第69話 トメオ110歳
「とりあえず一杯飲むか。みんなは? ビールでいい?」
皆にオーダーを取る。デカとロベリアはビール、キルスティアも当然酒だろうと思ったのだが、意外なことに酒はいらないらしい。
大丈夫か? どこか悪いんじゃない?
「い、いえ、わたくしお酒なんて飲みませんので」
え!? 誰この人。ちょっと前までガンガン酒をあおってたキルスティア・ダロンゲイトさんはどこへ行った?
「あ、あの、申し訳ありませんが、わたくしと出会ってからお酒は全然飲んでいなかったってことにしてもらえませんか?」
あ、あぁ、なるほど。理解した。
こいつもしかして酒の飲みすぎかなんかで懲罰の旅に出されてたんじゃないか? そんでも我慢できずにこの国に入るまではガンガン酒を飲んでいたと……
この国の人達に思いっきりこいつの所業を暴露してやろうかとも一瞬思ったが、本気で懇願してくるキルスティアがなんか可哀そうになってきたので、とりあえず黙っておくことにした。
4人掛けのテーブルに店員が飲み物を持ってくる。
3杯のビールと1杯の水。『かんぱーい!』くぅぅ! うめぇ! ここのビールはラガービールかぁ、サウロスのクラフトビールもうまかったけど、やっぱオーソドックスなラガーもうまい。日本人の僕にはやっぱこっちのほうが慣れてるしね。
楽しそうに飲む3人を尻目にひとり拳をグッと掴み耐えている女。唇をギュッと噛んで今にも血が滴りそうだ。
「あ、あははは、皆さんご遠慮なさらずに。どんどん飲んでください。えぇ、わたくしのことは構わずに」
言葉とは裏腹にキルスティアの手は震え足をカタカタと鳴らして落ち着かないご様子。こいつマジでやべえ。完全にアル中のそれだ。
注文しておいた料理がテーブルに届く。子羊の香草の包み焼と野菜と干し肉のスープ。うまい。チープな言葉だが僕は料理評論家でもなければレポーターでもない。うまいの一言で十分なのだ。だが強いて言うなら子羊はなにか調味料に漬け込んでから一度焼き上げて、その後香草で包んで蒸してあるのだろう。程よいスパイスと優しい塩気が体にうれしい。一度焼き上げてから蒸してあるおかげで、肉汁があふれ出さずにしっかりと肉の中に閉じ込められている。そしてとても柔らかい。控えめに言って絶品だ。
スープは、まぁうまい。普通にうまいスープだ。
だが完飲して皿の中を見て驚いた! 皿の底には『大変よく飲めました」の文字と、可愛らしいイラストが描かれていた。うーん、なんて粋なサプライズ。おじさんこういうの好きよ。
食事を終え店を出る。はぁ、満腹満腹。キルスティアが『少し厠へ』と行ってどこかへ行ったので、戻ってくるまでしばし待つ。
待つこと15分。
「お待たせしました~!」
先程までの低テンションから一変、見るからに上機嫌になってキルスティアが帰ってきた。彼女を見て、僕は一瞬で察してしまった。
こいつ飲んできやがったな。
多分木彫りの何かが入っているデカい袋の中に酒を隠し持っているんだろう。ここで思いっきり袋をぶちまけてこいつの悪事を白日の下へ晒してやってもいいが、面倒くさかったのでやめておいた。
暫く歩き、キルスティアの案内で馬車の取次所へやってきた。ここからオセミタまで馬車で約一週間はかかる。かなりの長旅だ。
オセミタまでの道中は整備されていない魔獣の出る危険な街道もある。途中でキルスティアが用がある首都ケセドを経由してオセミタまで行くことになる。
キルスティアが取次店の主人と交渉してくれている。僕らは店から少し離れた場所で待機していたのだが、どうやらキルスティアが主人との交渉を終えこちらへ帰ってきた。僕らとキルスティアの距離は約50メートル、店の真ん前で頭の上に手で大きく丸を描こうとしているキルスティア。
ん? 交渉がオッケーだったということを僕らに伝えようとしているのか?
だが彼女が作ろうとしていた大きな円は指先と指先が触れることなくその手は交差し、大きな大きなバツ印となったのだ!
なんだよ! その芸は! そんなんどっから仕入れてきたんだよ! え? も、もしかして馬車借りれなかったのか!?
「も、申し訳ございません。どうやら今馬車の御者が不在らしく……」
マジか…… てことは馬車なしで行けってこと!? いや、無理やろ、てか行こうと思えば行けるんだろうけど、ルーナ達のアコナイト討伐に間に合わないぞ。
「で、ですね、馬車を操縦する御者の代わりがですね、見習いの若い子と現役を引退したお爺さんしかいなくらしくって。どうしましょう?」
あ、一応御者はいるのね。びっくりしたぁ。そんなんどっちでもオケよ! 見習いの子より百戦錬磨のお爺さんのほうがいいかな、やっぱり。
では連れてきますねと言われしばし待つこと数分間、腰がもんのすごく曲がったご老人と双子の子どもが登場した。
「ぼ、僕達まだまだ未熟者ですが精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いします!」
ほうほう、見たところ12,3歳くらいだろうか、双子の子ども。男か女かわかんねえな。綺麗なオッドアイのふたり。うーん、かわいいねぇ。
そしてお次はご老人! うーん、大丈夫か? これ。めちゃくちゃ腰が曲がってんぞ! 90度近く曲がってるんですけどぉ!
「トメオ! 110歳! まじゃまじゃ現役! 現役は退いたが現役じゃ! 頑張ります!」
「え、え~っと、トメオ、さんでしたっけ? だ、大丈夫なんです? 110歳!? や、やめといたほうがいいんじゃないですかね……」
「あ!? なんじゃってぇ!?」
あ、あかん、これはあかん。意思の疎通がとれねえ。
「ギョギョ4時には寝ますがぁ! 頑張ります!」
ギョギョ? あぁ、午後って言ってんのか…… 午後4時って…… 早すぎんだろ! あかん、これはあかんでぇ……
ご老人には悪いが、双子の子どもに御者をお願いすることにした。
双子の子どもはまだまだ見習いレベルと言うことで、通常料金の三分の二の値段にしてくれるそうなので、考え方によってはお得な旅路と言えるだろう。
近くの市場で必要な物資を買いそろえ、馬車の旅へ出発だぜ!
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