第117話 死なないの
「ねぇ、本当にいいの? ユピテル置いてっちゃって」
「かまわん、そいつはあと1週間は起きん」
僕は今帳の外へ出てとある場所へ出発する準備を進めていた。
その場所の名は
――アイジタニア天命国
現在3体の神の一柱アイテイルはこの世界に顕現していない。今はどうやら休息期なのだという。この神はある一定期間を経てこの世界へ降り立つ。それまではアイテイル教で定められた3人の生贄…… 『
今回アイジタニアへ赴く目的は、その神葬体の確認。いわゆる監査みたいなものらしい。
3体の神はそれぞれの神を互いに見張っている。ユピテルはアイテイルを、アイテイルはジェンドを、ジェンドはユピテルを、といったかんじだ。
そういや思い出したけど、前回アイジタニアで出会った修道士キルスティアは神葬体って呼ばれてたよな。てことは彼女はアイテイルの生贄だったってことか? そんな苛酷な人生なら酒に逃げてしまうのも分からない話ではないな。
「レット、そろそろ行くぞ。準備はいいか? 目的地までは3時間もあれば着く」
「あ、うん、もう準備オッケーだよ」
一番にそう答え、僕は目的地までの移動手段を見る。今回はある乗り物を使う。
その乗り物……
「レット、姿は変わっても相変わらず可愛いわね。ママがアイジタニアまで連れてってあげるからね」
そこには何故かラヴァがいた……
ドラゴンの姿になったラヴァがいたのだ。
つい数十分前、一番に今回の旅の概要を聞いて、そこまでの移動手段について尋ねた。そのことで彼は僕に会わせたい人物がいると言い、その人物は扉の向こうで待っていると言った。
扉を開けたらそこにはラヴァが立っていたのだ。
最初全く意味が分からなかった。なんでラヴァがここに!? だが話を聞くと、以前からユピテル達がアイテイルの監査に行く時、ラヴァの力を借りるという契約になっていたそうだ。でもこんな偶然あるんだろうか? まさか僕の母ちゃんが乗っけていってくれるだなんて。ていうか世間は狭い。
「そういえばレットにこの姿を見せるのは初めてだったかしら? 危ないから離れていなさいね」
ラヴァはそういうと、人型からドラゴンの姿へと変貌した。ラヴァが突然眩しく光り、その強い光に視界を遮られていると、次に目を開いた瞬間にはすでにラヴァはドラゴンの姿へと変貌していたのだ。
「どうかしら? この姿のママもかっこいいでしょ?」
「う、うん、カッコいいというか…… 言葉が出ないわ」
僕のリアクションを見て「そう……」と言って、シュンとしてしまったラヴァ。彼女は僕がめちゃくちゃビックリして、物凄く喜ぶと思っていたらしい。ごめんよ、母ちゃん。
「レット、今回ユピテルは同行しないが、私とニ番、そして君と、あともうひとり同行するからな」
「へ? 誰が行くのさ?」
「彼女だ」
一番がそう言うと、彼の後ろからちょこんと飛び出してきた少女……
「メラニアちゃん、よろしくなの~」
それはハイドランジアその人だった。
「へ!? なんで? なんでハイドラが!?」
「う~んと、私はユピテルのストックでもあるの。だから彼女の代わりもするの」
はぁ!? またかよ、一体この子はなんなんだ。ストックって、要は身代わりだろ? そんな役割を押し付けられてるのに、なんでこんなに普通でいられるんだよ……
「時間が勿体ない、ラヴァそろそろ出発しようか」
「えぇ、皆背中に載ってちょうだい。ユピテル、レットのことよろしくね。しっかり捕まえててちょうだいね」
「あぁ、善処する」
い、いや、善処って…… よっしゃ! 俺に任せとけぇぇ! くらい言ってくれよ。不安になるじゃない。
そんなグダグダなかんじでアイジタニアへの旅は始まったのだった。
◇
「うわっ、高っ、ダ、ダメだ、僕飛行機すら乗ったことないのに……」
ラヴァの背中へ乗って上空へと飛び立って数分。僕は2番の膝の上でガクガク震えていた。高い、余りにも高い。物凄い高度で飛行するラヴァ、そして物凄い風が僕らを大空へと連れ去ろうとひっきりなしに襲い掛かってくる。
「レット、大丈夫? すぐに着くから頑張ってね。やっぱり私の口の中に入れてあげた方がよかったかしら?」
いや、それは遠慮しときます……
ラヴァの過剰な愛をそっと押しのけ、僕は2番の膝の上で目を瞑って蹲っていた。
「メラニアちゃん怖いの? 私こんなの全然平気なの。へなちょこメラニアちゃんなの~」
「ちょ、ちょっと!? そんなとこで立ったら危ないって!」
ラヴァの背中で立ち上がるハイドラ。強風に煽られて体は前後に思いっきり揺られている。ふらふらゆらゆら、今にも大空へと羽ばたいていきそうだ。
そう思った瞬間……
――あっ
「え!? お、おい! ハイドラ! ハイドラァァァァァァ!!!!」
一瞬の出来事だった。調子に乗って風に揺られるハイドラ、調子に乗り過ぎだろ、本当に地上へ真っ逆さまになるぞ、なんて思っていた。でもまさか……
――本当に落下していった。
「ラ、ラヴァ! ハイドラが、ハイドラが落ちた! は、早く、助けてあげて! 今ならもしかしたら間に合うかもしれない!」
僕が我を忘れて慌てふためいているのに、何故か皆全く意に介していない様子だ。おまえら、人がひとり死ぬかもしんないんだぞ!? なんでそんなに落ち着いてるんだよ!
ひとり憤慨している僕にニ番がゆっくりと口を開く。
「レット、彼女なら大丈夫だ。直に戻ってくる」
「は? な、なに言ってるんだ? なんだよ、戻ってくるって!? 今この高さから落ちてたんだぞ! 戻ってこれるわけないじゃんかよ!」
「大丈夫だ。直に分かる」
こいつが何を言っているのかわけが分からない。だが数分後、彼の言っていた言葉の意味を否が応でも分からされることになったのだった。
◇
「はぁ、死ぬかと思ったの、てか死んだの」
「え、え、え、え、えぇぇぇぇぇ!?」
目の前で信じられないことが起こった。落下していったハイドラのことを目を瞑って考えていた、もっと仲良くしていたらよかったとか、もっと強くラヴァに彼女を追いかけるようにお願いするとか、自分がメラニアじゃなかったらだとか、色々と自問自答して、ふと目を開け、横を見ると、ハイドラが座っていた。意味が分からない、どうやって戻ってきたんだ?
「びっくりした? 心配しちゃったの? でも大丈夫なの、だって私……」
その後彼女の口から出た言葉は余りにも理解しがたいものだった。
――だって私、死なないの。
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