第71話 司祭様

 馬車が出発してから5日目。盗賊に襲われた以外は特に何事もなく過ぎ、ようやくアイジタニア天命国の首都ケセドに到着した。

 さすがに大国の首都とあって街の賑わいが凄い。道行く人々からは活気が溢れている。至る所に建てられているアイテイルの像、そして至る所に放置されているあの木彫りの何か。あの一件以来、あの何かを見る度に背筋が凍りつきそうだ。


「いよいよわたくしの巡礼の旅の終着点が見えて参りました!」


 いや、巡礼じゃなくて懲罰だろ? なに勝手に自分の中で美化してんだよ。馬車の旅の中でキルスティアに色々聞いたが、やはり飲酒がバレたことによる懲罰の旅らしい。バレたのは一回どころではなく、もうすでに数十回は繰り返しているとのこと。そして温厚な司祭様もさすがに堪忍袋の緒が切れて、懲罰の旅へ出向くよう指示されたらしい。

 しばらく走った後馬車は大層立派な建物の前で停車した。


「ここがわたくしが所属しているケセド大教会です! ささっ! 皆さんもここでしばし旅の疲れを癒していってください!」


 ドでかい扉を開けるとそこはすぐに礼拝堂になっていて、お堂のど真ん中にはアイテイルの厳かな像が聳え立っている。


「で、でけえな。で、でも物凄く繊細な作りしてるね。うわっ、薄いローブを羽織っておぱんつがスケスケじゃん。破廉恥……」


 聳え立つアイテイルの像はスケスケのローブ一枚だけ羽織り、下着が丸見えだ。こいつはえちだぜ。でもまぁヨーロッパとかの裸婦像とかも似たようなもんか。


「こ、こらっ! レット様! アイテイル様をそんなふうに見てはなりません!」


 あ、ごめんちゃい。

 そうこうしていると、礼拝堂の奥の扉からひとりの男性がこちらへ歩いてきた。年齢は60代か70代くらいか? 白髪に丸眼鏡をかけた高齢の男性。


「ようこそ、ケセド大教会へ。キルが大変お世話になりました。私の名前はバウラ・ウォーレン。この教会で司祭をしております。皆さまを歓迎いたします」


 優しそうな表情、温和な口調、全てを包み込むような佇まい。彼はこの国に3人しかいない司祭のうちのひとりらしい。

 キルスティアのことを僕らが助けたという一報はすでにこの地へ届いており、司祭は僕らのことを快く歓迎してくれたのだ。



    ◇



「あまり豪華な料理を振舞うことはできませんが、心ばかりのもてなしをどうか受け取ってもらえれば幸いです」


 ケセド大教会司教バウラ氏が用意してくれた晩餐会、教会の食堂のテーブルに配膳された料理たち。

 あぁ、教会だからそんなに期待していたわけじゃない、でも、うん、だよね。

 いつかどこかで見たことのあるようなザ・精進料理がそのテーブルには並んでいた。当然あの時の精進料理とはメニューが大分違ってはいたが、まぁ、肉類はなく、野菜がメインの質素な料理。でも飽食とは無縁となった今の僕にはこの料理も美味しく頂ける。ありがとう、バウラ氏。僕らのためにこんな料理を用意してくれて。感謝しかないです!

 食事を進めているとバウラ氏がキルスティアになにかを語りだした。


「キルよ、まだ献体を続けているのか? もう君は役目を十分果たした。これ以上自分を傷つけることはないんだよ」


 献体? なんだそれ。


「いえ、わたくしが生きている以上これはわたくしの与えられた責務なのです。司祭様のおっしゃることも十分承知しておりますが、この贖罪だけは何卒ご容赦をいただきたく存じます」


 僕らには訳の分からない会話を続けるふたり。うーん、気になる。一体なんの話をしているのか、キルスティアの役目ってなんだ? 贖罪ってなんだ?


「あの~、バウラさん、キルスティアの役目ってのは一体なんなんですか? 彼女が木彫りの何かをたくさん作ってるのが関係してるんですかね?」


 あ~、ついつい聞いてしまった。不躾だったか?


「レットさん、申し訳ない、これは秘匿事項でしてな。こんな会食の場で話す話ではなかった。忘れてもらえると助かります」


 うーん、そんなこと言われても一度聞いてしまったものは忘れることなんてできないぜ。


「君たちがアイジタニアに永住するのなら話は変わってくるが、そうもいかないでしょう? 話を聞けば君たちにも災いが降りかかる。申し訳ない」


 は、はぁ……


 結局これ以上なにかを追求する気にもなれず、そのまま会話のない会食は進んでいったのだった。



    ◇



 その日は教会の宿舎に泊めてもらい、あくる日の朝。


「キルスティア、本当にオセミタまでついてきてくれるの? もし無理してるんだったらここまでで大丈夫だからね」

「いえ、わたくしなら大丈夫です。皆さんをオセミタの港までご案内しますので、ご安心ください。一宿一飯の御恩、わたくしは忘れておりませんので」


 そっかぁ、やんわりここまででいいよってつもりで言ったんだけどぉ、うまく伝わらなかったかぁ。でもまぁせっかくついてきてくれるって言ってるし、断るのもなんだか悪いからお願いしちゃうか。


「あ、そうそう、懲罰の件は許してもらえたの?」

「あ、あ、あぁ、それはですねぇ、息を吐けって言われましてぇ、酒臭いって言われましてぇ…… お前飲んでただろって、怒られました……」


 だ、だよね、この国に入ってもあなたずっと隠れて飲んでたもんね。そりゃ飲まない人からしたらすぐに分かるよ。


「で、でもですねぇ! こうやって人助けをしているってことで温情をいただきまして、なんとか今回の件は許していただけました!」


 あ、そ、そうなんだ、よかったね。でもこれからは少しくらいアルコール控えたほうがいいんじゃないかなぁ。


「そうよ! あなたちょっと飲みすぎなのよ! 私くらい品よく飲むお酒を覚えたほうがいいわよ!」


 ロ、ロベリア? あのね? 君もかなり品のない飲み方してるからね? 自覚ないんだね?

 そんなくだらない会話をしながらオセミタまでのあと少しの道のりは再開されたのであった。

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