第109話 記録更新

 ――はぁはぁ……


 一体どれくらい歩いたんだろう。3日目くらいまでは覚えてた。それ以降はもう時間の感覚がなくなっていた。

 歩いては途中でティータイムをとり、しばらく休むとまた歩き始める。それの繰り返し。ひたすら続く石畳の小道。全く風景の変わらない一本道。

 何回もホウライに尋ねた。ねぇまだ? ねぇまだ? その度に『うん? もうすぐじゃないかな? 疲れたなら帰るかい?』と言われた。でもそんなこと言われてもここまで来たんだ。帰るなんて選択肢は僕にはない。この先になにがあるのか見たい。歩いていく内に、何をしにそこへ行くのかも忘れて、唯々この先に何があるのかを知りたくて、文句を垂れながら歩き続けた。


「おぉ! 見えて来たな」


 魔女ルーペが呟く。

 やっと? 本当に? 目的地見えてきた? 

 なんかもう一生分歩いたような気がする。ティタイムでミルクを飲むと何故だか疲れはとれたが、一体何回ミルクを飲んだだろう。それすらも数えるのを途中でやめた。


「今回はさすがに結構かかったのぅ。アル、何日掛かった?」

「あ~、えぇっと、30日ですね。新記録じゃないですかぁ?」


 金髪の少年アルが答える。

 え? 30日!? そんなにも歩いてたの? 信じられない。いや、でもそう言われればそれくらい歩いていたかもしれない。それくらい長い間歩いていた。


「ほぉ、やっぱしアイツ相当おかんむりのようじゃな。一体なにがあったのか、まぁなんとなく察しはつくがの」

「そうだな、私もだ。だが、一体誰が……」


 ホウライは顎に手を当て、思慮に耽っている。

 一体なんの話をしているのか、僕には皆目見当もつかない。


「あ~! お師匠! 見えましたよ。扉です」


 アルが指さすその先には扉があった。


 ――只の扉が


 余りにも不自然に存在する扉。建物などはなにもない。その空間には扉だけが在った。どうやってそこに在るのか? 全く理解が追い付かない。だがこの扉を開ければその先には僕らが会いに来たその人がいるのだろう。その人? 人と言っていいのだろうか……


「レット君、よくぞここまでついてきたのぅ。わしゃてっきり途中で『もう帰りましゅ~』とか言うんじゃないかと思っとったぞ。頑張ったのう」


 突然のルーペからの予想だにしない労いの言葉。なんて返したらいいのか、一瞬頭がフリーズする。でも、自分の心に素直に、感じたままの言葉を彼女に伝えた。


「うん、途中で帰りたいって、引き返そうって何度も思ったけど、何がどうなってるのかわかんないまんまじゃ嫌だったから。この世界がなんなのか自分の目で確かめたかったからね」


 なんで僕が何回も転生してるのか、他に転生者がいるにもかかわらず、僕だけが何回も…… きっとなにか意味があるんだろう。それを知りたい。その為にも僕はここへ来なくちゃいけなかった。そんな気がする。


「うんうん、えらいのう。わしゃそういう子好きじゃ。帰ったらまたミルクあげるでのう。あ、おぬしトカゲとかのほうがよかったかの? おぬしの好物をあげるとしよう」


 優しい笑顔で僕に語り替えるルーペ。見た目は若く見えるけど、やっぱり中身はおばあちゃんってかんじだ。彼女の温かさが身に染みる。その時僕はふと思い出した。ミューミュー、元気にしてるかなぁ。


「あ、そうそう、レット君、おぬしに言うの忘れとったけどな、30日かかったと言ったが、それは体感時間じゃ。実際には数分もかかっとらんからの。安心せい」


 は!? マジかよ…… どうなってんだ、この森の中……


「レット君、私の中へ入りなさい」

「あ、うん、わかった」


 ホウライはそう言ってスカートを捲り上げる。前回と同じように露わになった純白の下着。2度目だけどさすがに恥ずかしい。女性の下腹部に飛び込むのだ。いくら相手が女神とは言え、物凄い罪悪感に押し潰されそうになる……


 いや、嘘だ。物凄くうれしい。この上なく嬉しい。だってしょうがないじゃないか。前回の転生は女性、今は愛玩魔獣、だが元々僕は男だ。こんな状況に直面して嬉しくない男性がいるだろうか? いやいない!!

 そんなかんじできっとニヤニヤしているであろうメラニアの僕は、ホウライの下腹部へ飛びつく。そこへ待っていたのは異空間。数々の道具や魔獣が漂う、まるで無重力空間のような神秘の部屋。僕は心地良い揺りかごに揺られながら外の様子を伺う。僕はなにもできない、只、見るだけ。今から起こるであろう事象を、只見ているだけ。


「では扉を開けるぞ。ルーペ達はここで待っていてくれ」


 一緒についてきたルーペ達は無言で頷くと、ホウライに深々とお辞儀をした。あのお辞儀になにか意味があったのだろうか。


 ――では、行くとするか



    ◇



 ――ギィィィィ……


 扉を開くとそこには男性が立っていた。それもふたり。

 ひとりは20代くらいだろうか。スラっとしたスタイル、背が高く銀髪の長髪。

もうひとりは多分、60代くらい、中肉中背、こちらは銀髪の短髪。無精髭を生やしている。


「すまんな。ユピテル。立て続けに」


 このふたりのうちどちらかがユピテルなのか? こんなことを言ってなんだが、神様ってかんじには見えないな。普通にそこらへんにいる一般の人ってかんじだ。


「あぁ、かまわんよ。私達も特にやることもないからな」

「あぁ、君らの来訪を歓迎するよ」


 ふたりの男性がそれぞれ答える。

 ん? どういうことだ? ふたりともユピテル? 意味が分からない。


「ユピテル、私にこれからなにかが起こるという情報が耳に入った。それは君らにしか実現できない事象なようだ。そのことについて尋ねに来たのだが……」


 ホウライのヤツ、前置きもなしにいきなりブッこんできたな。まぁこういうのは単刀直入に行くのが一番か。

 だがその後ホウライが言った言葉、ふたりのユピテルを前にして彼女が言った言葉……


 ――ユピテルはいるか?


 ホウライの発した言葉に僕はますます混乱するのだった。

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