第114話 悪魔の尻尾

 翌朝、いや、正確に言うと、今が朝なのか夜なのか、はたまた昼間なのか僕には分からない。扉の外に出てみても景色は全く変わらない。明るくもなく、暗くもない。常に同じ。ここはまるで時間が止まっているかのよう。

 結局僕はどれだけ寝ていたのだろう。寝起きはスッキリしていたから、十分睡眠は摂れたのだろう。隣でユピテル(幼女)は腹を出してまだ寝ていた。彼女の体は未だにモザイクがかかっているかのように、全身をしっかりと目視することはできないが、何故か腹だけが確認できた。腹を出して寝ていることだけは確認できたのだ。


「おはよう、レット。よく寝れたか? あいつは多分、当分起きない。ルーペのところにでも行ってくるといい」


 ちょうど涎を前脚につけて顔を洗っていると、ユピテル(若い男)がそんな粋なアドバイスをしてくれた。ありがてえ! さすがにいい加減息がつまりそうだった。お許しが頂けるのなら今すぐにでも、ルーペのところへ逃げ出したい。

 せっかくの有難い提案だ。早速ルーペのところへ行くことに決めた。


(あっ! そうだ、この神様達全員おんなじユピテルってめちゃくちゃ呼びにくいな。なんかいい呼び方ねえかな)


「ねぇ、ユピテル、3人共ユピテルじゃ呼びにくいからさ、なんかいいニックネームとかない? なんて呼ばれたい?」

「ん? 別に名前なんてなんでもいいのだが。そうだな、では私は二番でいい。今帳の中にいるのはユピテルと呼んでくれ。もうひとりは一番だな。それで頼む」


 何つう適当な名付け方だよ。まぁ本人がそれでいいならいいんか。

 多分彼らには名前なんて只の記号なのだろう。二番でも二号でもどっちも一緒、なんならう〇ことかでも…… さすがにこれは嫌がるか。いや、多分なんとも思わなさそうだ。


「わかった! 外出許可サンキュー! じゃあ二番、ちょっくらルーペのとこ行ってくるよ」


 二番の粋な計らいに、軽やかにステップを踏みながら扉に向かって踵を返す。

 扉には二番が付けてくれたのか、ドアストッパーがついていて、扉が半開きで固定されていた。これならドアの前でィヤンィヤン鳴かなくても、部屋の中へ入れそうだ。


 (あっ、! いけないいけない、ホウライにもらったボールを持ってくの忘れてた)


 どう見ても、どう咥えても只のゴムボールにしか思えない、魔獣が入っているという僕の切り札。ユピテルが寝ている帳の中へ置き忘れていた。

 帳の前に立つと恐怖と緊張で背筋がピンと伸びる。まるで凶悪な魔獣の巣へ今から突入するかのようだ。まぁある意味魔獣なんかよりよっぽど危険な相手が眠っているんだけど。


 (お願い! 起きないで!)


 そろりそろり、彼女を起こさないようにゆっくりと、慎重に、とかげを捕まえる時のように、気配を殺して近づく。

 帳の中へ入ると相も変わらず鼾をかきながら大の字になって寝ている神様。ボールは何故か器用にも彼女の腹の上に乗っかっていた。


(どーいう状況だよ! おかしいだろ!)


 なんとか彼女を起こさずにボールを咥え込み回収成功! 後はここから脱出するのみ。音を立てずに回れ右をして帳をくぐろうとした、その時……


 ――おいっ!


(え!? まさか気づかれた!?)


 ――し~


(って、寝言かよ! 紛らわしいんだよ!)


 どうやら彼女はなにかを食べている夢でも見ているようだ。でも本当に神様も夢なんて見るんだろうか? まぁそんなこと人間の物差しじゃ計れないよな。深く考えるのはやめておこう。

 慎重に、だけど俊敏に帳を潜り抜け、二番へ一言しばしの別れの挨拶をして、扉の隙間をすり抜ける。外は相も変わらず朝なのか昼なのか夜なのか分からず、石畳の真っ直ぐ続く小道以外は靄がかかっている。


(そういえばルーペ達のところにはすぐ来れるからなって言ってたな)


 どういう意味だ? 前にあそこからこの扉まで来た時には30日はかかったっていうのに。行くのに30日、戻るのに30日、合計60日もここを留守にしたらさすがにユピテルの逆鱗に触れそうだ。

 まぁ考えても仕方ない。ルーペの言葉を信じてとりあえず元来た道へ進みだす。



    ◇



 しばし歩くこと15分。


(あり!? あれって城壁だよな? マジで? なんで?)


 前回30日で走破した道のりを、何故か今回15分という超短時間で到達してしまった。

 城壁へたどり着いたはいいものの、それ以外に見えるものと言えば石畳の小道だけ。一体ここの作りはどうなってるんだ? 前回ここへ入ってきた時はアルがテーブルと椅子を用意してくれたけど、今はそれすらも見えない。きっとこの靄を無くすにはルーペ達の許可がいるんだろう。つまり僕はまだ友人としては認められていないってことか。


「あ~、よく戻ってこれたじゃん。てっきりもう死んじゃってるかと思ったよ」


 突然声を掛けられ、ハッと横を向くとそこに立っていたのは金髪の少年。

 最初ここを訪れた際僕らを出迎えてくれた魔女の弟子アルだった。


(てかさらっとひでえこと言ってんなこの子。そういえばこの子には僕の言葉通じるのか?)


 とりあえず試しに彼に話しかけてみたのだが……


 ――ィヤンィヤン! ィヤンィヤン!


「あ~? なに言ってるかわかんないよ。普通の人間の言葉で話してくんない?」


 はぁ、やっぱり無理なようだ。どうしたものか、言葉が通じないんじゃ話にならない。ボディランゲージもこの体では無理だ。ルーペがいてくれればいいのだが。


「なんじゃ! もう来れたのか! よかったのう! なんじゃ? 会話ができんで困っとるんか? しゃーないのう、おぉ! そうじゃ! いいもんがあるぞ。そいつをおまえさんにくれてやろう!」


(え!? またまたいつのまに!?)


 またしても唐突に声を掛けられた。今度はここで一番会いたかった人、魔女ルーペその人。


「よかった~! ルーペに会いたかったんだよ。てかなに? いいものって?」

「おぉ、お前さんがアルやハイドラ達とも意思の疎通が取れるようにの、丁度いいもんがあったんじゃよ。ちょっと待っとれよ」


 彼女はそう言ってどこかへ歩いていった。ふと気づくと、周りの靄が晴れており、そこに見えるのはどこまでも広がる森、森、森、そしてそこかしこにはたくさんのメラニア達の姿。


(す、すげえ! てかやっぱ森だったんだな。うわ~! メラニアがめっちゃくちゃいるじゃん!)


 魔女の力で隠されていた森。どうやら東の森は確かに物凄いスケールの大森林だった。

 待つこと数分間、ルーペがなにかを引きずって戻ってきた。


(なんだ? あれ。紐? 縄? でもなんか動いてるような……)


「待たせたの。ほいっ、儂にお尻を向けなさい」


 言われるがままにルーペへ尻を向ける。何する気だ? そう思った瞬間。


「えいっ! それっ!」

「あいたぁぁぁ!!」


 尻に激痛が走る。いや、言い過ぎた。激痛ってほどじゃない痛みだった。


「な、なにすんじゃ! 痛い! ケツが痛いんですけど!」

「オッケーじゃ。これで儂以外とも会話できるようになったぞ」


 え? マジで?

 恐る恐るお尻の方を見てみると、そこには僕の可愛らしい尻尾が……


 ない! 尻尾がない! クルンとした僕の尻尾がない! 代わりにあったのは長い紐のような尻尾。例えるならライオンとかの尻尾みたいなヤツ。

 その尻尾の先についている大きな毛玉。

 だがそれは毛玉ではなかった。紫色の何か。例えるなら……


 ――紫色の炎


「どうじゃ! かっこいいじゃろう。その尻尾の先っぽがお前さんの替わりに話してくれるぞい。物凄く貴重なもんじゃから有難く使うんじゃぞ」

「は、はぁ……」


 その紫色の炎にはどう見ても邪悪そうな、口角が極端に上がり、牙がむき出しになっていて、まるで悪魔かなにかにしか見えない口がついていた。

その口がゆっくりと開いたかと思うと……


「よろしくなぁ! 相棒!」


 しゃ、喋った……


 僕はなにかとんでもないものを植え付けられたのだった。


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