第116話 三竦み
アルとハイドラのふたりに別れを告げ、ユピテル達の待つ扉へと向かう。
ここにいると時間の感覚が曖昧になる。僕は一体この場所にどれくらいいたんだろう。ほんの一瞬のような気もするし、物凄く長時間ここへ滞在していたような気もする。
石畳の小道をひょこひょこと歩く帰り道、途中で見知った顔に出会った。
「やぁ、あのふたりとは有意義な会話ができたかね?」
「あ、はい」
そこにいたのは魔女ルーペの弟子の3人の内のひとり、テラだった。
「君は反転の森から来たんだったね? アトロポスは元気にしているかね?」
え? この人父ちゃんを知っているのか? 父ちゃんとどういう関係なんだろう。色々と考えが浮かんだけれど、とりあえずは社交辞令くらいに止めいておいたほうがいい。直観でそう思った。
「えぇと、はい、元気です。森でラヴァとペルルと仲良くやってるんじゃないですかね」
「そうか、ならよかった。帰り際に声を掛けてしまってすまなかったね。気を付けてお帰り」
テラはそう言って、僕に手を振ってくれた。見た感じ悪い人ではなさそうだ。もしかして父ちゃんと因縁でもあるのかも、って思っちゃったけど、考え過ぎだったかな。
手を振る彼を背中に、僕はユピテルの待つ扉へと向かった。
◇
歩くこと5分……
早っ!もう着いた! 嘘やろ!? 行きよりもさらに早いやんけ! いや、まぁいい。むしろ喜ばしいことだ。これならいつでも彼らに会いに行ける。
少しだけ隙間が開いた扉をすり抜けて中へ入る。扉の中は静かなまま、どうやらユピテルはまだ寝ているらしい。
「やぁ、おかえり。早かったじゃないか。もっとゆっくりしてきてもよかったのにな」
「あぁ、う~んと、なんかさ、時間がどれだけ経ったのかわかんなくなっちゃって…… あんまり長居してたらユピテルが怒るかもって思ってさ」
「なるほどね。ここではね、時間が遅いと思ったら遅く、早いと思ったら早く進むんだよ。だから君はきっとあちらへ行って楽しかったんだろう。楽しいと時間が過ぎるのは早いだろ? そういうことだよ」
なるほどねぇ。言われて見ればそうかも。ふたりの話には色々とびっくりさせられた。退屈な話なんてなかったしな。そういうことか……
「しかしまた奇妙なものを植え付けられてきたね。やったのはルーペかい?」
あ、もしかしてこの尻尾のことか? もしかしてまずかった? これがきっかけでユピテルの逆鱗に触れるのも嫌だなぁ。
「もしかしてまずい? ユピテル怒らせちゃうかな?」
「いや、あいつはそんなことじゃ怒らない、と思うよ。只まぁあいつは理不尽だからな。なにがきっかけで爆発するかは正直なところ私にも分からないな」
怖えよ! ていうかおんなじユピテルなんじゃないの? なんでそういう大事なところを把握してないの?
しかしその後二番が語ったユピテルの話を聞いて合点がいった。神様が3つに分かれている
◇
「私達は元はひとつだった。元々は今帳の中で寝ているユピテル、あいつだけだったんだ。あの理不尽を形にしたようなヤツがね。それで過去に色々とやらかした。例えばアイツが気に食わないだけで、ある種族を絶滅させたり、世界の法則を書き換えたりだ。そんなことがあって3体の神々の間で、ある協定ができた。己の体をみっつに分けて、自身を自身で監視、牽制させようと。まぁ他の2体の神達も同じような問題を抱えていてね。だからちょうど利害が一致した。それからだ。私達が3体に別れたのは」
正直言ってる意味が分からない。元は同じだったのに自分では制御できなくて、それをなんとかする為にみっつに分かれた? いや、やっぱり意味が分からない、ていうか、だったら神は何のために存在してるんだ? むやみやたらに世界をかき乱す為?
多分考えてもしょうがないな。こんなこと僕の頭では到底正解になんて辿り着けない。
「話の続きだが帳で寝ている彼女、ユピテルは言うまでもなく理不尽の神だ。そして一番は規律、私は柔軟。それぞれが三竦みができている。元はひとつの神だが、常に3体で葛藤しているというわけだ。まぁわからないよな。そんなもんだと頭の隅にでも置いておいてくれ」
彼はそう言って、しばらくしてからさらに言葉を続けた。
「つまりだ、今回の騒動は当初はユピテルの理不尽から始まったんだが、私と一番がそれを許した。要はユピテルに直談判してきた相手の言い分は、ある程度の整合性を持っていたということだ。ホウライが女神としてふさわしくないというね」
あ、なんとなく分かった。いつもはユピテルの傍若無人ぶりをふたりが止めてるんだけど、今回ホウライを告発してきた相手の言い分は、ある程度的を得ていた、理に適っていたということか。
「わかったよ、二番、なんとなくあなたの言いたいことは分かった。そんだけホウライがこれから挽回するのは難しいってことね」
「あぁ、理解が早くて助かる」
なんとなく彼らの事が理解できた気がする。ほんの少しだけだけど、彼らとの距離が縮まったような気がしたのだった。
◇
それから数か月……
「ね、ねぇ! ユピテル! そろそろ休憩しない? さすがに1週間ぶっ続けはしんどいんですけど……」
「あ!? あぁ、なんじゃお前体力ないのう。まぁいいわい、じゃあちょっと休憩するかのう」
はぁ、やっと終わった…… 長かった、本当に長かった。今回のキャッチボールは今までで最長記録だ。1週間ぶっ続けでやらされた。しかも何故かしりとりしながらだ。
彼女がボールを投げる際、なにか言葉を発する。僕はボールを取りに行き、彼女に渡す、その時にしりとりの答えを言う。もし彼女が答えられなければ僕の勝ちで、その時点でキャッチボールは終了。そういうルールで始めたのに……
「はぁはぁ、ユピテルが言った言葉は『ルール』だったからぁ、『ルシフェル』だ!」
「るか! よしっ! う~んと、う~んと、あぁぁぁぁぁ!!!」
よしっ、勝ったか!? やっと終われるのか!?
――ルルルルルルルル~! じゃ! ほれっ!
あぁぁぁぁぁ!!
ユピテルの強肩は僕のゴムボールを森の遥か彼方へ飛ばした。僕はそれを必死に追いかけ、戻ってくる頃には枝や岩で体を擦ったり打ち付けたりして、全身が傷だらけになっていた。
「ユピテル! そんな言葉ないだろうが! 反則だ! は・ん・そ・く!」
「ふんっ! 知らんもんね! あるしっ! そんな言葉あるしっ!」
はぁぁぁぁぁぁ……
本当にこの神様は理不尽だ。適当に作った言葉を言っては、それは元からあると言いはる。途中でマジでムカついてそんな言葉はないと突っかかろうとしたけど、二番に止められた。
彼曰く、あまりむきになって彼女に突っかかれば本当にその、適当に言った言葉が実際に誕生してしまうと。『ルルルルルルルル』という何かが実際に現実にある言葉になってしまうという。恐ろしい、恐ろしすぎる。こんなキャッチボール如きで世界の理を変えてしまうかもしえない、そんな力が彼女にはあるのだ。
「あ~、もう寝るかぁ。おい! レット! 寝るぞ! 来い!」
どうやらやっと寝てくれるようだ。何故か彼女は寝るとき僕を抱っこして寝る。まぁ別に嫌ではないんだが、いきなりなにか理不尽なことをされそうで、生きた心地はしない。
そういえば最近になって、彼女の体を隠していたモザイクがほとんど消えた。これはどういう意味があるのだろうか? 彼女が僕に心を開いてくれたということなんだろうか?
そうして僕とユピテルは帳の中で眠りについた……
◇
「おい、レット、起きろ」
え? 誰? ね、眠いのに…… もう少し寝かしておいて……
「レット起きろ。出掛けるぞ」
へ? 誰?
僕の体をゆさゆさと揺らしていたのは一番だった。ずっと見かけなかった一番。一体どこでなにしてたんだろう?
「ユピテルが寝ている今のうちに行きたいところがある。君も来るといい」
「へ? どこ行くの?」
彼から出た行先、それは僕が知っているところだった。
――今からアイジタニアへ行く。
停滞していた物語が動きだした
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