第72話 大型魔獣再び

 馬車の旅が始まって6日目、あと1日程度走らせれば目的地オセミタへ到着する。盗賊の集団に遭遇したことを除けば、特にこれと言ったアクシデントもなく順調に道程は進んでいる。


「ほ~んと、盗賊に出くわした時はどうなるかと思ったけど、ここまで来れてよかったわよねぇ」


 ロベリアがお菓子を頬張りながらしみじみとした表情を浮かべている。

 うん、確かにこれだけの長旅だ。あの程度のアクシデントだけで済んでいるのは不幸中の幸いと言っていいだろう。


「もう辺りも暗いですし、今日はこの辺りで野営することにしましょうか?」


 ですねぇ。


 ピコの提案で今日の行程はここまでにすることに決めた。この辺りは街もなく街道の整備もほとんどされていない危険な地域。夜道で馬車を走らせるのはリスクが高い。

 鬱蒼と生い茂った木々の中で、ようやく少しひらけた平地を見つけ、そこを本日の野営地にすることにした。薪になりそうな木片を集め火を起こす。直前に立ち寄った街で購入した肉や野菜を串にさして、焚火の回りに突き刺した。


「はぁ、おいしそうです。早く焼けないかなぁ」


 回りには僕ら以外いないのをいいことに、キルスティアは隠しておいた酒を飲み始めた。やっぱこの人懲罰の旅でなんにも反省してねえわ。


 ――どれどれ、焼けたかなぁ。


 焚火の回りに刺していた串を1本手に取りかぶりつく。うめぇ! 塩と胡椒だけの味付けだけど十分うまい。当初はトカゲやら山菜やらを採って調理すればいいやと考えていたから、こんな僻地でこんな上等な食事をとれるなんて思ってもみなかった。


 食事を終え談笑しているとピコの様子がおかしい。なんかモジモジしている。


「どうしたの? ピコ、調子でも悪いの?」


 僕がそう聞くと、彼女は恥ずかしそうに首を横に振った。


「ち、違うの、あ、あの…… おしっこしたくって……」


 あ、あぁ、ごめんごめん、恥ずかしがらせてしまった。デリカシーねえな、僕は。


「そっか、じゃあピオついてってあげな。ちょっと離れたとこでしといで」


 森の中は小型の魔獣が出る。ひとりで森の中に入らせるのは危険だ。双子のピオならそんなに恥ずかしくもないだろうと思ったのだが、ピコはピオがついていくのを猛烈に嫌がった。


「ピオだけは嫌! ひとりは怖いけど、ピオがついてくるんだったらひとりで行ってくる!」


 ありゃりゃ、あ、そりゃそっか、いくら双子とはいえピオは男の子だしな。そりゃ男についてきてもらうのは恥ずかしいよな。ほんと僕ってデリカシーねえ。面目ねえっす。


「じゃあデカついて行ってあげてよ」

「承知した。行こうか、ピコ。お姉さんならいいだろ?」

「うん!」


 結局デカについて行ってもらうことになり、ふたりは森の中へ消えて行った。



    ◇



 ふたりが森の中へ行ってかなりの時間が経過した。やけに遅くないか? いくら恥ずかしいからといえ5分もあれば帰ってくると思うんだが、もうすでに30分近くは帰ってこない。なにかあったんじゃないか? どうする? 

 探しに行こうとしていると頭に電流が流れる感覚。


「レット君、少し面倒なことになった。野営地から500メートルほど離れたところでピコに排尿させていたんだが、魔獣に襲われた。数が多すぎて対処できなかったのでピコを抱いて逃げたんだが、運悪く崖から転落した。ピコにケガはないが、私が右足を骨折してしまって動けない。君と私の視覚をリンクさせるから助けにきてくれ」


 おいおい! なんかめちゃくちゃヤバい状況になってるじゃねえかよ! 


「わかった! すぐに助けに行く! でも視覚をリンクってどうやってやんだよ?」

「私に任せてくれ。とりあえず目を閉じてくれ。しばらくすると光を感じるはずだ。その光を右目だけで見てくれ。そうすれば私と君の視覚が共有される」


 ――了解!


 言われたとおり目を瞑りしばらく待つ。すると暗闇の先に微かに光が揺らめいているのを感じた。こいつを右目で見ればいいのか? てか右目で見るってどうやるんだ?

 わけも分からず光を意識して右目だけを開けてみる。すると開いた瞼の向こう側にはここではない景色が広がっていた。ふと下のほうを見ると何度も見た黒いスーツ。

 おぉ! これはデカの体か!? てことは今デカの目から景色を見てるってことか?


「つながったみたいだね。今私からも君の見ているものが見えている。私が道案内するから注意しながら来てくれ。ただ……」


 ん? どうした?


「大型の魔獣が、確認しただけで6体いた。この辺りにはいないはずの魔獣なんだが、だがたしかにあれは……」


 ――メガアンガーだった


 はぁ!? メガアンガーって前に、試験の時に襲ってきた一つ目の魔獣だろ!? なんでこんなとこでそんなヤツがでてくるんだよ!?

 しかも前は2体倒すのでもやっとだったってのに、今度は6体だって? ヤバいぞ。で、でもふたりを放っておくわけにもいかない。くそっ! 行くしかねえ。


「わ、分かった! すぐに行くから待ってろよ! ピコのこと頼んだよ!」


 閉じていた左目をゆっくり開く。うわ、左目は普通に今僕が見ている景色だ。右目と左目の景色が違うって…… 気持ち悪くなってきた。


「ロベリア! デカたちが魔獣に襲われたみたいだ。ロベリアはここでピオと待ってて! ピオのこと頼んだよ!」


 ロベリアと一緒にいればピオは安全だ。ロベリアがピオを抱きしめといてくれれば、なにかしらの攻撃が来ても相手に攻撃を跳ね返せるだろう。


「キルスティア! 一緒に来てくれる?」

「もちろんですわ! お供いたします!」


 よっしゃ! ふたつの景色を同時に見させられて酔いそうになる。頭がぐわんぐわんに攪拌されて、思わずさっき食べた食事を吐き出しそうだ。


「レット君、私の持っていた荷物も持ってきてくれ。私の得物が入っている」


 分かった!


 デカの言っていた荷物を手に、鬱蒼とした森の中を走る。くっそ! こんな森の中じゃファイアレインは使えないぞ。下手に火が木に燃え移ったら大規模な森林火災になっちまう。ここは剣だけでなんとかしないと。よしっ、とりあえずあいつを出すか。


 Purple peony punish sinner(紫の芍薬は罪びとを罰する)――

 pandemonium(パンデモニウム)――

 ――パチンッ!


 詠唱して僕の手元に出現した異空間。そこからホウライにもらったあの不気味な片刃剣を取りだす。

 『魁! 漢丸』、じゃなかった、『亡骸』だ。暗闇の中でもひと際黒く、暗く、この世のものとは思えない漆黒の刃が月夜の光に照らされる。

 しばらく走ると森の中で蠢く巨大な人影を発見した。くっそ、出会いたくなかったぜ。でも倒さないと…… なんでこんなとこにいるのか分かんないけど、もしこいつらが街のほうへ行ったら大変な惨事になっちまう!


 そうして僕らは1体目のメガアンガーと対峙したのだった。

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