第76話 ふたりだけの船旅

 オセミタの街中をしばらく走り、港の船着き場へ到着する。

 あの後何度かデカの視覚へリンクしようと試みたけど、何回やってもうまくいかなかった。デカ…… 無事でいてくれ。見捨てておいてこんなことをいうのはエゴなんだろうか。


「レット、アリスミゼラル行きの定期船の乗船券2枚買ってきたわよ」


 あ、ありがと。


 あと数時間でキルスティアとピコ、ピオとはお別れだ。

 長いようであっという間の旅。3人には本当にお世話になった。キルスティアは途中得体の知れない、不気味な印象しかなかったけれど、ここまでの旅が終わってみれば、本当にたくさん助けてもらった。彼女がいなければ僕の左手は未だに欠損したままだった。


「レット様、ロベリア様、おふたりとはここでお別れですが、皆さまの旅の安全を心より願っております。お帰りの際は是非ケセド大教会をお尋ねくださいね。修道士一同でお出迎えいたしますので!」


 本当にありがとう。絶対にまた会いに行くからね!


「うぅ、うわぁぁん! わ、私のせいで…… こ、こんなことになっちゃって…… ほ、本当にごめんなさい、本当にごめんなさい!!」


 泣きじゃくるピコ、その横で瞳に涙を浮かべるピオ。そんなに泣かなくても…… お前らが悪いわけじゃないんだから、そんなに罪悪感に苛まれることなんかないのに。


 デカがこの街に来たら食べようって言ってた名物の、海棲魔獣の腹の中に海鳥を詰めた発酵食品も食べる気にならず、船着き場に設置してあるベンチでボーッと時間を潰す。

 眼を瞑るとデカとアーテーが対峙したあの場面が頭の中でフラッシュバックする。


「デカ様のことはなんといったらいいか…… きっとそれほどまでに強大な相手だったのでしょう。この結果はここにいる全員で決めたこと。レット様だけの責任ではありませんよ」


 キルスティアの優しい言葉が逆に心を締め付ける。いっそ思いっきり罵ってくれていたほうがよかった。いや、こんなのは只の僕の我が儘だ。


 しばらくして定期船が到着する。3人との本当のお別れがやってきた。


「レ、レット様、ロベリア様…… わ、私のせいで、私のせいでこんなことに…… う、うわあぁぁぁん!」


「だからピコのせいじゃないから、そんなに気に病むことはないからね」


 ――ち、違うんです……


 ん? どういうこと? 涙で目の周りを赤く腫らしたピコ。どうしたっていうんだ? 疑問に思っているとキルスティアがピコの頭を優しく撫でていた。


「いいんですよ、ピコ。あなたは悪くないのです。だから笑顔でふたりを見送りましょう」


 ゆっくりと出航していく定期船、手を振る3人に僕らも手を振り返す。ここまで本当に賑やかな旅だったな。僕の選択のせいでデカがいなくなり、結局当初の予定通りふたりきりの旅が始まる。ここから先もなにがあるかわからない、気を引き締めていかないとな。なにがあってもロベリアだけは守らないと。



    ◇



 レット達の船が出航した後……


「ピコさん、あなたたちは魔獣が襲撃してくることを知っていたんですよね? 違いますか?」


 キルスティアに問われ俯く双子。

 だがしばらくしてピコが重い口を開いた。


「し、仕方なかったんです…… お父さんが人質にとられて…… 言うことを聞かないとお父さんを殺すって…… で、でもこんなことになるなんて……」


「やっぱりそうだったんですね。あんなにピンポイントであれだけの数の魔獣に遭遇するのはおかしいと思っていました。誰かの手引きがなければあの事態は起こり得ないと」


「あ、あの、私達処罰されるんですよね? た、大変なことをしでかしてしまったんですから罰は受けます。で、でも! 弟だけは許してあげてもらえませんか? 全部私がやったことで、弟はなにも知らなかったんです!」


 泣きじゃくりながらキルスティアに懇願するピコ。


「大丈夫ですよ。誰にも言いませんよ。言ったところで証拠もないでしょうし、なにも知らなかった弟さんが悲しむ姿はみたくありません」


 ――でも、だからこそ……


「レット様とロベリア様の旅の無事を心からお祈りしましょうね」


 無言で頷く双子。ふたりが乗る定期船はもう声も届かない距離にある。見送る3人はふたりの無事な航海を祈って、船が見えなくなるまで膝をつき祈りを捧げていた。



    ◇



「あ~あ、ふたりになっちゃったね。ウノも4人でできなくなっちゃったけど、ロベリア寂しくない?」

「何言ってんのよ、レットがいれば私は全然平気よ。孤独なんて慣れっこだし」


 あぁ、本当にロベリアは強いな。こんなこと…… なんて言ったら不謹慎だけど、ふたりになって心細くなっちゃってた自分が恥ずかしいや。ロベリアを見習わないとな。


 アリスミゼラルまでは約20日程度と長期の船旅だ。途中、中継地点の島で物資の補給をしつつ目的地を目指すらしい。

 僕達が乗り込んだ定期船は全長35メートル重量130トンの汽船だ。現代日本みたいにフェリーなんてあるわけもなく、大昔に歴史の授業で習ったようなマニアなら垂涎ものの逸品。ちなみに帆走と蒸気力を併用した船らしい。


「すごい立派な船だよね。でもやっぱこの世界、海でも魔獣とかでるのかな?」

「そんなのレットの魔法でちょちょいのちょいっ! ってやっつけてよ!」


 あぁ! こんな話をしてたからだ! 出航してからほんの数時間、僕らはいきなりフラグを回収することになったのだった。

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