第16話 今宵はパジャマパーティ

 ああん、長い一日が終わった。午前は算術やら歴史の授業、午後は剣術と魔法理論のお勉強。もう! もう疲れた! 帰って寝たい! でも帰ったら姉上のスパルタ教育が待っている!

 僕嫌なの! 元引きニートなの! せっかく転生したから今度は頑張ろうと思ってやってきたけど、人間そんなに簡単に変われるもんではないの! 要は休みたいの!


 よし、明日は休みだ。友人達を我が家へ招待しよう。そうすれば姉上のスパルタも回避できるはず。

 そうと決まれば善は急げだ。


 僕はエクソダスのイカれたメンバーを招集して、今宵我が家でパジャマパーティを開催することを、ここに宣言した。


「はっ、はっ、はっ、ド、ドS姉上と一つ屋根の下に! キタコレ! 何もしてないのに、氏ね、消滅して、と罵られる展開キボンヌです!」


「え~、いいけど君クサいからな~。寝る時は50メートルくらい離れてくれればいいよ、別に」


「は、は、はわ、はわわ、こんな私が、ユーカくんと同じ、ベ、ベッドで! そ、そんな、私達には、ま、まだ早すぎます! で、でもゆ、ユーカくんが、の、望むなら……」


 みんなオッケーだった。ということで第一回パジャマパーティを開催する運びとなった。


 僕は家に帰って父上と母上に、友達が泊まりにくることを伝えに行った。


「おぉ! 全然かまわん! お前が友達を連れてくるなんて初めてではないか! よしっ! みんなで風呂に入ろう! ルーナ君はミネルヴァとトーカとリーリエと入るといい。さぁ! 男同士裸の付き合いといくか!」


「いいわね! 私もルーナちゃんだったかしら、若いエキスを存分に堪能するわ! ユーカちゃんも一緒に入りたかったらこっちに来てもいいのよ?」


 父エドワルド・メイフィアと母ミネルヴァ・メイフィアだ。

 うちの父上と母上はこんなかんじだ。二人とも友達の来訪を喜んで歓迎してくれた。


「ほぉ! お前が友達を連れてくるとは! かまわんかまわん! ん? パジャマパーティ? なんだその楽しそうな催しは? よし! 俺もあとで参加させてもらう!」


 兄上も大歓迎みたいだ。


「友達? 泊まりに来る? ふーん、いいんじゃない? ふーん……」


 姉上も…… いいんじゃない? って言っていた……


「何!? 我が常世の居城に来訪者!? 由々しき問題! 由々しき問題! ならん、ならんぞ! 我が眷属よ! 其れは決して許される所業では無い!」


 あれ? 妹だけはダメみたいだ。まぁいい。こいつの意見なんてどうでもいい。無視だ。


 後は使用人のアルビオンさんに頼んで、みんなの食事と寝床の手配をお願いする。

アルビオンさんはうちに来てまだ1年だが、めちゃくちゃ仕事ができる超有能人物だ。尚且つ、長髪長身のイケメンさん。あぁ、うらやますぃ。


 あとパジャマパーティといえばお菓子だ。家中からお菓子をかき集めて、僕の部屋へ持ってきた。

 あとは僕がネタ帳に長年したためてきた自作の詩の朗読と、今まで磨いてきた宴会芸を披露する。今日の朝やった、遅刻しそうな食パンを咥えた女子高生もそのひとつだ。細かすぎて伝わらないかもしれないが、精いっぱいやろう。

 あぁ! パジャマパーティ! なんと甘美な響きだろう。前世ではできなかったパジャマパーティ! 家に友達を呼んだことなんて一度もなかった。とうとう僕の夢の一つが叶うときが来た。



    ◇



  ――コンコン、コンコン


 もお~、こんな時間に誰よ~、僕の中の、「夜中に玄関をノックされたOL」が目を覚ます。

 内股でパジャマの恰好で扉へ走っていく。


「は、はわわ、ゆ、ユーカくん! も、もうそんな、か、恰好で! わ、私、まだ、心のじゅ、準備が!」


 やあ、いらっしゃい、入って入って。

 ルーナが最初にやってきた。それに続いて残りのイカれたメンバー達も続々やってきた。


「します! しますぞ! ドSの匂いがっ!! さぁ! 拙者はいつでも万端ですぞお!!」


「くさっ、お屋敷はいい匂いなのに、なんかくさっ、あぁ、いたんだ、ユーカくん、じゃあお邪魔します」


 さぁ、愉快な仲間達が揃った! 皆本当に愉快な奴らだ。多分こいつらを苛めていた奴らはこいつらの類稀なる才能に嫉妬していたんだろうなあ。だってこいつら面白いもん。



    ◇



 我が家にみんなが到着したのは午後6時、すぐに夕食の時間だ。

 メイフィア家一同と愉快な仲間達みんなでテーブルを囲む。

 もっと時間があったら僕の創作料理でもみんなに振舞ったんだが、今回は時間がなかった。前に家族に振舞った時は、頼むからもうやめてと言われたが、多分旨すぎて食べ過ぎちゃう、要は太っちゃうからもうやめてという意味だったのだろう。かなり好評だったみたいなので、次回パジャマパーティ階催時には是非振舞いたい。


「こ、このお肉、す、すごくおいしい、です! あ、こ、これも、このスープも、す、すごくおいしい!!」


「全て旨いですぞ! あぁ、ここでお前に食わすものなんて残飯しかないのよ! と言って、顔に残飯を投げつけられる展開もありなのですが、全て旨いですぞ!!」


「あ、本当においしい。こんなおいしい食事、アリスミゼラルに住んでた時以来だ。しいて言えば、ユーカくんがクサいのが玉に瑕だけど」


 みんな喜んでくれてるみたいだ。よかった。本当美味しいよね。前回までの食事も別に嫌ではなかったけど、こんなお肉とか食べたことなかったし。やっぱ都会、っていうか上流貴族は違うんだろうな。みんながこれくらいの食事を食べれたらいいのにな。

 ルーナは料理が得意ということで、次の機会があればみんなに振る舞いたいとのこと。


 よっしゃ! 食事のあとはみんなでお風呂! 裸の付き合いをするぜ!!!


「ユーカ、あとご学友の皆さんもちょっといいかしら?」


 ――えっ?


「食事の後はユーカの剣術の訓練の時間なの。でもせっかくご学友の皆さんが来ているんですもの……」


 だよね~、みんな来てるんだもん! 今日はなし! お休みだよ! あ! 姉上もお風呂入ったらパジャマパーティに参加していいよ!


 ――――みんなで訓練しましょう。


 は? は? うそやろ……


 なぜかエクソダスのメンバーは全員姉上のスパルタ稽古を受けることとなった。

 この中でザクシスだけが異常なほど喜んでいた。


「き、き、き、キタコレー! 妄想していた事象が現実になり申した!! あぁ! 神よ! 感謝いたします! もうこのままユーカ氏の姉上にしばき殺されても文句は言いませんぞ!」


「えっ、マジっすか、いや、別に稽古つけてくれるっていうなら全然構わないんですけど。しいて言えばユーカくんが汗クサくて吐きそうだなぁって」


「え、え、け、稽古です、か。わ、わたし、あ、あんまり自信が……」


 みんなやる気になってるみたいだ! やっぱ稽古ってやる気がある人がやるべきだと思うんだよね、うん! そんな中に僕みたいなやる気のない人間がいたら迷惑だもん! 僕は先にお風呂行ってくるよ!


「ユーカ、なにやってるの? 早く剣を取りなさい」


  あぁ、まあね。だよね。わかってたよ。うん、やる、やるよ。

 結局姉上のスパルタ稽古をみんなで受けることになった。みんな、ごめんよ……



    ◇



「はっ! はっ! さぁ! 来なさい! 待っててもどうにもならないわよっ! それっ!!」


「あぁ!! うぐっ! いいっ!! あんっ! もいっちょ! まだまだっ!! キタコレ!! グッド!! あはぁぁん!!」


[はっ! はぁっ! いいわね、なかなか、見所あるわよっ! はっ! それっ!!]


「うぉっ! さすがにっ! 剣筋がっ、鋭いっ!! うわっ!! やべっ! あいたっ!!」


「どうしたの? 剣を取りなさい。これは訓練だから手加減はします。来週模擬戦があるんでしょ? それも団体戦だっていうじゃない? せっかくいい機会だからここで稽古していきなさい」


「で、でも……」


 最初の二人はいいかんじに姉上の稽古を受けていたのだが、ルーナは姉上が怖いのか、稽古をつけてもらうもらうのを頑なに拒んでいる。


「姉上、ルーナは女の子です。今日はパジャマパーティをしに来たんですよ。稽古なら僕が受けますので、ルーナの稽古はなしにしてやってください」


「何言ってるの? ユーカ、お姉ちゃんも女の子よ。でもこうやって剣を持っているでしょう。男も女も関係ありません。あなたはいいのですか? 彼女が来週の団体戦で対戦相手にボロボロにされても」


 いや、それは嫌だけど。別に棄権すればいい話だし……


「ゆ、ユーカくん! わ、わたし、やり、ます! だ、大丈夫、です!」


 ルーナはそういうと、姉上との稽古は始めた。二人の稽古を見ていたら、中々どうして様になっている。ルーナが剣を握ってるとこあんまり見たことなかったけど、意外とやるじゃん!

 しばらく見ていると、姉上が稽古を止めた、唐突に。


「あなた手を抜いてるでしょ? 適当にやってるのがバレバレよ」


 は? んなわけないだろ。姉上とあんなに綺麗に剣を打ち合ってたんだぞ。手を抜いてたのは姉上のほうだろ。


「で、で、でも……」


「いいから、大丈夫だから。本気で来なさい」


「え、で、でも、ユーカくんに、き、嫌われちゃうし……」


 なぜか姉上にめちゃくちゃ睨まれる。な、なんでだよ! 僕関係ないだろ!!

首を横にブルブル振る。


「ユーカもあぁ言ってるわ。大丈夫よ。本気を出して。さぁ! 来なさい! 来ないならこっちから行くわよっ!」


「わ、わ、分かりました! ユーカくんが、い、いいって言うの、ならっ!」


 そういうとルーナは姉上にものすごい剣撃を繰り出した。あれだけ強い姉上がルーナの剣撃に防戦一方だ。え? どーなってんの?


「ふっ、ふっ、ふっ、はっ、はっ、えい、はっ、えい」


「じ、実力を、か、隠してるとは、お、思ってたけど、ここ、までとは、ねっ!!」


 姉上の渾身の一撃をいとも容易く受け流す。

 そして姉上の首すじに剣先を突き付ける……


「あ、あ、有難うございました」


「いえ、こちらこそ。私の稽古になってしまったわね。またうちに来て一緒に稽古してほしいわ」


 え、どゆこと? もしかしてこれパジャマパーティの余興? いつの間に姉上とルーナそんな打ち合わせしてたんだよ。やるじゃん。


「ユーカ、彼女すごいわよ。あなたも学校では彼女に稽古をつけてもらいなさい」


 え? 今の、マジなヤツだったの? し、知らんかった。ルーナがこんなに強かったなんて。でもなんで隠してたんだろ? 教えてくれればよかったのに……


「ゆ、ゆ、ユーカくん、こ、こんな女の子嫌だよね? こ、怖いもんね。き、嫌いにな、なっちゃう、よね……」


「なるわけないじゃあん!! ルーナめちゃくちゃかっこいいよ! もっと早く教えてくれればよかったのに。なんでルーナこんなに強いの?」


「! ご、ごめん、ゆ、ユーカくん、わ、理由は、い、言いたく、ない……」


「ユーカ! あなたにはデリカシーってものがないの!? ルーナさん、いいのよ、無理に言わなくても。愚弟が本当に申し訳ありません。あとでよく言って聞かせておきます」


「あっ!、い、いえ、トーカさん、お、お気になさらず…… ご、ごめんね、ユーカくん」


 なんか分からんが、怒られた。いや、なんかすいません……


「さぁ! キリもついたしお風呂に入ろう! みんな汗かいたろ! ゆっくり風呂に浸かって、疲れを癒そうではないか!」


「ユーカ、なにを言っているの? 今からはあなたの為の時間よ。おねえちゃんがみっちりしごいてあげるわ」


 あ~、ですよね~。忘れてないですよね~。

 はぁ……


 そしてその後僕は姉上のスパルタ訓練で体中痣だらけになり、碌に風呂も入れない状態となった……



    ◇



 みんなが続々お風呂から帰ってくる。くそっ! パジャマパーティの醍醐味のひとつ、みんなでお風呂でワイワイする、に参加できなかったじゃねえかよ! くそ、姉上のせいだ。


「いやあ、最高のお風呂でした! ユーカ氏の父上にお風呂で思いっきり背中に手形をつけていただきましたぞ。いやぁ、ものすごい衝撃でしたあ!」


 なにやってんだ、おまえ……


「うん、最高だったね。ユーカくんがいなかったから全然クサくなかったし、稽古の疲れもしっかり取れたよ」


 あ、あぁ、それはよかった。うん、本当に……


「あ、あ、ありがとう、ござい、ました。す、すごくき、気持ちよかった、です! ゆ、ユーカくんのお母様と、トーカさん、と、リーリエちゃんと、た、たくさん、お話でき、ました!」


 そうかそうか、それはよかった、ん? リーリエ!? あいつルーナに迷惑掛けなかっただろうな。お兄ちゃん心配……


「ねぇ、ルーナ、リーリエって変じゃなかった? 額に左手当てて、変なポーズとかしてなかった?」


「? い、いえ、ぜ、全然そんなこと、し、してなかった、ですよ」


え、マジで? あいつもちゃんとTPOを弁えてたんか。お兄ちゃんビックリ。


「あ、で、でもゆ、ユーカくんが、時々、変なこと、させてくるって言って、ました。変なポーズ、させたり、変な、言葉言わせたり、って」


 おぉぉぉい!! 何言ってんだあの小娘! それじゃなにか? あの厨二病は僕がやらせてたって言いたいわけ!? しかもなんか聞く人によっては変な誤解を与えるような言い方やめてくれないかな! マイシスター!!


「る、ルーナ、あの、あのね、あいつの言うこと真に受けないでね。本当に。僕なんにも変なこととか、してないから……」


「? は、はい…… ?」


 だ、大丈夫かなぁ。リーリエには後でコメカミぐりぐりの刑だな。


 そんなこんなで楽しい時間は過ぎて行った。僕の渾身の宴会芸はなぜか全然笑いを取れなかったが、まぁいい。多分高等すぎて伝わらなかったんだろう。次はもう少し分かりやすいヤツをチョイスするとしよう。僕にはまだまだ引き出しがある。明日からまた特訓だ!



    ◇



 夜中、皆が寝静まった頃、僕は尿意を催し、トイレへと向かった。そこで彼女に出会った。厨二病の彼女に。


「おい! お前ルーナに俺のことなんか言った? なんかすごいこと言ってたんだ・け・ど!」


「へ? い、否。我は何も。我が眷属よ! こんな漆黒の闇迫る、時の狭間に現界していては暗黒に呑まれるぞ! 消失したいのか!? 許さんぞ!我が眷属よ!勝手に消失なぞ許さん!」


「あぁ、分かった分かった、もう寝るけど、あ、そうだ、リーリエ、ちょっとこっち来い」


「ん? なに?」


 僕はリーリエのコメカミに思いっきりぐりぐりの刑を処した。


「ひいぃぃぃぃ!! 痛い痛い、兄上痛いぃぃぃ!! や、やめ、ひいぃぃぃぃ!!!」


「はぁ、すっきりした。じゃ、お休み、リーリエ」


「は、はわわわ……」


 よし、すっきりした。これでゆっくり眠れる。多分これをしなかったから夜中に起きちゃったんだろう。なんか尿意もいつの間にか無くなったし。


 僕が部屋に戻るその後ろには、頭を抱えて蹲る、半泣き状態の妹の姿があったのだった。

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