その指をルーナのほっぺに当てた。お願いそします! 半殺し程度に抑えて!


「は、は、ははわ、はわわわわ、ほっほわわわー!!」


 ルーナは顔が真っ赤になって、急いで部屋から出て行った。はぁ、なんとか僕は許されたらしい。よかった。


 さすがエクソダス! あっという間に決勝だ。相手はどうせバーナードと愉快な仲間達だろう。バーナード達の試合は隣の部屋で行われいるので、どういう試合だったのかは分からない。だが! 僕は結果がどうであれ、全力を尽くすことをここに宣言します!


 ――おい、メイフィアの次男坊…… やっぱお前らか。ちょっとは楽しませてくれよ。


 う、うわっ、バーナード! いつからそこに居たんだよ。なんか怖いんですけど。

 で、でもバーナード君なんかいつもと雰囲気違うことない? どした? う〇こでも我慢してんのか?


「さぁ、30分の休憩のあと、決勝戦を開始します。各自準備を怠らないように、では一旦解散!」


 エリスクレア先生が決勝戦前の休息を生徒達に告げた。

 

 よっしゃ! やったるでぇ! 僕は何時にも増して気合十分だった。


 だが、僕は、相手の先鋒マルコの異変にその時は気が付けなかった。

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