第70話 赫怒のキルスティア

 ガタガタ、ゴトンゴトン――


 馬車に揺られ早3日。特に何事もなく旅は進んでいる。

 旅をしていると当然馬車の御者とも仲良くなる。馬車を操縦している双子、名前はピコとピオ。ピコが女の子でピオが男の子だ。

 父親が現在仕事で長期不在しているとのことで、ふたりが初めての長期操縦を任されているのだ。

 ひとりが馬車を運転している間もう一人は客室で待機しているのだが、その間に大分打ち解けた。ふたりとも素直でとても可愛い。

 だがこのふたりはとても仲が悪い。いつもふたりしてケンカしている。


「もう! ピオ! そんなにめちゃくちゃな操縦しないでよ! 客室がめちゃくちゃ揺れてるんですけどぉ!」

「うるさいなぁ! 地面がガタガタだから仕方ないんだよ! そんなに文句言うならピコが代われよぅ!」


 あ、あわわわ、姉弟でそんなにケンカしないでちょうだいな。お願いだから仲良くして。

 ちなみにピコが姉でピオが弟らしいが、そのことでも常にどちらが兄なのか姉なのか、弟なのか妹なのかでケンカしている。

ちなみに取次店の主人にもピコのほうが一応姉だという話は聞いてるのだが、こちらがそのことについてなにか言うと物凄いケンカに発展しそうなので、この話題はタブーということにしている。

 そんなかんじで街道を走る3日目の午後、特に何事もなく馬車は森林の中の街道を疾走しているのだが、なにやら先程から森がやけに騒がしく感じる。

 さっきまでは静かだった森が急に鳥の鳴き声や獣の遠吠えが多く聞こえてきた。なんだ? なにかあったのか? そう思った瞬間……


「ヒャッハー! そこの馬車止まれやぁぁ!」


 はぁ!? なんだぁ? 

 馬車の窓から外を見ると、馬に乗った男がこちらに向かって思いっきり叫んでいる。これってもしかして盗賊か!?


「ちょ、ちょっと、レット、なにあいつら。レットの知り合いとかじゃないわよね?」

「そんなわけないだろ! あれ多分盗賊だぞ」


 盗賊だとしたらもうやるしかないな。こんな奴らに身ぐるみ剥がされる謂れはない。ただピコとピオ、あとキルスティアの身の安全だけは守らないと。

 馬車を操縦しているピオに言ってとりあえず馬車を停止させる。


「おらぁ! 全員下りてこいやぁ! 金目のモン全部置いてきゃあ命だけは助けてやるよ! あぁ、そうだ、女ひとりだけ連れてくからよぉ! 誰が生贄になるか早く決めやがれや!」


 馬から降りた盗賊のひとりが大声で叫ぶ。

 だぁれがてめえらなんかに金品を献上なんてするかよ! よっしゃ、こんなならず者共は僕の魔法でケシズミにしてやる。

 そんなことを考えていると、キルスティアが僕の隣にやってきて耳元で囁いた。


「ここはわたくしがお相手いたしますので、皆さんは少しだけお待ちください。このアイジタニアの領地でこのような野蛮な振舞いをする者たちは決して許してはおけませんので」


 え、マジ? 戦闘行為なんて全くできなさそうに見えるのに、彼女も腕に覚えがあるのか? ここは彼女に一旦任せることにして、僕達はいつでも戦闘に入れるように準備だけしておくことにする。


「おぅおぅ! てめえが俺らのオモチャになる女かぁ!? まぁまぁなベッピンさんじゃねえかよ! めちゃくちゃ可愛がってやるからよぉ!」

「はぁ、あなた方はアイジタニアの民ですよね? もちろんアイテイル様を信仰していますよね?」

「はぁ!? んなもん信仰してるわけねえだろうがぁ! この世に神なんているわけねえんだよ!」


 盗賊のひとりが荒々しくキルスティアの言った質問を否定する。ゲラゲラと嗤っている5人の盗賊。だが5人のうちのひとりがなにかに気づいたようで、突然顔が青ざめていたのを僕は見逃さなかった。

 青ざめた顔をしている男が先頭でキルスティアと対峙している男に耳うちをする。


「お、お、おい、あ、あの女、赤い髪、肩に一級修道士の紋章、な、なぁ、あれってもしかしてだけどよぉ……」


 ――赫怒かくどのキルスティアじゃねえか?


 ん? か、かくど? なんだそれ? この人ただの酔っ払いのダメ修道士なんじゃないの?


「アイテイル様を、ぶ、ぶ、侮辱するとは…… 他国民ならまだしも…… アイジタニアの民が……」


 キルスティアの肩がわなわなと震えている。どうしたんだ? いや、そりゃ信仰している神を侮辱されたら怒るのも当然だとは思うが。


「あ、あ、そうだ、あの女絶対間違いねえ。や、やべえヤツを襲っちまった…… こ、殺される……」


 どうやらキルスティアはヤバいヤツらしく、それに気づいた盗賊たちは態度を一変して全員が土下座をし始めた。


「た、た、頼む! し、知らなかったんだ! 本当にすまねぇ! もう、し、しねえからよぉ! ゆ、許してくれぇ!」


 額を地べたに擦り付けながらキルスティアに懇願する盗賊達。

 それを見ていたキルスティアは溜息をついて、しばらくなにかを考えているかと思ったら、いつも持っている大きな袋から木彫りの何かをひとつ取り出した。


「仕方ありませんね。今回は見逃してあげます。でも次はありませんよ。いいですか? もし次どこかで今回と同じような行為を働いたらあなたたちに未来はありません」


 そういって持っていた木彫りの何かを盗賊のひとりに渡した。


「あ、あ、あ、あ、あ、い、嫌だ、こ、これだけは、嫌だ、勘弁してくれ、頼む! 絶対にもう盗賊なんてしねえ! だから、こ、これだけは勘弁してくれぇぇぇ!」


 はぁ!? いや、たしかにあの木彫りの何かは物凄く不気味だけど、そこまで拒絶するほどのものなんか? 嫌がり方が余りにも極端すぎる。まるで死刑を宣告されたかのように。


「じゃあ今ここで終わらせてしまいましょうか?」


 そう言うキルスティアの目が恐ろしいほど冷たかった。なんの感情もこもっていない、いつも酔っぱらってヘラヘラしている彼女からは想像できないような冷酷な目。


「わ、わ、わかった、わかったから殺さないで…… 持ってくから。死ぬまで持ってるからぁ……」


 5人の盗賊が全員嗚咽を漏らしている。推定30代であろう壮健そうな男たちがこうも豹変するなんて…… 一体あの木彫りの何かになにがあるんだ?

 結局盗賊達をその場で解放し、オセミタまでの旅を再開することになった。僕はあの木彫りの何かのことがどうしても気になって、キルスティアに聞こうか迷っていた。

 なんか聞いちゃダメだと僕の心の声が言ってる気がする。とにかく得体のしれないものだってことはあの盗賊達の態度を見てれば分かる。でも好奇心には勝てなかった。


「ねぇ、キルスティアが持ってる木彫りの何かってあれ、なんなの?」

「あぁ、あれはですねぇ、わたくしがひとつひとつ手作りしたアイテイル様の人形ですよ。あれを持っている人々にアイテイル様のご加護があるように、とわたくしが精魂込めて彫ったのです」


 な、なるほど、まぁ別に普通だね。そんなにおかしなこともないような気がするんだけどなぁ、などと考えていると続くキルスティアの言葉は耳を疑うものだった。


――彫った木像をわたくしの血液で塗装しております


 え、え、なんて? 僕の聞き間違いか? わたくしの血液って聞こえたんだけど。


「わたくし神葬体しんそうたいなので血が青いんですよね。ふふふっ、びっくりしちゃいました?」


 え、やっぱ聞き間違いじゃなかった? こ、こわ、怖い! なんか急に彼女の笑顔が物凄く怖く思えてきてしまった。それに『しんそうたい』? なんだ? 初めて聞く言葉だぞ。

 ニコニコしているキルスティア、さっきの出来事がなかったら知らずに済んでいたかもしれない。でも僕は知ってしまった。彼女が普通の人間ではないことを。で、でも彼女は僕らを盗賊から守ってくれた。それは事実だ。

 もうすでに一緒の旅は始まってしまった。こうなったら乗り掛かった舟だ。僕は彼女のことを信じることにした。

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