第115話 アルとハイドランジア

「よしっ! 俺が全部うまくやってやる! お前は大船に乗ったつもりでデンッ! と構えてな。あっ、俺の名前はファティマだ。よろしくな」

「あ、え、はい、よろしく……」


 ファティマと名乗ったその毛球、もとい火の球は大層自信ありげに僕にそう言った。


「よし、これで儂が通訳せんでもアル達と会話できるよになったでの。じゃあ儂はメラニアの世話をしてくるでの。仲良くするんじゃぞ」


 ルーペはそう言って森の中へ消えていった。残された僕とアルとファティマ。


「あ~、君、なんかすごいもの植え付けられちゃったね。多分ソイツ…… かなりヤバい代物だと思うから。ご愁傷様」

「ちょっと! もうちょっとオブラートに包んだ言い方できないの!? いやまあ、こうなっちゃったもんはしょうがないから受け入れるけどさぁ」


 す、すごい! 僕がイメージした言葉がタイムラグなくファティマが音声として発してくれている。確かにこいつは便利だ。でも余りにも見た目が禍々しい。


「あ~、そんで君なにしに来たの?」


 あ、確かに、僕なにしに来たんだ? まぁただ単にユピテルと一緒にいると言う閉塞感というか、緊張感というか、息が詰まるというか、そういったものに耐えられなくて来ただけだから、特段用事といったものがあるわけでもなく……


「あ~、特に用事もないってわけね。いいよ。僕も特にやることなんてないからさ。せっかくだしお話でもする? ちょっと待ってね、ハイドラも呼んであげるよ」

「うん! ありがと! めっちゃうれしい!」


 なんて話の分かるヤツなんだ! 最初は不愛想でなんかヤなヤツ! なんて思っちゃってすいません! 考えを改めます!

 しばらくするとハイドラがやってきた。

 彼女は沢山のメラニアに運ばれてやってきた。何を言っているか分からないかもしれないが、とにかく沢山のメラニアの上に寝そべるようにしてハイドラが運ばれてきたのだ。


「お待たせしたの~。ハイドラ到着で~す」

「なんなの? 君メラニア使いかなんか!?」

「ううん、全員にトカゲ1匹ずつあげるので手を打ったの~。この子達は自由だからね。誰かに束縛されることなんてないんだ~。君もそうでしょ? 違うの?」


 即答できない。僕は今メラニアだけど元は人間だ。多分僕は色々なことに雁字搦めで全方位から束縛されている。自分の意思で生きているようで、決められたレールの上を只走っているような、そんな気がしてならない。


「う、うん、そうだよ……」


 最低限のプライドで、自信なさげな返事をしてしまう。なんだろう、自分が情けない。


「そんでなんですか? なにか楽しい催しでもあるんですか? 私期待に胸を膨らませてここまで運ばれてきたのですが」

「あ~? そんなものないと思うけど? この子が暇だからお話しようって言うからさ。君も暇だろ? 付き合えよ」

「えぇ~、私暇じゃないんですけど。地面にいる蟻の数を数えたり、自分の髪の毛の数を数えたり、木の葉っぱの数を数えたり、色々と忙しいんですの~」


 おい! どうでもいいだろそんなこと! と喉まで言葉が出かかったが、寸でのところで飲み込んだ。彼女にとっては大切なことかもしれないからな。


「あ~、そんなことどうでもいいだろ? 適当なことばっか言ってるとお師匠に怒られるぞ」

「あはは、怒られるのは嫌ですの~」


 あ、やっぱ冗談だったみたいね。

 そんなかんじで3人の会話はスタートした。テラさんはどうやら近くにはいないみたいで、今回のトークには不参加みたい。できたら彼からもいつか色々と話を聞いてみたい。



    ◇



「あ~、君も今まで色々と大変だったみたいだね。転生があるって話は聞いたことがある、っていうか、まぁ知ってる人もいるけど、君みたいに何度も転生をしてるなんて初めて聞いたよ」

「へぇ~、メラニアちゃん今まで大変だったんだね~。よしよし、頭撫でてあげるの~」


 僕はふたりにこれまで僕が歩んできた転生の軌跡を話した。余り連続転生の話はしないほうがいいかもと思ったけど、何故だか彼らにはこの話をしても問題ない、直観だけどそう思った。本当に、なんの根拠もないのだけれど。


「あ~、君がそんな、人にはちょっとやそっとじゃ言えないような話をしてくれちゃったからなぁ…… しょうがないな、じゃあ僕も、僕の身の上話をちょっとだけしてあげるよ」


 アルの身の上話。物凄く気になる。ていうかここにいるアル、ハイドラ、テラ、この3人はなんで魔女の弟子をしているんだ? どうやってここに来たんだ? こんなの気にならずにはいられない。


「あ~、え~っと、君、トルナダ王国って知ってる?」

「え、うん、知ってるよ。てかさっきも言ったじゃん、僕前々回の転生じゃあラキヤに住んでたって」

「あ~、そうだったっけ? まぁいいや、僕はさぁ…… あ~、なんか自分で言うのもなんなんだけど……」


 なんだ? トルナダのなんだっていうんだ?


 ――トルナダ王国の第3皇子なんだよね


 え!? マ、マジかよ!? い、いや、確かにどことなく高貴なオーラが漂ってるなぁとは思ってはいたけれど! でもなんでそんな人がこんなところにいるんだ?


「あ~、なんでそんなヤツがこんなとこにいるんだ?って思ってる? あ~、それはさぁ、まぁ逃げてきたんだよね、殺されそうになってさぁ」

「え…… そ、そんな……」

「あ~、まぁよくある話さ。兄上が王位を継承するのに僕が邪魔になった。だから排除しようとした。僕は殺されるのは嫌だったから、色々と伝手を頼ってここに逃げてきた。あ~、それだけさ」


 この子にそんなつらい過去があったなんて。ごめん、生意気そうなクソガキだなんて思ってしまって。


「あ~、ちなみに今のトルナダ王朝の1世代前の話なんだけどね」

「は? どゆこと? 1世代前? え、え、全く意味が分からないんですけど」

「あ~、だよね~、わかんないよね~、えっとさ、今の王様は僕の甥にあたるのかな。それで今院政を引いてる、要は陰で王国を操ってるヤツが僕の兄ってわけさ」


 なるほど、っていや、まだよく分からない。なんでまだどう見ても10歳程度のアルが1世代前の王の弟になるんだよ!? 


「あ~、わかんない? 要はさ、この森、東の森はさ」


 ――時間が止まるんだよ


 は? 時間が止まる? どゆこと? 


「あ~、僕を見てクソガキだな~って思ったでしょ? こう見えて実際は僕もう80歳くらいだからね。この森にいる限り年を取らないんだよ。森の外に出れば時間は進み出すけどね」

「え、そ、そんなことがあるのかよ? にわかには信じられないんだけど」

「あ~、まぁ君が信じる信じないはどっちでもいいけどさぁ、こんな嫌味な感じの10歳見たことある?」


 うん、確かにない。こんな達観してて、女神ホウライとも対等に話し、そもそもこんななんにもない森に魔女と住んでいる。この時点で普通じゃない。

 そもそも彼がこの場でそんな嘘を言う必要性もないし、多分彼が言っていることは本当なんだろう。


「あ~、じゃあ次、ハイドラも教えてあげなよ? 君がなんでここにいるのか」


 矢継ぎ早にハイドラか。アルのことで頭の整理が追い付かないけど、ハイドラがなんでここにいるのかも物凄く気になる。一体彼女はどうやってここに来て、ここで暮らしているんだ?


「え~、私なんて話してもなんにも楽しいことなんてないの。私は只のルーペのストックとしてここにいるだけだし」


 は? ストック?


「え、ストックってどゆこと? ちょっと意味がわかんないんだけど」

「ん~っとねぇ、魔女はこの世界で4人いるのは知ってるの?」

「う、うん、知ってる。それがどうかしたの?」

「え~っと、魔女はね、この世界に4人いなくちゃいけないの。そう決まってるの。3人でもいけないし、5人でもいけないの。んでね、もしルーペになにかあったらさ、魔女が減っちゃうじゃん。だからね、私がいるの」


 は? なんだよそれ、そんなこと聞いたことないぞ。魔女は4人じゃないといけない? なんなんだ、それ。くそっ、モヤモヤする。理由があるなら教えてほしい。


「ねぇ、魔女が4人って理由があるの? ってかハイドラがストックって……」


 彼女はその為だけにここにいるってことか!? 


「魔女が4人なのは昔から決まってることなの。なんでかはわからないの。私のことはどうでもいいの」

「何だよ! どうでもいいって!」

「なんで君が怒っているの? 私よく分からないの」


 確かに、僕はなんでこんなに苛立っているんだ? 彼女の境遇なんて僕には関係ない、なのに何故か僕の中にやり場のない怒りがある。これはなんだ? わからない。こんな時にロベリアがいてくれたのなら何か助言をくれていたのだろうか? ロベリアに会いたい。


「あ~、まぁいいじゃん、そんな話は。ところでさ、君ってそんなに何回も転生を繰り返してるんなら、年齢的には僕とそんなに変わらないんじゃないの?」

「えっ、まぁ確かにそう言われて見れば…… そうかも」

「ははっ! 見た目は若いのに年寄り同士だ! なんか君とは他人とは思えないな。よかったら仲良くしてよ」


 アルの言葉でフッと気が抜けた。僕の中で張り詰めてたなにかがパァっと萎んでいく。多分今、彼の何気ない一言に僕は救われた。


「うん、仲良くしてよ! 僕無駄に色々な国に行ったことがあるからさ、よかったらまた話を聞いてよ」


 ふたりは頷いて僕の頭を撫でてくれた。アルの温かい手、ハイドラの手は冷たかったけれど、僕は4年間の人質生活を、彼らがいてくれたらなんとか送っていける、そんな気がしたのだった。

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