第113話 神様の理不尽
ホウライの姿が見えなくなった。心細くてつい彼女の後姿をずっと目で追っていたのだが、とうとう僕ひとりになってしまったことを実感する。
一体これからどうなるんだ? 想像もつかない。
扉の前にはまだルーペやアルが待っていてくれている。彼らともこれから少しでも仲良くなって、この神様との同居生活のひと時の癒しにでもなってくれればいいのだが。
「レットや、ワシらの住んどるところまではすぐに来れるからの。寂しくなったら訊ねてこい。わかったの? お前以外のメラニアもおるでの。まぁユピテルもあれはあれで愉快な奴じゃ。適当にあしらっとけばなんてことないからの」
――まぁ…… 頑張っての……
な、なに、そのテンション低い感じの頑張っては。怖い! 僕怖いよ! 大丈夫かなぁ……
「あ~、あんま凹むなよ。僕もたまには遊んであげるからさ。あ~、大変だとは思うけどさぁ」
――あ~、頑張りなよ
な、なんなの? アル君、君も!? 君もなの!? もうちょっとなんかパァっとなるような情報とかないの!?
「えぇと、レット君だったかな? 大丈夫。人生は長い。辛いこともあるが楽しいこともたくさんある。気をしっかり持って、己に打ち勝つんだ。大丈夫だ」
――大丈夫、だから頑張りたまえ
なんだよ! なにが大丈夫なんだよ! 具体的に言えよ! 含蓄があるようですっからかんの言葉どうもありがとねテラさん!
「かわいそうなメラニアちゃん、あんな神か悪魔かも分からないようなヤツのとこで4年間も暮らすだなんて! 私だったら絶対に耐えられない! でも私に言えることはこれだけ」
――ふぁいと~
ハイドランジアさん…… 身も蓋もないことスラスラと言ってくれるね。うん頑張るよ。
そんなこんなで彼らはあっさりと帰っていった。ひとり残された僕は扉を開けようと……
――開けられねぇ!
まずい! この体じゃ扉を開けられない! 困った、これは困った!
とりあえず扉の前でィヤンィヤン鳴き続けて、なんとかユピテル(若い男)に開けてもらうことに成功した。
なんなんだこの徒労感は……
◇
「大丈夫か? 目の周りが腫れているが」
ユピテル(若い男)に心配された。どうやら僕は鳴きながら泣き続けていたようだ。そのせいで目の周りがとんでもないことになっているみたいだ。でもここに鏡なんてない。確認しようがない。まぁ確認したところでどうしようもないのだが。
「じゃあ寝るか」
「え!? これからのことについてなんも説明なしなんですか!?」
「ん? あぁ、とくにないな。適当に寛いでいてくれ」
なんなんだよ、てことはこれから4年間ここで堕落した生活を送れと?
だが僕はふと考えた。
――それもいいかも
今まで僕は頑張り過ぎてきたような気がする。元々僕はニートだ。多分ここらで休息が必要なんだろう。きっとこれは神様からの粋な計らい。せっかくのご厚意だ。お言葉に甘えてダラダラさせてもらうとしよう。
周りを見渡せばユピテル(幼女)は帳の中で寝息を立ててすでに眠りについているようだ。時折なにやら寝言のようなものが聞こえてくる。
――ぐえ~、ぐえ~、やられた~
なんだよ、その寝言は。一体どんな夢見てるんだ? てか神様も夢みるのか? いや、考えても仕方ない。一体今が何時なのかも分からないけど、今日はもう寝よう。疲れた、とにかく疲れた。一体明日からどうなってしまうのか、何も考えたくない。
そうして僕は眠りについた。
◇
眠りについてどれくらい経ったろう。多分まだ数分。やっと意識がストンと落ちて、浅い眠りに入る、多分それくらいの短い時間。
「おい! 起きろ! いつまで寝とるんじゃ! 遊ぶぞ!」
え? 嘘でしょ?
「あ、あの、ユピテル? さっきまで寝てたよね? なのに遊ぶって…… どゆこと?」
「なに言っとるんじゃ! ワシが起きたから遊ぶんじゃ! 何のためにお前を人質としてここに置いとると思っとるんじゃ! お前はワシのオモチャ! オ・モ・チャ! 分かったか!」
え、え~…… すぐ横に立っているユピテル(若い男)をチラリと見ても、彼は僕と目を合わせてくれない。だよね、こういう人って知ってるんだよね。あなたはここで僕を助けてくれる気はないんだよね。
彼と一言も交わしていないのに、僕は彼の考えを悟ってしまった。きっと今までは彼がこの役をやっていたのだろう。彼からしてみれば僕は体のいい身代わりだ。
だけどここで文句を言うことはできない。もしここでなにか言おうものなら一体どうなってしまうのか、想像もつかない。
僕は眠い目を擦りながらユピテル(幼女)とボール遊びを朝まで続けるのだった。
◇
数日後……
「あの、ユピテル様、ちょっと、いい加減寝ません? もう3日間ぶっ通しでボール遊びしてますよ? ボールも壊れちゃうと思うんですけど」
そう、僕はもうかれこれ3日間ぶっ続けでユピテル(幼女)とボール遊びをしている。
ボール遊び……
僕が人間だったらキャッチボールしたりするんだろうけど、生憎今の僕は人間じゃない、メラニアだ。つまり……
「イけぇぇぇぇ! レットォォォォ! とってこぉぉぉぉぉ!!」
「ィヤンィヤン…… ……ロシテ……」
そう、僕は彼女が投げたボールを取りに行き、ソイツを咥え、彼女の元へ持っていく。そしてまた彼女はボールを投げる。僕は獲りに行く。ひたすらその繰り返し……
あかん、死んでまう。どうにかしないと。
僕が拷問を受けている最中、ずっと腕を組んで僕らを凝視しているユピテル(若い男)。彼も結局この3日間寝ずに僕らに付き合っている。彼は寝なくても大丈夫なんだろうか? というかそもそも神様に睡眠は必要なのだろうか? はたまた彼らはなんで3人でユピテルなんだろうか? 全く分からない。頭が朦朧とする。とりとめのない考えが浮かんでは消え、浮かんでは消え…… もう限界だ。
「ねぇ、ユピテル、ちょっとさ、提案なんだけどさ、もう寝ない? さすがに3日間ぶっ続けで遊ぶのはないわ。もう僕限界だからさ。お願い、この通り」
僕はもう一度大きな声で懇願した。そして彼女の前で深々と頭を下げた。メラニアの僕が頭を下げたところで、彼女にこの懇願しているという状況が伝わるのかどうか、一抹の不安はあった。でもやるしかない。この方法しか思いつかない。
僕は頭を下げたまま彼女の言葉を待った。というか彼女の顔を見るのが怖かった。もしかしたら鬼の形相をしているのではないか? すでに僕を、僕でない何かに書き換えようと臨戦態勢を取っているのではないか、だが僕のそんな考えは杞憂に終わった。
「なんじゃ! 疲れたのか! 疲れたならもっと早く言わんか! このバカもんがぁ! じゃ寝るぞ。おい! レット! 今日はお前と一緒に寝てやる! こっちに来い!」
肩透かしを食らった気分だ。彼女はなんの抵抗もなく僕の提案を受け入れてくれた。彼女は理不尽だが、多分やっていることに特に意味はないのだ。僕が抱いた彼女に対する率直な感想。
僕は彼女に無理やり抱きかかえられ、帳の中に連れていかれた。僕はその時ボールを咥えたまま……
その時どこからか声が聞こえた。多分、多分だけど、僕の口の辺りから。
聞こえたその声、多分女性の声だった。いや、幼い少年の声? 分からない、ただ多分だけどおっさんの声ではなかった。その声……
――お疲れ、ユカリ、また明日な……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます